第9話 二月三日 節分

 惣菜売場に、丸かぶり用の巻寿司を並べる特設コーナーを設営する為、二階の事務所から長机の両端りょうたんを二人で抱えて、おぼつかない足取りで階段を下りる店長と大野君である。


「大野君。今日は『巻き寿司』がメチャクチャ売れるぞ。惣菜部門に気合を入れないとな」


「一大イベント『丸かぶり』ですからね。しかし、その年の恵方に向かって巻き寿司を食べると願い事がかなうなんて……誰が考えたんですかね?」


「芸人だろう……」


 芸人至上主義おわらいだいすきの男である。

 花王名人劇場で育った世代である。


「また、馬鹿な事を。今年の恵方はどっちでしたっけ?」


「どっちって? 何が?」


「南南西とか、東北東とか『恵方えほう』の方角ですよ。恵方の!」


「方角? 恵方巻きって……どこでも『ええほう』に向って食べたら良いって事じゃ……なかったの?」


 ギャグをかましているのか、本気で言っているのか分からない。

 ギャグレベルに波があるのは男の特徴である。


 店長の真意に、つかみどころが無い時は一応「万国共通のつっこみ」を試みる事にしている大野君である。


「関西人か……あんたは!」


 つっこむ為に右手を伸ばそうとして、持っている机のはしを離してしまった。


《ガラン! ゴロン!》長机は、店長を巻き込んで転げながら階段を落ちて行った。


「お前は、鬼かぁぁぁ……」


 店長の叫び声も一緒に転がって落ちて行った。


 大野君が、今年の鬼に決定した。

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