第4話 一月十一日 鏡開き・鏡割り

 惣菜部門の作業場で小豆あずきを水にさらしている店長の後ろで、たなからザルを下して、水あげの用意をしている大野君。

 惣菜のパートのオバサンの「邪魔じゃまなのよ」という、刺すような冷たい視線に全く気付いていないようだ。

 若い娘のオーラしか受け止められないのは、ある意味二人の特技ともいえる。


「大野君。お供えしていた鏡餅かがみもちで、みんなに『ぜんざい』をふるまってやろうか」


「今日は料理自慢のパートさんが休んでいますけど……誰に作らせるんですか?」


「そうなのか……」


「カップ麺にお湯を注ぐくらいしかできない連中しか出勤していませんよ」


 惣菜部門という、料理のエキスパートが多数いる作業場にいながら、白衣を着たオバサンの有効活用が頭に浮かんでこない二人である。


「俺が『ぜんざい』を作るから大野君は助手をしてくれ。料理は大丈夫だろ? 以前に手づくり弁当を持ってきていたよな。不味まずそうだったけど」


「あれは嫁さんとケンカをして、仕方なく自分で作って持ってきたんですよ」


 大野君の顔からは、その事は思い出したくないという苦渋くじゅうがにじみ出ている。

 背中を向けて小豆あずきをザルに打ち上げている店長がその顔に気づくことは無い。


「たしか……『奥さんがイケメン俳優の追っかけをしてる』と、疑って問い詰めたら誤解だったんで逆襲にあってへこまされたんだよな」


「そういう事は、よく調べていますね」


 部下の不幸は蜜の味。

 嬉しそうに話す店長の両目に指を突っ込みたくなる欲望を押さえる大野君である。


「『イケメンにやきもち』を妬いたんだから……餅を焼くのも得意だろ」


「殺意が芽生えるような嫌味ですね……餅を焼くのは難しいんですよ」


「大丈夫、大丈夫。君なら運だけで、餅も上手に焼けるよ。運だけで」


「何が言いたいんですか」


「大野君の人生……すべて『棚からぼた餅』ってな」


 店長の後ろから襲いかかろうとしている大野君を必死で押さえるパートさんたち。

 物音に気付いて振り返った店長の目に、鬼の形相の大野君が映った。


「そ、そんな事……こ、これっぽっちも思っていなさ。心外だなぁ……冗談だよ」


 あわてる店長。顔はデカいが小心者である。


「僕が、店長の素行や噂を知らないとでも思っているんですか?」


「えぇ……?」


「店長の……残りの人生設計『絵に描いた餅』にしてあげましょうか?」


 あわてて大野君に、花柄の丸椅子に座るようにすすめる店長。


「よし! 後は俺が全部作るから……大野君は見学していていいよ」

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