第6話 一月二十日 大寒

 事務所でストーブに両腕を伸ばして手をみながら温めている店長である。

 〈揉み手が似合うランキング〉があれば間違いなく「全国店長友の会」で三位以内には入るだろう。


「大野君……今日は大寒だいかんだって知っていたか?」


「一年で最も寒い日ですよね。しかし、ほんとうに寒いですね」


「老朽化がひどいからな。裏の作業場なんか隙間すきまだらけで、外と変わらないものなぁ」


 自分達は、ぬくぬくとストーブに当たっていながら吐くセリフではない。


「何とかならないですかねぇ……」


 寒がりで、ブルゾンの下に規則違反のマフラーまで着込んでストーブに当る大野君が言った。コイツも言えた立場ではない。


「……実は、販売コンテストで手に入れた賞金を使って、全員分の冬服を購入したんだ」


 ふるえながらストーブから離れると、事務所の隅に積み重ねているダンボールをポンポンと叩きながら言った。


「あの賞金を使ったんですか? 『食堂に液晶テレビを買ってくれ』とみんなから直訴じきそされていたんじゃないのですか?」


今時、公共の場に花札はなふだしか置いていないスーパーはココくらいである。


「テレビより従業員の身体の方を大事にする店長なんだよ……俺は」


 店長が胸を張りながら言った。


「……このダンボールですか?」


 大野君、何か心に引っ掛かる物があるようだ。シブシブとダンボールに近づくと、一番上の箱を床に降ろすと怠そうにふたを開けた。


「これは……これは?」


「だろ……だろう!」


 二人肩を寄り添って中身をのぞき込んだ。


「制服と同じ黄色いダウンジャケットじゃないですか……」


 綿がたっぷりと仕込んであるモコモコしたダウンジャケットが、窮屈きゅうくつそうに押し込められていた。

 羽毛で無いのは一目で分かる。

 安そうだから――。


「なかなかだろう。温かいぞう……」


「店長も、ちゃんと従業員の事を考えられるようになったんですね」


 若干嫌味じゃっかんいやみは入っているが、笑う大野君を見て一抹いちまつの不安があった店長もホッとした。


 箱の一番上にあるダウンを一枚取り出すと、パンパンと払いながら広げた。


「支給する時には『このダウンジャッケトを着た上から、制服のブルゾンを着る』ことを徹底してくれ」


「ダウンの上にブルゾンですか? それじゃ、モコモコの『マシュマロマン』になりませんか。そうじゃなくてもモコモコしたパートさんが多いのに」


「マシュマロマン? 古いなぁ――それは、大野君がまだ精子の頃の映画だろ」


「……」寒さが身に染みてくる。


「とにかく一番上に制服を着ないと規則違反だからな」


 大きなダンボール三箱を台車に積んだ大野君――やはり、何か心に引っ掛かる物があるのか足取りが重い。

 当然、受け取るパートさんも怪訝けげんそうな顔をしている。


「渡してきましたよ。みんな一応は……喜んでいました」


「一応って、何だよ。何か不満でもあるのか?」


「液晶テレビが欲しかったんですから。身体を心配してくれる店長の優しさとの狭間はざま葛藤かっとうしているのでしょう」


 ここでも一応、気を使った大野君である。

 パートさん達からは「テレビが欲しいって言ったじゃないの。寒い? 寒いのは事務所に霊が居るからでしょ……馬鹿じゃない」数々の罵声ばせいを浴びた。

 それをオブラートに包んで優しく店長に報告をした大野君はえらい――。


「ご苦労さん。では――早速、チェック、チェック!」


 大野君の報告に満足した店長。

 金庫の横に設置してある監視モニターの前に座ると監視カメラのハンドルを動かして店内を観察し始めた。


「アハハ。これは予想通りだ。大野君――見てみなよ」


 いきなり大笑いを始めた店長を怪訝けげんに思いながらかたわらに立つと、二人肩を寄り添って画面をのぞき込んだ。

 寄り添ってのぞくのが好きな二人である。


「……メッチャ笑えるなぁ」


「みんながモコモコしているでしょう。ダウンの上にブルゾンの制服なんかを着させるからですよ……プッ」


 その異様な光景を観て不覚にも吹き出してしまった大野君。


「……しかし、これは……凄い!」


「モコモコした『ゆるキャラパートさん』が、画面の中を右往左往うおうさおうしているだろう」


 寒い事務所で腹を抱えて笑っている。

 古い椅子が身体と一緒に揺られてギシギシ鳴っている。

 今にも崩壊しそうである。

 事務所の霊が手伝っているに違いない。


「確かに……黄色いモコモコで丸い物体がパクパクと移動しているように観えますね」


 偶然にも『パクパク』と表現してしまった大野君。

 待っていましたとばかりに、更に大きく手を叩いて喜ぶ店長。


「これこそ究極の『リアルパックマン』や。予想通り……『えるでしょう? 親にせがんでも買ってもらえなかった。あのパックマンが超リアルに再現……』ってね……」


 訳のわからない雄叫びを上げている。

 何処どこで止めたらいいのか見失いそうな大野君。

 き上がる殺意を押さえながら聞いた。


「何ですか? その……タイトルのような言い方は?」


「タイトルだって?」


 手を止めて振り返る店長。


「そうです……違うんですか?」


「……大正解! SNSに動画投稿する時のタイトルさ」


 大笑いをしながらポケットからスマホを取り出し、監視モニターに映る『リアルパックマン』を録画した。


「もしかして、店長……ユーチューバー?」


「イエス! アイ・アム・ア・ユーチューバー」


 馬鹿丸出しで首を何度も縦に振りながら、送信ボタンを押した。


「そのために賞金を使ったんですか? 絶対にバレますよ。いや……投稿しちゃったから時間の問題ですね。後先考えました? 絶対に殺されますよ」


 スマホを持つ手が小刻みに震えだした。


「何を今さら慌てているんですか?」


「……」逃げ切れなそうにない店長。


「リアルパックマンに喰われる店長を撮って投稿しましょうか? 再生数が増えますよ。店長は再生不能になるけど」


 追撃ついげきを止めない大野君にパックリいかれた。

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