第23話 逃走劇


「チッ!」


 それは突然だった、何事も無くいつも通りに自室に戻って、普通に横になっただけだった筈なんだけど、気付くとベッドの直ぐ横で多分2人の人間が格闘を始めていた。どう言う事なんだろう?


「何?」


 半分寝ぼけた僕が間の抜けた反応をしている間に格闘の決着がついたみたいだ。どうも頭の中に靄がかかっているみたいだ。頭を振ってみても意識がはっきりしない。


「大丈夫? 薬が効いているみたいだから、安静にと言いたい所だけどそうも言っていられないみたいね!」


 女性? いや僕より年上だけど、女の子かな? ぼんやりと考えていたんだけど、手を引っ張られてそのまま部屋の窓から外へ飛び出す事になったね。ちなみに僕の部屋は2階だった。当然僕は重力に逆らう事が出来ず殆ど頭から地面に突っ込む事になったんだけど、身体を動かす事は得意じゃないし、薬ってこの少女も言っていたから、仕方が無いよね?


「何してるのこの愚図! 早くしなさい!」


 不当な評価だと言いたくなったけど、打ち付けたあごが言う事を利かない。薬の作用なのか痛みは感じないけど後が怖いな。上を見上げると、僕の部屋に明かりが灯って慌しく人が行ったり来たりしているのが見えた。これで安心だと思ったんだけど、少女はそのまま、またもや僕の手を掴むと近くの庭木の陰に滑り込んだ。(そしてまたしても僕は顔から妙な格好でヘッドスライディングをする事になった、この娘は僕の顔に恨みでもあるのかな?)


 暗闇の中で息を潜めていると屋敷の裏門の方で突然火の手が上がった。一斉に人々が裏門に向かう中、僕達は悠々と正面門から外へ逃げ出すことが出来た。手を引っ張られるままに付いて行っただけなんだけどね。一応混乱が治まるまでは成り行きに任せようと方針を決めたからなんだけど、その選択が正しいかは当然分からなかったよ?


 屋敷から少し離れた通りの、更に裏通りに一台の馬車が停まっていて、私は少女に引っ張り上げられる格好でその馬車に乗り込む事になった。そこで一息ついた所で、僕の意識は一時途切れる事になったんだ。後で”彼女”に、”急に意識を失ったから驚いたわよ、もう少し身体を鍛えた方が良いんじゃない?”とか言われたけど、普通に考えれば面倒を避ける為に魔法で眠らされたんだよね?


===


「全く、神経が図太い坊やだね?」


 枕元で、こんな事を大声で言われれば、普通に目が覚めると言う物だけど、そこは僕の部屋よりも豪華な部屋で、多分客間か何かだと思う。ただし、僕がそんな事を考えていられたのは短い時間だった、僕の目に前には”部屋”などよりよっぽど関心を引く”女性”(個人的には女傑だと感じたね)が椅子に座っていたからだった。


 その女性を例えるなら獰猛な肉食獣といった所かも知れないね、虎を想像させるけど、ここには居ないんだよね。(東方には居るのかも知れないけどね)


「おや、お目覚めかい?」


「イタタ・・・」


「軟弱だね?、治療もさせたんだから痛がるほどじゃないだろうに」


 うん、この女性は、”彼女”の母親なんだろうね、何となく想像が出来てしまう。それに、僕はこの母娘とは相性が悪いんじゃないかとさえ思えるけど、どうなんだろうね?


「貴女は?」


 苦労して口を動かして、それだけ尋ねる事が出来た。


「おや? 坊やは私の事を知らないのかい? 私の家を滅ぼすために躾けられた犬だったんだろう?」


 こう言われてしまえば、この女性が誰なのか想像がついた。”カルラ・セレヴァレ”夫を失った後でもセレヴァレを支え続けているセレヴァレの現当主だった筈だけど、成る程と思わせる貫禄があるね、今の僕では全く相手にならないと思わせる所がある。あのまま僕が踊らさせていたら、この女性と直接対決する事になっていたんだな。


「・・・」


「その表情だと、分かったらしいねぇ?」


 少しだけ自分の辿ったかも知れない未来を想像したけれど、簡単に暗殺とか、不名誉な廃位とかしか想像出来なかったよ。セレヴァレにはそれが出来るし、だからこそ僕の親族達がセレヴァレを潰そうと画策しているんだからね。


「どうしたね、怖くなったかい?」


「僕は今どういう立場に居るんでしょうか?」


 僕としては、当然の質問だった筈なんだけど、”カルラ・セレヴァレ”はつまらない事を聞く物だと言った表情を浮かべて、それでも僕が眠っている間の経過を教えてくれた。


「タルキーニの屋敷が何者かに襲撃され、ジェリーノ・タルキーニが行方不明、多分殺されたと推測されるそうだよ。それを実行したのが、セレヴァレの手の者だってんで面倒な事になっているよ。息子が行方不明だと言うのに、捜索もしないくせにねぇ?」


 セレヴァレ当主の目には哀れみが見えたのは気のせいじゃなかったんだ。あの人達は最終的な僕の”使い道”を決めたんだな。どうやら僕には帰る家が無くなってしまったらしい。


「なんて顔をしてるんだい、坊やは無事に”家”に帰れるんだから、もっと嬉しそうな顔をしなよ」


「へぇ?」


「鈍いね、そんなんで良く私に逆らおうなんて思ったもんだ。筋書きはこうだ、”セレヴァレ”の手の者を名乗った誘拐犯を汚名返上の為に”セレヴァレ”自身が捕らえて処刑した。”ジェリーノ・タルキーニ”は運よく生き残っていたので、お返ししますってね?」


「はぁ?」


「全く、こんなお坊ちゃんだとは思わなかったね、あの子の見る目もまだまだだね」


「あの?」


「まだ分からないのかい? 私達は坊やをスパイとしてタルキーニに送り返すんだよ」


「何故、僕が!」


「頭を冷やしな、坊やは身内に殺されかけたんだよ?」


「でも、スパイなんて」


「そうだね、坊やには無理そうだね」


 セレヴァレ当主の口調は揶揄を含んでいるけども、全く否定が出来なかった。前世でも、この世界でも僕はぬくぬくと育ってきてしまった事を思い知らされた。それは、敵からも味方からも見捨てられてしまった事が証明しているんだろうな・・・。


 色々考え事をしている間に、セレヴァレ当主が若返っていた? あれ、この娘、屋敷で見た事があったかな?


「折角人が命がけで助けてあげたのに、何を呆けているの?」


「君は確か、レアだったよね?」


 何度か、屋敷で見かけたのは間違いない、台所仕事を手伝っている普通の女の子に見えたんだけど、そうでは無かったんだ。つまみ食いを見つかった事から少しだけ話すことがあって、名前まで知る仲にまではなっていたんだけど、この娘がスパイだったなんて信じられない。15歳の僕より小柄で、振る舞いも優雅だったし、うん、何より可愛かったからね。


「馬鹿ね、偽名に決まってるでしょ!」


「それに随分と念入りに猫を被っていたんだ・・・」


 僕の知っているレアは恥ずかしがり屋で、いつも小声でしか話さなかったから、殆ど別人に見える。


「あら? あれも私よ、リアーナ・セレヴァレとしてはあちらが本性なのかも知れない位ね」


「本当に?」


「命の恩人の言葉を疑うの? こっちだって命がけだったんだけど」


「そうだね、ごめん、じゃないね、ありがとう」


「うん、それで良いわ」


「でも何故僕なんかを助けてくれたんだい?」


「分からない、本当に?」


 彼女にはすまないけど、本気で理解できなかったね。何せ、前世でもこの世界でも聖職者に近いからその、女性の好意というのを良く理解出来ないんだ。


「本当に期待外れだったわね、何で善行を積んで叱られなくちゃいけないのかしら?」


「あれ?」


「何?」


「いや、何でもないよ」


 気のせいだったらしい、うーん、やっぱり女の子は苦手だ。まあ、”レア”なら兎も角、”リアーナ”はちょっと遠慮したいと思っていたから丁度良いかもね。


「それで、ジェリーノ様はどうするお積りですか?」


「!?」


「何驚いてるの、私が”レア”だって証明しただけでしょう? 友人の将来を心配するのが変かしら?」


 女性の心理と言うのは不可解だね、でも友人と思ってくれていたのは嬉しかった。


「それでどうするの、これから?」


「えっ?」


「あのねぇ、貴方、自分の命がかかっているのが分かってる?」


「勿論だよ」


 そう言っても、実感が無いのは事実だった。


「本当に?」


 そう言いながら彼女がとった行動は、本当に信じられない物だったけれど、僕には言葉を発する事が出来なかった。何せその時僕は首筋をナイフで切り裂かれて、文字通り絨毯の上でのた打ち回っていたんだから。

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