ライル 本編214話読後にお読みください
第54話 母の思い
そうだね、僕がその事を知る切欠はあの出来事だったかも知れないね。思い返せばそれ程昔の事でも無いのに、随分昔の事に感じるのは何故かな?
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「ライル様?」
「ミコトさんじゃないですか、こんな所でどうしたんですか?」
ミコトさんは僕の年上の叔母の使い魔の女性なんだけど、詳しい事情を書き始めると凄い事になるので省略させてもらう。肩の辺りで切り揃えられた黒髪を少し揺らしながら近付いてくる小柄な女性は、僕の言葉に不満そうにしている。別に僕自身が偉い訳でも無いし、年上の女性とくだけた口調で話すのは少し遠慮したい。この辺りはきっと今は亡き母さんの影響なんだろう。
一方のミコトさんは、どうも僕が貴族だと思い込んでいるらしくって、何度頼んでもライル様と呼びかける事を止めてくれないのでお互い様だと思うんだ。
「姉の所に行く前に、少し今の状態に慣れておこうと思ったのです」
「ああ、散歩ですね? それなら城外でも、良いんじゃないですか?」
「あまり明るい光を見るのはもう少し待った方が良いと、先生が仰っていたので」
これはちょっと説明が要るかな? ミコトさんは事情があって目が見えなかったんだけど、有名な水メイジの治療で目出度く目が見える様になったんだ。まだ、目が見える事に慣れないみたいだけど、こう言う積極性はこの女性らしいね。
「成る程、それで城内を散歩なのですね。それで僕に用ですか、多少なら城内を案内出来ますけど?」
「いえ、ライル様に少しお話しておきたい事があるのですが、時間をいただけますか?」
「少しなら構わないよ、長い話なら、いや、今聞いた方が良いんだね」
僕はちょっと仕事の報告に向かう途中だったんだけど、元々かなり遅れてしまった仕事だったから今更だと思い直した。それにミコトに次に会えるのが何時になるか分からないしね。
「はい、それに、そんなに長い話ではありませんので」
「場所を替えましょうか?」
「そうですね、あまり他の方々に聞かれたくは無い話ですので」
僕達は場所を移動して、ミコトさんの話と言うのを聞く事にしたんだ。
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「それを信じろと言うのですか?」
「別に信じていただかなくても構いません。ただ、その女性の想いをライル様がお知りになる事に意味があると思っただけですから」
死者の言葉が聞けると言うミコトさんの言葉をそのまま信じる事は難しいけれど、この女性の語った僕に憑いている死者の霊(守護霊という表現をされたけどね)の容姿が殆ど”あの時”のままの物で語られた事は全くの出鱈目ではない事の証明だろうね。あの話を僕は殆ど他人にした事がなかったし、この国に来て日が浅いミコトさんがここまで上手く母さんの容姿を表現するのは難しいんじゃないかな?
「ミコトさん、1つ聞いて良いかな?」
「どうぞ」
「その守護霊さんですが、髪の色は本当に僕と同じ蜂蜜色だったんですか?」
「ええ、ライル様と同じですね。ただ、霊が纏う色は死の瞬間のイメージだったり、魂の色だったりする事もあるので生前の髪の色と一致するかは分かりません」
「そうですか・・・、ミコトさんを信じたいと思います。その女性が言っている事を教えてもらえますか?」
「ありがとうございます、ライル様。その女性が主に語っていたのは、何としても子供を守りたいという希望、いいえ、決意です」
「そうか・・・」
子供が誰かは分かっているんだろうね、あえて他人の様に話しているのかな?
「それとですね、その方は子供さんに”私に何かあれば、お父様を頼りなさい”とも言いたかった様です」
「えっ!?」
ミコトさんの言う事が僕には理解出来なかった。僕にとっては”本当の父親”は母さんと同じで故人だったからだよ。
「そのお父様と言うのは、その女性の父親ですか?」
「さあ、そこまでは分かりません。ただ、何と言うか、若い方の印象が伝わって来ますので、その可能性は低いですね」
「その若い方というのは?」
「あの、ちょっと・・・」
何故そこで顔を真っ赤にするか疑問だけど、何度か質問してみてもまともな回答が帰って来なかった。(母さんが父さんに抱いているイメージが少し不安になったけどね)
今思い出しても、母さんは夫に関して殆ど教えてくれなかったと思う。幼かった僕には当たり障りの無い父親像しか語らなかったし、今ではもうおぼろげな記憶しか無いんだ。はっきり覚えているとすれば、僕が父親が居ない事で苛められて泣いて帰って来た時に、”あなたのお父さんはね、遠い所に行ってしまったの”と言い聞かせてくれたのは当時の僕に父親が死んだという事実を受け入れさせるに十分だった。
「ライル様?」
「ああ、ごめん。そうだ、どうして今になってこんな話をしてくれたのかな?」
「そうですね、死者の言葉が聞こえなくなったからでしょうか。目が見えるようになって、その力が綺麗に無くなったんです」
ミコトさんにとって、死者の声が聞こえたり姿が見えるというのはあまり嬉しい力じゃ無かったみたいだ。僕には少しだけでも欲しいけどね。例え会話が出来ないにしても、違うね、今でも母さんは僕を見守ってくれているんだと信じる方が良い。
「ミコトさん、ありがとう!」
「いいえ、どういたしまして。皆さんがライル様の様だったら、あの力を失う必要は無かったかも知れないですね。そうだ、実はライル様に今の話をしようと思い立った切欠があったのです」
「切欠?」
「はい、その女性がお子さんに伝えたっかった人物像に関してです」
「人物像? 父親じゃなくって、その女性の夫ですか?」
「いいえ、そう言った感じではなかったですね。頼りになる先輩とか、上司とか言った感じですが、すみません上手く言葉に出来ないです」
「それは構わないんだけど、どんな人ですか?」
「えっとですね・・・」
ミコトさんの話を聞くと、大体言いたい事が分かった。ミコトさんはこの城でその男性に会ったのだろう、それがどう言う事を意味するか分からなかったけれど、とりあえず話だけは聞いてみる事にしようかな? これからその男性に会いに行くのだから丁度良い。仕事が遅れた事を謝る時に、この話を出せば、上手く誤魔化せるかも知れない。(嘘が下手の僕でもこうすれば追及の手を逃れる事が出来るんだ)
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「マリユスさん、報告書持って来ましたけど?」
「ああ、ライル君、ちょっとタイミングが悪いね」
「すみません、お帰りになる所でしたか?」
マリユスさんは義父の直属の部下になるのかな? そして、現在の僕の上司でもあるんだよね。以前は色々な事を覚える為にキアラさんに仕事を教わっていたんだけど、今は主に内政向けの仕事が多いんだ。義父は僕を何処かの代官とかにしたんだろう、そして将来的には領主かな? 僕が運良く彼女を射止める事が出来れば、代官では格好がつかないからね。
「うーん、報告書は後でも良いけど、そうだ、時間は有るかい?」
「え? はい、大丈夫です」
本当ならば義父達と夕食の時間が迫っているんだけど、仕事の方が優先だよね。
「これから店の方に顔を出すんだけど、一緒にどうだい?」
「はい、喜んで!」
思わず力が入っちゃったよ、例え大貴族でも予約が無ければお断りと言うマリユスさんの料理店で食事が出来るなら喜んで行く。何時だったか、義父の友人のパーティーで食べた料理は今でも忘れられない位だもの。本当なら”彼女”も一緒に連れて行きたいけど、仕事の話もあるからちょっと拙いかな?
マリユスさんが(趣味でと本人は主張しているよ?)経営している”精霊の寝床”という料理店は、王都の下町近くにあって好んで貴族が行く様な場所ではないと思う。それに、外見もあまり良くない意味で時代を感じさせる建物なんだ。ただ一歩店内に入ると全く別の場所に来たと思える程なんだよね?(儲かっているんだから建て替えれば良いと思うよね)
「お帰り、マリユス!」
「遅れたかな?」
「べっつに〜」
店の勝手口から入ったマリユスさんと僕を迎えてくれたのは、グレースという女性だった。何度か噂は聞いていたけれど、会ってみるとマリユスさんの奥さんとして紹介されないのが不思議な位だったんだ。どちらかと言えばふっくらとしたタイプで、明るい女性なんだけど、単純に料理の腕だけならマリユスさんよりも上とマリユスさん自身が言っていたね。
調理場の片隅で賄い料理を美味しくいただいた後、夕食を摂っているマリユスさんに報告を始めたんだ。こう言うのは、生まれも育ちも平民な僕としては殆ど気にならないんだよね。(義父のでもあり、僕が育った場所でも有る)実家の食堂や今使っている学院の食堂の方があまり落ち着かないと言うのは大きな声では言えないんだけど。
「うん、まあまあかな」
「本当ですか?」
「成果としては賞賛に値するかもね、だけど」
「はい、時間ですね」
「そうだね、この領主と領民の諍いの仲裁をライル君に頼んだのは、君がどちらの視点からも妥当な落し所を見付けられるとおもったからだ。これは最初に説明したね?」
「はい・・・」
「別に責めている訳じゃないよ、話を聞く限り上手く纏まったと思うし、これからあそこは上手く動いて行くだろうね。君みたいな若者が成し遂げた成果としては最上級だと思う」
「・・・」
「そうだね、今この国は激動の最中にあると僕は感じているけど、君はどうかな?」
「激動ですか・・・?」
平民にとって良い時代が到来しつつあるという事は僕自身、学校や学園での生活を通じて肌で感じているけれど、激動という表現は相応しくないと思う。
「やっぱり感じないかな? 僕が知る限り、君がやったような領民と領主の仲裁なんて話は本来、国のまで上がって来ないんだよ。領主達は、今生き残る為に奔走しているし、これからも君が解決した様な問題は国中で出てくるだろうね」
「その話は、学院でも噂になっていました」
「だろうね、この問題1つを解決するのに2ヵ月はちょっとね。君がまだ学生で休みにしか活動出来ないにしてもね」
「はい・・・」
「ねえ、ライル君。君にとって、領主と領民どっちが大事?」
「おい、口を出さないでくれよ」
「良いじゃない、私にとっても後輩なんでしょう?」
グレースさんの言う通りなんだよね、マリユスさんもグレースさんも学校の卒業生だから僕の先輩なんだ。
「ちなみに私にとっては領民の方が大事かしら? 別に私が平民出身だと言う事は関係無いわよ」
そんなに顔に出たかな? でも貴族の方がお金を落してくれると思うんだけど。
「ちょっと言い換えるとね、私にとっては私の料理を喜んで食べてくれる人が多い事が重要なの。多くのお金を払ってくれる人には高価な食材を使うし、僅かなお金しか出せない人にもそれなりの食材で高価な食材にも劣らない料理を供するのが私の誇りって訳ね」
「いや、料理人たるもの自分の舌をじゃなくてだな! えーっと、そうだ、ライル君は良い子だって聞いていたけど、本当にそうだね?」
「それ皮肉ですよね?」
何時だか、義祖母(決してお祖母ちゃんと呼んではいけないよ!)にもそんな事を言われたんだよね。僕自身は自覚は無かったけれど、”捨てられるのが怖い”と言うのを否定出来なかったんだ。
「まあ、半分そうだね。グレースも言ったけど、君の中で優先順位がどうなっているか少し心配かな?」
「優先順位?」
「ああ、例えば君のお父様で言えば、貴族が一番下なんだろうね。色々と割を喰っているのは貴族ばかりだ。一番上は家族だろうね、何故あの人が王様をやっていられるか疑問に思う事もあるよ」
「そうですね、いえ、でも!」
「うん、あの方は実に上手く振舞っている様に見えるよ。どうみても狙っているようには見えないけど、貴族に対抗する力を育てて来たし、それが僕の頭痛の種でもあるけどね」
僕が学院に入学した当初も色々義父の事で揉めた事があったんだ。それ位は僕にとってどうという事は無かったけどね。優先順位か、義父にも近いことを言われた事があったな?
「君も領主代行や、多分領主にもなるのなら、全てを守ろうとして全てを失う様な事が無い様に考えておくんだね」
「はい、ありがとうございます。1つ聞いて良いですか?」
「何かな?」
「御二人は何時結婚なさるんですか?」
「さあ、何時だろうね? 父も晩婚だったからそれほど気にならないんだけど、君こそ何時結婚するんだい?」
「え!?」
「もう直ぐ学院を卒業だろう、将来についても考えないとね?」
「はい・・・」
少しだけやり返す積りだったんだけど、大人の余裕で返り討ちにあったよ。彼女との将来か・・・、漠然としたイメージしかないや。今の僕が彼女の本当の地位に相応しい男性とは思えないし、義父に言われた通りに動くだけというのも、少し不満に感じる様になったのも事実なんだよね。
大きすぎる義父の影に少しだけ怯えたのかも知れない。この感情はもしかすれば彼女と出会わなければ感じる事が無かったのかも知れないね。偉大すぎる父親を持った息子、その息子に甘えられない孫といった微妙に状況は異なるけどね。こんな感じで、マリユスさんから母さんの事を聞き出す事は出来なかったし、感触だけなら多分マリユスさんは何も知らないと思ったんだ。
===
そんな話があったから、僕自身が戦争に行く事を決めたのは自然な流れだったと思う、だけど、彼女まで一緒に来ると言い出したのは誤算だったんだ。意外だったけど、僕には凄く嬉しい事だったのは彼女に直接伝える事は出来た。でも、あんな事になるとは全く予想していなかった。
何故だか、自分達は怪我もしなければ誰も死なないなんて思ってしまったのは、やっぱり義父の影響なんだろう。別に油断していた訳じゃないけど、僕が怪我を負ってしまい無様にも眠らされている間に守った筈の彼女に逆に救われる事になるとは思っても見なかったんだ。そしてその事が優しすぎる彼女の心に大きな傷を残してしまった。
えーっと、色々苦労して何とか彼女は立ち直ってくれたのだけど、それにはあの人の力が大きな役割を果たしたという事は否定できないだろうね。彼女が”ファザコン”だとは分かっていたけど、ぶっきらぼうに声をかけただけのあの人をどうも受け入れがたいものがあると思う。
===
無様な嫉妬心を隠しながら、僕は結局義父に命じられるままにとある領地の代官として赴任する事になったんだけど、その途中で僕は”必然”と出会う事になった。
「参ったな、こうも都合良く列車が止まるなんて」
「そうですね、どうしますライルさん?」
「そうだね、復旧までは少し時間がかかるって話だから、ちょっとここの代官に挨拶してくるよ。列車が動く時間が分かったら代官の屋敷まで使いをくれるかな?」
「はい、承知しました」
義父が付けてくれた部下達を駅に残して、護衛を連れて代官の屋敷へと向かった。何度か訪れた事がある場所だったので、警備の兵や兵団員に捕まる事も無く屋敷に入る事は出来たんだけど、肝心の代官の部屋に向かうのは気が進まなかったんだ。彼女でも居れば良かったんだけど、義祖母に捕まって”領主の妻とは!”を延々と聞かされていたんだよね?
まあ、居ないものは仕方ないし、代官の奥さんとは言えシモーヌさんが代官の屋敷に詰めているとは思えない。僕は意を決して代官の執務室の部屋のドアをノックした。返答を待って部屋の中に入ると、思わぬ人と再会する事になった。
「おや、ライル君じゃないか、噂には聞いていたが本当に立派になったね?」
「えっ? マルセルさん!?」
===
「貴方、何を熱心に書かれているんですか?」
「ああ、ベラか、ちょっと、昔を振り返っていたんだよ」
いつの間にか集中していたらしく、愛する妻がすぐ横に立っているのに気付かなかった。義母の入れ知恵なのか本名を呼ぶと怒るのにベラと呼ぶと少しだけ甘えるような声が返ってくる。
「大丈夫なのですか?」
「ん、ああ、名前も地名も出していないしね」
「もう意地を張るのは止したらどうです?」
「駄目だね、少なくとも僕の弟が王位を継ぐまではね」
「義父様もソローニュに来て下さらないし、何処か貴方と義父様は似ているのね?」
「妙な所が似ていると思っているんだね、ベラは」
「いいえ、貴方は母親似だと仰っていたもの」
「そうか、そうかも知れないね」
母さんは僕の今の姿を見てどう思うだろうか? いや、母さんにも父上にも恥じない領主になる方が余程僕にとっては重要だったな。そしてここに僕が理想とする居場所を再現して見せるんだ!
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