第40話 香り
「結局、運命からは逃げられなかったんだけど・・・」
「それが、生贄になるって事?」
「ええ、龍神様が住む洞窟に突き落とされた時の事は、一生忘れないと思う。特にあの土の匂いはね」
「でも、ミコトは”龍神”を倒そうと思ったんだよね?」
「ジョゼットは武器の扱いが得意じゃなかったの?」
「そうだね、あの”小太刀”じゃ、竜相手だと、捨て身でも怪我させるのが精一杯・・・」
「私はね、龍神様に傷を付ける事が出来れば良かったの。それが私が生きていた証になると思ったから、もしかしたら痛みを嫌って生贄なんて要求しなくなるかもなんて思ったけどね」
ミコトは、少しだけ悲しそうな声を出したんだ。ミコトはもう龍神に会うことは出来ないだろうからかな? そう言えば、テッサは竜が生贄を要求するなんて有り得ないって言ってたよね。使い魔が風竜なんだから弁護したい気持ちは分かるんだけど、龍神と言う位なんだから普通の竜とは違うんだろうね。(あの、シルフィードという竜も何か変だと思ったけどね)
「ミコト、ボクはね、やっぱりミコトって強い女性だと思うよ。ボクがミコトの立場だったら、きっと何も出来なかったと思うから」
「そう? 命の恩人のジョゼットがそう言うのなら、少しだけ自分が強くなったって思うことにする」
「うん、ミコトはきっと生まれ変わったんだよ」
「生まれ変わった? そうかも知れない、あの土の匂いが染み付いた洞窟から、光溢れるこの世界へね。うん、太陽の匂いがする」
「・・・」
「どうしたの?」
「何でもないよ?」
うん、綺麗に洗って干した洗濯物の香りを楽しんでいるミコトに、”それ、ボクのパンツ”とは言えないんだよ!
「ねえ、私が”目が見えるようになるのが怖い”と言ったら、貴女はどう思う?」
「えっ! でも昔は目が見えたんだよね?」
「ええ、私はね、目が見えなくなる事で”ある力”を得たの、でも、目が見えるようになれば”その力”が無くなると思うの」
「”力”って?」
「それは、言えないの。でもね、目の治療は受けてみるわ」
「本当?」
「ええ、私のマスターが私の為に尽力してくれたんだもの」
「うん、良かった」
「それにね、男の子みたいな女の子の顔をこの目で見てみたいから」
ミコトはすっごく恥ずかしくなる様な事を、本当に嬉しそうに話してくれたんだ。ミコトは、エルネストさんの治療のお陰で呆気ないと言っても良い位に、簡単に目が見えるようになったんだ。ミコトの予想通り、ミコトの”力”と言うのは無くなってしまったらしいよ。ミコトは、”力”が無くなってやっとその力について話してくれたんだ。
「死んだ人の幽霊と話せる?」
「話せたよ、今はもう”見えない”し、”聞こえない”もの」
「そうなんだ・・・」
「気持ち悪いでしょう?」
「どうだろう? マジックアイテムの中には死体を操る事が出来る物もあるからね」
「そっちの方が気持ち悪そうね。ジョゼットは誰かの幽霊を話したくなかった?」
「うーん、身近な亡くなった人って言っても、執事のリッチモンド位かな? 良く覚えていないんだけどね」
さすがに今のボクでも、自分が手に掛けた人間の恨み言を聞く気は無いしね。
「そう、ジョゼットは幸せに育って来たのね」
「それは違うよと言いたいけど、そうだろうね」
「今だから話せるけど、死者の声を聞けると言うのはね。この世への未練を聞く事だったのよね」
「未練ねぇ」
「私達は生きているし、まだ若いからそうでもないけど、この世に多くの未練を残した人間と言うのは、怖い存在なのよ」
「ふーん?」
「まあ、それは死んだ本人しか分からないんだけどね」
全然関心が無いのが、バレバレみたいだよ。そんなに付き合いが長いわけじゃないのに、テッサ並みの鋭さかもね。
「えっと、どうしてミコトは幽霊と話せたの?」
「それは、推測なんだけど、源の血が影響しているんだと思うの」
「ミナモトの血?」
「ええ、付喪神というは分からないわよね?」
「聞いた事が無いかな」
「そうよね、私の国、いいえ、私が暮らしていた国にはね。”長い年月を経て古くなったり、長く生きた道具や生き物には神が宿る”と言われているの」
「神様が?」
「ええ、神様がという表現はここでは拙いみたいね。そう人格が生まれると言ったら良いかしら」
人格って、最近何処かでそんな話を聞いた気がするよ?
「源の人間には、時々、付喪神様と会話が出来る子供が出るの。神楽姉さんなんかは私より”彼ら”の声が良く聞こえたんだ。だからこそ、生贄にされるわけなんだけどね」
「えーっと?」
「ごめんなさい、ちょっと変な話だったわね。私もこちらの習慣とかに戸惑う事があるから良く分かる。簡単にまとめるとね、私の血に潜む力が、私の目が見えなくなる事で歪んでしまって、結果的に、死者の霊と交流出来るという形になってしまったんだと思うの」
「うーん、それで目が見えるようになったから、死者の声も聞こえなくなったの?」
「うん、そんな感じ」
「ちょっとだけ、勿体無いね」
「ジョゼット・・・」
「ごめん! そういう積りじゃなかったんだ」
ミコトが本当に悲しそうな目をしたので反射的に謝ってしまったけど、ミコトはどんな世界で暮らしていたんだろう?
「そういえば、あの国王様?にガリア、神楽姉さんの所に行って来る様に言われたんだけど、行っても良い?」
「え、何で?」
「政治的な話って言ってたわ、”ガリア王妃の妹が無事である事を証明する”必要があるんだって」
「うーん?」
ミコトが、分かる?って感じで首を傾げたけど、ボクも同じ様に首を傾げる事になっただけだったんだ。ボクは決して政治なんかには通じていないし、そんな事より、スティン兄の提案がボクに対する”悪意”に感じてしまった方が重大だったんだ。
スティン兄からの伝言で、ライルがボクに他のメイジと組んでの戦闘訓練をして欲しいと言って来たのはつい先日だったし、その時にライルはミコトの事は何も言っていなかったんだよね。うん、自分を誤魔化せないや、ボクは”ミコトがガリアに行って帰らない”と考えるのが怖いんだ。
「良いよ、行っておいでよ」
「本当に良いの?」
「別に、ミコトがお姉さんに会うのを反対する理由なんてないよ!」
「ジョゼット?」
「本当なら、ボクも一緒に行きたいけど、色々忙しくなるから」
ボクがガリアに行くか、有り得るのかな? 学院に入って分かった事なんだけど、ボクはガリアについて普通以上に学んで来たみたいなんだ。全然隠せていない”アナベラ・ド・ボヌー”という女性がそれを証明してくれたんだよね。
ガリアの特産品とか気候・風土なんかの話をミス・ボヌーと対等に出来るのはボクとテッサ位な物だったんだよ。でも、ボク達が他の外国に詳しいかと言えばそんな事は無いんだよね。例えばキュルケのゲルマニアについてボクは殆ど知らないんだ。(この点だけなら、ミスタ・フェリーが一番話しが合うんだよね?)
ボクがガリアと言う国に興味を持ったのは、当然”あの女性”の影響なんだけど、あの人はボクを可愛がってくれたけど決してガリアに招待してくれなかった。そして、小さい頃に何度かガリアに行ってみたいとお願いした記憶があるんだけど、ボクに大甘な家族達も何かの理由をつけてガリアに行く事に同意してくれなかったんだよね。(多分、今でも駄目だよね。考えちゃ駄目だ、”家族”を信じてその時を待つんだ)
「・・・」
「あ、ごめん。ボクは大丈夫だから、お姉さんに甘えておいでよ」
「ジョゼット・・・、私がかえ、ううん、タバサはガリアのお土産は何が欲しい?」
「お土産?」
本当は、その前の言葉の続きが聞きたかったけど、ミコトは言葉じゃなくて行動でそれを示してくれるらしい。テッサに続いてミコトまで何処かへ行っちゃうとか心配していた自分が情けなくなってくれる。
「えっとね、欲しい物はあるんだ」
「何、手に入れるのが難しい物?」
「それも分からないんだ、多分石鹸だと思う」
「石鹸? ガリアでしか手に入らない貴重な物?」
「貴重かは分からないけど、多分ガリアの高貴な女性が使う物だと思う」
「分かったわ、楽しみに待っていてね」
「うん」
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