第8話 二月二日 夫婦の日

 自動販売機にこびり付いているクモの巣を払っている店長である。

 後ろで手を組んで見ている大野君に振り返ると声を掛けた。

 何かの罰ゲームを受けているようだ。


「大野君。二月二日が何の日か知っているよな?」


「いい夫婦の日ですね。各部門にバラの花をえて商品を販売するように指示しときましたよ」


 組んだ腕を崩そうともしないで答えた。

 やはり、何かのゲームで勝ったようだ。


「さすがだな! 段取りがいいね」


「どうして『夫婦の日』に、バラの花を贈るようになったんですかね?」


「……バラ協会の策略だろう。ところでバラの見どころって知っているか?」


 クモの巣の退治が終わった店長は、腰を伸ばしながら立ち上がった。

 帽子からはみ出している白髪にクモの巣がからんで区別がつかなくなっている。

 更に、後頭部の白髪の上を小さなクモがチョロチョロと這っている。


「バラの見どころですか? やっぱり母の日がある春ですかね?」


クモの行き先を嬉しそうに目で追っている大野君。


「それも正解だけど。バラには『一季咲き』『四季咲き』『返り咲き』『繰り返し咲き』って、いくつもの咲き方があるんだ」


「一年中咲き乱れている花って感じですね」


「そう思うだろ。でも何故か、冬だけは咲かないらしい。そこがバラの奥ゆかしいところやな」


「冬には、バラが咲かないのですか?」


「少しは咲くと思うが。咲き乱れるイメージが湧かないから……咲かないだろう」


「イメージで決めているのですか?『四季咲き』もあるなら、冬でも咲くでしょう?」


「…………」


 最初の強気は何処かにいった。

 突っ込まれると弱い男である。


「バラ協会が年間通して楽しめるようにと『夫婦の日』にバラを贈るようにしたんじゃないですか?」


「儲けの少ない冬にも売れる日を作って、丸儲まるもうけしようと言う魂胆こんたんだったのか」


 自分から話を振った事を忘れて大野君の見解に納得しきりにうなずく店長である。


「丸儲け――その言い方にはトゲがありますね」


「バラだけにトゲがつきもの。『バラだけに廃棄はいきロス(ローズ)が怖いから』なんてな」


「店長は散っても、間違いなく『返り咲き』はありませんね」


 眉間みけんにシワを寄せる大野君。

 綺麗になった自動販売機に小銭を投入してお茶を買った。


「二月二日は『頭痛の日』でもあるって知っていますか?」


「知らない……」


「最近増えた頭痛の原因がストレスだと分からせてくれました」


「俺も最近……頭が痛いんだよな」店長が乗っかってきた。


「デカ頭のくせに、Mサイズの帽子を被っているからですよ……」

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