第2話 はじめてのXxXX
それはワーンベルが以前のような繁栄を取り戻したある日の事でした。
僕はマルセルさんとセシルさんと一緒に執務室で、町の住人からの要望書や商人からの陳情書への対応を考えていました。ワーンベルでの僕の両腕といえる二人の助けで、書類はみるみる片付いていきました。
一通りの対応を決めると、もう夕方を過ぎていました。
「それでは、これで決裁は終わりですね。細かな所は、担当の役人と詰めておきます」
「お願いします、いつも細かな仕事ばかりお願いしてすみません」
マルセルさんは整理した書類を持って、役人達に指示を出すために、部屋を出て行きます。そうすると、いつも通り、セシルさんが落ち着かなくなります。どうやら僕と二人っきりになるのが嫌なようです、といっても昼間は二人っきりでも何の問題もなく軽い冗談も飛び交うような仲なので、それほど心配はしていません。夜に若い男と二人っきりなのは外聞が悪いのかな?という位、軽く考えています。
「今日の仕事はこれ位ですね、セシルさん今日はここまでで結構ですよ」
「はい、それではまた明日。お先に失礼します」
そう言ってセシルさんはそそくさと帰っていきました。僕は、残った書類に目を通しながら、晩御飯が用意されるまでの時間を待つ事にしました。
しばらくすると、マルセルさんが執務室に戻ってきました。珍しいですね、いつもは食事が済んだのを見計らって戻ってくるのに、何か書類に重大な不備でもあったのでしょうか?マルセルさんの表情は少し険しいようです。
「ラスティン様、問題が発生しました」
マルセルさんはこう切り出してきました。
「書類に不備がありましたか?」
「いいえ、そうではありません。ワーンベルの町でオノレが見かけられたそうです」
「え!オノレというと前の鍛冶ギルドの元締めだった?」
「そうです、レーネンベルク領内からの追放された奴がこっそりワーンベルに舞い戻っているそうです」
「それは大変じゃないですか、町の警備隊には?」
「はい、既に手配してきました。この屋敷の警備の強化も指示済みです。ラスティン様に復讐を考えるほど愚かではないと思いますが」
「それもそうですね、一応、用心はしておきましょう。この町にはオノレの顔を知っている人間は多いですから、捕まるのも時間の問題でしょうね」
そこまで考えて、僕はハッとしました。オノレが危険を冒してワーンベルの町に戻って来たのは、もしかしたら僕にではなく、セシルさんに対しての復讐の為なのではないかと気付いたからです。あの事件の発端はセシルさんが、オノレを糾弾したのが原因だったのを思い出しました。
「いけない、護衛を何人か回してください。セシルさんが危険かもしれません」
マルセルさんも僕の言葉で、その可能性に気付いた様です。
「いけません、セシルの家には警備隊を向かわせますので、ラスティン様は屋敷を出ないようにしてください」
「セシルさんはさっき帰ったばかりです、帰り道に襲撃を受ける可能性があります。僕は以前、セシルさんの家まで連れていってもらった事があります。今日もその道を使っていれば、必ず追いつけます!」
それだけ言って、僕はマルセルさんの返事を待たずに、屋敷から駆け出します。マルセルさんが屋敷の警備兵に慌てて指示を出しているのが聞こえましたが、それどころではありません。
僕が町に駆け出すと、辛うじて4人の警備兵がついて来たことに気付きました。4人もいれば何かあっても、何とかオノレを取り押さえる事が出来るでしょう。僕は記憶にある通りに、セシルさんの家への道を急ぎます。
そしてしばらく進むと、運よく少し離れた所にセシルさんの姿を発見することが出来ました。
「セシルさ〜ん!」
僕は大声をあげましたが、セシルさんは気付かなかったようで大通りから外れた小道に入って行きます。僕は何故かその小道に危険を感じて、慌ててセシルさんを追いかけます。そして次にセシルさんの後姿を確認した時には、暗くてはっきりと確認出来ませんでしたが、男が剣を持ってセシルさんに斬りかかる寸前でした。
「セシルさん避けて!」
僕は再度、大声をあげます。その声に驚いた様に、セシルさんは振り向き、自分が斬りかかられる寸前なのに気付きました、ですが身体がすくんだ様に動かない様子です。ですが斬り付けた男の方も突然の大声に驚いた様子で、斬り付けた刃はセシルさんを捉えることはありませんでした。
ついてきた警備兵たちが、男を捕らえようと駆け出しますが、まだ距離が離れすぎています。ここは僕が魔法で確実に男の動きを止めなくてはならないと判断し、すぐに呪文を唱え始めます。
男はこちらに気付いた様で一瞬振り向きましたが、まだ警備兵が離れていることを確認して、再度セシルさんに斬り付けようと剣を振り上げました。その瞬間、僕は呪文を唱え終わりました。
「
その言葉を合図に、男の周辺に何本もの石の槍が地面から突き出しました。
「ぎゃーーーっ」
どうやら、石の槍が男の身体を捉えたようです。男は悲鳴をあげましたが、それもすぐに止んでしまいました。
騒ぎを聞きつけた、周囲の住民がランプを手に、小道を覗き込んでいます。僕はその内の1人にランプを借りると、男の様子を確認する為に近づいていきます。警備兵たちも突然の魔法に驚いた様子でしたが、男に近づいていきます。そしてランプの光が男の姿を暗闇の中に浮かび上がらせます、僕はその姿を見たことをすぐに後悔しました。
男は間違いなくオノレでした、かれは運悪く石の槍に太腿から首筋にかけてを貫かれて、息絶えていました。今も、太腿と首筋から大量の血液が流れ出しています。どうやら、石の槍はオノレの肺も貫いた様で悲鳴がすぐに止んでしまったのもその為でしょう。口からも血を流しています。その表情は苦悶に満ちていて、まるで僕を呪うかの様でした。僕が見ることが出来たのはそこまででした、とてもそれ以上、正視することは出来ませんでした。
僕は気を取り直して、セシルさんに怪我が無いか確認しました。見る限り外傷は無いようです。突然の出来事に呆然としている様子でしたが、僕が軽く肩を揺すると、すぐに僕に気付き僕にしがみ付く様にして、泣き出してしまいました。
セシルさんは運よくオノレの死骸を見なかった様です。あんな物を見せる訳には行かないので、僕はセシルさんの頭を優しく抱える様にして、その場を離れました。警備兵に後を任せると、まだ足元のおぼつかないセシルさんに肩を貸しながら、彼女を自宅まで連れていきました。
セシルさんは旧新市街の外れに住む老夫婦の家に住んでいます。この老夫婦は、セシルさんの親戚だそうで、以前、僕がお邪魔した時も暖かく迎えてくれました。老夫婦の家に着いて扉をノックすると、夫人の方が顔を出しました。僕は簡単に事情を説明するとセシルさんを部屋まで連れて行き、そのままベッドに寝かせます。
「セシルさん、さっきは急な事で驚いたと思いますが、もう終わったことです。今晩はゆっくりと休んでください。調子が悪いようなら明日は仕事を休んでもらってかまいませんから」
セシルさんは僕のことをしばらく見詰めていましたが、やがて「はい」とだけ小さな声で答えてくれました。僕はセシルさんの部屋を出ると、老夫婦に詳しく事情を説明して、セシルさんをゆっくり休んでもらえる様にお願いして、老夫婦の家を辞しました。
===
ほとんど被害も無く済んだオノレの襲撃でしたが、思わぬ所に影響を与えていました。それは僕の心に対してでした。あの事件以来、僕は夜に、ほとんど眠れなくなってしまいました。夜に眠りにつくと決まって、オノレの死に様を思い出してしまうのです。あの恨めしそうで苦悶に満ちた顔が悪夢に出てきて、何度も夜中に飛び起きてしまうのです。
そこで気付いたのですが、僕が大きな生き物を殺す事は今回が始めてでした。今まで、魔法兵団の亜人狩りや盗賊団の討伐等に参加した経験はあったのですが、自分の手で人や大きな動物を殺めたことはありませんでした。これは、僕が甘かったというより、魔法兵団の団員が細心の注意を払って、僕に負担をかけない様にしてくれていたんだという事に、今更気付かされました。
はっきり言ってオノレを殺したことを後悔していません。それどころか、セシルさんを無事に助ける事が出来て誇りに思っている程です。オノレがしたことを思えば、あの場で殺されても仕方が無いことは、理解出来ています。
しかし、理性で分かっていても感情が着いて来ないのです。婚約解消の騒ぎの時とはちょうど逆です。あの時は感情が引き止めたのですが、理性が暴走した感じでしたから。
そんな事を冷静に考える事が出来たのも最初のうちだけでした。睡眠不足は、確実に僕の判断力を低下させていきました。食欲も低下し、目の下にはいつも隈が出来ていました。
そんな様子を見ていた、マルセルさんとセシルさんは、僕に両親の元へ帰る事をしきりに勧めてくれました。ですが僕も15歳の立派な男です、これ位のことで挫ける訳にはいきません。ワーンベルの復興も大事な局面だったので気軽に町を離れる事が出来なかったということもあります。例えまともな判断が出来なくてもサインをするだけは出来ましたから。
そして1週間が過ぎましたが状況は一向に改善しませんでした。相変わらず夜はほとんど眠れませんし、あまり食事も摂れません。今夜も眠れない事を知りながら、仕方なくベッドに横になりました。しばらくうつらうつらしたでしょうか?僕は傍に人の気配を感じて目を覚ましました、ですがまだ夢の中にいるように頭がはっきりしませんでした。
僕が気配のした方に目を向けると、そこには月明かりに照らされた、セシルさんが無言で立っていました。その表情までは窺い知ることは出来ませんでしたが、セシルさんの姿を見て素直に美しいと思いました。セシルさんはしばらくそうしていると、おもむろに服を脱ぎだしました。惜しげもなく晒されたセシルさんの肢体が月明かりに照らされてまるで一幅の絵画の様でした。
セシルさんは少し臆している様子でしたが、やがて思い直したのかするりと僕のベッドの中に入ってくると、静かに僕の横に身体を横たえました。ここまで夢うつつで眺めているしか出来なかったぼくもセシルさんの意図が掴めました。
「セシルさん、同情でこんなことをされても、悲しいだけですよ?」
僕は何とかそれだけ言う事が出来ました。二人の距離が近づいたせいか、セシルさんの表情を確かめる事ができました。その表情は深く、泣きそうとも、愛おしそうとも、悲しそうとも取れ、人生経験の少ない僕にはうまく表現する事が出来ませんでした。
セシルさんは僕の問いに対して声では答えてはくれませんでした。返事の変わりに、セシルさんはゆっくりと僕の身体を愛撫しはじめました。セシルさんの指が僕の身体に触れる度に、思ってもいなかった程の快感が僕の身体を支配しました。
セシルさんはやさしく僕を受け入れてくれました、そこからはセシルさんの思うがままでした、セシルさんの中で何度達したか覚えていません。セシルさんも何度も喜びの悲鳴をあげてくれました。そしてことが終わると僕は心地よい疲れと共に久しぶりの眠りの海に飛び込んだのでした。
翌朝、今までに無い爽快感の中で目を覚ましました。セシルさんは既にベッドの中には居ませんでした。乱れた寝具がなければ、昨晩のことは僕の妄想が見せた幻と思ったかもしれません。そんな事を考えながら朝食を終え執務室に入ると、一通の手紙が僕の机に置かれていました。手紙はセシルさんからの物でした、僕は意外と冷静にその手紙を手に取りました。(もしかしたら、昨晩のあの時からこの結末を予感していたのかもしれません)
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私の大切なラスティン様へ
今、貴方がこの手紙を読んでいる頃には、私はワーンベルから随分離れていると思います。昨晩、私が貴方にした行為は決して貴方に対する同情だけからしたものではありません、それだけは信じてください。
少し昔話をさせていただきます。私は元々、この国の南西に位置するとある伯爵家の領地に生まれました。そこで幼馴染の少年と一緒に成長し、一緒に生まれた町の役人になりました。役人になったその日にその幼馴染の男性は私に結婚を申し込んできました、男性を憎からず思っていた私はプロポーズを喜んで受け入れました。その頃の私は、幸せでしたが、余りにも無知でした。その男性と築くはずだった幸せな家庭は、高慢な伯爵の領地経営の失敗の責任をその男性が負わされて処刑されるという事であっという間に崩れ去ってしまいました。
その事があってから、私は貴族という生き物が嫌いになりました。生まれた町を飛び出して、国中を旅しましたが、その思いは薄れるどころか深まっていくばかりでした。”この国の貴族は腐りきっている”そう確信するまでにはそれ程時間はかかりませんでした。
そして親戚の伝で辿り着いたのがワーンベルの町でした。この町は基本的に住民の自治に任されている事が多く貴族の介入があまり無い事が、私にとって安心出来る町でした。町の産業が下火になりつつある事を知って、何か出来る事がないかと思って役所にいったら、事務仕事の経験を買われ、役人として取り立てられたのは嬉しい誤算でした。私は役所で下級の役人として、この町の再建を志していました。しかし現実はそれ程甘いものではありませんでした。私がどんなに努力しても、町の産業は衰えていくばかりでした。
そんな時です、この町に貴族の息子が代官としてやって来ると聞いたのは。貴族の息子と聞いて私はこの町を出ようかと悩みました、ですがこの町に愛着も湧いていましたから、もしその貴族の息子がこの町に不幸をもたらすようなことがあれば、この身をもって止める決意で、この町に留まることにしました。
そしてやって来た、貴族の息子(それは貴方、ラスティン様でした)を見たとき、不意に故郷で墓の下に眠る今は亡き夫の面影を貴方の中に見出して、かなり狼狽してしまいました。ですが、貴方も所詮は貴族だと、思うと心が沈んで行きました。運よく私は、貴方の近くでその言動を観察する事が出来ました。貴方の言動は私が知る貴族のどれにも当てはまりませんでした。
私を庇って、あのオノレの拳を受けるなんて本当に想定外でした。ですがその行動に裏表が無い事は、その後の貴方の言動で良く分かりました。魔法兵団の皆さんと一緒に土木工事をやったり、町に出て普通の平民達から意見をきたりする姿を見て、私はだんだんと貴方に惹かれていくことを自覚しました。
ですが、所詮は貴族と平民ですし、年齢も離れています。なにより貴方には婚約者がいらっしゃるという事実が私の心を押さえつけていました。夜になると貴方を避ける様になった私を見て貴方は傷付いたかもしれませんね、ですがあのままだと私は自分の心を押さえつけていられなくなる気がしていたので仕方がありませんでした。私は、今の状態で貴方の役に立てるだけで幸せでした。
ですが、忌まわしいオノレの襲撃が起きてしまいました。事件の後、すぐに貴方の心が傷付いている事に気が付いたのは、いつも貴方の事を見詰めていたからだと自負しています。私は貴方が御両親の元で心の傷を癒す事を提案しましたが、貴方はこれを拒否なさいました。 そうすると、貴方の心を慰める方法を私は1つしか持っていませんでした。この方法を取ってしまえば、もう二度と貴方に会うことが出来なくなることも分かっていました。でも貴方がこれ以上、私を助ける為に負った傷で苦しむのを見ていることは出来ませんでした。私は迷わずその方法を実行に移すことにしました。
マルセル様に相談して、仕事の引継ぎをすませ、後は貴方の寝室に忍び込むだけの状態でこの手紙を書いています。私はこの選択を後悔しませんし、これから生きていく中でもきっと誇りにさえ思う事でしょう。私が貴方の最初の女性になる事は、私の望みでもあるのです。
ですが、私は貴方の伴侶には相応しくあいません。そして貴方が婚約者の方を深く愛している事も知っています。ですから、決して私の事は探さないで下さい、もし何処かで出会う事があったとしても知らない人として振舞ってください。
私のことを少しでも愛おしいと思うのであれば、その気持ちを婚約者の方に向けてください。そして辛い時には女性に甘える事が出来るような度量の大きい男性になって下さい。もう私の手助けがなくても貴方なら立派にワーンベルを治めていくことが出来ると信じています。
そして短い間ですが、幸せな夢を見させていただいた事に感謝します。
貴方を何時までも見守っています。 − セシル
===
セシルさんは、結局僕に対して、愛していたとも好きだったとも言ってくれませんでしたね。
セシルさんの手紙を読み終えると、自然に涙が零れ落ちてきました。こんな情けないに子供の為に身体を投げ出して慰めてくれたセシルさんには、本当に感謝の言葉もありません。手紙を握り締めて、これからのセシルさんの生活に幸福があることを願っていると、いつの間にかマルセルさんが執務室に入って来ていました。
「マルセルさん、セシルさんの事知っていましたね?」
「ええ、彼女は今朝早くの馬車で旅立って行きました」
一瞬、何処へ行ったのか聞きたくなりましたが、それはセシルさんの好意を無駄にする事だと気付き黙っていました。
「男は悲しい別れを経験して、一人前になっていくのです」
こうマルセルさんが突然言い出しました。
「マルセルさんも悲しい別れをしたんですか?」
「しましたよ、何度か、ですがこういう話は他人にするものではありません。自分の胸にそっとしまっておくものです。そして辛い事があった時に思い出して、生きる気力に変えるのです」
「そうですね」
僕はそれだけしか答える事が出来ませんでした。
セシルさん、僕はこの国を少しでも多くの人々が幸せに生きていける国に変えていこうと思います。僕がこれからどんな行動を取っていくか遠くからでも構いませんから見ていてください!
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