第13話 三月十某日 彼岸の入りと彼岸明け

 お互いとしを取ったのか――

 まだ寒さが残るこんな日は、同じようなタイミングでトイレに駆け込む店長と大野君である。

 背格好は随分違うのだが、膀胱ぼうこうの大きさは一緒なのが妙に気色悪い。

 そんな二人が男子トイレで仲良く並んで――用を足している。


「大野君。彼岸だから『お供え用のぼたもち』を沢山仕入れするように指示しといくれ」


「……ここで言わなくても」


「冷えると近くてアカンな」


「そういえば……秋の彼岸は『おはぎ』だったのに、なぜ春は『ぼたもち』なんですかね」


「……ここで聞かなくても」


 似た者同士である。


「それはな、秋は秋に咲く萩の花にちなんで『おはぎ』と呼び。春には牡丹ぼたんの花が綺麗だろ? だから『ぼたんもち=ぼたもち』だという説が一般的というか――俺は好きだね。オシャレだろ」


 俺のセンスが光る一言を聞いたか? と言わんばかりに身体をのけ反らして下半身をリズミカルに振る店長である。


「さすが店長……我が店の『生き地獄』ですね」


「それを言うなら『生き字引』だろ」


「今日から店長の事を『物しり店長』と呼ばせてください」


 この手のお世辞が本当に上手くなった大野君である。

 しかし、眼鏡めがね越しに見える糸ミミズのようなつぶらな瞳の奥には、尊敬の念など全く存在していない事を知っているのは本人だけである――当然だが。


「おいおい大野君。誰が『桃尻ももじり店長』だ。こんな場所で……俺の何処どこを見て言っているんだい? そっちの気があるんじゃないだろうなぁ?」


 冗談とも、本気とも取れない微妙びみょうなトーンで返す店長である。


「何を勘違いしているのですか?『物知り』ですよ。『桃尻』じゃありませんよ。上から下まで全サイズ100㎝のドラム缶みたいな体型した人が、よくそんな事がいえますね?」


ひどいわ。そこまで言わなくてもいいじゃないの……ひどいわよ」


「…………オネェ……」


 出続けているオシッコが、液体窒素えきたいちっそで瞬間に凍りついたようにピタリと止まった。

 そればかりか大野君の背筋も一緒に凍りつかせた。

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