第19話 先手


 あの男が! ミスタ・マーニュがラスティン・ド・レーネンベルクだって? そうすると、僕があの方に言ったことは、”僕と浮気をしませんか?”と言ったのと同じになってしまうじゃないか!


 僕の胸の中には、あの男への怒りが膨らみ始めたぞ! あいつが身分を偽ったせいで、あの方が泣く羽目になったんじゃないか! 確かに僕にも・・・、ああ、これは嫉妬なんだろうな、あの方の美しさが僕を惑わせるのだ。あの方の姿を思い浮かべると、今でも・・・、うん・・・・? 何故だ、何故あの方の横に奴の姿が思い浮かんでしまうんだ!


「デニス、なんか悩んでるみたいだけど、貴方じゃ、魔法の腕も、家柄も、顔はまあ好みだから別としても、一緒に居た期間とかも全く勝ち目は無かったんじゃないの?」


「確かに、奴がレーネンベルク公爵家の嫡男なら、そう、顔以外は・・・」


「どうしたの、顔だけは褒めてあげたのに?」


 クリオが全然慰めになっていない事を言ってきたけど、そうじゃないんだ! 奴が”ラスティン・ド・レーネンベルク”なら、得意な系統は僕と同じ”土”なはずだ。だけど、僕は奴が土系統の魔法を使う所を見たどころか、”土系統は使えない”とさえ聞いた記憶があるぞ?


「僕は、”土系統”を使わないあの男に一度も勝てなかったっていうことか!」


「え!? そうだったの? でも、土系統が得意なら、弱点も分かっていたんじゃないかしら? ねえ、聞いてる?」


「ふっふっふっ・・・」


「あ、妙な所で火が点いちゃったみたい、まあ、これはこれで良いかな・・・」


 クリオが妙な事を言っているが、僕の胸の中では、あの男に何時か後悔させてやると言う気持ちで一杯だった。あまり復讐なんていうのは僕には向かない気がするが、何だか出来る気がするぞ!


===


 父の副官をしながら、来るべき日を虎視眈々と待っていたのだけど、肝心のあの男に会う機会が無かった。あの男に直接危害を加えたり、立場を悪くするのはあの方も望まないだろうから、言葉で痛めつける事に決めたんだけど、立場上父の傍を簡単に離れる訳にはいかなかったんだ。


 その間に、信じられない事だが、あの男は戦功を、それも攻め込んできたゲルマニア軍を追い返し、更には逆にゲルマニアまで攻め込み領地1つを占領すると言う出来すぎな戦功を上げてしまった。(おのれ、ラスティン・ド・レーネンベルク! 僕がまだ1副官に過ぎないと言うのに! おかしい、現実が明らかにおかしいんだ)


 何だか、怪しげな名声を得たあの男に会う事が出来たのはそれからしばらく経った、とあるパーティーでの事だったんだけど。予想外の出会いだった。それは、父もそして僕も大嫌いな、トリステイン陸軍元帥ナラン・ド・メルレ”殿”の勇退パーティー会場だったんだ。直接話す機会が無いまま、どう言う経緯かナラン・ド・メルレとラスティン・ド・レーネンベルクが会話を始めて、何故か主役のはずのナラン・ド・メルレ元・元帥の方が、会場から逃げ出したのには驚いた。(共倒れになれとか姑息な事は考えていなかったよ、勿論さ!)


 それと僕が驚いたのは、あの男と因縁が深いあの若い男はゴドー伯爵の次男だと思ったんだが、彼からの憎しみの視線をまるで気にしていないあの男の態度だったんだ。まあ、変わった奴だとは思っていたが、ここまで無神経な人間だとは思わなかった。殆どの同性を意識する事に無い僕でも、自分の手で学院を追い出した人間からあんな目で見られたら、全く無視と言うわけには行かないしね。


 おっと、いつも冷静な僕らしくもなかったかな? ん?いつの間にか、あの男が父と会話を始めているぞ?


「後ろにいらっしゃるのは、元帥のご子息でしょうか?」


「おお、紹介が遅れましたな、息子のデニスです。私の副官の様な事をしてもらっております」


「中々、優秀なご子息だと聞き及んでいます」


「ラスティン殿にそう言っていただけると、些か恥ずかしいですな」


「謙遜をなさらなくても、魔法学院を次席で卒業されたとか。私は、代官の務めが忙しく学院には通えなかったので羨ましいと思いますよ」


「デニス、何をしている、ラスティン殿に挨拶はどうした?」


 はっ! 憎しみのあまり、礼を逸してしまった。またしても、僕らしくない、これも全てこの男のせいなんだ! 怒鳴り付けたい気持ちを抑えて、何とか自分でも白々しいと思う自己紹介が出来た。


「デニス・ド・グラモンと申します」


「ラスティン・ド・レーネンベルクです。よろしくお願いします、デニス殿」


 くっ、本当にこの男の無神経さは腹が立つな。


「元帥閣下、私がゲルマニアに逆侵攻する際に、作戦を立案する部下に要求した事が1つあります、それは何かお分かりになりますか?」


「むぅ」


「デニス殿は、いかがですか?」


「もしかして、味方の犠牲をなるべく出さない様にでしょうか?」


 父に対してこの態度で、僕にまで! ミスタ・マーニュは甘い男だった筈だから、こんな事を言うんじゃないかと思って答えてみたのだが。


「ほぼ正解です。私は、”敵も味方も出来るだけ犠牲者を出さない作戦”を立案するように要求しました」


「「はぁ?」」


 父に対して、自分の意見を言うこの男の神経を本気で疑いたくなったけど、父に言えなかった事を堂々と言うこの男が、羨ましくはないぞ? 父は、知り合いに挨拶に向かったけど、僕はこの男に、報いを与える為にその場に残ったのだ。


「デニス、君の学院での活躍は弟から聞いているよ。何でも今は、愚弟と君の弟とワルド子爵の息子で、”守護者”を盛り上げているそうじゃないか?」


「やっぱり僕を騙したんだな、ミスタ・マーニュ!」


 あ、つい口癖で、偽名の方を言ってしまったな。まあ、いいさ、この男が驚く顔がもう直ぐ見られるんだからな。


「スティン・ド・マーニュは、魔法学院卒業と同時に居なくなったんだ。彼が、エレオノールと会う事は永遠に無い。誓いは果たされたと言う訳だけど?」


「くっ、詭弁を!」


 こうなったら、言ってやるさ、”貴方が、偽名などを使ったせいで、あの方が涙を流す羽目になったんだ”と!


「確かに詭弁だね、たが君は、エレオノールが僕という婚約者を持ちながら、他の男性と陰で付き合うような女性と決め付けた事になるんだが、その点はどうなんだい?」


「!!」


 あれ? おかしいな、こう言われると、僕のキメ台詞が・・・、あれ? しまった、もったいぶらずにさっさと言ってしまえば良かった?。


「デニス、君もしかして」


「黙れ! 貴方が”スティン・ド・マーニュ”だろうが、”ラスティン・ド・レーネンベルク”だろうが構わない! 今、ここで誓え! 2度とエレオノール様に涙を流させないと!」


 この男は、僕に追い討ちまでかけてきたのだ、僕は子供のように、こんな事しか言えなかったのだが、この男の返事はやっぱりおかしかった。


「デニス、ありがとう!」


「逃げるのか、誓えよ!」


 何故か礼を言われたのに、奴は僕の前から走り去ってしまったのだ、全く訳の分からない男だね。あの方も、あんな男の何処が良いのだろうか?

 だけど、本当の事件は翌々日に起こったんだ、元々気に入らないパーティーに父と僕が顔を出す事になった理由は、国王陛下から急な呼び出しで、王都の別宅に滞在していたからだったんだ。(何時もなら、あの元・元帥の出るパーティーなどには、領地で急用が出来たといって断っていたんだからね)


 詳細は不明なんだけど、陛下が倒れられたという噂は聞いていたから、その絡みで何か重大な発表が行われるのだろうと父が言っていたから、そうなんだろうと思っていたけど、こんな事が起こるとは思っていなかった。あの男が、”副王”などになるなんて、絶対に現実の方がおかしいのだ!

 僕は父の後ろで、あの男の晴れ舞台を見ているしか出来なかった。あの方が、更に遠くへ行ってしまった無力感がまたもや僕の繊細なハートを冷たくしてしまったのだ。


===


「へぇ?、あの、”ミスタ・マーニュ”が副王様にね?」


「そうなんだよ、傷心の僕を慰めてくれるかい?」


「そう、あの娘も大変ね?」


「何言ってるんだ、あの方はこれで目出度く副王妃様なんだよ? 僕の手の届かない所に行ってしまったんだ」


 何故か分からないが、クリオが額に指を当てている、頭痛だろうか? 健康が自慢だった筈なんだけど。


「デニス、貴方は絶対に”王様”になったりしないでね?」


「僕の当面の目的は、父に認められる立派な軍人になる事さ、だけど、英雄になって、陛下の養子にでもなれば”王”になったりするかも知れないよ!」


「ああ、そんな心配必要なかったわね」


「き・み・は、婚約者の出世を望まないのか!」


 全く、こんな女性が婚約者なんて、何がいけなかったんだろう? まあ、意識して、婚約の事は考え無い様にしているんだけどね。


「そりゃあ、出世して欲しいけど、命を狙われる事も多くなるんじゃない?」


「戦場なら、どんな事が起こるか分からないからね」


「ダメ、絶対にダメ! デニスは私の所に帰ってこなくちゃダメ!」


 クリオも可愛いところがあるじゃないか? 何故か必要性を感じてしまって、クリオを抱きしめて、優しく頭を撫でてあげることになった。意外と悪くない経験だったのだけは、クリオの名誉の為に言っておこう。

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