第18話 学生時代(後編)
そして、翌日からデニスの、手紙攻勢(恋文とは絶対に呼べない内容だったからね)が始まったんだけど。最初のうちは、わざと因縁をつけてデニスの手紙を直ぐに突っ返してしまった。(まあ、内容が内容だけに因縁をつけるのは簡単だったんだけどね)エレオノールは、まだあの事を気にしていたので、少し気を使っていたんだけど、防波堤になる私も大変だった。
最低でも一日一通、虚無の曜日などは、一日三通渡された事もあった程だったんだ。この情熱を他の女の子に向ければ良いのにと何度も助言したんだけど、あのバカは絶対に首を縦に振らなかった。私としても、少しだけデニスの事を見直す機会になった気がしていたんだ。
2週間程経って、あの娘も落ち着いたから、思い切ってデニスの手紙を渡してみたんだけど、あまり良い顔はしなかった。(まあ、当然だけどね。一応、内容的には問題無く添削したので、読んでくれれば良いのだけれど)
残念ながら、エレオノールからデニスを許すと言う言葉は中々発せられなかったんだけど、1月ほど経って、あの娘が私に唐突にこんな事を聞いてきたんだけど、最初はどういう意味か分からなかったんだよね?
「ねえ、クリオ?」
「ん? どうしたのエレオノール?」
「そろそろ、ミスタ・グラモンに謝罪を受け入れるって返事をしても良いかしら?」
「はぁ、その気があるんなら、呼び出すなり、手紙を書くなりすれば良いじゃない。デニスなら大喜びするわよ?」
エレオノールは、何かの理由で、デニスに故意に返事をしないんだと思っていたんだけど、何故それを私に聞いてくるんだろう?
「本当に良いのかな??」
「良いんじゃない? 何なら私が手紙を渡しても良いよ?」
「そう、それならこの手紙をクリオに預ける事にするわね。クリオが、良いと思ったら、ミスタ・グラモンに渡して頂戴ね?」
エレオノールは、懐から一通の手紙を取り出して、簡単に私に預けて来たんだけど、私にとっては簡単に扱えるものじゃなかったのよね。これを、デニスに渡したら、私とデニスの接点が無くなってしまうということが、きっとそう思わせたんだろうけどね。
「ねえ、クリオ。ミスタ・グラモンの手紙には、何故か、”ミス・コーヌ”の名前が沢山出てくるんだけど、理由を聞いて良いかしら?」
「なっ、ななな、何を言っているのかしら、ミス・ヴァリエール」
ダメだ全然隠せていないよ、自分がこんなに純情だとは思わなかった。今、私の顔は真っ赤になっているんだと思う。エレオノールはいたずらを成功させた子供の様な表情で私の事を見ているんだけど、頭が混乱して言葉が出ないの?!
「貴女とミスタ・グラモンなら、結構お似合いだと思うわ」
エレオノールが真面目な顔をして、こんな事を言ったものだから、私は教室から逃げるように飛び出してしまった。
===
気が付くと、何故か、何時もデニスから手紙を受け取る中庭の大きな木の下に居たんだけど、正直まだ、胸の鼓動が治まらない。暫く、ぼーっとしていたんだけど、こんな事をしていても何の解決にはならないんだと思って、教室に戻ろうと振り返った時に、急に話しかけられたんだ。
「ミス・コーヌ」
「ひぃっ!」
「どうかしたのかい? 急に出て行ったから気になったんだよ」
「デ、ミスタ・グラモン、心配してくれたの?」
「ま、まあね。世話になっているミス・コーヌの事だからね」
「そう・・・」
ああ、なんか気まずいわよね、いっその事、さっきの手紙を渡したくなって来たわ!
「ミス・コーヌ、これを!」
「これを私に?」
デニスが、私に向かって花束を差し出してきたのには、驚いたけど、それ以上にどうしても胸の高鳴りを覚えずにはいられなかった。
「いいや、勿論、ミス・ヴァリエールに渡して欲しいんだけど?」
ダメだ、この男はダメだと思った瞬間でした。ちょっとだけ(本当の事を言えば物凄く)期待した自分が馬鹿だったわね。何と言うか、体から力が抜け切ってしまう感じかな?
「はぁ、良いわよ」
「そ、それと、だね・・・」
「何? まだあの娘にプレゼントでもあるの?」
デニスが、らしくも無く口篭ったので、つい、口調が厳しくなってしまった。
「これを、”君”に!」
「えっ!」
再度私に向かって差し出されたのは、エレオノールへの花束より、少し小ぶりな花束だったの! 今、確かに、”これを君に!”って言ったよね?
「こ、これを、わ、私が頂いて良いのかしら?」
ああ、一生に一度の場面かも知れないのに、私って本番に弱いタイプなのかしら?
「あ、うん、ミス・コーヌには、本当に迷惑をかけてばかりだからね。おわ、お詫びのき、気持ちだと思ってくれればいいんじゃないかな?」
こんな台詞は普通に口に出すデニスが、緊張気味に、少しつっかえながら、言ってくれたのには本当に驚いた。2人して緊張しながら、花束贈呈の儀式でもやるみたいにぎこちなく、花束を受けとっちゃった。この時、私は”彼”を自分の物にしたいと本気で思った。そう、デニスの気持ちを、”あの娘”から奪い取ろうと思った瞬間だったんだね。
===
結局、エレオノールからデニスへの手紙を渡すことは出来なかった。エレオノールには悪いけど、ちょっと意地悪な女の子になってもらって、何気なくデニスと毎日の様に会うことを続けさせてもらった。まあ、あの娘はその事自体を責めたりしないと分かっていたから、遠慮はしなかったし、あの娘もそれに気付いていたかも知れないのよね。
半年以上、恋人未満友人以上の関係が続いたんだけど、それらしい進展もないまま、学院を卒業する日が来てしまった。今日みたいな特別な日は何かあるんじゃないかと、期待していたんだけど、友人達と別れを惜しんでいるだけであっけなく一日が終わってしまった。
実家に戻って、母の手伝いなどをしながら、何となく過ごしていると、一通の手紙が”彼”から送られて来たのだけど、そこには、
”直ぐに、グラモン家まで来てくれ!”
と言う一文だけが書かれていた。それでも私はそこに何か運命みたいなものがあるんじゃないかと想像(妄想かもしれないね?)して、何とか両親に言い訳して、グラモン伯爵の領地を目指した。
「ここが、グラモン伯爵のお屋敷か?、さすがに家(ウチ)とは比べ物にならないわね」
「お嬢様、家の方がいらしたようですよ」
「うん、分かっているわ」
供の者に窘められて、少し落ち着いた気がする。グラモン伯爵の家臣の人が、私を客間に案内してくれたんだけど、私の実家と違って、歴史を感じさせる部屋でどうも落ち着かなかったんだよね。
「君がコーヌ子爵家の令嬢、クリオ・ド・コーヌで間違いないかな?」
客間にやって来た男性がこう切り出してきたんだけど、この男性がグラモン伯爵なんだよね? 伯爵の後ろにデニスが居るし間違いないと思う。
「はい、私がクリオ・ド・コーヌです。お初にお目にかかります、伯爵様。今日は、突然お訪ねして申し訳ありませんでした」
「ふむ」
伯爵は何故か私を値踏みするように眺めているんだけど、これはどういう状況なんだろう?
「ご子息には、学院で色々お世話になりましたので、改めてお礼を言わせていただきます」
「ふむふむ」
どうしたら良いのか分からなくて、デニスに視線を向けるとついっと視線をそらしてしまった。はぁ、まあ、なるようにしかならないわよね。
「ご子息に、急に呼び出されたものですから、事情が分かりません。出来れば説明して頂けないでしょうか?」
「ふむ、中々肝の据わったお嬢さんだね、これでも私は軍人なのだがね?」
「いいえ、私はただの御子息の同窓生に過ぎませんから」
言われてみれば、グラモン伯爵は陸軍の偉い人だった気がするよね。でもデニスの父親だと思っていたから、そんなに気にしていなかったんだ。それにデニス自身が何だかそわそわしていて、そちらが気になったというのも理由かも知れないんだけどね。
「だたの同級生かね? ”直ぐに、グラモン家まで来てくれ!”とだけ書かれた手紙でわざわざやってくるからには、それなりの仲だと思うがね。まあ良いだろう、合格だ!」
「はい?」
「君をデニスの恋人と認めようと言っているのだよ?」
言われた事が全く理解出来ない瞬間ってあるんだね。デニスはデニスで、伯爵の後ろで身振り手振りで何かを伝えようとしているらしいけど、何だか妙な踊りに見えてしまって不意を突かれたのかも知れない・・・・、え???っ!
「君の事と、君のご家族の事を少し調べさせてもらうが、代わりに君は暫くこの屋敷で我が家について学んでくれれば良い」
「・・・」(はい、私は、完全に固まっています)
「デニス、クリオ嬢を頼むぞ!」
「はい、勿論です、父上」
それで会話は終わりとばかりに、グラモン伯爵は客間を出て行ってしまったんだけど、それはつまり、部屋にデニスと私だけになると言う訳で。
「デニス!」「クリオ!」
「「あっ!」」
非常に気まずい空気が2人の間を流れた気がしたんだけど、何時しかそれは、穏やかな物に変わっていた。私が心の中で”デニス”と呼んでいた様に、デニスも私の事を心の中で”クリオ”と呼んでいたんじゃないかって思えたからなんだろうね。
===
「こほん、デニス、事情説明してくれない?」
「そうだね、クリオ。何から話せばいいかな?」
暗黙の内に、私たちの間ではお互いの名前を呼ぶことが了解されたみたいだ。これ自体は非常に嬉しい事だったのだけど、デニスの話はそれを帳消しにする内容だったんだよね。
「僕が、実家に帰って来たら、いきなり1人の女性を紹介されたんだ」
「もしかして、結婚を前提として付き合いを始めたとか?」
「ま、まさか。その女性は、母方の叔母の知り合いらしく、その叔母が結婚話を強引に進めてくるんだ」
「ふーん、貴方が女性を拒むのは良く見た事があるけど、同じ様にすれば良いじゃない。まさか、相手がブスだから嫌とかじゃないんでしょう?」
「勿論さ、全ての女性は何処か輝く所を持っているものなんだからね!」
これだから、デニスには特定の相手が出来なかったんだろうね。あの娘の件もあるんだろうけど。
「結婚しちゃえば良いのに!」
「な、何を言い出すんだ。その相手の女性、ドロテー嬢という女性なんだけど、どうも苦手なんだよ」
「デニスが苦手な女性がいるの?」
「そうだね、美人だし、家柄も申し分ないんだけどね」
「本当に、結婚しちゃえば良いのに!」
「ドロテー嬢は、何と言うかな。自分の美貌や家柄を鼻にかけるところがあってね」
えーっと、何処かで聞いた事のある話よね?
「それに、2人っきりで話していると、どうも話が噛み合わない感じなんだよね。僕の言っている事を聞いていないんじゃないかと思うことがあって、疲れてしまうんだよ」
”デニス、それは同属嫌悪と言う感情なのよ!”と言ってあげたくなったわ。ああ、そうするとドロテー嬢という女性も同じ様に感じているのかも知れないわね。多分断る理由が見つからなくて、意地になっているんじゃないのかな?
「話は分かったけど、それなら、エレオノールの名前を出せば良かったじゃない?」
「それじゃあ、言い訳にならないよ。あの方には婚約者が居るんだし、父のそんな事を言ったら、有無を言わせずドロテー嬢と結婚させられていたよ」
「何、その言い方だと、私は言い訳なの?」
「いや、そう言う訳じゃ・・・、何と言うか誤魔化す為に女性の名前を出そうと思った時に、君の名前しか思いつかなかったんだよ、ごめん」
デニスも中々嬉しい事を言ってくれるわね、”誤魔化す為に”と言うのはいただけないけどね?。でも、この状況は私にとっては、絶好の機会なんだよね。これを逃したら、きっと後悔するかな・・・?
「まあ良いわ、話に乗ってあげる。でも、きちんとご家族に紹介してよ? 一応、恋人という設定なんでしょうから」
「勿論だとも!」
よしよし、上手く行きそうだわ。でも、私はどうやって、”ご家族”に挨拶したら良いんだろう? ちょっとだけ悩んだけど、学院当時のスタンスを貫く事に決めたんだ。妙に猫を被るのも疲れそうだし、多分、家の人達もそんな女性を望んではいないんじゃないかと思ったんだ。
この試みは、デニスの家族に概ね好評だったのよね。やっぱり長男がこれだと、お嫁さんにはしっかりして欲しいと考えるのが手に取るように分かったわね。ただ、4男のギーシュ君だけはちょっと気になったんだ、この子はどうも将来デニスの様になる気がしてならないの。ここは義姉として、きっちりと教育しようと思ったら、微妙に怖がられてしまったのよね。
===
そう言えば、そろそろあの事件から一年よね? 何故か最近落ち込み気味のデニスに発破をかける積りで、こんな事を話題にしてみたんだけど、その反応は実に面白かった。
「ねえ、デニス」
「ああ、僕の一生はもう終わったんだ・・・、これからはたった一人の女性に縛られて生きていかなくちゃいけないなんて、まるで悪夢のようだ・・・」
「全く、過ぎた事を何時までも、ねえ、あ・な・た」
「わぁ、なんだ?」
耳に軽く息を吹きかけるように、囁きかけると椅子から飛び上がって、壁際まで逃げて行ってしまった。まあ、将来の妻が甘えているのに失礼よね?
「デニス、確か去年の今頃よね? 貴方があの娘を泣かせちゃったの」
「・・・、そうだね。僕は未だにあの方から許してもらえていないんだ、僕は何て不幸なんだ!!」
あの手紙は未だにデニスに渡していないんだよね、まあ、今では私のお守りみたいな物だから、一生デニスには渡さない積りなんだけど。
「あの時、エレオノールが何故泣いたのか、そろそろ分かった?」
「・・・」
この朴念仁め、自分にも不本意だろうが婚約者が出来たって言うのに!
「あの娘はね、昔から、本当に小さい頃からある男性に夢中なの、分かる?」
「それは、”ラスティン・ド・レーネンベルク”の事なのかな?」
「ええ、そうよ」
「だったら、何故!」
「何故、スティン・ド・マーニュと密会していたか?」
「そうだ!」
「デニスって、考え方が普通じゃないのに、意外に頭が固いのね?」
「???」
ダメね、これは頭が固いと言うか、あの娘を神聖化しすぎている事の弊害なのかな?
「さっき私は言ったよね? エレオノールにとっては貴方を含めて他の男の子なんて眼中に無いのよ」
「まさか・・・、ミスタ・マーニュが、ラスティン・ド・レーネンベルクなのか?」
「そう、エレオノールから直接聞いたんだから間違いないわよ」
「どう考えても貴族のやる事じゃないぞ! 名前ももっと捻った物を使うのが普通じゃないか!」
さっきまで気付かなかった割には、随分な言い様よね。私も同意見だけどね。
「彼なりの都合があったんじゃない? ああ、名前に関しては、あの娘も”スティン兄様”なんて呼んでいるみたいだから、わざとその名前を使ったんじゃないかしら」
「・・・」
おお、デニスなりに何か考えているみたいね。こう言う表情をずーっとしていてくれたらって思うのは、不謹慎かしら?
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