ジェリーノ 本編147話読後にお読みください
第22話 糧
「はっ!」
最近良く見るようになった夢から、突然覚醒すると少しだけ手が汗ばんでいるのに気付いて、苦笑する事になるのは良くある事だね。悪夢を見たと言うわ訳では無いのだけど、最近になって前世の夢を頻繁に見るようになったのは何かを暗示している様で落ち着かなかったけど、今では悟ってしまった。
死期が近いと感じるのはどんな物かと思っていたけども、私の様な立場の人間が取り乱す訳にはいかない。おかしな話だけれども本当に後悔の無い人生を送ると死に対する怖れを感じないとは思わなかった。信者に対する説教などで”死は救済である”なんて説いておいて、本人が”死”を怖れていては、私のやって来た事が意味を失いかねないから、これも”幸運”なんだろうね。
「猊下、お目覚めでしょうか?」
「ああ、ヴィットーリオか? 構わないぞ、どうせマザリーニだろう?」
「はい、お急ぎの様子でしたので」
「教皇代理としては当然だろうな、宗教庁との行き来は大変だろうが、暫く我慢してもらうしかないだろうな」
それ程長い事ではないだろうしね。マザリーニも優秀なのだが余分な苦労を背負い込む所があるから、苦労が耐えないんだろうね。彼があのままトリステインに残っていた場合と、ロマリアに戻って来た場合ではどちらが苦労が多いのだろうね?
原作(歴史)通りならば私の下には戻って来ないと思っていたから、その帰還を喜ぶのと同時に自分の”幸運”について少しだけ考えを改める気になったりもするね。
この世に生まれてからもう70年以上が過ぎようとしているけれども、私ほど恵まれた人間は居ないんじゃないかとさえ思う事が、長い一生の中に何度もあった事が思い出されるよ。私の人生にも何度か波乱があった訳だけれども、最初で最大の物だったのが、”夢”に関するものだったと言うのが”運命”を感じさせるね。
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当時、まだ10歳そこそこだった私は”神童”と呼ばれて天狗になっている愚かな(そして滑稽な)少年でしかなかったね。元々生まれが悪かったのだろうけど、周囲の大人達も私を利用しようとおべっかばかりだったからそれも無理はなかったんだろうね。
公にはされていないのだけれど、ロマリアというか、宗教庁には教皇家とも言われる血筋を守る”ブリミルの墓守”の始祖フォルサテの直系の家系が3家存在していて、私のタルキーニ家はその中でも当時最も有力だったんだ。ヴィットーリオのセレヴァレ家もその内の1つだけれども、本来なら牽制しあう筈の3家が協力関係を結ぶのは珍しい事で無かったんだろうね。
元々、表向き清廉潔白を標榜する宗教庁だったから、公に出来ない”世襲”と”婚姻”がこう言う事態を招いたと言うのは想像をするのは難しくない。アルファーノとタルキーニが組んで、優秀な子供を次期教皇に推して同時に目障りなセレヴァレを潰してしまおうと企んだのだけれど、その”優秀な子供”が私だった事が彼らには不幸だったんだろうね。
当時の私は歴史や神学を始め、経済なんていう宗教とは関係も無い学問まで10歳で修めた優秀だけれど扱い易い普通の子供だったんだ。そうあの晩までは・・・。
「これはもうダメかもしれないな、他の子供を見繕った方が良いかも知れん」
「アルファーノの遠縁に優秀なのがいるらしいじゃないか?」
「だが、アルファーノばかりに権力が集中しては、我が家としても面白くないぞ?」
「そんな事はその子供を丸め込んでしまえばどうにでもなる。全く、この子にかけた金が無駄になるとはな!」
「そうね、こんな事になるなら産むんじゃなかったわ!」
ほとんど意識は無かった筈なのに、特に私に優しくしてくれた両叔父や両親の言葉だけは、今でもはっきりと思い出すことが出来るけども、それに対する”怒り”は時間と共に磨耗していった。彼らも既にブリミルの御許に行ってしまったし、前世の記憶もこの年齢になって夢を再び見る様になるまで薄れていったのだから、時間とは偉大な物なんだね。
暫く続いた私の昏倒状態が完治すると”彼ら”の態度は一変していた。私に対する期待は、私が見たことも無い子供に向けられていたんだ。それ自体は私にとっては幸運だったね、あんな見え透いた世辞は、それこそ世間知らずの子供にしか通用しなかっただろうからね。
前世では宗教学を専攻して大学院に進んだ私だったけれど、前世では苦労人だったから人間関係に関しては人一倍敏感だったんだ。両親に死に別れて父親の友人の日本人に引き取られたのだから、自然に身に付いた感性(知識というのが正しいんだろうか? 意識すれば思い出せるけれど、それに伴う前世の私の感情と言う物は感じられなかったのだから)だったけれども、それが当時の私には自分を支える唯一の物だったね。
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普通の子供だったら、両親に見捨てられてしまえばどんな人間になったか分からないけれど私には、明確な目的が出来ていたからそれだけを見詰めていた。いいや、違うね、両親に見捨てられたという現実から目を逸らす為に必要だったのがそれだったんだろう。
前世で一度両親を失っているからこそ、そういう対応がとれたんだと思う。記憶にある両親とそして私を引き取って育ててくれた義理の両親に感謝しなければならないんだろうね。そうでなければ、私はブリミル教の破壊者としてしか名前を残す事が出来なかっただろうから。
私の前世の記憶では、私はキース・ガードナーというイングランド生まれの日本育ちの青年だった。8歳の頃両親を事故で亡くして、身寄りが無かった為に父の友人の日本人の義両親に引き取られたんだけど、それが前世の私だけでは無く今の私にも影響を与えているんだ。
亡くなった父はイングランド国教会の神父で、ローマ・カトリックともプロテスタントとも一定の距離を保ったある意味特殊なキリスト教徒だった。そして私が育ったのは宗教的にはごった煮と言っても良い日本と言う国だったのも宗教に対する私の見方を客観的に留めていてくれたんだろうね。
義父の勧めで、前世の私は一貫してミッションスクールに通う事になった。普通の学校に通うよりは外人に対する抵抗が少ないだろうという義父の心遣いだったんだろう。それほど宗教色が強い学校では無かった筈なんだけど、所々にキリスト教的な教育が感じられたという記憶が残っていて、それが私にキリスト教を学ばせる起因になったらしい。
少し前なら、極東地域、それも日本でキリスト教の資料を集める事は難しかったらしいけど、ネット社会のお陰で困る事は無かった。些か偏った意見も多かったけれど、前世の私はそれを冷静に分析できる程度には理性的だった。ただし、中世のキリスト教がやらかした数々の悪行については、概ねどの意見も同意出来たよ。
表現が難しいけど前世の記憶は、ガラス一枚隔てて他人の記憶を眺めている様な感じかな、ただキリスト教の悪行という点に関してはダイレクトに今の私に感情が伝わってくるのが不思議だったね。
そして、その前世で知ったキリスト教の悪行に酷似した出来事が、今、目の前で行われていて、その上自分自身がその片棒を担がされそうになっていたとなると、呆れるを通り越して怒りを感じた程だったな。その怒りの矛先は宗教庁という組織そして、愚かだった自分自身に向けられた物だったんだろう。
前世の記憶を思い出して以来、私は以前に増して学問にのめり込んで行った。自分に対しての戒めの意味もあり、この世界に関しての無知を自覚したからだった。この世界が前世のとある友人から勧められたライトノベルの世界そのものだという事は直ぐに気付いていたけれど、それを直ぐに信じるほど素直では無くなっていたからなんだけどね。(一度騙されると人間と言うのは用心深くなるものなんだね)
「ジェリーノ、精が出るな」
「父上、お帰りなさい」
「お前は身体が弱いんだから無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます」
とある日の父との何気ない会話だったけど、私には危機感を抱かせるに十分な会話だった。そもそも殆ど家に戻らない父が帰ってくる事自体おかしい話だったし、何気なさを装っている父の視線は私が読んでいる書物に注がれていたのには気付かない筈もない。
この男は、捨てた筈の駒が盤上で動き回るのを不愉快に感じて、偵察に来たと言う所なんだろう。以前の私では気付かなかった事だろうが、気付いてしまえば露骨過ぎる行動だったね。もしかしたら父が私を再び駒として扱いたいと思ったのかなんていう幻想も思いついたけれども、それにしては時間が経ちすぎていたし、駒に戻る積りも無かった。
===
身の危険を感じた私は、行動を控えるようになったんだけど、自宅に居る以上は監視が無くならないのも事実だったね。家を出るのが早いのは分かっていたんだけど、当時のまだ若い(幼いとは言いたくは無いけどね)私にはその一歩を踏み出す勇気が無かった。
その一歩を後押ししてくれたのは、意外な事にヴィットーリオの曾祖母に当たるセレヴァレ当主だったのは、皮肉な物だったね。更に皮肉なのは、セレヴァレ当主ロザーリアとの出会いは私自身が親族(認めたくは無いけれど、両親のどちらかだろうね)からの刺客に命を狙われたのを、セレヴァレの”密偵”に助けられた事が切欠だったと言う事なんだ。
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