アルマント 本編238話読後にお読みください
第55話 とある錬金メイジの朝
「パパ!」
「・・・」
「起きてよ、パパ!」
「・・・」
「もう、子供みたいなんだから、えい!」
”ゴチ!”
「痛て! ふぁ??」
「パパ、起きた?」
「ああ、ベル、おはよう」
「またベルって呼ぶし・・・。私ももう10歳よ、ちゃんとベルダって呼んでよ」
「いや、10歳はまだまだ」
「もう大人なの!」
「そうか? 立派なレディーというなら、それなりの父親の起こし方があるんじゃないか?」
「それなり?」
「ああ、ほっぺたにキスとかな」
「パパのエッチ! ママ、パパがね!」
目は覚めていたのだが、朝の娘とやり取りが面白くてからかってしまった。どうでも良いがベルダさん、レティシアに妙な言い方をしないでくれよ、お母さんは怒ると怖いんだからな。
===
「おはよう、貴方」
「おはよう、レティ」
「ベルダに変な事を吹き込まないで下さいね?」
「ああ、何だ今朝の食事は豪華だな!」
「ええ、貴方が”主任”になって始めての大きな仕事でしょう?」
「・・・、そうだったな。迷惑をかけるな」
「何言ってるの、夫の昇進を喜ばない妻なんて居ないわよ」
俺の場合少し事情があって、この歳になってやっと一角の錬金メイジとして認められたのだ。人生の半分を綺麗に無くしてしまったが、今はそれを補って余りある充実感を感じている。
妻のレティシアは将来を嘱望された錬金メイジだった。実際、魔法と言う物を”忘れて”しまった俺に、ほとんどゼロから錬金を仕込んでくれたのは俺の教育係だったレティシアだ。年下の娘に物を教わるのには抵抗が無かったとは言わないが、当時の俺はほとんど子供だったからな。
同時期にワーンベルに入った連中もレティシアに想いを寄せていたのだが、彼女が求婚に応じたのは一回り近く年上の私だけだった。あー、”放って多くと何処かへ行っちゃいそう”とか言われたのは微妙に傷付いたが、美しく献身的な妻と可愛い娘を得られた事に比べれば大した問題ではないだろう?
===
朝から重い食事を終えると何時もの工場ではなく、近くの駅に向かった。ここマース領からミデルブルグ自治領へは列車を使えば直ぐなのだが、自動車を使えばもっと手軽に行ける。ただ、今の俺の稼ぎでは気軽に買える物では無い。ベルダの将来の事も考えると無駄使いは厳禁なんだ。というか、レティが絶対に許してくれない。
「おや、ギャレーさん」
「ギベールさん、おはよう!」
駅に向かう途中で、ご近所のギベール氏に出会った。この人は通勤に列車を使っていた筈だな。
「おはようございます。珍しいですね、今日はお仕事はお休みですか?」
「いいえ、仕事でお隣まで」
「お隣? ミデルブルグですか?」
「ええ、あそこは行く度に見違えますから、楽しみですよ」
「ギャレーさんは、随分と人が出来ていますね」
「そうですか?」
「エルフや翼人程度なら問題ないのですが、竜とか居るとさすがに・・・」
ギベール氏の考えを別に狭量とは思わないが、ミデルブルグは子供達のとって人気の場所なのだ。まるで巨大なテーマパークなどと思ったが、テーマパークという言葉は何故か通じないのだ。
それよりもベルダなどは始めて間近で竜を見て大泣きしたのに、竜の背中にのって空を飛んだ後は、離れるのを嫌がったんだよな。その内、竜さんと結婚するとか言い出しそうで頭が痛い。
ギベール氏とは駅で別れ、待ち合わせをしていた同僚とライデン駅からギーセンを経由して目的の工場に着いたが、少し前ならばこんなに短時間で移動できなかっただろうな。
その小規模な工場での指導は結構時間が掛かってしまった。ミデルブルグのメイジは概ねレベルが低いからどうしても時間が掛かるらしい。レーネンベルクやマースならベテランといえる年齢のメイジでも初歩的な錬金が何とかと言うレベルなのだ。
そもそも魔力量が強大で、かなり歳をとってから魔法を使う様になったメイジと言うのはあまり見かけないから、俺の様な人間が指導者として選ばれたのだろう。(ミデルブルグと言う土地にも臆しないという点もあるかもしれないがな)
===
結局最終列車で何とかライデン駅まで帰り付けたが、同僚の方は魔力切れでライトも灯せない程だった。魔力も神経も酷使する仕事だったが、それなりの充実感もあった。俺の方は魔力に余裕があったから同僚を送って我が家に戻るともう夜半を回っていた。
「ただいま」
「お帰りなさい、ご苦労様でした」
うん、さすが俺の妻、良妻賢母の更に鑑だな。
「食事は?」
「ああ、列車の中で食べて来たよ」
「そう、シチューだから明日にしましょう」
「すまないな、だけど、一晩置いたのも美味しいぞ?」
そんな話をしながら、居間に移動したのだがそこには見知らぬ少女が毛布に包まって眠っていた。いや、一度目を擦って見直せば、私を待ち疲れソファで眠ってしまったベルダだと言う事は分かったのだが、何故俺はこんな幻覚を見たんだ?
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「やっぱり疲れているのでしょう?」
職場結婚と言うのは職場の事情が筒抜けだから、面倒な事もあるのだが今回は有り難く感じる。
「そうかも知れないな、先に休むよ」
「ええ、お休みなさい、アルマント」
「お休み、レティシア」
そっと口付けを交わした後、軽い頭痛を感じた俺はそのままベッドに倒れこんだ。そんな気はしていたんだが、やはり夢を見た。
夢の内容は、我ながら中々笑えるんだが、俺はゲルマニアの前皇帝だった。自分に英雄願望があるとは思っていなかったが、心の底では英雄になりたかったのだろうか? だが、ナポレオン1世になるのはちょっと遠慮したい。この国でも、ゲルマニアでも評判が悪いからな。
そんな事をベッドの中で考えていると、何時も通りベルダが俺を起こしに来た。何時ものスキンシップも良いが偶には驚かせてやろうか?
「パパ、おき」
「おはよう、ロッテ」
「えっ?」
呼びかけられた瞬間に布団を跳ね上げて声をかけたまでは良かったのだが、俺の口から出たのは別の女性の名前だった。何だこれは、俺の中で夢が現実になった気がしたぞ?
「パパ?」
「いや、何でもないんだ、おはようベルダ」
「ママ、ママ! パパが浮気したよ!」
「ちょっと待て!」
いや、自分の中の変化より、娘の一言の方が今の俺には重要だった。誰だ、娘に妙な事を吹き込んだのは!
===
朝から、夫婦の危機を招いた訳だが何とか誤魔化して、何時もの時間に家を出た。今日は、仕事は休みで良かったのだが、余裕があるから出勤する予定だった。だが、今朝の事があって、気が変わった。
俺の記憶が正しければ、俺は世話になった人間に殺された事になる。逆だな、あのアキトという変わった男に殺された記憶を持つ私が、そのアキトに世話された形だ。訳が分からない話だろう? 何か引っかかりを感じるが、上手く表現できないもどかしさを噛み締める事になった。
さすがに、アキトや国王陛下に俺を殺したかと尋ねる気にもならないし、ゲルマニアに行くのはなお悪い。そこで俺が向かったのはミデルブルグ自治領のとある場所だった。旧ツェルプストー辺境伯領にある、”隠れ家”だな。
何でこんな所に、隠れ家を作ったか疑問に思えるが、当時のゲルマニアで最も安全な場所の1つがツェルプストー辺境伯領だと、現在なら客観的に理解出来る。誰が思い付いたか知らないが、かなり鼻の利く人間だったのだろう。
さすがにトリステインに併合されるとは思っていなかっただろうが、今の俺にとってはそこにある再起の為の資金がどうしても必要なのだ。娘(違うか、娘達なんだろうな)の為に上手く使えるかも知れない。何より物証があれば妙な心配をせずに考えを進められる。
===
俺は不確かな記憶を頼りに、その場所を目指した。目的の場所はミデルブルグとしてみても、ツェルプストー辺境伯領としてみても田舎の山の中にある小さな山小屋だった。
幸運にも全く開発が進んでいない場所で、目的の山小屋は記憶通りに残っていた。山小屋自体は、単なる入り口の目印に過ぎなかった筈だ。裏口から出ると小さな泉があり、その更に奥が問題の”隠れ家”だった。
「この辺りは記憶通りだな、しかし、未だに誰かが出入りしている様だな。俺を知っている人間なら良いのだが?」
「誰だ!」
なるべくこっそり近付いた筈なんだが、泉の畔で見た事が無い人間に声をかけられた。桶を持っている所を見ると水を汲みに来たのだろうな。
「お前こそ誰だ?」
「・・・」
今の俺は、誰だと聞かれて、何と答えるべきかも難しい。そもそもこの場所は、我が家の土地?の筈だ。他人にこんな事を言われる筋合いは無いと思う。記憶がもう少しはっきりすれば、捕えてしまうという判断も出来るんだが。
「まあ良い、お前名前は?」
「そちらから名乗らないのか?」
「・・・」
「・・・」
何だか、知らんが少し睨み合いになった。妙な既視感を憶えたが、その事が切欠に記憶が少し蘇った。成る程な、道理で見た事が無い顔の筈だ。うーん、俺の方は自由に顔を変えられるような変態ではないが、そんなに変わっただろうか?
相手の反応が少し鈍いのも気になるが、コイツの家の事を思えば不思議でも無いか? まあ良い、久々に古い友人にあったのだ。あの子の事もコイツに聞けば何か分かるかも知れん。
「俺の事が分からないか、トリステイン人?」
革命@外伝 @Maris
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