第53話 子供達
「ずっとこうしたかった、最初は奴に奪われてしまったけどな」
そう耳元で囁くノリス兄の声が何だか甘く聞こえた。ボクが今どんな状態かと言うと、強引に抱きしめられて、その、き、キスされているんだ。学院の同級生(具体的にはモが付く女生徒)が、愛する男性に抱きしめられてキスされると、天に昇るような気分だとか言っていていたけど、本当の事だったんだ?。
別にノリス兄の事を愛しているとまでは行かないし、始めてのキスなのにこんな気分になるなんて、ボクの心と身体はどうしちゃったんだろう?(抵抗しちゃったから歯が当たる様な強引なキスなのに!)
ボクの中では、恥かしさや嬉しさ、懐かしさや愛おしさがないまぜになって、どう言う訳か涙が溢れてきちゃった。その涙が流れた跡を、強引なキスを中断したノリス兄がその舌で拭い取ってくれたんだけど、それさえ少しだけ気持ち良かった。(本当にボクの身体はどうなっちゃったんだろ?)
「少しふっくらしてきたな? ああ、それで妙に動きが鈍かったんだな」
「ノリス兄の、むぐっ」
”えっち”と言おうとした所で、また強引にキスされちゃった。今度は優しいキスだったけど、やっぱり身体から力が抜ける感じがするよ?。(言い訳をさせて欲しいよ、ここの料理は手がかかっていて美味しいけど、お母様もお姉様も残すことを何とも思わないから、つい無理して食べちゃうんだ。以前みたいに身体を動かしていれば良かったんだけど、良家の令嬢としてはそう言う訳にも行かなかったから、色々な所に・・・。嬉しいような悲しいような微妙な気分なんだ!)
「今の私の身分は、ソローニュ候の部下でしか無い。勿論、”ジョゼット・トゥール・オルレアン”とは全く関係の無い人間だ」
「関係が無い人間がどうして、こ、こんな事するの? それに、レーネンベルクはどうしたの、公爵や陛下は?」
「質問が多いぞ? 父や兄は勝手にしろって言ったからな、勝手にしているんだ。それに、関係無いというのは変だったな、これからお前を奪い取るんだから、無関係と言う訳じゃない」
勝手にしろとか無関係じゃないとか、全然訳が分からないよ! ただ、その悩みはそんなに長く続かなかったよ?
「ほう、何処かで見た事があると思ったら、貴公が”ノリス・ド・レーネンベルク”だったか、娘が長らく世話になったな」
いきなり?話に割り込んできたのは、お父様だったんだけど、内容は兎も角口調はうーん、生涯の敵を目の前にした時みたいだよ。(ちょっと夢中で気が付かなかっただけだよ! ボクはそんな女じゃ無いんだ、本当にね!)
「いいえ、大公殿下、私はレーネンベルクを捨てた人間です。それはガリアの宰相閣下なら良くご存知でしょう?」
「そうか? それならば何処の人間とも言えない人間に大事な娘はやれんな!」
「それならば、私がレーネンベルクを継げば結婚を許してもらえるのですか?」
「貴族がそんな恥知らずな事をするな!」
「ジョゼットの為なら、私はどんな恥知らずにでもなります!」
「地位や領民を簡単に捨てたり拾ったりする人間に、娘をやれる筈も無いだろうに!」
うーん、分かっていたけど、全然論理的じゃないよね。何処かの国の王様が、間違ってボクに求婚したとしても絶対にお父様は拒否すると思うよ!
「どうやったら、ジョゼットをくださるんですか、義父さん!」
「貴様に”おとうさん”等と呼ばれる謂れは無い! ジョゼットは私の娘だ、誰にも渡さん!」
「ほう、それならば予定通り、奪って行くだけだ!」
意外に冷静に見えたノリスあ、いえ、ノリスも実は結構混乱していたのかもね?
「良かろう、ジョゼットが欲しければ私を倒して行くのだな!」
何だろうね、この流れは? 学院の同級生の”女の子”達が”私を巡って2人の男性が争うって状況になってみたいわ?”とか話していたけど、これって何か違うよね!? (父親と兄だと思っていた人だとか、どういう状況なんだよ!)
ボクがあまりの事に呆然としている間に、お父様とノリスの無駄に”熱い”戦いが始まっちゃったんだよ。観衆の皆もさっきの大会より盛り上がっている気がするし、こんな場合ボクはどうしたら良いんだろうね?
お父様はさすがに実戦から離れて久しいし、ノリスの方もやっぱり魔力切れが近いみたいだからボクはもう少しヒロイン役に浸って居たかったんだけど、
「これが最後だ!」
「良かろう、父親の力を思い知らせてくれる!」
と、何故か息がぴったりで2人とも切り札を出したんだよ!
ノリス、城がある丘に山津波(ランドスライド)をかけるとこの辺り埋まっちゃうよ? それにお父様、その魔力で大竜巻(トルネード )を使うとこの辺り一面が荒地になっちゃうと思うけど?
さすがに周囲の人達が止めに入りそうになったけど、間に合わないね? 仕方が無いから、ボクが止める事にしたよ。ガリアに帰って来て、始めて使う”メイジ殺し”の力が、こんな機会になるとは思わなかった。(スティン兄やセレナ師匠もこんな事態を想定していなかったと思うよ!)
結果として、お父様が何処かに飛んで行った(途中からの干渉だったから、仕方が無いよね?)、ノリスの方はボクの干渉に気付いて直ぐに呪文を唱えるのを止めちゃったので無傷だったよ。(ちぇ、少し頭を冷やして欲しかったのにね?)
「ジョゼット、行くぞ!」
「ちょっと待って」
ボクはお母様の方に向かって一礼すると、自分の気持ちを素直に言う事にしたよ。(大きな声でね!)
「お母様、短い間でしたがお世話になりました!」
少し離れていたから、お母様がなんと言ったのか聞き取れなかったけど、少し寂しそうに、それでも笑顔で手を振ってくれたよ。隣のお姉様も何だか嬉しそうだし、義兄様(変態)は何故か異常に怯えていた。(最後まで失礼な人だね!)
「ありがとうございました!」
そうもう一度大声でお礼を言うと、何故か観衆から拍手が沸き起こったんだよ? えーっと、この人達から見れば、今から大公家の娘が攫われそうになっている筈なのにね?
「行くぞ、邪魔者は”お前”が排除してくれたけど、あれはしつこそうだからな」
「あれ、そう言う事になっているの?」
「ああ」
確かにお父様はきっと諦めないだろうな?。お母様が説得してくれればいいんだけどね。ボクはノリスに手を取られて、馬に乗りそのままソローニュ候領へ向かったんだ。ソローニュ候には迷惑がかかるね、昔からだけど、本人は気にしないんだろうね。
「ノリス、これからどうするの?」
「ああ・・・」
「ガリアには居られないよ?」
「そうだな・・・」
「今更、トリステインにも帰れないよね?」
「・・・」
「もしかしてゲルマニアに行く積りだった? 皇帝陛下には貸しがあるから何とかなるかもよ?」
「それも良いかも知れないな・・・」
おかしいよ、絶対におかしい! まさか、これからの事を考えて無かったとか? 有り得る、ノリス兄なら有り得るよ!
「ノリスにぃ??」
「・・・」
こんな人にボクの将来を任せて大丈夫なのかな? そもそも、領主としてとか、メイジとしてとかなら兎も角、ノリス兄個人がどうやってガリアまで来て、知り合いとは言ってもソローニュ候の家臣になれたんだろう?
ふと、ソローニュ候の謎の助言が頭に浮かんだんだ、”テッサとミコトに感謝をするんだよ?”だったかよね? そうなると、ノリス兄を手引きしたのはテッサなのかな? ボクが居なくなったんだから、ノリス兄に求婚でも何でもしちゃえばよかったのに・・・。(本当に良い幼友達だよね!)
あれ?そうするとミコトは? というか、ミコトをどうしよう? このままボク達が何処かへ行ってしまったら、ミコトはどうするんだろう? 出来れば一緒に来て欲しいけど、交信だけで呼び出すのは難しいかな? ミコト自身に魔力は無いからどうしても他のメイジが同席する形になるしね。
「あ、そうか!」
「どうした、急に?」
「うん、ミコトには分かっていたんだと思ってね!」
「はぁ?」
「”一度”、トリステインに”帰ろう”」
「だが・・・」
「良いよね! ボクの為に、”恥知らず”になって欲しいんだけど、ダメ?」
ボクも久しぶりに(対ノリス兄用の)切り札を出す事にしたよ、ボク達の将来がかかっているんだから遠慮はしないよ!
「任せてくれ、腰が痛くなる位、頭を下げて見せるぞ!」
「うん、でも程ほどにね?」
うん、経験は無いけど、その、男の人が腰が痛くなる事って、きゃ?!!!
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結局、トリステイン国王陛下とレーネンベルク公爵夫妻(義父様と義母様、声に出すと昔と変わらない呼び方だね)に丸め込まれる形で、ノリスがレーネンベルク公爵位を継いで、同時に正式にボクとノリスの結婚式が行われる事になったよ。ボク達がトリステインに戻ると同時に義父様が倒れるなんて出来すぎ(というかボクにさえミエミエ)だけど、義父様がもうお歳なのは間違いが無い。
レーネンベルク公爵家に跡取りは必要だし、出来れば義父様にボク達の子供を見て欲しいな。あの長い事子供に恵まれなかったスティン兄にも男の子が生まれたし、もう直ぐ女の子が生まれるらしい。スティン兄の希望では子供達はレーネンベルクで育てたいと言っていたよ。
そうでなくても、子供が一杯のレーネンベルクの屋敷が更に騒がしくなるんだね。ボクの人生は色々あったけど、ココがボクの居場所だって実感出来る様になったのは、ボクとノリスが本当の意味の絆で結ばれたからなんだろうね。
この幸せな日々が続く事を信じて、毎日を大切に生きて行こうと思う。多分、ボクやルイズと同じ様に苦労すると思う”子供”達と一緒にね!
そうそう、子供達を連れてガリアに行く予定があるんだ、その時はきっとボクが生まれた国に恩返しが出来ると思う。それを機会にノリスとお父様が仲直りしてくれると良いんだけどね。
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