第36話 ロックオン!
入学して早々、ボクはとある人物に目を付けた。普通にテッサ以外の友達を作ろうと思ったんだけど、どうも上手く行かないんだ。
最初の頃は同じ女生徒に話しかけていたんだけど、何故か赤い顔をして逃げちゃうんだよね? 次は思い切って男子生徒に話しかけたんだけど、ある程度は仲良くなれるんだけど今一歩踏み込めない感じなんだよ。ボクだって、男装した女の子と仲良くなりたいとは思わないから、彼らの行動は理解出来るんだよ?(色々納得行かないけどね)
比較的良く会話をするのは、母様の姪になるミス・モンモランシ(ボクとは一応従姉になるのかな?)とミスタ・グラモン位かな? テッサは学院内では殆ど喋れないし、ライルともあまり会わないから少し物足りなかったんだよね。
話は戻るけど、ボクがその女生徒に目をつけたのは、彼女が半ば孤立状態にあるからだったんだ。ボクも日の当たる所では影の様に付き添ってくれるテッサを除けば孤立しているに近かったからね。えーっと、あのルイズ(ミス・ヴァリエールと呼ばれているけどね)も同じ様に浮いている存在なんだけど、あの娘の場合は孤高を気取っている感じがする。
「ミス・ツェルプストー、良かったら昼食をご一緒しませんか?」
「? ミスタ・マーニュだったかしら?」
「いや、ボクの事はミス・マーニュと呼んで欲しいんだけど?」
「あらら、それは失礼いたしました、ミス・マーニュ」
「それで、お昼一緒にどう?」
「ええ、喜んで、ご一緒しますわ」
授業中の話し方とかで感じていたけど、何だか儚げで守ってあげたいと思えちゃう女性なんだよね、この”キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー”という女性は。ボクはどうも”守る”対象を欲していると感じていたんだけど、ミス・ツェルプストーと会話してみるとそれが確信出来たんだ。
それならどうして直ぐに話しかけなかったかと言えば、このミス・ツェルプストーはミス・ヴァリエールと別の意味でボクの劣等感を刺激するんだよね。意外と細身なんだけど、出るところは出て引っ込む所は引っ込むという言語道断のプロポーション!なんだから。
ゲルマニアの女性って、情熱的とか聞いたけど噂は当てにならないんだね。でも黙って座っているだけで、色気を発散するなんて反則だと思うよ?
あの、コルネリウス小父さん、じゃなくてお兄さんが、キュルケを頼むなんて言いに来たのも頷ける話だよね。もしミス・ツェルプストーがゲルマニア人じゃなかったら他の男子生徒が放っておかなかっただろうね。
「おっと、ミス・マーニュ、ゲルマニア人と一緒に食事をするとは、いけませんね?」
「・・・」
「ミス・マーニュ、今回は遠慮させていただきますね」
「ミス・ツェルプストー!」
うわぁ、ほんとに儚げな人だなって、余計な事を言ってくれた奴の名前を思い出している間に、あっさりと引き返して行ってしまった。
「また、今度誘ってくださいな」
しかも気配りまで完璧! 女性として色々な所で完敗と言う気がする。しかし、目の前でニヤニヤと嫌味な笑いを浮かべているのは誰だったかな?
「タバサ、何かあったの?」
「テッサ、うん、ちょっと、振られちゃっただけだよ」
「誰? 私の! もむぅ」
「ちょっと、テッサ声が大きいよ」
それに、”私の”ってどう言う意味? 慌てて口を塞いだのは正解だったけど、別の意味で冷や汗が出そうな気がするよ?
「あのね、ミス・ツェルプストーを昼食に誘ったんだけど、邪魔が入ったんだ」
「ああ、フェリー男爵家の跡取りね」
名前がすらすら出てくるのはさすがだけど、肝心のミスタ・フェリーをちょっとだけ見て、後はミス・ツェルプストーを睨んでいるのはどうして?
「テッサもコルネリウスさんから、”キュルケを頼む”って言われたよね?」
「ええ、覚えているわよ?」
「はぁ?、ミスタ・フェリーってゲルマニアに恨みがあるのかな?」
「ふぅ、レーネンベルクだってゲルマニアに攻め込まれたでしょう?」
「あれ、そうだっけ? でも、だからってミス・ツェルプストーを嫌う理由にはならないよね」
「そうね、”タバサ”らしい考え方ね。でも、フェリー元子爵家は色々と複雑なのよ。ラスティン様も何を考えているのかしらね?」
「ミス・ツェルプストーって、スティン兄がここに送り込んだの?」
「ええ、ライルがそんな話を聞かせてくれたの」
「きっとスティン兄の事だから、ゲルマニアの人とも仲良くする様に練習させる為じゃないかな?」
「・・・」
いきなりテッサが黙ったと思ったら、ほとんど気配を感じさせない歩き方で、ルイズが近付いて来ていたんだ。
「ミス・レーネンベルク?」
「マーニュだよ!」
始めての授業で自己紹介した時に、タバサ・ド・マーニュと名乗ったんだけど、ルイズは全く無視だったから、気付かなかったのかと思ったけど、そんな筈も無いよね?
「そうだったわね、ミス・マーニュはミス・ツェルプストーと仲が良いの?」
「いいや、でもこれから仲良くなりたいと思っているんだ」
「そうなの、頑張ってね」
それだけ言って、ルイズは僕達の所を離れて行ってしまったんだ。あれじゃ、何が言いたかったのか分からないよね?
夕食後ライルと会って、ミス・ツェルプストーが何故この学院に居るのか聞いたけど、結構衝撃的な話だったんだよ。あのミス・ツェルプストーが何かの薬の中毒で何ヶ月も拘束されたままだったとか、コルネリウスさんが身体を張って治療したとか聞いて妙に納得しちゃったんだよね。
結構小さい頃からコルネリウスさんは知っているけどこの前会った時はかなり印象が違ったし、”キュルケ”が何であんなに女性らしくって、しかも儚げなのかも分かった気がする。そうだね、この学院の中だけでも、”コルネリウスお兄さん”の代わりに”キュルケ”を守る事にしようと思ったんだ。
「そうか、守護者の方でも気をつけてはいるんだけど、女性で学年も違うと手が回らなくってね」
「任せてライル、”あれ”も持ってきたから!」
「ほんとに持ってきたの?」
「え? その為に作ったんだから当然じゃない」
「まあ、ジョゼットなら大丈夫だと思うけど、使い時は間違えないでね」
「うん!」
あれと言うのは、護身用の小型拳銃の事だよ。掌の中に収まると言うほど小さくは無いけど、マントで隠すことは出来る優れもので、何時だったかセレナ師匠とした、リボルバーを護身用に持ち歩けないよねという話をライルが覚えて、どんな伝を使ったのかボクにプレゼントしてくれたんだ。
学院内ではこれと、エヴリーヌ師匠がプレゼントしてくれたナイフだけがボクの武器の全てだったんだ。別に自慢にも成らないけど、学院の生徒なら素手でも制圧出来ると思うよ。
「ライル、お話は終わった?」
「ああ、アナベラ、待たせてごめん」
「ミス・ボヌー、すみませんでした」
「・・・」
「あの何か?」
「いいえ、何でもないの」
ミス・ボヌーと言うのは、外国から身分を隠して留学して来ている女性なんだ。”乙女心”が分かるライルが選んだだけあって、非の打ち所が無い女性なんだけど、どうもボクの事が気になる時があるらしいんだよね。
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