第34話 ボクっ娘誕生


 ボクの周りで、物事が上手く行き始めたと思ったのだけど、意外な所が破綻する事になったんだ。


「ラザール、テッサは見付かった?」


「いいえ、申し訳ありません、ジョゼット様」


「私もテッサを探しに出たいんだけど、駄目かな?」


「それは、私の一存では・・・」


「そうよね、父様が王都に行っているし」


「お母様に。お尋ねになるべきかと?」


「そうね、母様は?」


「先程は居間の方に、いらっしいました」


「ありがとう!」


 何が起こったかと言えば、朝からテッサの姿が見えなかったんだ。テッサの部屋は、少し荒らされた形跡らしき物があって、誘拐の可能性が高かったからマリロットの町の警備兵が出て捜索をしているんだけど、昼の時点でも消息が分からなかったんだ。

 その日のボクは、朝から落ち着かない時間を過ごしていたんだけど、予定されていた家庭教師の先生も来なかったし、午後からの魔法の修行もお休みになって居ても立っても居られなくなっちゃったんだよね。


===


「お母様、少し宜しいでしょうか?」


「ええ、そろそろ来ると思っていたわ」


「テッサを探しに行きたいの!」


「貴族の娘として相応しくない振る舞いだと思うんだけど?」


「そんな事は、どうでも良いんです! テッサが危険な目に遭っているかも知れないのに」


「それはどうかしら? 単なる家出なんだから、それ程危険でも無いでしょう?」


「えっ、家出? 誘拐じゃなかったの?」


「よそ様の娘を預かっているんですから、最悪の可能性を考えて、捜索させているだけよ」


 確かに母様の態度は落ち着いたものだったし、組織的な誘拐なら町の警備団じゃなくて魔法兵団を動かすべきだったんだ。父様がライルと一緒に王都に行っている以上、母様ならそう命じる事が出来た筈なんだ。


「そう言っても、貴女は納得しないんでしょうね。いいわ、行っていらっしゃいな。これを兵団の本部に持って行けば警備隊を貸してくれる筈だから」


「この手紙は?」


「ジョゼットの事だから、こんな事を言い出すと思ったのよね」


「はい、行ってきます!」


===


 髪は先週染めたばかりだから問題は無かったんだ、マリロットの町の兵団本部までラザールに付き添ってもらい、そこから魔法兵団のメイジを借りてマリロットから南の方向に向かったんだ。特に根拠は無かったけど、ボクの勘がそう告げていたんだ。


「ジョゼット様、あちらの女性がそれらしい女性を見たそうです」


「やっぱり、それでテッサは?」


「はい、そのまま街道を南に。時間が時間ですし、若い女性が出歩くのも危険と一泊する事を進めたそうですが・・・」


「そう、この辺りならそれ程危険は無いと思うけど・・・」


「そうですね、治安が良いのが逆に仇になりましたね」


「そうね、おば様、ありがとう!」


 情報を提供してくれた母様より少し若い女性にお礼を言うと先を急いだんだ。一応馬を借りて来たんだけど、さすがはテッサだよね、こんな所まで歩いて来たんだと妙な所で関心したのを覚えているかな。ただ、街道沿いを徒歩で南下して行けば暫く寝泊り出来るような場所が無いと聞かされたので、そっちの方が心配だったんだ。


「ジョゼット様、あそこに明かりが!」


「本当ですね、あっ!」


 さすがは、非常勤とはいえ警備隊の団員らしくボクが馬を降りるのに手間取っている内に、農園の道具置き場と思われる小屋に音も無く近付いていって、内部を確認して戻って来た。この辺りは経験の差が出るみたいだ、正面切って戦えばここに居る兵団の人達には負けない自信はあるけど、正面から戦う前に簡単に負けちゃうなと後で思ったんだ。


「テッサ!」


「ジョゼット、どうしてここに?」


「勿論テッサを連れ戻しに来たの、さあ、屋敷に帰りましょう?」


「私、もうレーネンベルクのお屋敷には居られないから・・・」


「何があったか知らないけど、皆心配してるよ?」


「ノリス様も?」


 ここでノリス兄の名前が出て嫌な感じがしたんだよね。テッサの好意をノリス兄が利用して何かしたんじゃないかと心配になっちゃったんだ。何かと言うのに全く心当たりが無かったんだけど、ただ、用も無いのに日に何度もボクの所に顔を出すノリス兄が今日は一度も来なかったのが気にかかったのは事実だったんだ。


「もしかして、ノリス兄に何かされちゃったんじゃ」


「そんな事は無いの、ただ、ノリス様と喧嘩しちゃっただけなの!」


「喧嘩? 大丈夫よ、ちゃんと謝れば許してくれるよ! 私も一緒に謝るから、ね?」


「でも・・・」


「母様が言ってたんだけど、このままテッサが何処かへ行っちゃったら、レーネンベルク公爵家に迷惑がかかるでしょう?」


「あっ・・・」


 正論が効いたのは意外だったかな? ちっちゃな頃にもう家出を済ませちゃってるテッサだからね。


「えっと、たいがいてきにはガイヤール子爵からテッサを貴族の娘らしく育てる為に、テッサをレーネンベルク公爵家が預かっているんだよ?」


「そうだったね、対外的って意味分かってる?」


「勿論だよ、こないだ習ったばっかりでしょう!」


 意味は理解して居なかったけど、使い方は間違っていなかった筈だよ? あれだよ、テッサをリラックスさせたかったんだ。


「うん、お屋敷に帰る、帰ってノリス様に謝る。でもね、ジョゼットは聴いてちゃ駄目だからね?」


「うん、分かった。それじゃあ、帰ろう」


 そんなの言われるまでも無いよね? テッサとノリス兄がどんな関係になっても気にしないけど、テッサがボクの前から居なくなるのはどうしても受け入れられなかったんだ。

 何とかテッサを説得して、比較的近くの村で宿を借りて、翌日の昼過ぎ頃に何とかマリロットの町に帰り着くことが出来たんだけど、屋敷に戻るとテッサは母様の所に呼ばれて行っちゃったんだ。そして、ボクには思ってもみなかった別れが待っていたんだ。


「ジョゼット、少し良いかしら?」


「あ! 師匠、体調は宜しいんですか?」


「ええ、1日ゆっくり休んだから大丈夫。貴女に大事な話があるの」


 大丈夫と言いながら、セレナ師匠の顔色は悪かったし、目が真っ赤だったんだ。


「何ですか?」


「もう貴女に教えられる事は無いって言ったらどうする?」


「そ、それって!」


「そう、貴女の師匠役を辞めることにしたの。理由は分かっているわよね?」


 ”貴女に教えられる事は無い”と言うのは、つい昨日、目の辺りにしたんだよね。セレナ師匠はメイジとしては二流だと本人も言っていたし、武術の腕だけで言えば当然その道のプロには劣るんだよね、そして兵団の警備隊としての経験もそれ程積んでいない。でも、セレナ師匠が居なかったら、今のボクは存在しないって言い切れると思うんだ。


「・・・」


「拳銃の腕、貴女の”魔法”の使い方、どちらも貴女自身が磨いて行くしかないの」


「でも、私には師匠が必要なの!」


「甘えないで!」


「!?」


 今思えば、あの時のセレナ師匠は何かを堪えていたんだと思うんだ。でも、未熟な、人間として未熟なボクにはそれが何か分からなかった。


「ごめんなさい、こんな事を言う積りじゃなかったの」


「師匠・・・」


「そうね、貴女に最後の助言をしましょう。ジョゼット、女の子である事を捨てなさい、そして強くなるの!」


「はい、ししょ、いえ、セレナさん。ボク強くなるよ!」


「うーん、何か違う気がするけど、まあいっか」


 何故だか、私がボクになった事で、セレナ師匠の張り詰めた物が消えた気がしたんだ。そして、セレナ師匠はそのままレーネンベルクを出て行ってしまった。もう昨日のうちに準備は済んでいたんだと思うけど、本当に行動力がある女性だったと思うんだ。

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