第24話 異端審問官、え?



「分かったかしら?」


 再び、目を覚ました僕にかけられたのは、”リアーナ”の冷たい声だったけど、身体の自由がきけばその場から逃げ出したかった。想像を絶する痛み、首筋から流れ出る血の暖かさと匂い、そして徐々に冷たくなっていく身体、”本当”の死を目の前にした僕は、赤子の様に震えるている事しか出来なかった。


「馬鹿ね、命がけで助けた人を本気で殺す訳無いじゃない」


 ”リアーナ”はそう言って、”レア”の様に微笑んだけれど、僕にはそれがとても恐ろしい物に見えた。”リアーナ”には僕を殺す事位簡単で、僕が期待外れならば本当に簡単に処分出来る事を証明して見せたんだから。


「これを見て、ここ」


 そう言って、リアーナがその白い首筋を指した、いつも襟の長い服や、スカーフの様な布を巻いていて知らなかったけれど、そこには大きな切り傷の痕が残っていた。そんな時にも関わらず、ついその細い首筋に見入ってしまったけれど、リアーナにはそんな事はどうでも良かったらしい。


「私も同じ事を母にされたのよ、それも13歳の誕生日に!」


「なんで?」


「そうね、死と言うものを身近に感じるのに一番早いからじゃないかしら?」


 何でも無い様に、リアーナが言うのを見て、恐ろしさが増したのが分かったけれど、同時に僕に欠けている物も分かった。何故自分だけが死なない筈だ、死んでも次があるなんて思って居られたんだろう? 前世の記憶、そんな物が絶対的な死の恐怖を忘れさせてくれる筈が無い。(”キース・ガードナー”の記憶があっても、僕が”ジェリーノ・タルキーニ”である事に変わりはないし、例え他の誰かが再び私の記憶を持ったとしても、それは”ジェリーノ・タルキーニ”でも”キース・ガードナー”でもない別の誰かだ! 小説の世界だから、主人公は死なない? 馬鹿か僕は!)


「ジェリーノ、泣いているの?」


「あ、あり・・がと・う」


「しゃんとしなさい、男の子でしょう!」


「・・・、君は”お母さん”みたいだね」


「・・・、もう一度死ぬ様な目に会いたい?」


 本気で殺されそうな目で睨まれたけど、今回は逆に怖くなかった。僕が”お母さん”と言ったのは理想のそう前世では若くして亡くなってしまった”mommy”の意味だったんだけど、リアーナには”あの母”だと思ったんだろうね、確かに怒るはずだね。


「まあいいわ、それで貴方はこれからどうする積り?」


「少しだけ、考える時間が欲しい・・・」


「そう、母様に伝えておくわ。何だったら友人として相談に乗りましょうか?」


 優しく笑ってくれたんだろうけど、やっぱり笑顔の方が怖いとは言えなかった。


===


 それから丸1日かけて自分がどうすべきか考えた。前世とこの世界に生まれてから詰め込まれた知識を総動員する事になったけれども、こういう頭の使い方に慣れていなかったのか、寝る前には知恵熱が出る程だったね。(知恵熱か、乳児の病気だけど、生まれ変わった僕にはある意味合っているかもね)


「丸1日考えた結果が、”異端審問官になる”。ふざけているの?」


「まさか! 生き残る為に必死で考えたんだよ!」


「ふーん、あっ、そう言う事ね。いいわ、でも、母様の力も借りたくないんでしょうね」


 リアーナが詰まらなさそうに聞いてきたけど、一晩かけて考えた事を簡単に納得しないで欲しい。


「いいや、口利きだけは頼もうと思うよ」


「そう、いいわよ。私から伝えておく。良い表情になったね、ジェリーノ」


「そうかな?」


 彼女にそう言われると悪い気はしないね。


「うん、私が何故貴方を助けようと思ったか、本当の所を教えてあげようか?」


「友人だからじゃないんだ?」


「友人と言うより、同志だと感じたからなの」


 一番リアーナらしい、真剣な表情で変な話を始めたよ?


「同志?」


「貴方は宗教庁が嫌いでしょう?」


「そうだね、そんな愚痴も言ったね」


「誤魔化さないで!」


「うん、嫌いだ。今回の事でもっと嫌いになった」


「私も、母様も同じよ」


「どうして、何て聞くまでもないか、お父様の話だろうね」


「別に、今の教皇猊下を恨んではいないわよ?」


 公には出来ない話だけど父親が教皇の座を争っている時に”事故死”させられた割には、さばさばと言った表情だけど、それは表面上なんだろう。ただ、お飾りの教皇には興味が無いというのも本当なんだろうね。猊下がしっかりしていれば、教皇3家の争いなんて起こらなかったんだから。


「しかし、異端審問官ね、苦労するわよ絶対!」


「だろうね・・・」


「まあ良いわ、頑張って生き残りなさい。長官にでもなったら協力を頼む事にするから」


「はははっ、頑張ってみるよ」


 全然励ましになっていないよね? もう少し期待を滲ませてくれれば良いのに。


===


 異端審問官それは、”ブリミル教を裏から支配する闇の存在、教皇直属の組織でその権限は時には枢機卿をも凌駕する。疚しい所がある教徒は、その影さえも恐れる。彼らが一度異端と断じれば、ブリミル教徒として最悪の死だけが待っている”と言うのは随分昔の話だったりする。


 何時からか、異端を研究すると言う名目で当の審問官たちが異端すれすれの書物を書き出したり、妙な研究を始めた事からその存在が本当に隠される事になったんだよね。異端審問の実務は聖堂騎士隊(パラディン)に引き継がれたんだけど、その権力は宙に浮いたままだった。(何でも、廃止の話が出た時の異端審問官の1人が、強行に主張した枢機卿を道連れにしてこの世を去った事から、怖がって誰も手を出さなくなったらしいけど、狂信者がのさばるよりはマシだよね?)


 ちなみに、裏で聖堂騎士隊(パラディン)等の軍事を統括するのが”セレヴァレ”、経済が”アルファーノ”、政治が”タルキーニ”という役目なんだけどね。”セレヴァレ”が目障りな訳だね。


 僕が異端審問官を目指したのは、自分の命を守る為に3家の権力の及ばない所と言う点、そして、自分が正しく異端だという事が分かっているからだった。前世の知識を隠し切れれば問題無いと高を括っていたけれど、殺されそうになってから少しだけ慎重になったのかも知れない。それに、今の宗教庁の在り方が気に入らないなんて言えば、普通に異端認定されてもおかしくは無いからね。


「良くこんな所に来る気になったね?」


 そう言って僕を向かえてくれたのは、意外に常識人に見えるパオロと言う人物だったけれど、聞けば彼が異端審問官の長官だった。何でも一番暇だったから押し付けられたそうだ、笑って教えてくれたから冗談だと思ったんだけど、内情を知るとそれが本気なんだと分かった。


===


何故かって? 僕が審問官になった事で一番暇な人間が、僕になったんだ、分かるよね?


「パオロさん、僕が”長官”なんて本当に大丈夫ですか?」


「何故だい?」


「何故って・・・」


「君がここに来てもう1年だし、大体事情は分かっているんだろ?」


 自分の時間が増えるのが嬉しいのか、妙に機嫌よく答えてくれるのが、逆に不気味なんだよね。


「それは、”長官”何て言っても単なる小間使いの様な物だって分かりましたよ」


「こりゃ厳しいな」


「1年も”小間使いの助手”をやらされましたからね!」


「それもそうか! 外部との交渉が多いからね、はったりが必要なんだよ」


 異端審問官たちはその点では異常に優秀なんだ、僕も普通に審問官の服装で町を歩くと人々が避けて通るんだよね。あれは気持ち悪いから外出時は出来るだけ普通の僧衣にしてるんだ。普通に奇行に走る審問官も居るから怖れられているんだろうね。廊下の真ん中でいきなり何か書付を始めるなんて珍しくも無いんだけど、邪魔をするとこっぴどく叱られるんだ。


 異端審問官の実態を知らない人は普通に怖がるし、知っている人は極力関わらない様にするのが、はったりに現実味をもたせているんだろうね。異端を審問する事に関しての権限は残っているんだから触らぬ神にと言う奴らしいね。


「いえ、それは分かるんですけど、そもそも、何故僕がココに受け入れられたんでしょうね?」


「ああ、気付かなかったんだね? 一応面接をやったよね?」


「はい、形だけでしたね?」


「いいや、意味はあったよ? あの面接の部屋を覚えているかな?」


「何だかごちゃごちゃした部屋だったのは覚えています」


「あの時、部屋に入った君は、壁の飾りを見て驚いていたね?」


 あの時? 緊張していて覚えていないけど?


「えっと。ここにもあった筈なんだけど、あれ?」


 そんな事を言いながらごそごそと机の引き出しを漁っていたパオロさんが引き出しから取り出したのは、明らかに軍用拳銃と思われるゴツイ拳銃だった。思わずギョッとしてしまったけれど、あの面接の部屋の壁にはライフルが、それも大きな照準器付きのが飾られていて驚いたのを思い出した。


「これが何だか分かるよね? 君にも」


「はい、でも・・・」


 面接の目的は、僕の人柄とかありふれた物じゃなくて、”異端”に対する僕の対応を見る為の物だったんだ。あの場で僕が見た物は不味い物ばかりだったんだろうね。結構書物の類が多かった気がしたけど、”禁書”の類だったんだろう、そう見る人が見れば驚くような。


「君はこれが何だか分かったし、それを隠そうともしなかった、だからこそ同志として迎えたんだよ」


「そうだったんですね、甘く見ていました」


「君は”セレヴァレ”の紹介でここにやって来た”タルキーニ”の人間だからね、特に念入りに歓迎したよ」


「長官助手と言うのは建前で、監視されていたんですか?」


「そう見えたかな?」


 この1年を振り返ってみたけれど、結構自由に動けた気がする。審問官の先輩達の研究を邪魔しなければ注意もされなかった。


「いいえ、どういう事ですか?」


「まあ、面倒だったからね。長官としては格好だけはとっておかないといけないし」


「僕は疑われていたんですか? 信用されていたんですか?」


「そんな事はどうでも良いんじゃないかな? 僕たちは君を受け入れたんだからね」


 実に変わった人達だったけれど、僕は先輩達を気に入っているし、先輩達も受け入れてくれたらしい。小間使いも良いかも知れないね。生き残る為にココに来たんだけど、意外に悪い選択じゃなかったんだと思う。(そうだ、僕が長官になったと知ったら、リアーナはどんな顔をするかな?)


「これで、僕も自分の研究に集中出来ると言う事だよ、編纂途中の資料の山が僕を待っているんだ!」


 本当に嬉しそうだね、僕の方は、これから1人で雑用をこなす事になると思うと気が重いんだけどね。


「それで、パオロさんは何を研究されているんですか?」


「ん? 話した事が無かったかな? 歴史さ!」


 ああ、確かにパオロさんと宗教庁の歴史について話すことが多かった気がする。でも歴史が異端?、パオロさんは僕が常識だと思っている”歴史”に否定的だったから、その辺りなんだろうね。

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