第10話 二月十四日 バレンタインデー
チョコレート売場から女性従業員の視線を気にしながら事務所に帰って来た店長である。
若干だが息が上がっている――もう若くない証拠である。
「大野君。バレンタインデーだな。いくつチョコレートが届くか楽しみだな。当然、俺は店長だから、大野君の倍はあるよな?」
店長という肩書だけで、大野君より優位だと勘違いしているようである。
「店長は人気者だから全員から貰えますよ」
「そんな冗談を。アイドルじゃあるまいし。サインしてやろうか?」
ド厚かましい性格が、オブラートを突き破って出てきている。
「……とか言いながら、自信満々って顔をしているじゃないですか」
大野君の、店長操縦術は日々向上している。
当然満面の笑みを浮かべて、固い身体を無理してエビ
「それは勘弁してもらいたいなぁ。全員にホワイトデーにお返しをしていたら少ない小遣いがなくなっちゃうよ」
更にふんぞり返る店長。突っ張ったタイコ腹からエリアンが飛び出しそうに揺れている。
「あれは? 店長の机の上に早速チョコらしき物が置いてありますよ」
メガネを買い替えた大野君。要らない物まで見える様になったと評判である。
「どれどれ……ほんとだ。赤い包装紙に包まれている。間違いなくチョコレート……誰からの贈り物かなぁ?」
「美人ナンバーワンの田中さんじゃないですか? 包装紙からして他と違うセンスを感じますからね」
「大野君もそう思うかい? 俺もそう直感したんだ。おっ! メッセージが添えあるじゃないか。可愛ゆいねぇー。どれどれ……」
「早く開けてくださいよ」
「せかすなよ。読むぞぉ――店長さんへ。いつもお世話になっています。これはほんの感謝の気持ちです。従業員一同――従業員一同?」
「よかったじゃないですか。従業員全員からチョコを貰ったってことですよ」
「大野君……これって……やっぱり、みんなにお返しをしなくては?」
手の平サイズのチョコレートを握りしめ、後ろを振りかえる店長を上から目線で大野君がふんぞり返って言った。
「当然でしょう――全女性従業員四十四人分です」
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