ジョゼット 本編184話読後にお読みください
第29話 波乱の幕開け
えっと、何から話せば良いんだろう? ボクの名前は、”ジョゼット・ド・レーネンベルク”なんだけど、最近は”タバサ・ド・マーニュ”なんて名乗っているんだ。
レーネンベルクと言えば、トリステインでも有名な公爵領なんだけど、ボクはその公爵様の3番目の子供と言う事になっているんだ。家族の様な家の使用人の皆、2人の兄と幼馴染、そして優しい両親、に囲まれて苦労らしい苦労もしないで小さい頃は暮らしていたんだ。
でもそんな日々も、突然終わりを告げてしまった。ある夜の事だったと思うんだけど、おやすみなさいと言ってベッドに入ったまではごく普通の1日だったかな。でもその日はそれで終わりじゃなかったんだ。
「テッサ、起きてる?」
「みゅあ?」
この寝惚けてネコさんみたいな返事をしたのが、ボクの親友で幼馴染のテッサだよ。もっとちっちゃな頃は別々の部屋で寝ていたんだけど、事情があってその頃は同じ部屋で寝ていたんだ。(別にノリス兄が居なくなって寂しかったとかじゃないよ?)
「なーに、また一緒に寝たいの? いいよ」
「違うの、何か屋敷が変じゃない?」
「むにゅう?」
「起きてったら! 屋敷の皆がこんな時間にバタバタしてるよ、何かあったのかも」
「ホントだ」
それから暫く、ボク達は身体を寄せ合う様にして眠れない夜を過ごしたんだ。部屋の扉を開けて居間に向かう気になったのは、もう1人の兄(スティン兄)の声が聞こえたからだった。当時のスティン兄は魔法学院を卒業してワーンベルという大きな町の代官をやっていたから、夜中にその声を聞くのは絶対におかしいと思ったのを覚えているよ。
「スティン兄」
「ラスティン様」
「ジョゼット、テッサ、起しちゃったみたいだね?」
「お父様が倒れたって聞いたんだけど」
「その話なら、母上が魔法で治しているし、何よりこのおねえちゃんがお薬をくれたから、心配いらないよ!」
居間に着く前に使用人の1人から凡その話は聞いたんだけど、やっぱり家族から直接話を聞くと安心感が違ったんだよね。そうなると、その場に居る見知らぬ女の人の事が気になった。改めて見ると、可愛いと綺麗を併せ持った不思議な女性だったけど、スティン兄が言う様な頼りになる人間には見えなかったかな?
その女性はエルフでクリシャルナさんという名前だったんだけど、テッサなんかはその特徴的な耳がきになるらしくってしきりに手を伸ばしていたね。ボクはそれを嫌がりもせずに微笑みを浮かべているクリシャルナさんの笑顔に安心感を覚えて直ぐに眠くなったのを覚えているんだけど、その後の記憶が定かじゃないんだよね。
とりあえず翌朝になると、何時も通りベッドで横になっていたんだけど、何故かボクのベッドでテッサとクリシャルナさんまで眠っていたのには驚いたんだよね。(ちょっとだけ気になっていた、クリシャルナさんの耳に触れたけど暖かくて少しだけ幸せな気分になれたんだ)
===
それから暫くは、ボクの身の回りに大きな変化が何度か訪れたんだよね。時々しか会えなかったんだけど、やっぱり兄の1人だった”スティン兄”が何故か副王様?になったり、屋敷に寝たっきりのお爺さんが療養していたり、同じ年頃の”甥”が出来たりと、本当に今迄の平穏が嘘の様だった。
でも最大の変化は、ボクが”不幸”になった事だったと思うんだ。別にボクの身の回りにボクを不幸にする原因が在った訳じゃないんだ、そうだね、その不幸はボクの”中”に眠って居たんだと思う。
その不幸が姿を現したのは、ボクが5歳の誕生日を迎える前だったけど、切欠は些細な事だった。ノリス兄が、トリステイン魔法学院と言う所に、勉強の為に入学したと聞いた頃から、少しだけ”魔法”という物に興味があったんだけど、父様も母様も”5歳になったらね”としか答えてくれなかったんだ。
でも、甥のライルが魔法を使うのを羨ましく見ているだけでは満足出来なくなったのは、ライルが治癒魔法と言うのを使ったのを見た瞬間だった。
「ししゃく?、ご機嫌いかがですか??」
「いかがですか??」
「おお、良く来たね、2人とも。今日もお話を聞かせてくれるかな?」
「「いいよ?」」
当時のボク達は、普通の貴族の子供達と同じ様に読み書きを習ったりする以外は殆ど遊んでばかりだったね。ただ、ボク達にはきちんと”お仕事”が用意されていたんだ。”病気”起き上がることさえ出来無いお爺ちゃん(ベッケル子爵)の話し相手になる事だったんだけど、それが別の意味を持っていたのは今なら分かるんだよね。
スティン兄が代償行為という難しい言葉を教えてくれたけど、身体の動かない子爵が部屋の中を元気に動き回るボク達を見て心を安らげていたんだね。落ち着き無く動き回るボク達を面倒見るの大変だから、子爵に押し付けたという事は無い筈なんだけど、どうなんだろ?
これを教えてくれた母様は、優しげな微笑を浮かべながら、”子爵様も働いて居ないと”落ち着かないでしょうなんて言っていたから、本当に子爵の病室にボク達を押し込めていたのかも知れないね。
その日も何時も通り、子爵の病室(と言う名前の遊び場)でお話したり、遊んだりしていたんだけど、何時もと違ったのは、何時もは”学校”に行っているライルが一緒に遊んでいた事と、珍しく子爵の発作が起こった事だったんだ。
「きゃははっ!」
「駄目だよ、テッサ!」
「そんな事を言いながら、シーツを引っ張るジョゼットも同罪だと思うよ?」
「何よ、ちょっと難しい言葉を知ってるからって!」
そんな他愛無いやり取りを、さっきまでニコニコとボク達の事を見ていた子爵の呻き声がかき消してしまった。
「くっ、ぐぅ!」
「ししゃく?」
「子爵様?」
ボクとライルが慌てて、子爵に話しかけたんだけど、子爵は左肩辺りを抱えたまま呻き声をあげるだけだったんだ。
「どうしよう?」
「テッサ、お母様を呼んで来て!」
「はい!」
ライルの意外な鋭い声にテッサが慌てて部屋から出て行ったんだけど、当時のボクはオロオロとしているしか出来なかった。一方のライルは杖を持って、呪文を唱え始めていたんだ。中々母様はやって来ないし、ライルの魔法も効果が出なくて、泣きそうになりながら、力無く垂れ下がった子爵の右手を握り締めているだけしか、ボクには出来なかった。
===
結局、母様が見つけられなくて、執事のラザールと比較的治療が得意な使用人を連れてテッサが戻って来た時には、本当に身体の力が抜けてしまったのを覚えている。(テッサはその時の事が話題になると、”あの時のジョゼットは涙で顔をクシャクシャにしていたよね”とか言うんだけどそんな事は無いよ? うん!)
そのベッケル子爵の発作は、大した物じゃなかったんだけど、何故かライルは母様から叱られたんだよね。治癒魔法はきちんと症状を見て使わないと逆効果になるというのが理由だったのだけど、叱られてしょんぼりしているライルを見て、ボクは羨ましくなったんだ。
やり方が拙かったとしても自分の出来るだけの事をしたライル、大人を呼びに行ったテッサ、そして何も出来なかったボクでは、自分だけが仲間外れみたいだと、本当に子供じみた考えだったんだよね。
スティン兄に似ていると良く言われるライルは冷静に判断してテッサに指示を出したし、行動力が跳びぬけているテッサもそれに応えたんだけど、当時のボクには何も出来なかったんだ。正直言ってしまえば、今でもその場になったらあまり役に立つ自信は無いけどね。(私の魔法はそう言った事に向かないから・・・)
「父様?♪」
「ジョゼット、どうしたんだ、こんな所に?」
ボクは翌日、父様が仕事を始めたのを見計らって、父様の執務室を訪れた。魔法を習いたいと普通に頼んでも駄目だと分かっていたんだけど、母様は絶対に許してくれないと感じていた。ただ、父様なら何とかなる気がしたから、こんな面倒な事をしたんだけど、ボクが上手く言葉にならないながら、”ライルの様に”魔法を習いたいと懇願すると、
「そうか、ジョゼットもそんな事を考える様になったんだな」
と呟きながら、ボクの頭を撫でてくれた。そして、戸棚をごそごそと漁り出したんだけど、中々目当ての物が見付からないらしかった。(父様の為に言っておくと、レーネンベルクで行われている事業が大きくなり過ぎて書類の置き場にも困る状態なだけで、整理が出来ないという訳じゃないんだ)
「あれ、ココに置いた筈なんだが? ジョゼット、テッサを呼んで来てくれるか?」
「うん」
そう言われて、真面目に勉強をしているテッサの所へ行ったんだけど、何故だか誤魔化された気がしたんだよね。うん、誤解だったんだけど。
「父様、呼んで来たよ」
「公爵様、何か御用でしょうか?」
「うん、2人にはこれを」
父様がボク達に差し出したのは、長細い皮製の箱だったんだ。これを見てもボク達は父様は何がしたいのか分からなかった。ただ、その箱を開けると、一本の杖が入っているのが分かっちゃったんだよね!
「とうさま!」
「公爵様!」
「とりあえずは杖契約から始めるんだな」
ボク達は嬉しさ爆発だったんだけど、何故か父様は不満顔だった。
「父様、ありがとう!」
「ああ、杖のお礼は、ラスティンに言うんだぞ」
「スティン兄に?」
「そうだよ、私も色々伝を探したんだが、良いアリエの木が手に入らなくてな」
父様が不満顔だったのは、そのせいだったんだよね。息子と本気で争ってしまう辺りがちょっと子供っぽいと思ったけど、それを言わなかった当時のボクを褒めてあげたいね。(でも、こう言う子供らしさを失わない所は、少しだけ見習いたいと思うんだ)
その晩、本当に珍しいんだけど父様と母様が喧嘩をした。原因は、多分ボクの事だったんだけど、そこまでボクが魔法を習うのを避けたがる理由が分からなかった。(今思えば、ボクが”その事実”を受け止める事が出来るまで成長するのを待っていたんだ)
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