第51話 前哨戦

 お父様の目処が付いたは本当だったらしくって、あの話を聞いてから二月足らずで”オルレアン魔法武闘大会”が開催される事になったんだ。


 最初は予選が行われて、予選を勝ち残った者と特別枠の者で本戦を戦う形になるんだ。特別枠と言うのはそれだけの後ろ盾と保証金を用意出来た者だけが予選を免除され仕組みなんだけど、金貨1000枚とかちょっと信じられないよね?


 この武闘大会というのはある意味、賭け事だったり、娯楽だったり、自分の持つ駒を自慢する場だったりするんだ。メイジの部では使える魔法はラインまでで、平民の部で使われる武器は刃を潰した物なので死者は殆ど出ないのが救いかも知れないね。


「武闘大会に関しての裏情報はこんな所ですよ」


「そうでしたか、私の無聊を慰める為に人々が戦うと言うのは納得行かなかったですが、そう言う事情なら純粋に楽しもうと思います、ソローニュ候?」


「イザベラからは色々聞いていますよ、私からの意見などは貴女のお父様は聴いてはくださいませんからね」


「もしかして、この武闘大会はソローニュ候の提案ですか?」


「はい、オデット様が、大公妃様が賛成してくれなけれ実現しなかったでしょうね」


「ソローニュ候も人を出しているのですか?」


 この人はそう言う事は嫌いそうだけど、そうじゃなければここに居るのはちょっとおかしいからね。


「ええ、部下の1人が是非に出たいと言い出しましてね」


「ソローニュ候の部下の方ですか? 若い方が多いと聞いていましたが?」


「”彼”も十分若いですけどね、年齢制限にはぎりぎり引っかかりませんよ、おっと、そろそろ本戦が始まるみたいですね?」


「はい、私も自分の席に戻る事にします」


 そう言って、その場を離れようとしたボクにソローニュ候が小声で妙な事を言って来たんだ。


「ジョゼット、テッサとミコトに感謝をするんだよ?」


「えっ?」


「それと、何が起こっても驚かない事」


「それって」


「ああ、妙な意地を張るのも止めるんだね」


「ライ」


 ソローニュ候は子供の頃を思い出させるような笑顔を残して、その場を去って行ってしまったんだ。上手く逃げられた感じだよ、追求すれば何を隠しているのか聞きだせるかと思ったけど、彼も色々自分の欠点とかを補おうとしているのかな?

 ボクは何だか落ち着かない気分のまま、主催者席に戻る事にしたんだ。そして、本戦の参加者紹介が始まってソローニュ候の謎の言葉の一部がよーっく理解出来たよ!


「ソローニュ侯爵家家臣、ノリス殿?」


 呼び出し係の小父さんがそんな大声を張り上げたんだけど、その人の姿を見た時点でボクは混乱状態だったよ? ノリスと言う名前は珍しくも無いけど、銀髪碧眼で20代後半から無理すれば30歳に見える人物となるとあまり見かけないよね?


 斜め前に居るお父様の表情は見えないけど、そのノリス殿と言うのが、あの”ノリス兄”だとは気付いていないだろうね。直ぐ横に座っているお姉様は他の大会参加者を見る目と変わらない目を彼に向けている。その隣の”変態”とは一瞬だけど目が合ったよ、これは何か知っているね! そして、お母様は明らかにボクの方を見て”ニコニコ”しているよ、見なきゃ良かったね?

 これにお母様が関わっているのは確実らしいけど、何故だろう? そういえば、お母様は去年も今年も避暑と称してトリステインに行ったよ、ボクに会うという目的は無い筈なのに。


 そんな事より、ノリス兄が変装もしないで実名(レーネンベルクとは名乗っていないけど)でこんな所に顔を出すなんて信じられないよ。大体、トリステインの公爵家の跡取りが、どうしてガリアの侯爵家の家臣になれるんだろう?

 ノリス兄が出奔?とか信じられないし、まさか父様いや、レーネンベルク公爵がそれを許すとは思えないよ。トリステイン国王としても、自国の貴族の1人が他国で堂々と騒ぎを起こしたら困った事になるだろうしね。(普通じゃないスティン兄がそれを気にするかは別だけど)


 というか、ノリス兄はそもそも何をやりたくって、この場に居るんだろうね。ボクの中では、テッサに告白でもされて婚約とかいう想像まで結構リアルに感じられていたんだけどね。まさか? ううん、その可能性はボク自身が、でも・・・?


 そんな事を有り得ない妄想を考えてしまっている間に、戦いが始まってしまったんだ。ノリス兄がどんな意図でここに来たのかは分からないけど、その戦いを見届けるのはボクの責任だと思う。単に会いに来てくれただけでも十分に嬉しいし、普通に会おうとしたら、絶対お父様が・・・、謎は深まるばかりだよ!


===


 ソローニュ侯爵家家臣ノリス殿の戦い方は、メイジとしての基本を押えた物に見えたよ、例えるとトリステイン魔法衛士隊辺りの戦い方に近いかも知れないね。ただ、魔法兵団の警備隊や空軍特殊部隊で習う様なテクニックも使っているし、何故かガリアでしか使われない呪文にもきちんと対応出来てるんだよね。


 兵団の警備隊辺りなら、ノリス兄はセレナ師匠のボク達への指導を見ていたのだから知っていても不思議じゃないんだ。魔法衛士隊に関しては、次期公爵としての立場を利用すれば何とか教えてもらえるかも知れない。だけど、ガリアでしか使われない攻撃魔法なんて、簡単に対応方法なんて思いつかないよね?(普通の勉強は兎も角これだけは押さえておかないとと思って、何人かの教師役を雇ってもらったから、ボクは大丈夫だけどね)


 一応ノリス兄もスクエアメイジなので、苦戦はするものの順調にトーナメントを勝ち上がって行ったんだ。この国の伝統的な一対一の決闘作法に則って戦う参加者達はほとんどノリス兄の相手にならなかったよ。(ちなみにボクが相手するのが一番楽なタイプだね、自爆させるのが楽だと思ったよ)


 逆にノリス兄と同じ様な戦い方をする人も居たけど、やっぱりその人にはノリス兄も苦労したね。ノリス兄がスクエアメイジじゃなかったら早々に魔力切れを起して居たかもしれないよ。武器を持ち出す参加者はメイジの部ではさすがに居なかったけど、魔術と体術をきちんと使いこなせる参加者同士の対戦はやっぱり時間がかかったから。(後で知ったんだけど、魔法を中心に戦うのが旧来の貴族派で、魔法と体術を混ぜて戦うのが新興貴族派の特徴らしいよ)


 それでも、ノリス兄は順調に勝ち進んで行ってとうとう決勝になったんだけど、どう言う訳かそれまでと戦い方を変えたんだよね。それまでは普通に攻撃に向いてる風魔法中心だったのが、いきなり防御重視の岩石肌(ロックスキン)を使ったんだよ!この呪文は土のトライアングルスペルだけあって鉄壁の防御力を得られるんだけど個人にしか効果が無くってあまり実用的じゃないんだよね。(別に皮膚が岩になったり、動きが阻害されたりしないけど、触ると皮膚の上に岩の層がある感じなんだよね)


 ノリス兄は見えない岩の鎧を纏って対戦相手に突撃したんだ、相手はいきなり戦法が変わった事に対応出来ずに、その何でも無い体当たりをもろにくらって弾き飛ばされて、そのまま動かなくなっちゃったんだ。あれは受身が取れなくって脳震とうでも起したのかもしれないね。勿論ノリス兄も牽制の火魔法を2回ほど受けたんだけど防御力が勝ったと言う感じで無傷だったよ。


 見ていられない様な強引な戦い方だったけど、優勝した事には変わり無く観衆から拍手が送られたんだ。ただ、ボクにはノリス兄の行動がおかしいのが分かったんだ。どう言う訳か戦いは終わったのに、岩石肌(ロックスキン)を解除していないんだよ。


「ノリス兄は何か企んでいる」


「ジョゼット、どうかしたの?」


「いいえ、お姉様、何でもありません」


「貴方、随分とあのノリスという男性の事を気にしているわね?」


「そうでしょうか?」


「ええ、もうはっきり分かるわよ?」


「お姉様、何か騒ぎが起きるかもしれませんが、大事にはならないと思いますので、慌てないで下さい。義兄様も宜しいですか?」


「ん、ああ」


「分かったわ」


 ノリス兄が何か企んでいるのは確かだけど、危ない事じゃないのは間違いないと思うんだ。有り得るとしたら、うん、有り得ないと思うけどボクを攫って逃げるとか・・・? そして、心の中でずっとそれを望んでいた自分が居た事を、もう否定する事は出来なくなって居たんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る