第30話 割れた壺

 ボクは2週間、テッサは3週間程で、杖契約は終わったんだけど、中々魔法を習う事は出来なかったんだよね。父様が当てにしていたコモン・マジックの教師役の方が、急病で倒れてしまったのが原因だったんだけど、魔法が使える様になると思っていたボク達には、全然苦にならなかったね。(ライルが不用意に魔法を使おうとした場合の危険性実体験を交えて教えてくれたので、無茶をしようとは思わなかった)

 運が悪い事に、その教師役の女性が病気を悪化させてそのままお亡くなりになってしまい、結局代役の教師が来る事になった。別にその先生の腕が悪かったという訳じゃ無いんだけど、どういう訳かボクには簡単なライトの呪文さえ発動しなかったんだ。


 一緒に呪文を習ったテッサはたった一日で杖の先に明かりを灯したのに、ボクの杖の先には何も、そう何も起こらなかったんだ。どんなに練習しても、別の呪文に切り替えてみても、無茶を承知で”系統魔法”に手を出してみても、何も起こらなかった・・・。

 最初は、”大丈夫ですよ”とか、”練習していれば何時かは”とか言っていた先生も、何時しか教師役を辞退してしまっていた。魔法が使えると期待していただけに、その失望感は5歳程度の子供には、受け入れることが出来ない事実だったんだよね。


 でも、ボクは決して諦めなかった、ううん、諦めるのが怖かったんだと思う。父様もテッサもライルも、えーっと魔法学院の寮に入っていた筈のノリス兄も(以前は月に一度位で帰省していたんだけど、その頃は屋敷に居る事の方が多かったかな?)、屋敷の人達も不出来なボクを支えてくれていた。そして、だからこそボクは逃げる事が出来なかったんだよね。

 皆の期待と支えと言う2つの重荷を背負うには当時のボクは幼過ぎたし、繊細過ぎたんだと思う。テッサは気付いていると思うけど、何度かこっそり屋敷から逃げ出そうと考えた位だったんだ。(ノリス兄は絶対に気付いていないと思うし、そんな事を話したらどんな事になるか想像もしたくは無いよ)


 ある晩、とうとう限界だと感じて、屋敷を抜け出す決心をしたんだ。認めたくは無いけど、ボクは世間知らずだったから、何から手を付けたら良いのか見当もつかなかった。その頃のボクより更に幼い頃に親元を離れてこの屋敷へと”戻って”来たテッサの事が羨ましくなってしまった。

 ボクは間違った選択だと分かっていながら、テッサに屋敷に戻って来た時の事を聞こうと、今では別の部屋になっているテッサの部屋を訪ねる事にしたんだ。


「どうぞ」


「テッサ、ちょっと話を聞きたい事があるんだけどいいかな?」


 結構遅い時間だったけど、弱めのノックの音にも直ぐに返事があったから、遠慮がちにドアを開けたんだけど、そこには思ってもみない人が待っていたんだ。


「かあさま、何で?」


「ジョゼット、そこに座りなさいな」


「はい」


 そう言われて、仕方無くテッサの横に腰掛けたんだけど、幾らなんでも母様の前であの話は出来ないよね? それに母様はボクが魔法を習う事を反対していたんだし・・・。母様が優しく見詰めているのに何故か不安が増して来たのがおかしかった。最近の母様は私の事を何処かさめた目で見ている事に気付いていたからこその不安だったんだと思う。


「ジョゼット、もう良いんじゃない?」


 あの、母様はこの後、”皆、貴方が魔法を使っている事は分かっているんだから”って言おうとしていたらしいんだけど、追い詰められていたボクには、”どうせ貴方には魔法は使えないんだから”と続くように思えちゃったんだよね。

 だって、私が父様にも母様にも”似ていない”と言う事は、この屋敷では絶対に言ってはいけない事だったし、テッサやライルがレーネンベルク家に血が繋がっていなくても、ちゃんとレーネンベルクの子供として育てられているのを見てしまうと自分が”レーネンベルクの子供”だという事が信じられなくなったんだ。


 何よりボクと同じ青い髪の人なんて見た事がなかったからね。ボクは”私はこの髪のせいで捨てられて、何処かで拾われたんだ”なんて本気で思ったんだよね。(今なら、何となくその意味が分かるんだけど)

 ボクはほとんど外出する事が無かった、というより外出する機会を摘み取られていたんだと思うし、数少ない外出の時には髪を母様と同じ銀色に染められていたしね。


「母様なんって大嫌い! どうせ私がこの家の子じゃ」


 当時のボクは幼かったから、言ってはいけない事を言おうとしたんだけど、それを止めてくれたのは黙って話を聞いていたテッサだった。


”ペチン”


 そんな小さな音がしたのはボクの頬で、それは非力な女の子が泣きそうな顔でボクの頬を叩いた音だったんだ。音の通り全然痛くは無かったよ、頬はね。


「なんでそんな事言うのよ! リリア様がジョゼットの事を聞きに毎晩私の所に来ているのに!」


「えっ?」


 話を詳しく聞こうと思ったんだけど、テッサはそのまま泣き出しちゃって、それにつられてボクもなんだか安心と不安がごちゃ混ぜになって泣き出しちゃったんだ。


「え?ん!」


「うわーん!」


「えっと、私はどうしたら良いのかしらね?」


 母様はそんな事を言いながら、泣いている2人の子供を優しく抱しめてくれたんだ。ノリス兄とかは母様の事を悪く言う事があるけど、やっぱり母様は優しい女性だと思うよ。

 翌朝落ち着いてから、母様に話を聞くと”貴方の魔法の事を第三者的な立場で見ている事に決めていたの”という事だったんだけど、当時のボクにはさっぱり訳が分からなかったんだ。(うん、今でもあまり理解できていないけどね)


「ジョゼットにはまだ難しかったかしら? そうね、私がお父さんやノリスみたいなにジョゼットに接したら、貴方は嬉しかった?」


「うっ」


 父様は、まあ、兎も角、ノリス兄がもう1人と言うのはちょっと遠慮したかったんだよね。


「そうよね、ジョゼットが魔法を覚えたいと言い出した日に、テオドラと決めたのよ。でも気になったから、テッサに色々話を聞いていたのよ」


「そっか、私の為に。あれ?」


 賢くは無いけど、昔からこの手の勘は鋭かったんだよね。この時の母様の話は何処かおかしかったんだ。


「ねえ、ジョゼット、貴方ルイズちゃんを知っているかしら?」


「えっ? 勿論知ってるよ? エレオノール義姉さんの妹だよね?」


 嫌な名前を言われたと思っちゃったんだ。ルイズとは勿論毎年の様に顔を会わせるんだけど、苦手と言うかどうも相性が良くないんだよね。

 ボクと同じ様に魔法障害を持っていたのに、よりによってそれをスティン兄がそれを治しちゃったんだからね。嫉妬と言う訳じゃ無いんだけど、納得が行かないと言うのは正直な所だったんだ。杖だってボクより先に貰ったって言うし、系統魔法は駄目でもコモンマジックは普通に使えるだけでも当時のボクには羨ましかったんだ。

 それに我が家の人間は毎年夏になると、ラ・ヴァリエール公爵家に行く習慣があるんだけど、ボクが母様の次に好きなガリアからのお客様のオデット様にチヤホヤされるのが特に気に入らないんだ。

 オデット様はラ・ヴァリエール公爵家に招待されているんだから、ルイズに気を遣うのは分かるんだけどね!(その後は私だけに色々お土産とか持ってきてくれるんだけどね)


「ラスティンがルイズちゃんに魔法が使えるように助けたという話は知っていわね?」


「うん、ノリス兄がリキセツしていたよ」


「何故、あの子がルイズちゃんの治療を行えたか分かるかしら?」


「うーん?」


「親としては言いたくないけれど、あの子は少し変わっているからだと思うの」


「変わっているって、スティン兄が?」


 変な身分になったのは知っているけど、変わっている?


「あの子の真似をして、第三者的な立場で貴方の事を見ていようと思ったんだけどね」


「えーっと?」


「でも駄目ね、貴方を他人の様に見る事なんて出来ないみたいね。ラスティンに期待する事にするわ」


「うん!」


 こんな感じで母様も一緒になって魔法を使えるように応援してくれる事になったんだけど、色々訳が分からなくてその日の魔法の練習は自分でも身が入っていないのは分かっていたんだ。(後で考えれば、単にプレッシャーが増しただけだったし、何か誤魔化された気もしたよ?)

 あんまり集中出来ないまま、魔法の練習をしていたらノリス兄に叱られた。長くてくどいノリス兄の説教は何時も通り、聞き流したんだけど午後からの練習もやっぱり身が入っていなかったんだ。途中からライルも加わって3人で練習を続けていたんだけど、どうしても集中出来なかったんだ。


「あれ?」


「ジョゼット!」


 ライルの気のぬけた様な声と、ノリス兄の鋭い叱責の声がほぼ同時に聞こえたんだけど、自分では何が起こったか分かっていなかったんだ。ただ、ライルも魔法それも簡単なレビテーションなんかを失敗する事もあるんだな何て思っていた。


「そうか、そう言う事か!」


「ノリスにい?」


「ライル、テッサでも良いが、少しこの壷を持ち上げていてくれ」


「はい」


 テッサが、すかさずレビテーションで壷を持ち上げたんだけど、ボクにはノリス兄が何をやりたいのか分からなかったんだ。ノリス兄の次の指示は、もっと意味が分からなかった。


「ジョゼット、テッサが浮かせている壷に、魔法をかけて見てくれ」


「えっ、でも」


「大丈夫だ、やってごらん」


 何時もは頼りないのにこんな時だけ、頼りがいがありそうに見えるのは反則だと思ったかな? でも、2つの魔法を同じ場所に使わないのはメイジにとっての基本の筈なんだ。(何が起こるか分からないというのが理由らしいんだけど、色んな教師役の人達が口を揃えて言うんだから、危険なんだろうね)


「レビテーション」


”パリン”


 ボクが壷に魔法をかけると、さっきまで浮いていた壷が浮力を失って床に落ちて割れてしまったんだ。その時のボクは凄く焦っちゃったんだ、だって、その壷は誰かの贈り物で結構高価だって聞いていたからね。ライルやテッサにとっては精神力を鍛える為に態々高い壷を使っていたんだけどね。


「あわわ、割れちゃった! どうしよう?」


「もう一回だ、今度はライルだ」


 そして、2つ目の壷もお亡くなりになりました。ノリス兄はうんうんといった感じで頷いているだけだったんだ。ノリス兄って時々謎なんだよね?


「しかし、これは困ったな・・・。やりたくは無いが兄上の知恵を借りるか?」


 そんな事を言いながら、それでも割れてしまった壺を錬金で直してしまう辺りはさすがだけど、何となく形が・・・。(うん、見なかった事にしようと悪い事を考えたのはボクだったね)

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