第27話 情報交換


 その後、ローレンツは大きく2つの手を採った様だった。


 1つはロマリア国内の中小の商人を集めて互助会の様な組織を立ち上げたそうだ。何でも不慮の事故等の時に保険が下りるらしい。(これに20万エキューつぎ込んだらしいね)


 もう1つは、集めた商人達をロマリアの田舎に積極的に商いに送り出したんだ。但し、彼らはその村や町で本当に必要とされているものを運んでいったそうだ。まあ、それだけなら普通の商売だな、辺境の町や村では感謝されるし儲かるしで言う事なしだ。ただ商人達がもたらしたのは、商品だけではなく情報もだったんだね。


===


「あんた達も大変だねぇ?」


「いんや、あんたの様な商人が来てくれる様になっててーへん助かっとるよ?」


「それはお互い様さ」


「だども、町の方ではタダで食料が配られてるんだと、他の商人が言ってただよ?」


「ああ、宗教庁のお偉いさんが慈善事業をやっているらしいね」


「なんで、この村にはその”じぜんじぎょう”ってのがこないんだべ?」


「そりゃあ、この村が小さくて、人気取りをしても効果が上がらないからに決まってるよ、おやっさん」


「何言うだべ、この村を馬鹿にするだか?」


「俺がじゃないよ、宗教庁の偉いさんがだよ!」


「まったく偉い人ってのは、これだからいかんべ!」


「そう言うなよ、俺がここに来てるのも宗教庁の偉いさんの助けがあったからなんだからな」


「ほんとうけ? そんなら何でタダで食いもんを配ってくれないんだべか?」


「気付いていなかったんじゃないだろう、俺の商品が普通よりはかなり安いって事に?」


「うっ! だども」


「おやっさん、あんた肉が好きみたいだね?」


「あ? そうだけんど?」


「タダで配られる食料はな、当たり前だけど決まった物しかもらえないんだよ。はしばみ草の効いた干し魚とかは随分不評だって聞いたぜ?」


「あんなもん、ひとさまの食いもんじゃねべ!」


「そうだろう? タダって言うのも良し悪しなんだよ」


 上記の様な会話が色々な所でされた訳だね。聞かれれば商人達は私と彼の名前を出した訳だ。もう少し教養がある人には税金の使い道なんて話までしたらしいよ。別に”タルキーニ”のやり方が間違っている訳じゃないけど、盲点だったんだろうね。


 こんな行商をやっている商人達に20万エキューの支援をしたそうだ。あわせて40万エキューだけど別に追加支援をしたわけじゃないんだ。ローレンツが自腹を切ったんだけど、効果は絶大だったみたいだね。彼と彼の商会はロマリア国内に確固たると言えるほどの基盤を固める事に成功したらしいね。


===


 一方私の方も精力的に活動を続けた、腐敗した聖職者の粛清と言えば分かるだろうか? だが、それも当初は上手く行ったんだけれど直ぐに行き詰ってしまった。教皇自身がタルキーニの圧力に負けて国内の聖職者に対する保護を決めてしまったんだ。


 国内に限定してくれたのは幸いだったね、お陰でリアーナが張り切る事、国外にはどちらかと言えば”アルファーノとタルキーニ”の息のかかっていない司祭などが多かったんだけれどリアーナは全く遠慮をしなかったんだな。中には”セレヴァレ”に近い司教なども居たんだけれど、逆に身内だからこそ手を緩めなかった。(彼女らしいといえばらしいけれどね)


 聖堂騎士隊(パラディン)と異端審問官の活躍、ローレンツを始めとする商人達の助力、この2つをもっても私の教皇選での勝利は微妙だったね。いや、はっきり言って敗色濃厚だったと言っても良いかも知れない状況だった。そして終に聖エイジス30世がこの世を去り、教皇選が始まってしまった。(私達にとっては当時は最悪で、後になってみれば最高のタイミングだったね)


===


 教皇選というのは、全部で11人居る枢機卿が互選で次の教皇を決めるという制度なんだけど、全会一致が原則になっている。そう全会一致だ、全会一致するまで何度も候補者の書かれた札を机の上に積み重ねるという”作業”を繰り返すんだよね、これが!


 双方概ね票固めは終わっていたんだけれど、最初はやはり票が分かれたんだよね。やっぱり誰でも教皇にはなって見たいのかな、それとも誰かに押し付けたかったのか。2回目からは”彼”と”私”の一騎打ちになったね、予想通りだったけれど。票に関しては5対6とほぼ互角だった。それからは根競べになったんだけど、馬鹿らしい事にずっと5対6が続いた。双方引く気は無い様だったね。


 投票は13回行われて、そのまま翌日にもつれ込んだ。徹夜は慣れているからどうと言う事はなかったけれど、無意味な相談を繰り返して代わり映えの無い投票を行うのは精神的にくるものがある。そんな事がまた丸1日続いたんだよ、全くこの状態をどうしろって言うんだろうね?(それに訳の分からない決まりがあって、これも神経を逆撫でしてくれるんだよね)


 さすがに2日目は仮眠の時間がとられたけれども、まあ、普通は熟睡なんて出来ないんだろうね。私も熟睡は無理だったけれどなんとか疲れは取れたと思う。


 そして、3日目も同じ様に投票が始まった。最初の4回は今まで通りの展開だったんだけど、5回目で事態は思わぬ方向に進んだ、いや進んでしまった。札を机の上に積む為に立ち上がった拍子に枢機卿の1人が胸を押さえたと思うと、そのまま微かに呻き声をあげてそのまま倒れてしまった。


 それが”彼”だったんだ、身体が弱いと思われた私の後釜に座った彼がこの場で倒れてしまうなんて、随分と皮肉なものだなと思った。最年長のまとめ役の枢機卿の提案でこの一回の投票の後、一度教皇選を中止する事になった。彼(ステッラリオ・アルファーノ)の容態も心配だったし、暗殺の可能性もあったからね。(かなり難しいだろうし、私は少なくとも命じていないんだけど、視線が痛い、やりそうな人物なら凄く心当たりがあるんだ)


 ただ、折角投票したんだから勿体無いというレベルで投票結果の確認が行われたんだけど、そこで更に事態が急変した。投票結果は4対6では無く5対5だった。少しの間だけ私に向けられる視線が更に鋭さを増したけれども、直ぐにその可能性が低いのに呆ける寸前の頭でも気付いた様だった。私は真っ先に投票を終えていたんだからね。


 これじゃ分からないかな? 教皇選では互選だけど、基本的に自薦は許されない。つまり自分以外で最も教皇に相応しい人物に投票する形なんだよ。私も不本意ながら、ステッラリオ・アルファーノの名前を延々と選んできた訳だね。(謙譲の”精神”とか考えさせる意図は分かるんだけれど、当事者としては納得し難い物があるよ。ただ、私以外で教皇に相応しい人物が彼しか居ないと言うのも情けないけどね)


 そう、彼が投票を終えずに、札を握り締めたまま運び出されたのも分かっているこうなると、本来ならば4対6にならないといけないんだ。彼はそこまで追い詰められていたんだな、私が追い込んだのだけれども・・・。


 念の為、私の机の上の札と”彼”の机の上の札が確認されたけれどその事実が確認されただけだった。彼が札を手放さなかったのは正解だったのか不正解だったんだろうか? どちらにしろ結果は変わらなかったんだろうね。10人の枢機卿で引き続き投票が行われて、9対1の投票が行われて、形式通り私が他の枢機卿に感謝を述べ最後に10票全てが私に投票される事で教皇選の決着が付いた。(ここまで後味の悪い教皇選も珍しいのではないだろうか?)


===


「おめでとうございます、教皇猊下」


「止して下さい、貴方からそう言われると、責められている気分になります」


「しかし、些か期待外れでした。教皇選の後に何か騒ぎが起きるかと心配していたんですが」


「貴方の場合は、この機会に儲ける為に色々手を回していたんでしょうね?」


「滅相も無い」


 そう言いながら、ローレンツは残念そうなのを隠そうとしていなかった。かなり、前回の事で考える事があったのか、教皇に対しても全く自然体にで接する様になった。彼にとっては良いことなんだろうね。


「しかし、どの様な魔法を使われたのですか? 猊下の敵だった方々が教皇選の結果に異議を唱えないなんて」


「何、宗教庁をあるべき姿にすると説明したら、納得してくれただけですよ?」


「あるべき姿ですか?」


「そうです、宗教庁という組織は大袈裟すぎます。この国の政治・経済・軍事を全て宗教庁が握っているなんておかしいと思いませんか?」


「そうなると、宗教庁から政治・経済・軍事を分離すると?」


「そうです、出来れば街1つに宗教的な権力をまとめてしまって、他をまとめてロマリア王国を復活させたいと思います」


「宗教の町か・・・、まるでバチカンみたいだ」


 ローレンツが何気なく呟いたのが聞こえてしまったが、今の話の流れだと”バチカン”と言う地名には特別な意味がある筈だ! まさか、彼も私と同じだと言うのか?


「今、バチカンと言いましたか?」


「え? はい、ロマリアにはバチカンという町があった筈ですが?」


「誤魔化さなくてもいいですよ、これは教皇が教徒に話しているんじゃない、ジェリーノ・タルキーニという1人の人間がローレンツという同胞に話しかけているんだ」


「同胞?」


「そう、バチカン市国、ローマ法王、ヨハネ・パウロ2世、いやベネディクト16世なのかな?」


「まさか!、貴方も?」


「大きな声を出さないでくれ、人払いはしてあるけど」


「すみません」


「それを止めないか?」


「え、ああ、分かった。分かったよ、その、ジェリーノ?」


 年齢的には私の方が少し上らしいけど、2人だけの時なら問題無いだろう。これからは敬られる事が多くなる、気さくに話しかけられる人間には不自由するだろうからね。


「そう、それで良い、ローレンツ。君は私以外に、その何と言うべきなんだろうな、記憶の転写が行われたとして」


「そうだな、転生なんだろうな、これは、転生者なんてどうだ?」


「良いな、それで?」


「ジェリーノが始めてだ、君は?」


「同じくだ」


「貴方はそれを誰かに話したか?」


「いいや、まあ、異端審問官の仲間には色々な知識を披露したがね」


「私の方も、今は知っている人間は居ないな」


 ”今は”か、亡くなった先妻は知っていた訳か、そこまで信頼できる人間と言うのは、私には居なかったし、多分これからも居ないんだろうね。教皇を目指した瞬間から、心の中で何故か人々に隔意を持ってしまった。(最も親しい女性リアーナ・セレヴァレでさえだね)


 逆に何故、ローレンツの言う事を素直に信じられたのかが、不思議な程だね。ただ、


・宗教庁が存在を否定し続けてきた”平民メイジ”を労働力として使うと言う発想

・歴史が小説通り進めば大混乱に陥るであろう”ガリア”と”アルビオン”への商会の進出を進めていない所

・エルフと積極的に交流を行う向こう見ずさ、あるいは非常識さ


が違和感を覚えさせていたと言うのは今になれば分かるね。危なく始めて出会った同胞を消す所だったけれど、ローレンツは自力で危機を乗り切って大きくなった訳だ。まるで私が、ローレンツの為に”試練”を用意した様なものだね。


「ここが、ハルケギニアなのは間違いないだろうね、ただ何時かという問題があるけどね」


「ああ、それなら”マリアンヌ姫”は生まれているよ、暫くすれば”烈風の騎士姫”が始まるんだろうな」


「どうして王家や公爵家に接触しないんだ、ローレンツ?」


「どうしてだろうな? ただ、危険を感じるからかもしれない」


「危険?」


「そうだろ、歴史に干渉するんだぞ?」


「ふん、そんな事か!」


「そんな事かって」


「私は好きに宗教庁を変えるぞ?」


「だろうな」


「お前だって、エルフと貿易なんかして大丈夫なのか?」


 自分の事を棚に上げて責められても困るし、私にとって宗教庁にある”場違いな工芸品”と言うより単なる兵器は忌むべき物でしか無いしな。既に凡その物は処理を命じた位だ。


「そうだな・・・、確かにやってしまっているんだ」


「気にするな、別におかしな事が起こった訳じゃないだろ。それに歴史が小説通り進むんなら、私達がここに居るのがおかしいだろう?」


「異分子だろうからな、私達は」


「そんな言い方をするものじゃない、私達は私達なりに好きな事をして来たし、これからもして行くだけだろ?」


「そうだな、そうやって生きて来たな」


「奥さんが殺された事を気にしているのか?」


「・・・、そうかも知れない」


「馬鹿な事を、お前の、”商人ローレンツの妻”が自分の死で夫が塞ぎこんでいると知ったらどう感じると思う?」


 無茶な商売をしたり、財産を思い切ってつぎ込むのが正しいか微妙だけど、ただ、ある程度力を持った商人のやることじゃないのは確かだと思う。(それに助けられた訳だし、ローレンツの投資は成功したんだけど、何時も通用するとは思えない)


「そうだな、俺とした事が・・・。ふっ、さすがは教皇猊下ですな?」


「説教臭かったか? 今の君には必要だったと思ったけど、私達の間には不要かも知れないな」


「そうだろ、腹を割って話し合うべきだろう?」


「ふむ、ローレンツ、1つ頼まれてくれないか?」


「何かな。多少借りがあるから、かなりの金額を用意出来るぞ?」


「いいや、お金の話じゃないんだ。エルフと接触したいと思う」


「彼らと、和解するのか?」


「まあね、宗教庁の力が弱まればまともに戦う訳にも行かなくなる。そもそもあんな馬鹿げた戦いを懲りずに何度も繰り返すなんて、本当に馬鹿だろう?」


「まあね、ただ、商人にとっては稼ぎ時なんだがね」


「下らないな、エルフとの交易が独占出来なくなる程度で?」


「お見通しか?」


「ああ、だけど、そう簡単には行かないだろうな」


「まあね、エルフには変わり者が多いからな」


 まあ、審問官の先輩達ほどじゃないと思うけどね? しかし、下手に刺激するのは避けた方が良さそうだね。


「そうすると、エルフとの交易を許可制にするべきかな?」


「当面はそうした方が無難かもな。”レイハム”という部族を知っているか?」


「さあ、敵の情報もまともに持っていないんじゃ、何度攻め入っても負けるのが当然だろうな」


「ふっ! 私の商売相手さ、結構エルフの中では有名らしいぞ?」


「勢力は?」


「ああ、里、本当に里だな、は小さいな、エルフの、いや人口は分からん」


「信用されて居ないんじゃないか?」


「警戒されるのは当然だろう? 商売が出来ればそれで良いしな」


「そうだが・・・。族長とかと話は出来ないかな?」


「ああ、適当な人物に心当たりがあるが、あの方は宗教庁嫌いだぞ?」


「そんな人と良く知り合えたな?」


「ああ、宗教庁の悪口を言い合う仲だ」


 そんな事を私に向かって胸を張って言われてもな? いや、私だって、先輩達と今までの宗教庁を散々虚仮下ろしてきたんだけどね。

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