第25話 説教
そんな感じで、数年が経ったんだけど長官の仕事を押し付ける後輩も現れず、僕は長官と言う名の小間使いのままだった。
「パオロさん!」
「うーん」
「パオロさん!!」
「ふーむ」
「2回呼びましたからね!」
そう断りながら思い切って手に持った棒(結構太い)を、パオロさんの頭に振り下ろすと、”ゴン”という鈍い音がしてパオロさんがひっくり返ってしまった。さすがにやり過ぎだったかな? 肩を揺するとか、薄い本で叩くとかではもう効果が無いんだよね。(この驚異的な集中力、僕に対してのスルー能力は何処から来るんだろう?)
「そうだ、宗教庁に無いなら、他の王家から取り寄せれば良いんじゃないか!」
あ、復活した。まだ甘かった・・・じゃない。
「パオロさん、ご飯の時間ですよ」
「もう昼メシか?」
「ちなみに用意したのは夕食ですけど?」
夕食を摂るにも遅い時間なんだけどね、夜食には少し早いかな?
「何時の間に、僕は昼メシを食ったんだ?」
「貴方は痴呆ですか? 昼ご飯に手を付けなかったからもう片付けましたよ!」
「何! そんな罰当たりな!」
「大丈夫です、付近には恵まれない人々が多いですから」
「そうか、さすがは私の後継者だな」
こんな調子だ、以前はもう少しまともだったのにね。ただ、概ね審問官の先輩達の行動はこんな感じだ、確かに長官の役目は大事だね、命に関わるから。
「なぁ、ジェリーノ?」
「ダメです、嫌です、お断りです、さっさとご飯を食べて寝ちゃって下さい」
「まだ何も言ってないだろ、横暴だぞ!」
この話の流れだと、碌な相談(或いはお願いと言うか要求?)じゃないのは経験上分かっているんだ。この人との付き合いも長いからね。
「良いから、聞いてくれ。歴史の長い王家、特に”三国”の城から、古い書物もらえないかな?」
「無理に決まってるでしょう。それに、他国の書物なんて何に使うんですか?」
「本当の歴史を知るには、検閲済みじゃない資料が必要なんだよ」
検閲か、実際焚書とかあったらしいからね。まあ、前世でもこの世界でも、権力を握った聖職者がやることは同じらしい。都合が良い歴史だけが残されて行くんだ。気に入らないね、本当に!
「でも、この国にだって古い書物位あるでしょう?」
「無いぞ?」
「へぇ?」
「無いんだよ、1800年前以前の資料は基本的に残って居ないんだ。”元気な野菜の育て方”とか残してどうするんだよ!」
その頃の教皇が宗教庁の力を上げる為に、何かやったんだろうね。ちなみに、この世界では普通に千年前の書物の原本がそのまま残っている事がある。(魔法の力は偉大だね)
「そうなんですか?」
「そうなんだよ、全く、貴重な書物を焼き払った奴らこそ異端だと思わないか?」
「それには同意ですね。でも、他国にだって残っていない可能性が高いんじゃないですか?」
「そうかな?」
でも、確かトリステインの王立図書館には魔力を帯びた古い本とか残っていたんだった。だけど、パオロさんが目を付けたのはそこでは無かった。
「始祖の祈祷書って何が書かれているんだろうな?」
その発想に驚いたけれど、確かに確実に存在する古い本だった。絶対に読めないと思うけどね。
「そんなのもらえる訳ないでしょう、教皇猊下が頭を下げても、借りられるかどうか・・・」
「そうか、分かった。お前教皇になれ!」
気軽にそんな事を言うパオロさんだったけれど、僕は心臓を鷲掴みにされた気分だった。あの前世の夢を見てから、僕は心の中で”教皇”になりたいと思っていたんだから。そう、宗教庁を壊して全く新しい存在にする為に!
でも現実は厳しい物だね、人形としての僕には教皇の道が用意されていたけれど、人形で無くなった僕にはその道が閉ざされていたんだから。それどころか・・・、駄目だ暗くなってしまう。
「なんだ、その気になったのか?」
「僕が、教皇になる為に産まれ、育てられたと言ったら信じますか?」
「別に驚くことじゃないだろ、”タルキーニ”はその為に存在するんだからな」
「そうでしたね、でも僕はその道を閉ざされた人間です」
「お前・・・」
今まで隠していた事を、どうして素直に話すことが出来たのか疑問だったけれど、意外にパオロさんは聞き手として優秀だったと思う。一度もした事がなかったけれどこれが、”懺悔”をしている人間の気分かも知れない。
「そうか・・・」
「ただ生き延びるだけの存在なんですよ、僕は。滑稽でしょう?」
「ジェリーノ・タルキーニ、そなたは生まれてきた事を後悔しているのかね?」
明らかに口調の変わったパオロさんがこう尋ねてきた。
「そうかも知れません」
「それでも、今、そなたは生きているな?」
「はい、死ぬのは怖いです」
「我々にとって死は恐怖であり救いでもある、そう教わらなかったかね?」
「・・・」
そんな言葉を教わったのは随分昔だった、あの頃は心からその妄言を信じる事が出来たんだった。死んでも天国や地獄に行けないのは自分自身が良く分かっている。
「そうか、それで良いんだ」
「えっ!」
「人というのはな、悩み、苦しみ、嘆き、その果てに何かを成し遂げた時にようやく救いがもたらせるのだよ。何も成し遂げていない者が救いを求めないのは当然なのだよ」
「・・・」
「そなたは何を成し遂げたい?」
「それは・・・」
「ならば問おう。何故に、”教皇”と言う言葉にそれ程動揺する? 生き延びたいと言いながら、何故にロマリアに留まる? 何故”セレヴァレ”とのつながりを絶とうとしない?」
「それは・・・」
「何故、そなたが教皇を目指してはならないのだ? もしそなたが負けたとしても、それが何かを成し遂げた事にならないかな?」
「!?」
「このまま一生、何も成し遂げる事無く、生き延びる事を続けるだけの一生を過ごすのか? それでそなたに救いは与えられると思うか?」
「いいえ・・・」
「それでは、そなたはどうする?」
「目指します、僕がなりたい者を、教皇を!」
「そうか、そなたの前には幾多の苦難が待ち構えて居るだろう。挫けるな、そうれば何時かは始祖の御許への扉は開かれるであろう」
「はい!」
「そなたが教皇になった暁には」
「はい?」
「例の書物の件頼んだぞ?」
「あれ?」
気付くとしてやったりというもう一度殴りたくなるような笑顔のパオロさんに戻っていた。見事に乗せられた気がするけれど、本当に”説教”が上手いと感じた。知識だけの僕とは格が違う、この人、いや、この先輩達から学ぶ事は本当に多そうだね。
「全く、何時も今みたいにしていてくれれば良いのに!」
「嫌だね、疲れるから」
「でも、説教が上手いですね?」
「そうか??」
「何で、こんな所に居るんですか?」
「お前だってココに居るんだろうに。別に僕が特に上手い訳じゃない、言い方は変だけど、異端審問官は精鋭揃いだぞ?」
「えーっと、その冗談は受けませんよ?」
「あのな、言いたくないけど、僕だってとある神学校を優秀な成績で卒業して、司祭として熱心に活動していたんだぞ? 何だよその目は!」
「だって」
あまり自分の事を話さない人ばかりだったから知らなかったんだけど、聖人候補に挙がったとか、枢機卿になり損ねたとか、某教区の責任者だったとか僕から見ても凄い経歴の人が多かったんだよね。(生活力ゼロだけど・・・、違う、生活する気力が無いとか、異端に逃げているんじゃないだろうか?)
「審問官が厄介払いされた人間の集まりなのは事実かも知れないけどね、消すには惜しい、野放しするには危険、そしてブリミル教の矛盾に気付けるほどには聡いからこそ、ここに居るんだぞ?」
「それなら、何で?」
「自分に相応しい地位を求めないか?」
「そうです・・・」
「ジェリーノの言う事は尤もだな、理由を言えば、下手に動けば消されるからだろうね。審問官の権力は表向き強いけれど、宗教庁という後ろ盾があってこそだろう?」
「はい」
「僕だって、一声かければ、千人近い人を集められると思うけどね、それだけだ」
「そうですね・・・」
「それに中心となる人物が居なかった。ぶっちゃけていえば、祭りの山車の飾りになる人間が欲しかったんだ」
何故だろう、嫌な予感がする? 確かあの祭りの山車って、スコッピオ・デル・カッロ(山車の爆発)の名前通り、爆竹の餌食になるんじゃなかったかな? ふと閉じたはずの扉を見ると、3人の先輩審問官が人の悪そうな笑顔で僕たちの話を聞いていたんだ。
「居なかった?」
「そう、今は適当な人物が居るな」
うーん、そんなにニヤニヤしても、僕には心当たりが無いですよ? その笑顔は、いかにも異端審問間らしい不吉な笑顔だったね。
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