第50話 婚約者は変態

「えっ、これが”クリストフ・バルドー”?」


「はい、姫様、いえ、シャルロット姫様の婚約者のクリストフ・バルドー様に間違いありません」


「これって、一応貴族だよね?」


「あの、”これ”はお止めになった方が?」


「ああ、そうでしたね。ありがとう」


 この家の人は使用人も含めて礼儀や言葉遣いに少し五月蝿いんだよ。当然の様に男性の格好なんて禁止だし、自分の事を”ボク”と呼ぶ事だって聞かれたらお父様かお母様辺りにお説教される気がする。(一応、普通の貴族として恥かしくない程度の礼儀作法は大丈夫だけど、四六時中だと肩が凝っちゃうんだよね)


「この方は、どうも”平民暮らし”が長かった様でして・・・」


「それは、平民の方々に失礼ですよ」


「申し訳ありません」


 慇懃に深々とお辞儀をする使用人の男性だったけど、ボクの真意は理解していないだろうね、”こんな男と一緒にされたら普通の人は迷惑に感じる”と思ったから言った言葉だったんだけどね!


「この方、どうしましょう?」


「あの、何時も使われている客室がございますので、そちらにお連れしますが?」


「私が運びますから、案内してくれる?」


「・・・、はい」


 うーん、ボクが運んじゃいけないみたいだけど、言ってしまったから仕方が無いね。身体強化の魔法は当然効いているから大抵の人間よりは力持ちの筈だから、ボクとしては当然の提案だったんだけどね。気を失った人間って結構重いんだよ?

 ボクがまだ入った事の無い客室のベッドに”これ”を横たえると、お姉様が慌てた様子で駆け込んで来たんだ。何故そんなに慌てているんだろうと思ったら、


「クリストフ様が暴漢に襲われたと!」


と言う第一声で大体見当がついてしまった。誰かが気を使って捻じ曲げた情報をお姉様に伝えたんだろうね。”これ”の為か、ボクの為かは微妙だけどここは話を合わせておこう。


「お姉様、落ち着いてください」


「ジョゼット、どうして貴女が此処に?」


「はい、私達が偶然通りかかったので」


「そうですか、良かった」


 そう言いながらお姉様が、”これ”の髪を少し躊躇いながら撫でるのを見ていると、本当にお姉様は”これ”が好きなんだなと思えてしまったんだ。本当ならお姉様の目を覚まさせたかったんだけど、どうも無駄に終わる気がするよね?


「お姉様、この方とはどうやってお知り合いになったのですか?」


「あら? ジョゼットもそんな事に興味があるのね!」


 うん、この質問をしちゃいけないのは分かっていたんだ、でも、妹として姉の恋愛事情に興味があったのは事実だよ。すっごく長くて、普通に後悔する結果になったんだけどね。(この辺り、お姉様はお父様の娘なんだなって納得出来た気がするよ!)


 簡単に纏めると、ソローニュ候夫人の招待でソローニュに行ったお姉様が”偶然”ソローニュを訪問した”これ”と出会ってしまったらしいよ。えーっと、何故か出会っていきなり風系統魔法で”これ”を吹っ飛ばしてしまう辺りはボクとお姉様が姉妹だという事の証明だよね? お姉様に吹っ飛ばされた”これ”が何故いきなりお姉様に求婚したのかは全く理解できないけどねっ!


 お姉様が、”これ”の求婚を受けたのも謎だけど、ボクの見る限りこの城の中で大切に育てられた弊害だと思うよ。同じ事をボクにしようなんてお父様も懲りない人みたいだ。妙な貴族と政略結婚させられるのは嫌だけど、このままだとずっと独身決定かも知れない。


 この辺りは、まあ、笑い話で済むんだけど復活した”これ”がボクの事を見てとっても怯えたのには納得行かないよ! どうして、下手をすれば死んでた可能性がある魔法を使われたお姉様に求婚して、死なない様に投げ飛ばしたボクには怯えるんだろうね?


 そして、お姉様が胸のサイズを気にしていたのが、”これ”の好みだったからと言う話を聞いて、ボクの中で”クリストフ・バルドー”という人間の評価は、”これ”から”変態”にランクアップ(ダウン?)したんだ。


 お姉様はボクが、”変態”に批判的な事を感じたのかしきりと”変態”の良い所をボクに教えてくれるんだけど、心が広いとか、身分に拘らないとか、意外に優秀とか、ソローニュ候と仲が良いとかは、ボクにはどうしても認められないんだよね。

 魔法で攻撃された事を許してもらった事で心が広いと勘違いしていると思うんだけど、”変態”の場合は攻撃魔法を受ける事で快感を覚えるんだよ、変態だからね!

 身分に拘らないなんて、ボクにとっては当然の事で、平民の皆と一緒に暮らしていたのなら別に極普通の事だと思うんだ。この城に居ると、自分の常識を疑いたくなるのは事実だけどね。

 ”意外と優秀”とか言っちゃってる時点で、本当に優秀なのか疑いたくなるし、ソローニュ候に関して言えば彼は昔から誰とでも仲良くなったのをボクは良く知っているんだ。


 そんな感じで、ボクにとっては”変態”は”変態”でしか無いんだけど、お姉様の幸せそうな顔を見ていると何も言えなくなっちゃうんだ。国王陛下の意向があってお父様も反対出来ないし、お母様は娘が幸せになるならと賛成している状況じゃ、次女の出る幕なんて無いんだけどね。精々小姑として、義兄様(ヘンタイ)に嫌がらせとする事にしよう、この城に居ると色々ストレスが溜まるから丁度良いよ!


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 こんな感じで、ボクにとっては忍耐の一年が過ぎていったんだ。相変わらず城からは一歩も出られないし、自分をボクと呼ぶ事も出来ない、貴婦人らしくしていて身体を動かす事も自分の部屋の中だけ、時々イザベラさんがやって来て色々話を聞かせてくれるのが救いと言った状況が続いたんだ。


 先日、お姉様の結婚式が行われて、”変態”が城の中に居るけど、”変態”を苛めてもあまり気が晴れないんだよね。お姉様の結婚でボクを取り巻く状況が変わるかと期待していたんだけど、あんまり変化しなかったんだ。未だにミコトはトリスタニアを離れられないみたいだし、ボクは今のボクが本当のボクだと思えない日々が続いていたんだ。


 最近は、学院時代の友人達が話していた”白馬の王子様”や、お姉様が好きな”イーヴァルディの勇者”を待ち焦がれる乙女の様な状態だったりするんだよ。こんなのボクに相応しいとは思わないけどね。そろそろ我慢も限界で、テッサを見習って城出でもしようかと思い始めた頃、お父様が妙な話を持って来たんだ。


「武闘大会ですか?」


「ああ、以前から計画はしていたんだが、なんとか開催の目処が立ったからな。武闘とは言っても、メイジ同士の決闘形式での対戦も予定しているぞ」


「そうですか、ですが、どうしてオルレアンで? 確か義兄様には、大公領の兵力は最低限にする様にとはなしていらっしゃいませんでしたか?」


「そうだな、だが、最近この国や周辺諸国ではこう言った武術を競う催し物が結構盛んなのだ。基本的に他の領主の子弟や部下ばかりだからな、登用すると言う話も出来ないし、まあ、娯楽の一種と言った所だ」


「そんなものが流行っているとは知りませんでした」


「何だ、興味が無いのか?」


「いいえ、多少はございます」


 ボクの育ちを知っているお母様はお父様の横でニコニコしているよ、興味はものすっごーくあるけど自分が出場出来ないのが一番の不満かな? 大貴族の令嬢なんてなるものじゃないね、昔のルイズが羨ましいよ!


 お父様が持っている出場出来る人間の条件が書かれた文書だけど、参加費や保証金とか後援者の身分とか色々条件があるよ。1つ妙な条件が入っているけどね。


「お父様、この30歳以上に限ると言うのは、何か理由があるのですか?」


「うん? それはな、やはり戦いを観戦すると言うなら、それなりの戦いを見たいだろう。やはりある程度経験を積んだ人間の方が向いているだろう?」


「はい、そうかも知れませんね」


 いや、ここまで露骨にやっておいて理由を説明できるお父様もある意味大物だよね? お母様はこっそり苦笑しているから、何と言うか滑稽に見えなくも無いよ!


 10歳も歳が離れていれば、一目惚れとかの心配も無いって考えているのかな? この城に若い男性が居ないのは、年頃の娘を持つ父親の心理としては分からないでもない(本当は全く理解できないけどね!)んだけど、今回はやり過ぎと言う気もするよ。今のボクの状況を改善してくれるなら20歳年上でも我慢出来る気がする。

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