第12話 三月十四日 ホワイトデー
社員食堂で、賞味期限切れ間近のカップ麺を美味しそうにすすっている店長である。賞味期限は日が切れたところで食べていけないわけじゃない。
風味がほんの少し落ちるだけなのだから勿体ないだろうと、ラーメン担当も
「大野君。バレンタインのお返しは買ったのか?」
「義理ばかりなのにキツイ出費ですよ。店長も貰ったチョコの数は僕と一緒だからキツイでしょう?」
大野君は、あんに店長と同じ数のチョコレートを貰った事を自慢したかったのだが、それが上から目線にしか聞こえないあたりが彼の仁徳と言える――無い方の――。
「小遣い制の我々にはキツイよ。そこで……相談に乗って欲しいんだけど」
奥歯に、カップ麺の
「店長のその言い方の時は相乗りしたくないんですけど」
「実は……その『お返し』……『連名』にしてくれないか。その、つまり……二人からの『共同お返し』って事にして欲しいんだよなぁ……」
「……何を言っているんですか。そんなことできる訳ないじゃないですか。もしかして買い忘れたんですか」
「買い忘れるなんて……そんな恐ろしい事はしてないさ。ちゃんと買ったさ。一応買うには買ったのだが……」
完全に何かある。
「なら、いいじゃないですか。なにか問題でもあったんですか? 変な異物でも混入した商品を買ってしまったとか?」
賞品の中に異物混入など、そう
先日弁当を買った客から「ゴキブリが入っているじゃないか!」とクレームを言われた大野君。
店長に報告した時「シイタケの煮物じゃないですか?」と
素直な大野君は、客にそのまま告げしまい、激怒した客にゴキブリを食べさせられたのだ。その事をまだ根に持っているようだ。
馬鹿と軽薄が策略を
「……異物混入じゃなくて『異物購入』をしてしまったんだ」
「異物購入? いぶつこうにゅう? なんですかそれ」
「ホワイトデーの人気商品といえば食べたことは無いけど、お菓子の『マカロン』だそうじゃないか?」
「それは、僕も知っています」
「ネットでマカロンを買ったのだが。届いたらこれがビックリするだろう」
「何が、ビックリなんですか?」
「マカロンのつもりが……箱の中には『ホカ〇ン』が入っていたんだ」
「ホカ〇ンってあのホカ〇ンですか?」
「そう、あの使い捨てカイロの『ホカ〇ン』……」
「バカですか? どうしたらそんな間違いをするんですか?」
「仕方ないだろう老眼なんだから。そのうえ『マカロン』って見たことないんだから……本物と偽物の区別なんか出来るかよ」
何故か開き直って逆切れする店長である。
とても頼みごとをする人間の態度ではない。
「逆切れしないでくださいよ。『お菓子』と『使い捨てカイロ』の区別くらい出来るでしょうに。わかりました……二人からって事にしましょうか」
駄々っ子の方が全然可愛いと感じるオッサンを想像して欲しい――。
いや、やっぱり想像しない方がいい。
「ありがとう大野君。マジで助かる。ところで……君は何を買ったんだ?」
「僕のお返しはこれです。これが『マカロン』というヤツですよ」
「君も『マカロン』を買ったのか?」
「ホワイトデーと言えば『マカロン』しかないでしょう」
こうした
夕方行くと「定価の半額」商品が山積みされているから行くとよい。
とっても得した気分になる事請け合いである。
「さすが大野君だな。俺と考えることが一緒じゃないか」
店長という職務は、さりげなく自分を
「これです! 其々に名前を書いた袋に入れていますから」
「可愛い袋じゃないか。センスもいいねぇ。どれどれ……何だこれは?」
袋から何やら白い小さな容器を取り出した。
老眼のせいか容器をつかむ右手をめいっぱい前に伸ばすと、首を後方におもいきり
「何だ……って? それが『マカロン』という物じゃないんですか?」
「ラベルには、『マカロン』じゃなくて『マ・キ・〇・ン』って書いてあるぞ。これは、あの有名な『
「……」余裕をかましていた大野君が
「もしかして大野君も『マカロン』を知らなかったのか?」
「大きな声でやめてください! ここは食堂ですよ。周りのみんなが僕達を変な目で見ているじゃないですか」
恥ずかしさのあまり、店長が持っている「マキ〇ン」を奪い取ろうとジタバタしている大野君を押しのけて椅子の上登った店長。
両手を広げてみんなにスピーチを始めた。
「みんな聞いてくれ! ホワイトデーの今日は、みんなのアイドル優しい店長から、寒さ対策にカイロをプレゼントします。そして、おとぼけ者の大野君からは……なんと! 怪我もしていないのに『
「傷薬で傷は治っても、店長の『クズ』は治らないですよ。絶対に……」
この日を境に、大野君は賞味期限の切れ間近のカップ麺を店長に安く売ることを止めた。
「大野君! このカップ麺、賞味期限間近なんだけど、安く売ってくれる?」
「一円たりとも『マカラン(負からん)』……」
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