第33話 覚醒


「今日から、また魔法に重点を置いた修行を再開するわよ!」


「はい、でもどうしてですか?」


「スティンからちょっと注文が入ったから、聞いているでしょう?」


「はい・・・」


「もう一度基礎から始めるわ、系統魔法の事は一度忘れる事!」


「はい!」


 ボクが系統魔法を習っていたのは、勿論自分で使う為じゃなくて、呪文を知っていると相殺しやすい事が分かっていたからだったんだ。呪文を相殺する実験は主にノリス兄に対してやったんだけど、呪文を相殺されるというのはメイジにとってあまり気持ちの良いものじゃないらしいんだ。

 風系統ならテッサ、土系統ならライルでも練習相手になってくれるんだけど、それ以外はノリス兄を相手にするしかないんだよね。屋敷の使用人の皆も魔法は使えるけど種類や呪文の巧みさではやっぱりノリス兄の方が上手と言った感じだし、彼らにはちゃんと仕事がある。


 勿論ノリス兄にも、父様の手伝いという仕事があるんだけど、僕が魔法や武術の修行をしている以外の時間で片付けてしまっていたんだよね。父様に言わせると、”一個人とすればラスティンより、ノリスの方が優秀かもしれないな。ノリスなら堅実にレーネンベルクを統治するだろうな”という事だった。(副王様って優秀じゃないといけないようなきがするんだけど、これって普通の考え方だよね?)


 今更コモンマジックを習い直しても、いきなりコモンマジックが使えるようになったりはしなかったよ。そう、スティン兄があれを持って来てくれるまではね。


===


 我が家の男性陣の名誉の為に伏せておくけど、スティン兄が持って来た”拳銃”という物はどうもレーネンベルクの男性と相性が悪いみたいだった。逆に拳銃を嫌った母様以外は、意外と拳銃を上手く使えたのが不思議だったんだ。


 いいや、そこは重要じゃないよね? そう、小さな子供でも殺傷力を持った武器が扱えるというのが、その頃のボクには重要だったんだ。ボクにそれが向いているかは兎も角、亜人狩りで戦力になれるというのは大きかったし、これで誰かを守れると考えると、今までの自分から抜け出せる様な気がしたんだよね。


「テッサ、またお願い」


「うん、でも毎回、固定化をかけるのは面倒だね?」


「うん、そうだね・・・」


「ジョゼット、貴方何時まで、テッサやライルに甘えているの?」


「師匠?」


「セリナさん!」


「テッサ、黙っていなさい! ジョゼット、貴方には今、コモンマジックを使う必要があるのよ、分かっている?」


「はい・・・」


「貴方が拳銃を持って、今日で5日、その間貴方が自分でそれに固定化をかけようとしたのは何回だった?」


「・・・」


「そう、たったの3回ね? 私は貴方達に自分で使う武器は自分でちゃんと扱えるようにしなさいと教えたわよね?」


「はい・・・」


 セレナ師匠は、今の言葉通り剣やナイフの使い方は、勿論、その研ぎ方や弓の弦の張り方、緊急用に矢の作り方まで教えてくれていたんだ。それなのに、ボクときたら、新しい玩具に夢中で基本を疎かにしていたんだよね。


「今がその時よ、ジョゼット?」


「はい!」


 その時のボクは、その呪文が失敗したら2度と拳銃を持たないと決心して、今までに無い集中力でその呪文を唱えたんだ。今までは何処かで逃げ道を用意していた気がする、”最初だから仕方が無い”、”今度こそは大丈夫”、”皆の期待が重い”、そんな逃げ道の事を一切考えずに、ボクは唱えなれた呪文を口にしたんだ。


「”永遠にその姿を保て、固定化(フィックス)”!」


 そして、ボクはその時になって自分が取り返しがつかない失敗をしている事に気付いちゃったんだ。そう、手応えはあったんだよ、今までに感じたことが無い程にね。でも、固定化の呪文を選んだのは大失敗だったと思う。

 だって、固定化はその効果が分かり難いんだ。それに固定化をかけたのが結構丈夫な拳銃なんだよ?テッサもセレナイ師匠も、期待に満ちた目で見ていたんだけど、呪文が成功したって証明する事が出来ないんだ。(普通のメイジなら成功したって感覚的に分かるんだろうけど、ボクにはあれがそうだとは言い切れなかったんだ)


 その時、ゆっくり屋敷のドアが開いてノリス兄が姿を現したんだけど、その顔は涙でグショグショになっていたんだ。


「ジョ?ゼ?ット?」


 そして、妙に間延びした声をあげながら、僕の方に駆け寄って来ようとしたんだけど、途中でテッサの足払いと、セレナ師匠の拳の連続攻撃で迎撃されちゃったんだ。それを見て思わずほっとしちゃった自分が居たんだけど、はっきり言わないけどその時のノリス兄は凄く怖かったんだもの。


「ジョゼット、おめでとう!」


「えっ?」


「今の固定化の呪文成功したみたいね」


「あれ?」


 今ってそういう場面だったかな? 妙なモノが出てきたせいで、今がどんな時か忘れそうになっちゃったんだ。でも、でもだよ、ノリス兄があんな妙な行動をとったのは、ボクの呪文が上手くいったからと考えれば、歓迎は出来ないけど納得はいったんだ。


「それじゃあ!」


「ええ、これからはきちんと魔法の練習が出来るわ」


「良かったね、ジョゼット」


「うん!」


 何がどうなったかは分からないけど、その日からコモンマジックだけなんだけど、普通に魔法が使える様になったんだよね。ただ、コモンマジックだけでも魔法が使える様になると、ボクの修行は全く別のなったと言ってもいいんじゃないかな。


===


 先ずは出来る限りのコモンマジックを”使える”様になるのが最初の目標だった。普通に使うだけなら、それ程苦労は無かったんだと思うけど、セレナ師匠が望むレベルと言うのはもっのすごく高かったんだ。


 コモンマジックに限らず、魔法には持続時間が長い物の、一瞬で効果が終わってしまう物があるのは知っているよね? 効果高さを犠牲にして、呪文の効いている時間を延ばす事は可能なんだけどあまり実用的じゃない場合も多いんだよね。


 具体的に言えば、呪文の効果を呪文を唱えずに持続させると言う物だったんだ。例えば常時身体強化(ブースト)の呪文の効果が効いていれば身体能力は凄く高くなった様に見えるし、何時も盾(シールド)を張っていれば弓矢程度ならどうと言う事は無いよね?


 そして、何時も魔法探知(ディテクト・マジック)が効いていれば、何処かで魔力が動いているのが見て取れるんだ。もう分かっちゃったかな? この呪文継続の技術は、実はノリス兄のオリジナルなんだよ。魔力の消費と言う面から考えると少し効率が悪いんだけど、”誰か”呪文を唱えているのを聞かれないという利点があるんだ。


 ノリス兄に言わせると、”必要だから考えた、やってみたら出来た。この方法なら・・・”、まあ、その後はどうでも良いよね。普通、実行出来ても実際に使おうとは思わないんだろうけど、ノリス兄やボクの魔力量ならこの方法を使いこなす事が出来たんだ。


 ただ、魔法探知(ディテクト・マジック)を常時展開しているのは、かなり神経に負担があるんだ。度の合っていない眼鏡をずっとつけている様な物かな? 慣れるまでは、しつこい頭痛に悩まされる事になったんだよ。ボクの為にこの状態をずっと続けていたノリス兄を少しだけ尊敬したくなった。


 この魔法探知(ディテクト・マジック)を常時展開の効果はメイジ殺しとしてのボクには計り知れない効果があったんだ。例えば、端的な例だけど風系統の偏在(ユビキタス)を使ったメイジをボクは何時でも見分けられるし、分身も簡単に消し去る事が出来るんだ。


 もっと言えば、呪文を”編んでいる”メイジの魔力を一部消し去る事で、呪文を不発にしたり、良く知っている呪文なら”暴発”させる事だって可能なんだ。実際に”不良メイジ”と呼ばれる悪さを働くメイジを退治したり、盗賊団に加担したメイジを征伐したりして、ボクは自分が役に立つ事を証明することが出来たんだ。

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