第28話 最も教皇に相応しくない教皇
「別に良いが・・・、まあ、何とかその方と会えるようにセッティングしてくれるか?」
「会うだけなら何とか、ただ・・・」
「私は、”教皇”して会うよ?」
「分かった、極秘で接触する事になるな」
「何なら、教皇直筆の”交易許可証”でも作るか?」
「助かるが、良いのか?」
「交渉材料位にはなるだろう、さすがに手紙を書くのはまだ拙いだろうしな」
「教皇としての覚悟を示すか、協力させてもらおう」
その返事を聞いて、私はローレンツに用意してあった”交易許可証”を手渡した。
「何だ、もう準備は終わっているのか?」
「勿論さ、私が教皇で居る間に全てを終わらせる予定なんだからな!」
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ローレンツとエルフ側(レイハムとのというべきなんだろうね)の交渉は難航した様だけど、何とか代表者と接触する事には成功した。私が砂漠(サハラ)に出向けば話は早かったんだろうけど、様々な改革を進めている関係でどうしてもロマリアを離れる訳にはいかなかったんだ。
交渉自体はまあ、何とかまとまったという感じだった、双方の干渉を当面最低限にするとか、限られた者だけが行き来が出来る様にすると言う、些か後退とも取れる物だったけど、交渉が行われた事自体が意味を持ってくるのはもっと先なんだろうね。
「ふむ。これで話は終わりかの?」
「そうですな、教皇としてはですが」
「ほう、それはおぬし自身がワシに用ということかな?」
「はい、マナフティー殿はかなりの年齢なのでしょうな?」
「そうじゃな、齢は2千を超えるの」
「何故、マナフティー殿が人間の教皇などを嫌うか教えていただけませんか?」
「ワシが”ブリミル”と会った事があると言ったら、どうする?」
少なくとも”人間側”の宗教庁の人間は驚かなかった、逆に老人の言葉に護衛のエルフ達が驚いた程だった。(普通、逆の反応をするんだろうね。異端審問官の間では結構有名な話だけど、ほとんど語られる事が無いからね。別に権威付けを否定する積りも無いし)
「ほう、そう言う事か」
「始祖はどんな人間でしたか?」
「昔の、そう、本当に昔のことじゃがね。今でも思い出せる、面白い人間だったよ彼は、気に入らない所もあったがの・・・」
言っている事が嘘か本当か分からないけども、その表情を見れば、本気で懐かしがっているのだけは分かる。
「その始祖の”墓守”たる教皇を嫌う理由は?」
「ふん、”始祖の後継者”では無かったかの? 自分で殺しておいて後継者も無いだろうにのう?」
「なっ! 本当ですか?」
「”ブリミル”が死ぬ様に図ったと言う意味じゃがの、さて、どうする?」
この揺さぶりには動揺を隠せなかったけど、”フォルサテ”が何を思って何をやったかでは無く、これからのブリミル教がどうあるべきか、を考えるべきなんだろう。
「・・・、別にどうもしません。私がすべきなのは、ただ、人々の心の拠り所としてのブリミル教を守っていくだけです!」
「そうか・・・、試すような事をいってすまんかったな、今のは戯言じゃよ」
「いいえ、冗談でも教皇としての方針は変わりません。先程の交渉の内容は遵守させていただきます」
「良いじゃろう、おぬしの志、しかと見届けさせてもらおうかの、まだワシも数百年は生きる予定じゃからの」
冗談には聞こえなかったから、かなりの部分で本当なんだろうな。しかしこのエルフの老人は何年生きる予定なんだろうね、まあ良いさ、私がこれからやる事の生き証人なんだからね。
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歴史的に見れば、大きな変化があった会談だったけれども、それを知る人間は殆ど居なかったんだ。ただ、エルフ側の信頼を得るために少しだけ策を弄する事にしたんだ。まあ、”廃品”を押し付けたんだけどね?
「ジェリーノ、あんな使いは2度とごめんだぞ?」
「仕方が無いだろう、未だにエルフとの交易を表立って許可しているのは、お前だけなんだから」
「しかしな、処分済みの”場違いな工芸品”を運ばされても儲けが出ない!」
ローレンツが愚痴ってくるけど、あれをエルフに見せる事の意味は分かっているんだろうにね。信頼や信用がどれほど大事なものか知らない訳でも無いだろう? ああ、何か交渉をしたいんだな、不本意な事に未だにロマリアでは教皇の権力は大きいからな。
「分かったよ、そうだな礼をする予定だったろ、望みは何だ?」
「話が早くて助かる」
彼も性格が悪くなったね、結構露骨だったぞ? 約束を反故にする積りは無いけれど、何を”お願い”されるのやら。
「実は私には夢があってね」
「商人として大成することじゃないのか?」
「それも1つだが、過程と考えることも出来るな」
「過程ね、それで?」
「ああ、”学校”を作りたいんだよ」
「神学校なら幾つかあるが、そうじゃないんだな?」
「勿論、俺たちが知っている学校さ、出来れば誰でも学べて、専門的な教育も出来る様にしたい」
「ほう、お前そんな事を考えていたのか、だがどうしてだ? 商人としての修行なら親にされたんだろう?」
「まあ、前世の心残りってやつかな、俺が商社マンだって話しただろう?」
「それが?」
「ああ、結構苦労したんだよ、中卒には辛い職場だった」
中卒で商社マンになれるたかな? まあ、見栄もあるのかもしれないね。
「ああ、義務教育がもっとしっかりしていればっていう訳か?」
「そうだな、ただ、この世界の教育水準がお話にならないのも事実だろう?」
何か意味深な言い方だね、別に宗教を信じるのと教養は無関係なんだけどな? 狂信者なんていう私にとっても厄介な連中がその良い例だろうに。ただ、私にとってローレンツの要望は受け入れられないものだったんだな。
「すまないが、お前の頼みは聞けないな」
「何故だ!」
「私がどういう事を目指しているか知っているだろ?」
「そうだった、そうだったな・・・」
「本当にすまないな、数年か十年程度なら支援出来るが、それ以上はな・・・」
私は教皇が、いや宗教庁が政治に関わるのは避けるべきだと思っているから、行政からも教皇の影響力を減らしつつあるのだから、仕方が無い。実際に権力を持つだろうタルキーニには、ローレンツの受けは非常に悪いからな。
「まあ、予想はしていたが、教育の重要性を誰も分かっていないんだ!」
「いいや、神学校には力を入れているぞ?」
「お前はどうでもいいんだ、ジェリーノ。まあ、教育の重要性を分かる人間を気長に探すさ」
「頑張ってくれ」
私にはそうとしか言い様が無かった。教育か、確かに重要な問題なんだけど、ロマリア王国を陰から支配するだろう3家には興味がないだろうね。特にリアーナは体育会系だからな?。
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それから今思えばあっという間だけど、それなりに苦労の十数年が過ぎた。
ロマリア王国建国の準備は整いつつあるが、そのタイミングが中々難しい。宗教庁の宗教的な権威まではロマリア王国に移行しては意味が無いから、切欠が欲しいと思っている所だった。(聖職者としての生命を絶たれた彼が、ロマリア王国の王位に就くとなれば警戒して当然だろう?)
そんな中、ローレンツが気になる情報を手に入れてきたんだ。
「アルミニウム合金が出回っている?」
「ああ、盾としてだがね?」
「それがどうした? 一円玉やアルミホイルとかの材料だろ?」
「ジュラルミン製だそうだよ」
「うん?」
「知らないのか? うーむ、警官隊が突入する時に持っている盾を思い出してくれ」
ああ、あれか。という事は我々と同じ転生者が居るんだね。どんな人物なんだろう?
「転生者という事か?」
「だろうな、今度会ってみようと思うんだが?」
「そうか、結果を教えてくれよ」
「ああ、ジュラルミンとは実に面白いぞ? 運が良ければ、航空機の機体の材料になる!」
そっち方面は詳しくは無いけど、航空機という言葉は気になった。この世界で航空機といえば”フネ”だけど、我々が航空機といった場合本来の意味になるし、トリステインにはあれがあるはずだ。
「ローレンツ、歴史に干渉するのは嫌じゃなかったのか?」
「何のことだ?」
「誤魔化すなよ、ゼロ戦、竜の羽衣は手に入りそうなのか?」
「いや、単にタルブのワインを仕入れに行った時に偶然出会っただけだぞ?」
「まあ、好きにすれば良いよ」
「なんだ、ゼロ戦を回収して破壊するのかと思ったぞ」
「俺は宗教庁が妙な力を得て、暴走しない様にしたいだけだよ」
「ほう、それで、彼を引き取ったのか?」
「ああ、マザリーニの事か? 優秀な人材は宗教庁としても必要だからな」
「お前な!」
怒るなよ、お互い様だろうにね? 後継者として育てると言ったら、リアーナは喜んで連れて来たけどね。
「あの子供は、王国に置くよりは宗教庁で育てるべきだろう?」
「妙な話だが、そうかも知れないな」
そうだな、何時かは教皇になるかも知れないけど、権力は限られている筈だね。下手にロマリア国王にするよりはあの子にとっても良い事だろう。
「それで、その同胞の名前は?」
「ラスティン・ド・レーネンベルクだそうだ、一応王位継承権を持った公爵家の嫡子だな。まだ10歳くらいだそうだけどな」
「ほう、それは希望が持てるんじゃないか?」
「ああ、少し試させてもらおうと思っているよ」
試すか、私がやった様な事をその少年にやる訳か? まあ、その少年にとっての良い試練になってくれれば良いのだけれど。
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それからまた数年が経過したんだけど、ローレンツからはラスティン・ド・レーネンベルクの名前をよく聞く様になったね。少し入れ込みすぎじゃないかと思うくらいだったけれど、その甲斐あってかトリステインに公立(といっても公爵家が作ったという意味らしいけど)の学校が出来たらしい。
ローレンツはしきりに私とその少年が会う事を勧めていたけれども、正直あまり興味が無かった。まあ、色々忙しかったのが主な原因だったね。ただ少し気になったのは、ローレンツが学校建設を提案する前に既にその少年が学校を作っていたという点かな? まるでローレンツを手助けする為にその少年が現れた様に見えてしまったんだ。
学校を作りたがっていたローレンツの前にラスティンという少年が丁度良く現れると言うのは出来過ぎだろう? そう考えると私の前にローレンツが現れたのも何かおかしいのではないかとさえ思える。まあ、気のせいなんだろうな? この事が少し気に入らなかったけど、機会があったからラスティン・ド・レーネンベルクに会う事に同意したんだ。
ラスティン・ド・レーネンベルクとの出会いは別にどうという事は無かった、どちらかと言えば、私の方ばかり喋っている感じだったね。時間も無かったから、十分に会話が出来なかったのがあまり印象に残らなかった原因かも知れない。本当ならばじっくり話し合う時間を作る予定だったんだけど、直前になってゲルマニアからの使者がやってきた事で予定が崩れてしまったんだ。
使者自体は別に珍しい物では無いし、手紙の内容も一文を除いては極普通の内容だった。その一文が大いに問題だったがね。”場違いな工芸品を譲り受けたい”というのは、明らかに転生者からの依頼の形をとった要求だった。宰相マテウス・フォン・クルークと言うのが転生者なのだろうか?
殆どの”場違いな工芸品”が処理済でロマリアには残骸さえ無いのだから、そんなものは存在しないと返答したんだけれど、実は最も厄介なものが残っていたんだ。あれが安置されている城の警備を見直す意味で、ラスティン君との会談の場所をヴェローナに変更して、私は警備兵の手配で大わらわだったから会談に集中出来る筈も無かった。
それから、何度かゲルマニアからの使者が来たが、突っぱね続けた。まあ、無いものは無いのだから仕方が無い。ローレンツを通してラスティン君とも手紙をやり取りするようにはなったが錬金を使って領地を栄えさせるというのは面白い話だったね。あの少年ならばもしかしてと考え、思い切って今では片腕とも呼ぶべきマザリーニを枢機卿に任じてトリステインに送る事にしたんだ。(実に妙な成り行きでマザリーニがフィリップ4世に重用される事になったのは予想外だったね、いや、有り得る話だとは思っていたんだけどね)
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ラスティン君の錬金の腕を確かめる機会がないまま更に時間が過ぎていってしまった。本来なら直ぐにマザリーニを呼び戻すべきだったんだろうけど、中々踏ん切りがつかなかった。そのまま世界が一気にキナ臭くなってしまった。
ゲルマニアがトリステインを急襲するに始まり、トリステイン国王暗殺未遂、その後にガリア=ゲルマニア紛争の発生と続き大きく世の中が乱れたが、私にとっては良い機会だったね。新しい宗教庁を売り込むべく争いのある場所に積極的に聖職者を送り込んだんだ。(ラスティン君による風石絡みの提案に乗って下落傾向だった宗教庁の権威が盛り返したのも大きかっただろうね)
しきりとロマリア王国として出征したがったリアーナが病に倒れたのはこの頃だったかな。いい加減リアーナを抑えるのが難しくなりつつある時だったから印象深く覚えているね。そう、あの考えを思いついたのもこの頃だったかも知れない。
”この世界が私自身の夢(或いは妄想)が生み出した物なんじゃないか?”
こう考える事は私の様な成功者にとっては自然な事なのかも知れないけど、それを裏付ける様な出来事が私の人生の最後に起こったんだ。宗教庁の汚点の象徴とも言うべき、”原子爆弾”をラスティン君があっという間に片付けてくれたんだ。
何時からこの城に安置されているか前教皇さえも知らなかったし、私では手も足も出ない厄介者が私の望み通りに”無くなった”んだから驚きを通り越して呆れた物だったね。そう、ラスティン君はまるで私を未練無くあの世に送り出す為に用意された人間の様だった。
私自身が抱えていた妙な考えをラスティン君に話して聞かせたのは、彼の(そう彼も紛れも無く成功者だからね)役に立つかもしれないと思ったからだった。しかし、ラスティン君の話も中々面白かった、もしかすると、私が必要としたからこそラスティン君がこの世界に存在するのかも知れないな、そうすると私は誰に必要とされてその世界で生きて来たんだろうか?
もしかすると帰ってこないかも知れないと思っていたマザリーニを取り戻して、次の教皇とするべく方々に手を回したが、マザリーニの実力は皆が認める程だから問題は無かったね。リアーナが存命であれば煩く言われただろけども、経験や人格的にいって、今のヴィットーリオには枢機卿が精々だろうね。
秘宝はロマリア王国が管理する形になっているから、余程の事が無い限りヴィットーリオが虚無に目覚める事は無いだろうし、そうなっても問題が起こらない様に教育を行った来たつもりだ。
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さてそろそろ私の最後の時が迫っている様だね。この世界が今後どんな発展を遂げるのかは興味はあるがただの興味だね。多分満足して死んだ人間には次の世界など用意はされていないだろう。
ただ、この世界ハルケギニアが争いの無い平和な世界になるように願ってこの世を去る事にしよう。自分が最も教皇に相応しくない人間だと思っていたけど、最後の最後で聖職者らしい考えを持つ事が出来るなんて皮肉な物だな・・・。
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