第26話 盟友


 無駄な抵抗だった、あの懺悔の夜から事態は急変したと言って良いかも知れない。不思議な程、事が順調に進んで行き気付けば私は30代の若さで枢機卿の1人となっていた。


 普通ならば50代の経験豊かで、思慮深い人物が任命されるはずだったんだよ。宗教庁にはその条件に合った人材は多かった。私が11人目の枢機卿に滑り込めたのは、”セレヴァレ”と審問官の先輩達の力が大きかったんだと思うよ。それに、最大のライバルだった老司教の教区で飢饉が発生して、それどころでは無かったと言うのが実際の所だったね。


 聖堂騎士隊(パラディン)と異端審問官がタックを組むという青天の霹靂(だったかな?)な事態に、アルファーノとタルキーニも当初はなす術が無かった。聞いた事も無い始祖の言葉を独自解釈して異端審問官が叱責すれば、翌日には聖堂騎士隊(パラディン)がやって来て、宗教的な死者が出来上がるんだから、対抗するのは難しいね。

 ”御言葉”はきちんと超マイナー経典に書かれている物だし、解釈も極まともな物だったからおかしくは無い、真っ当な解釈に逆らう様な事をしている人々の方が問題なんだろう。


 しかし、最近は小康状態だったんだけど、”カルラ・セレヴァレ”の”不自然な”事故死が切欠で私たちが劣勢に立たされる事になってしまったんだ。


 今でも時々リアーナとは会うけれども、公的な場所でしか会えなくなってしまった。まあ、事情は察して欲しい、枢機卿(そして教皇)を目指す私にスキャンダルは不味かったからなんだ。ただ、目指すものは同じだと分かっては居た。ただ、彼女の息子の成長だけは気にかけていたね。


 それから数年は我慢の時期だった、枢機卿としての公務、アルファーノとタルキーニに対しての暗闘が日々続いたんけど、聖エイジス30世が突然倒れた時には肝が冷えたね。あのままだったら私より一足早く枢機卿になっていた彼(ステッラリオ・アルファーノ)が首尾よく教皇に納まっていただろう。


 私はそれだけは許せなかったけれども、それを阻止するだけの力が私には無かった。単純に聖職者として、枢機卿としての能力では彼に劣る所は無いし、論戦でも一度も負けたことが無い。ただ、政治力や経済力では明らかに劣ってる。派手なバラまきをロマリア各地でやられてしまえば、世論が彼に味方するのは避けられなかったんだ。


 経済の”アルファーノ”が本気になるとこうだ、最後に物を言うのは金の力か、近く行われるだろう教皇選までに私自身が方針を決める事になった。母親そっくりになってしまったリアーナは物騒な方法をしきりに勧めてくるけれども、その手段をとったら私が教皇になる意義を失うと何度も説得する事になったんだ。


 伝を辿って、何とか有力な協力者を得ようとしていたんだけど、中々上手く事が運ばなかった。ロマリア国内では無理かと思い始めた頃、私はその人物の存在を知った。そう、彼は、異端審問官の網にかかって来たんだ。


===


「トリステインの商人ローレンツ? それが何か?」


「何かじゃないぞ、こいつを取り込もう!」


 こんな話を持ってきたのはパオロさんだったけれど、トリステインか今は何時頃なんだろうね? ガリアではジョゼフという王子が生まれていて、その弟がシャルルだった。ただどちらもありふれた名前だから何とも言えない。ただ、分かった所で何かする予定は無いんだ、そんな事には興味が無いし、何か利用できないかと考える位だね。外国の事だからあまり気にならないのかな?


「どうしてその商人なんですか?」


「こいつは出来るよ、”商人ローレンツが扱わないものは無い”と評判らしい」


「はったりじゃないんですか?」


「確認したけど本当らしい、はったりだけでトリステインの商人名前がロマリアまで届かないだろう?」


「この国まで噂が?」


「ああ、それに大きな声では言えないけどね、エルフとも取引があるらしい」


「ほう、それでパオロさんから話があった訳ですか?」


「お仲間という感じがしないかい?」


「そうですね、確かに。でも、一商人に何が出来るでしょう?」


「君らしくないね、普通の常識に縛られた人間に出来ない事だよ」


「そうですね、確かに、会えますか?」


「抜かりは無いさ、きちんと召還してある」


 久しぶりにパオロさんの人の悪い方の笑顔を見た気がするね。事情を知らない人間が異端審問官から呼び出しを受けたらにげだすんじゃないだろうかな? それを含めて”商人ローレンツ”の実力を試すという事か・・・、ローレンツにとっては災難だね。


===


 パオロさんが用意してくれた”商人ローレンツ”の経歴をざっと読んでみた。


・生年は不明で30歳半ばと思われる

・両親は魚売りをやっていた普通の平民だった

・10代半ばで独立して、トリステイン国内で主に魚を売る行商をしていた

・20代後半で店を構え、その後順調に店を国内に広げて行った

・30に入った頃に協力者と共に”ローレンツ商会”を立ち上げる

・現在はアルビアオン・ガリアを除く各国にその支店を広げつつある

・両親と妻は死去、1男1女の父親である


 立身出世とか、誰もが憧れる商人像とか言えそうな経歴だったけど、彼が順風満帆の人生を歩んできたかと言うとそうでも無いらしいね。妻と死に別れた経緯が少しだけ書かれていたけれど、それだけでも悲劇だったんだろう。


 水メイジ(何代か前は某伯爵家につながる)を妻に娶ってから彼の人生は変わった様だ。妻の魔法で魚を冷凍保存して内陸に運ぶという方法でかなりの儲けを出していたらしいんだけど、その追い風も長くは続かなかったんだ。20代半ばで盗賊に狙われ積荷と妻の命を失ったらしい。


 子供達と多少の財産は残ったらしいけれど、一番大事な信用と妻を失ったんだね。ただし、”商人ローレンツ”の伝説はここから始まったらしい。一発逆転を狙ったのか、彼は危ない(ハイリスク・ハイリターンと言うべきかな?)仕事ばかりに手を出すようになってしまった。


何となくだけど、死にたいのかなとも思った、でも、無茶な仕事ぶりが彼の信頼を取り戻すのに一役買ったのは事実らしい。”商人ローレンツが扱わないものは無い”とか言われ始めたのもこの頃以降らしいね。一番有名なのが、とある薬草を入手した時の逸話だそうだ。


 トリステインの某貴族の息子が”竜疫病”という病に罹ったのは夏の始まり頃だったらしい。あまり聞かない病名だったけれど、竜に良く接する人間だけが発病すると言う事と、治療法だけは分かっていたんだ。”散竜草”と呼ばれる薬草が特効薬らしいんだけど、手に入れるのが難しいらしい。


 理由は簡単で、”散竜草”を手に入れるにはエルフ達の住む砂漠(サハラ)に行かなければならないからなんだ。これの意味する所は、表向き”竜疫病”は不治の病と言う事になるんだね。何せ宗教庁がエルフとの交流を厳しく禁じているんだから。


 それでも時々市場に出回る事があるらしい、密輸なのか、エルフが気まぐれで人間の町にやってきて売って行くのかは分からないけど、非常に高価で数も少ないのは事実なんだね。まあ、異端審問官に捕まる事だけは絶対に無いと殆どの人が知らないんだから仕方が無いよ。


 その状況で”商人ローレンツ”は時間や危険と戦いながら”散竜草”を手に入れて見せたらしいね。自分の生命をかけて成し遂げた事が彼に何をもたらしたのかは分からないけれど、彼はエルフとの交易を隠さず堂々と行う様になったんだよ。

 それが審問官の情報網に引っかかったと言うのが僕に、彼の情報がもたらされた経緯と言った所かな? エルフと交易ね、確かにお仲間と言って良いかも知れないけれど、随分と命知らずだね頭の堅い聖職者に目を付けられればどういう事態になるか想像出来ない訳じゃないだろうに。


===


 1月とかからずに、件の商人を呼び寄せる事に成功したと報告を受けたんだ。運悪くロマリアに商売に来ていたらしい。そして、若き枢機卿の前に”商人ローレンツ”がやってきた訳だけれど。どうも、この人物の事が好きになれそうも無かった、いかにも押しの強い商人らしい顔付きで、それなりの自信を見せては居るんだけど、押しが強すぎるというか、何か焦っている様に見えてこちらも落ち着かなくなるんだ。


「ローレンツと言ったね、まあ、掛けなさい」


「はい、ありがとうございます、枢機卿様」


 太太しいと言ってもいい態度だ、これはこちらの事情も分かっているっぽいな。自分には手が出せない筈だと確信しているのだろう。交渉術では、ここは一発ガツンと行く所なんだけれどそれをやると、敵に回る可能性があるんだよね。

 まあ、才覚の面では不足は無いけど、最悪消せば言いだけかな? 弱点に関しては調査済みだから、この場でどう料理するかだね。さてお手並み拝見と行きますか!


「急に呼び出してしまってすみませんね」


「いいえ、枢機卿様に呼び出されるのならば光栄でございます」


「そうですか、少し嫌な話になるかも知れませんが、聞いてもらえると助かります」


「・・・」


「実は、トリステイン 国内で異端の疑いがある貴族が居るそうなのです!」


「はぁ?」


 そんな反応じゃ、商人としても拙いだろうにね。


「噂を聞いた事がないかな? 散竜草に手を出したそうなんだが」


「!」


「貴方の商人としての伝で何とか証拠を掴めませんか?」


「その貴族の方が異端と認定されるのですか?」


「分かりません、ただ放置するには危険な問題です」


「ですが、近年異端の疑いで!」


「そうですね、表立って異端を取り締まる事は利点が少ないですからね」


 異端審問官自体が異端の研究を行っている事までは知らないらしい。(普通に考えれば有り得ない話だけからね?)


「表立って?」


「すみませんが、これ以上はお教え出来ません。宗教庁内部の機密になりますから」


 だって、異端の思想を持つものを集めて仲間にしているなんて、公には出来ないからね? 彼が私の言葉をどう解釈するかは、彼自身の問題だし。


「ち、ちなみにですが、その貴族の方が異端だったとしたら」


「その様な事は、私の口からは・・・。ですが、異端の問題は非常に判断が難しいです」


 さて、どう出る? 息子達が貴族の庇護下に居るからといって安心は出来ないぞ?


「話は変わりますが、今私は少し困っている事があるのです」


「・・・、”猊下”の様の方がですか?」


 猊下は、一応身分の高い聖職者への敬称なんだけれど、この場合はまあ、言うまでもないだろうね?


「はい、清廉潔白であろうとすれば、自ずと困る事はありますね」


 清廉潔白か、自分で言っておいて、笑えるね。


「それで、私に何をしろとおっしゃるのですか?」


 ローレンツの方から切り出させる事に成功だね。さて、次だ、僕は1枚の羊皮紙をローレンツの前にそっと差し出した。


「これをご覧なさい」


「これは!」


 うーん、反応が早すぎだ、きちんと全部読まないと駄目なのにな。話の流れが拙かったから誤解したんだろうね?


「そんな表情をするものではないよ、良くお読みなさい」


「・・・、こ、これは!」


 聖職者に貸した金は返ってこないというのが今までの常識だからね、25万エキューの借用書など見れば驚くのも無理は無いだろうね。私の所にはローレンツ商会の総資産が40?45万エキューと報告されているから、無理をすれば用立てられる金額だというのもまあ誤解を生むんだろうね。(実は駆け引きに使う予定の数字だったんだけどね)


「私に、25万エキュー貸して下さると?」


「そうだね、不足かな?」


「いいえ・・・」


 ローレンツが必死で頭を働かせているのが見て取れるね、どうしてなんて聞かれたら興醒めだったんだけどね。25万という金貨は、”セレヴァレ”で直ぐに用意出来た金貨の全てだったんだ。ちなみに、”アルファーノとタルキーニ”はこの10倍の金額を軽々と動かすよ?

 渋々、お金を用意してくれたリアーナは、武力による解決をしたそうだったけれど、それでは駄目なんだ。同じ土俵に立って彼に勝たなくては、僕が彼に勝っている証明にならないし、自分が納得して教皇になれない!


「承知しました。この金は将来の宗教庁の為に、枢機卿様の納得行く形で活用させていただきます」


「そうか、頼んだよ、ローレンツ」


 さて、概ね思い通りに事が運んだな、後はローレンツの商人としての手腕に期待しよう。人間としては少し甘い気がするけれど、多分やってくれるという予感がするんだ。

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