第5話 一月十某日 成人の日

 店舗入口のゴミをホウキでかき集める店長。地元指定のごみ袋を大きく開いて待っている大野君の手元にかかるように、ワザと雑に流し込んだ。どうして、店長である自分が掃除をさせられているのか? 気づいたようだ。


「大野君――成人式帰りの新成人達が、大挙たいきょして押し寄せてくるかな?」


 こんな田舎町に大挙たいきょするほど新成人が居るわけもなかった。


「式は正装だから、先ずは家で着替えるか、貸衣装屋にいくでしょう。スーパーに来るとは思えませんけどね……まして大挙してなんて」


 手にかけられたゴミを、仕返しとばかりに店長のスニーカーのひもの間にりこむ大野君である。腹が出っ張っている店長にとって足元が死角であることを大野君は知り尽くしている。大野君自らの腹を上から眺めて気づいた死角である。


「じゃあ……駐車場でドンチャカ、ドンチャカ騒いでいる、あの連中は何者なのだ?」


 店長が指さす先に、派手な着物のすそを振り乱しながら、更に派手な音をかき鳴らして踊っている、これまた派手な連中が騒いでいる。


「着物を着ていますね。太鼓たいこやクラリネット音も聞こえてきます」


 近眼なのに〈メガネをかけると世の中の嫌な所が見えてしまう〉と、メガネをしない大野君が目を細めて見ている。実は、酔っ払って水洗トイレで流してしまった事を怒った奥さんが新しいメガネを買ってくれない事を店長は知っていた。それもトイレに流してしまったのが、これで四回目である。同情の余地は無い。


「クラリネット吹きながら、更に太鼓たいこも叩きながら騒ぐ新成人なんかいるか?」


「……店長! あれは、隣のパチンコ屋の新装オープンでやとわれたチンドン屋じゃないですか。いや、間違いなくチンドン屋ですよ」


「なに? チン・ドンヤン……韓流はんりゅうスターの名前か?」


韓流はんりゅう大好きのパートさんにシバかれますよ。それは『チン・ドンヤン』じゃなくて『チントン・ヤン』……香港映画スターですよ」


 似た者同士である。チンドン屋のルーツは大陸だったのかもしれない。


「……チンドン屋の後ろを着物で踊りながらついて行っているは、うちの『レジ担当の二人』じゃないのか。たしか彼女たちも新成人だったよな」


「確かに彼女たちですね。しかし……何やら楽しそうですね。アレじゃないですか?」


「アレ? もしかして韓流はんりゅうスターと勘違いして、ついて回っているのか」


「そこから離れられませんか」


 しつこいおっさんだなぁ。というのが顔に出ている大野君である。


「『新成人になったのなら、お客様を笑顔にする技術を一つくらい会得しなさい』といいましたよね。だから、お客を笑わせる『チンドン技術』を覚えようとしているんですよ」


 大野君――彼女たちの普段の天然を思い出して確信したようだ。


「馬鹿だなぁ……俺の言いたかったのは、チンドン屋の技術でなくて……トランプを消したり、鳩を出したりする事を覚えなさいって事なんだぜ」


「……鳩を出す? もしかしてそれは『技術』じゃなくて――」


「『奇術マジック』だよ。精肉の主任をみてみなよ。忘年会の人気者だぜ。あの二人にもそんな立派な大人になって欲しくてね」


 黙って、店長の横をすり抜けて店内に入ると、入口の自動ドアの電源を切って、店長を外に締め出した。


「店長に『人を……育てる』事を期待した僕が馬鹿でした。店長を『人に……育てる』方が世の為だと確信しました」

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