第35話 天啓
それから暫くは、ボクは自分の”魔法”を磨く事に集中したんだ。1つでも多くの呪文を覚えて、どう干渉すればどんな効果が現れるかを少しずつ実験して行ったんだ。実験台になってくれたのは主にノリス兄とテッサだったんだけど、ライルはその頃忙しくいらしくって、あまり実験に付き合ってはくれなかったかな。
そして、ボクになったと同じ時期に、ノリス兄も本格的に次期公爵としての父様の教育を受け始めたんだ。当然ボクの修行に協力してくれる時間は減っちゃったんだけど、それに関してボクが文句をいう立場に無いんだ。無理して時間を捻り出して文字通り”実験台”になってくれるノリス兄はボクにとって凄くありがたい存在だった。
そして、ノリス兄は実験台としては凄く優秀だったんだよね。一応トリステイン魔法学院を優秀な成績で卒業した訳で、使える呪文の数なら多分屋敷で一番じゃないかな? それに加えて呪文の”暴発”に備えて防御呪文を張り続ける事も出来るし、”暴発”しても自分でさっさと治してしまうんだよ、ノリス兄以上の実験台は居ないだろうね。
「ノリス兄、痛くないの?」
「ああ、大丈夫だ」
「ごめんね、忙しいのに怪我までさせちゃって。ねえ、ノリス兄?」
「何だい?」
「どうして、ノリス兄はボクの為にここまでしてくれるのかな?」
「どうして、妹の為に、出来るだけの事をするのに理由がいるんだ?」
ノリス兄は何時も通り”ボク”と言う所で嫌な顔をしたけど、その後は至って真面目な表情でこんな事を答えてくれた。ノリス兄だってボクが本当の妹じゃない事は知っているだろうにね。そう言えば、最近ノリス兄はボクに触れない様にしている気がする、さっきだって前なら、”子供はそんな心配をしなくていいよ”と言いながら髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でてくれた気がしたんだ。
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優秀な実験台のお陰で、コツみたいな物が掴めたんだ。言葉で表現するのは難しいんだけど、呪文を詠唱しているメイジが構成する魔力の流れの”頭”の部分に干渉すると呪文の効果が無くなって、”尻尾”の部分に干渉すると呪文の制御が不可能になる、そして”おへそ”辺りだと暴発する事になるんだよ。
コツさえ掴めちゃえば、知らない呪文でも干渉する事は簡単なんだけど、時々とんでもないオリジナルスペルとか唱えるメイジも居るので、呪文に関してはこれからも覚えてじゃなくて、攻略して行きたいと思うんだ。
一方、拳銃の方も練習を怠っていないよ? セレナ師匠のオリジナル拳銃は勿論、スティン兄のリボルバーも普通に扱える様になったからね。引き金に指さえ届けば、身体強化(ブースト)でなんとか反動を押さえ込めるんだ。如何に速く正確に撃つかと言う点に練習の殆どの時間を使ったんだけど、リボルバーの方はもう少し身体が大きくならないと駄目かな?
そして、武術全般に関して言うとね、何故か沢山の師匠が出来ちゃったんだ。良く事情は分からないんだけど、スティン兄がボクの為に手配してくれたらしいんだ。具体的に言うと、”聖女傭兵団”というちょっと(かなりかも)恥かしい傭兵団の腕利きの傭兵の人達だった。
名前はあれでも、師匠達の腕は本物だったと思う。テッサの家出の時の魔法兵団の人達も凄かったけど、傭兵の師匠達はある意味それ以上だったんだ。それは当然だよね、魔法と言う切り札を持たない師匠達は戦いで生き残る為に真剣だったからね。
ナイフ使いの師匠(ゴメン、ちょっと人数が多過ぎて名前忘れちゃったんだ)なんかは、ナイフの握り方から鍛えなおされたし、大剣使いのエヴリーヌ師匠はボクの身長程の大剣の扱い方やあしらい方なんかを熱心に教えてくれた。
エヴリーヌ師匠といえば、団長のレイモンドさんの娘さんでボクを最も”可愛がって”くれた師匠の1人だったんだ。団長のレイモンド師匠はボクの武術と言うより”戦士”としての修行の全般を監督する様な立場だったかな? 何でもレイモンド師匠は以前この屋敷に勤めていた執事のリッチモンドの息子さんだそうで、父様とノリス兄と一緒に、リッチモンドの事でお酒を飲みながら話し込んでいた方が印象に強かったんだよ。(エヴリーヌ師匠は父親のレイモンド師匠より大柄なので、意外と親子に見えないんだ。亡くなったエヴリーヌ師匠のお母さんというのはどんな人だったんだろうね?)
聖女傭兵団の活動に参加する形で、本格的な実戦も経験した。その中で、意図せず人を殺した事もあったよ。その事自体はあの時は仕方が無かったと思うけど、ボクが敵の盗賊団のメイジに咄嗟に消去(イレース)を使わなくちゃいけない状況になるというのは、師匠達の手際を考えれば不自然だったと思うんだ。
その盗賊団の悪行は疑うべくも無いし、彼らを退治した事で周辺の住民から感謝された事もおかしくは無いんだけど、ボクの勘が何か違うと訴えていたんだ。もしかしたら傭兵団には新人が始めての戦場で人を殺す時の”作法”もしくは”儀式”みたいな物が決まっているのかも知れない。
そうじゃなければ、自他共に認める箱入り娘(ボクの事だよ!)が人を殺しておいて一週間程度で立ち直れるっておかしいと思うんだ。えっと、ノリス兄やテッサには色々迷惑かけちゃったけどね。(他の国とかは知らないけれど、基本的に平和なトリステインでは、ボクみたいな子供は多いと思うけど?)
そんな事もあって僕は更に修行を続けたんだ、消去(イレース)の魔法は効率と言う面では凄いんだけど、呪文の”頭”を捉え損なうと、”暴発”か”制御不能”しか選べないから、誰かを犠牲にしない為にもドットにはコモンで、ラインにはドットで、トライアングルにはラインで対抗してきちんと相殺出来る様になる事が重要だと思うんだよね。
自分が甘い人間だと言う事は分かっているよ、でも、敵でも殺さずに無力化出来るなら、その可能性を捨て去る事はしたくないんだ。必要があれば人を殺す事を躊躇う積りは無いけど、絶対に人殺しを好きに慣れそうも無いからね。
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「テッサ、お母さんの話って何だったの?」
「それはね、来年魔法学院に入学するかという確認に来たの。勿論、来年にするって言っておいたからね」
「今年はライルが入学だよね、テッサも来年入学すれば、頼りになる先輩が居て心強いんじゃないかな?」
「ジョゼットは、私と同級生になるのが嫌なの?」
何故か、あの家出以降、テッサは以前よりボクにべったりという感じになったんだけど、どういう心境の変化なのかボクには理解出来ないんだよね。テッサが言うには、”乙女心”だそうなんだけど、ボクは男の子のライルからも”女の子の気持ちを理解してあげた方がいいよ?”と助言されるくらい、乙女らしくない乙女なんだよね。
ライルが学校の同級生の女の子からプレゼントを貰ってお返しに魔法宝石(マジックジュエル)を送ろうとしていた時にちょっと”忠告”しただけだったんだよ。でも仕方無いと思うよ、僕は今まで自分の事で精一杯だったんだからね!
「そんな事は無いよ、ただ、テッサの魔法の腕なら十分に魔法学院の授業について行けるんだから勿体無いとおもっただけだよ」
「だ?め、リリア様との約束もあるから、ジョゼットと一緒なの!」
「でも、ボクは落ちこぼれ決定だからね。あれ、母様と約束って?」
「えっ、うん、ちょっとね。そ、そう言えば、あのルイズも来年だってよ」
「ルイズが・・・」
テッサが”母様と約束”の話題を避けたがったのは分かったんだけど、それ以上に”ルイズ”という名前はボクにとって重要だったんだ。何となくだけど、あの”ルイズ”を先輩と呼びたく無いと思っただけなんだけどね。
「ボクが来年入学したら駄目かな?」
「うーん、どうなのかな?」
「ライルが帰ってくれば、どんな感じか聞けるのにな?」
「ノリス様に話を聞いてみれば?」
「そうだね、ノリス兄もあそこの卒業生だったね」
ノリス兄に相談すると、別に問題無いみたいだった、15歳で入学というのも建前だし義姉さん(スティン兄の奥さんのエレオノールさんの事だよ)も実際普通より早く入学して、しかも優秀な成績で卒業したそうだからと話を進めてくれたんだ。
「ノリス兄、スティン兄って確か偽名を使っていたんだよね?」
「ああ、誰に聞いたかは想像がつくが、まさか?」
「うん、ボクもマーニュだっけ、マーニュを名乗ろうと思うんだけど・・・、ダメ?」
そう言いながら、おねだりの上目遣いをしてみる! これは男女を問わず結構効くんだけど男らしくない(ボクは女の子だけどね!)からあまり使わないんだよ? それに、ボクが未だに自由に外出出来ない事を考えても、ボクはレーネンベルクを名乗らない方がレーネンベルクにとっては良い事の様な気がするんだよね。
「私としては、ジョゼットにレーネンベルクの娘として誇りを持って魔法学院で学んで欲しい。私自身そうしたし、ライルもそうしているぞ?」
「うん、でもスティン兄はスティン・ド・マーニュだったんでしょう?」
「全く、兄上いや、陛下のせいで! いや、まあ、うむ」
ノリス兄が、なにやら百面相をしたんだけど、結局父様と相談という形になったんだけど、駄目と言われなかったんだから問題ないと思ったし、案の定だったよ。名乗る家名は決まったけど問題は名前だよね、そのままジョゼットと名乗ってもいい気がするけど、折角だから別の名前にしたいと思ったんだよね。
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「うーん」
「ジョゼット、まだ悩んでいるの? ジョゼで良いと思うよ?」
「それはテッサが呼び間違え辛い様にでしょ! あっ、何か降って来た」
「ふぇ?」
「うん、タバサ、タバサにする」
「タバサ? 別に悪い名前じゃないけど、お芝居の登場人物でも無いし、知り合いに似た名前の人も居ないよね?」
「ボクの”オトメのカン”か、ほら、典型?」
「天啓と言いたいの? ジョゼットって時々謎よね、あの時も何故か見付かっちゃうし」
「テッサ、今からボクの事はタバサって呼ぶ練習だよ!」
「え?」
「ライルが帰って来たら、ライルにも練習して貰わないとね!」
別に関係の無い屋敷の人達にも”タバサ・ド・マーニュ”の名前を紹介して回ったんだけど、意外と不評だったんだ。ノリス兄は、ボクとが自分の事をボクと呼ぶのを我慢する変わりに、絶対にタバサと呼ばないと宣言するし、父様も母様も困った顔だった。
他の人達は、きっとレーネンベルクの子供は妙な事を考えると呆れていたんだろうね。でも、ボクには他人になる事を経験しておく事が”必要”なんだと思うんだ。
あ、そう言えば、ボクが”タバサ・ド・マーニュ”と名乗った時におかしな反応をしたのは、スティン兄もだったね。おかしなと言うのは、タバサと言う名前を聞いて”納得”した様に見えちゃった所かな? あの時は体調が悪そうだったから、勘違いかも知れないけどね。
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