第14話 王子様のゆ・う・う・つ(中編)
■一年目
私に与えられた領地は、何の特徴も無い農村だった。大きな領地を与えられて、多くの部下を従えて、領地を興す事を想像していた私には、全くの拍子抜けだった。兄にも同じ様な農村が与えられたという事を知らなければ、父に抗議していた所だ。
仕方なく農村の統治を始めようと思ったが、私には何をしたら良いのか分からなかった。当然だが、私は王となるべく教育を受けてきた。その中に農村を統治する方法など、教わって来なかった。そこで、私は支配者らしく、協力を約束してくれた貴族達に統治を一任する事にした。
貴族達は、その土地の気候に目を付け何故か、自分達の別荘を建て始めた。彼らの言い分では、別荘が建つことで、村の経済が活性化され、村の発展に繋がるという事だった。自分の領地に、勝手に別荘を建てられた事は不快だったが、結果さえ伴えば、こんな村など気にする価値も無いと自分に言い聞かせる事になった。
貴族達の言う通り、村は大きく栄え始めたのは、事実なのだがこの方法が正しいのか、私は判断する事が出来なかった。
そして、一年が経った頃、私は次の領地に移される事になった。こんな小さな領地よりは、何処か他の場所が良いと考え、父の指示に従う事にした。貴族達に拠ると、この地での税収は3倍にも増えたと言う事で、私も自分の選択を正しいと信じることが出来たのだった。
兄の所に放った間諜(スパイ)の報告では、兄が平民メイジなどと言う、貴族のおちこぼれを雇い入れ何かを試したという報告を受けた。結局、1年ではほとんど成果を出すことが出来ずに、私と同じ様に次の領地に向かったそうだ。1つ気になったのは、何故か兄がトリステイン出身の商人と何らかの取引をしたと言う情報だったが、1商人に何が出来るだろうか?
■二年目
次に私に与えられたのは、広さだけで言えば、前の領土よりは広いものだった。しかし、林業以外何の産業も無い土地では出来る事も限られてくる。兄も同様の領地だったから、遅れを取らない様にしなくてはならないと肝に命じた。
貴族達も折角建てた別荘が、直轄地に戻ってしまったことを警戒して、直接私財を投資する事に消極的だった。今回も私は、貴族に命じて、この地の統治をさせる事にした訳だが、彼らは伝を使い多くの樵(きこり)を集め、大規模な伐採を開始した。
手早く税収を増やすには、効果的な方法に思えたが、誤算だったのは木材の価格が大幅に下落してしまい、思った通りの利益が得られず、当然税収もそれほど上げる事が出来なかった事だった。これに関しては条件は兄も同じで、あちらが大規模に木材を売り出したという話は報告されなかったから、こちらが一歩先んじた訳だ。同じ手を兄が使おうとしても、まともな税収は見込めないだろう。
間諜(スパイ)からの報告では、兄は今回も平民メイジを雇い上げ、何かを試したらしい。その内容を報告する様に命じたのだが、要領を得ない報告だけで兄が何をしているのか分からなかった。
だが、またしても1年経つと、次の領地へ移ることが命じられた。今回も私の勝ちは確かの様だし、こんな山奥に居るのも飽きていたので、喜んで次の領地へ向かった。去る直前に、1人の役人が私に向かって、苗木を植えるよう求めて来たのだが、面倒だったので、貴族の1人に命じて、植樹とやらを実行させる事にした。
■三年目
次の私の領地は、漁村とか港町とか表現される、大きくも無く小さくも無い港を持つ町だった。当然だが兄も似たような規模の町を任されたそうだ。ここに来て私は、父の意図を掴んだ気がした。父は私達兄弟の、各産業への造詣の深さを試しているのだと思えた訳だ。
こう言った事に関しては、人材が豊富な私の方が兄より何十倍も有利だと確信出来た。知識だけなら兄にも分があるだろうが、兄には私同様、経験が伴わないから、今までの様に苦戦を免れないだろう。
しかし、今回は私が有利とは言えなかった。私の陣営の貴族は、主に内陸(ガリアの北東寄り)の者ばかりで、あまり海での漁に詳しい者が居なかったのだ。困った彼らは、自分たちが所持している見栄の為に購入した船を漁民達に提供する事にしたらしい。立派な船が多かったし、年に一度乗るか乗らないかの船なので十分に使用に耐えると思ったのだが、漁民達はその船を漁にではなく、観光に使用してしまった。
これは、誤算だったが、結果的に町が栄えたので良しとする事にした。貴族達は、意図した訳では無いはずだが、まるで狙っていたかの様に自慢するのは滑稽でさえあった。
兄はと言うと、他国の漁法などを取り入れたらしいが、それでどれほど税収が増えるか、疑問だった。今回は不幸中の幸いだったが、何とか勝ちを拾えた様だ。私には、運が向いていると思えた1年だった訳だ。
だが、私の耳には、2つの噂が届いていた。1つは、我が国の貴族に関するもの、もう1つは兄に関係したものだった。
バルドー子爵という貴族が、兄の支持を表明したと言う物だった。私も貴族達も一笑に付した訳だが、彼が語ったと言われる、
「この争いは、5年で終わる。既に2勝を決めているジョゼフ王子に付かないのは、愚かな事だ!」
と言う言葉は、妙に具体的であった為、下級貴族を中心に信じる者が現れる始末だった。
私もこの争いが、”5年で終わる”という考えには同意出来るので、仕方の無い事なのだろう。所詮下級貴族が集まった所で、何が出来るだろうか?
もう1つの噂の方が、私には気になったと言えるだろう。兄が女官を身近に置いたというだけの噂だったのだが、話自体は下世話な物だったが、あの兄が女性を相手にすると言う事が私には信じられなかったと共に、妙な不安感を覚えた。そう、兄の傍に女性が居れば嫌でもあの女性の事を思い出してしまうのだ。
噂の女官については、ほとんど外出しない様で、碌な情報を得る事が出来なかった。名前も容姿さえも分からない女官など、気にすまいと思っても、不安感を打ち消す事は出来なかった。更に驚いた事に、この不安感は、あのエレオノールという少女から感じた物と同じだと気付いてしまった。
年端もいかない少女に何故、女官と同じ物を感じるのか、我ながら謎な心の動きだと思う。ふと、あの少女と一緒にいた少年の関係が、あの女性と兄の関係と同じなのかも知れないと言う考えが浮かんだ。そうすると、トリステインには私と同じような事を考えている人間がいる事もありえるかも知れない、もし実在するなら是非、一度話し合って見たいものだ。
そんな埒の無い事を考えながら、私の気持ちは既に次の領地に飛んでいた。
■四年目
次の領地は、この国でも重要な鉱山を含む土地だった。支配する領地が少しずつだが、重要度を増すのは嬉しい物だ。私は今回も、貴族達に統治を任せる事にしたのだが、これは完全に裏目に出る事になってしまった。まあ、皆が張り切ってしまった結果だった。貴族達が昨年の汚名返上とばかりに多くの鉱夫を雇い入れ、その鉱夫が割り増しの賃金に釣られて思い切った採掘を行った結果、鉱山のあちこちで落盤事故が頻発して、終には鉱山全体が閉鎖されるという最悪の結果となってしまった。
その報告を聞いた私は、最初は冗談だと思った程、あっけない幕引きだった。鉱夫に死者が多く出たとも聞いたが、それよりも今回の負けが確定したのが痛かった。去年は辛勝だったと思われるので、何か間違いがあると困るから、今年で結果を確定したかったのだが、目算違いも甚だしい。
兄が採掘技術を学ぶ為と称して、トリステインに使節を送ったのを知ったのは、丁度その頃だった。不思議とここ数年、トリステインという国名を聞く事が多いような気がするのは気のせいだろうか? まさか、トリステインがこっそり兄を支援しているのでは、いや、それは無いな、あの父がそんな事を見逃す筈が無いし、仮に他国の支援を受けて、国王に選ばれたとしても、支援を受けた事がばれてしまえば、国王の座も危うい。
兄がそこまで追い詰められていると思っている可能性も有り得るから、念の為、直接探りを入れる事にした。幸いと言う訳では無いが、今は暇な身分だからな。
兄の所に使者を送り、その帰りを待たず、兄が治めると言う町を訪れる事にした。兄が領地で何をしているかを確かめる為の小細工だったが、その効果か町の様子を具(つぶさ)に観察する事が出来た。少し平民メイジの姿が多かった様に感じたが、その他は特別な物を感じなかったのには安心する事が出来た。
さすがに鉱山の中までは、入る事が出来なかったので、諦めて兄が居るという役所に向かう事にした。役所の一室に居を構えていると聞いたが、本当に役所の一室に住み込んでいるのだろうか? さすがに王子として相応しくなければ、一言忠告する必要があるかも知れないな
。
珍しい青い髪のお陰だろうが、すんなりと兄の部屋に案内された、部屋自体は最低限の威厳を保っていたが、王子の生活する空間としては、褒められた物では無いだろう。狭い部屋では、兄が机に向かって何かの書き物をしていた。兄は私に気付いた筈なのだが、私に目もくれず書き物を続けた。
何となく声をかけ難く感じて、部屋の中を見渡すと、先程は居なかった筈のメイドが1人居た。服装はメイドなのだが、気配を感じさせないで部屋に入ってきたのは、何らかの訓練を受けた者だと察する事が出来た。メイドは私に一度頭を下げると、そのまま兄の机に向かい、持っていた書類の様な物を差し出した。
兄は顔を上げる事も無く、書類を受け取り書き物(多分決済のサインなのだろう)を続けた。随分と慣れている様子だと感じたが、メイドはそのまま兄の後ろに控えるように佇んだ。正直、この女が何者なのか分からなくなった。大柄な体格に、気配を感じさせない立ち居振る舞い、書類を運んでくる、メイドの格好では、何が何なのか分からなくて当然だろう。
もしやこの女が、兄が近くに置いた女官なのかと思い至ったが、兄の趣味も随分と変わった物だと、半信半疑な気持ちでその女を眺めていた。すると今度は、きちんとノックがされ、またしてもメイドの格好をした女性が部屋に入って来た。こちらは随分と小柄である、身長だけで言えば、少女の様だが落ち着いた雰囲気がその印象を裏切っていた。
まさかこちらの女性が! いや!そ、それは無いな、そう言った趣味の貴族が居ると聞いたことがあるが、王家の者がそんな。
「ジョゼフ様、お客様がいらしているのですから、仕事の手を休めて下さい! クロディーも、何でお客様を放っておくんですか?」
「失礼しました、シャルル殿下でいらっしゃいますね。こちらにお座り下さい、さあ、お茶をどうぞ」
いつの間にか、私の横に移動したいたクロディーと呼ばれた女が私を強引にソファーに座らせて、少女の淹れたお茶を勧めるのは、まだ良いとして、兄までもが書き物の手を止めソファーに腰を下ろしたのには、驚きを隠せなかった。
「シャルル、お前も忙しいだろうに、良くこんな山奥まで来たものだな?」
「はい、こちらに少し用事があったものですから」
何とか、返事をする事が出来たが、兄は私の領地の事情を知らないと言うのは、思わぬ収穫だった。だが、兄のその少女に向けた表情が、私を急に不安にさせた。覚えがあるあの不安感だ! 私は、出されたお茶に目もくれず、周囲を見渡し、そこにあるものを見つけた。
「兄上、折角ですから、1勝負しませんか?」
経験的に、チェスを見て喜ぶ女性は少ないから、咄嗟にそんな事を言ってみた。兄は、私が見ているチェス盤に少しだけ見入って、勝負を受けてくれた。
「勝負の邪魔をしてはいけませんね。クロディー、イザベラ様の様子を見に行きましょう」
「カグラ、私はあまり、イザベラ様の扱いが上手くないんだけど?」
「避けていては、何時までも上手くならないわよ」
カグラと呼ばれた少女に引っ張られる様にして、クロディーという女も、部屋から出て行った。一応、思った通りに事が運んだ訳だが、未だに鼓動が安定しない状態では、勝負にならないと思った。完全に負けを覚悟した勝負だったが、意外な事に早々と私がチェックメイトと宣言する事になった。今の兄は、何か集中力を欠いている様だ。
兄は純粋に、戦術を考える為にチェスをするが、私は勝つ為にチェスをする。私は、チェスの名人から、様々な定石を教わって、それを駆使する事で何とか兄と五分の勝負をしてきた。兄が突拍子も無い事を思いついた時は、大抵私の負けだったのを覚えている。
だが、今の兄は明らかに精彩を欠いていると感じられる。勝負の合間に、あのカグラという少女について聞いてみたが、”女官として雇った”ということしか分からなかった。
「兄上、腕が鈍ったのではありませんか?」
「シャルル、お前はチェスをしていて、楽しいか?」
「はい」
特に今回の様に兄に勝つことは、私に喜びをもたらしてくれる。兄は何故かつまらなさそうに、チェス盤を棚に戻してしまった。
「兄上、それでは、私は自分の領地に戻る事にします」
「そうか? 道中気を付けてな」
兄のらしくも無い、言葉を背に部屋を出たが、その時1人の男とぶつかりそうになった。風体からは商人に見えたが、今の男が兄の支援者なのだろうか? あのカグラという少女が何時戻って来るか不安で、十分に兄と会話出来なかったのは失敗だったが、それでも十分な情報が得られたと思う。
■五年目
そして、私に任される最後の領地になるかも知れない土地は、最後の決戦の舞台に相応しい場所だった。この国の者なら一度は聞いたことがある、交易で栄える町だった。直轄地の中でもこの場所を選択した父が何を考えているかは分からないが、放っておいても税収が期待できると言うのは、ある意味気楽に感じたのは、錯覚だったのかも知れない。
ある貴族の紹介で、エルワン商会の商会長が私を訪ねて来たのはそんな時だった。
「何! それは本当なのか?」
「はい、殿下。確かに、ローレンツ商会が商取引の独占権を失った事が確認出来ました」
「そうか」
兄も苦労している様だな。だが、私にも運が回って来た様だ、取引高を高めて税収を倍にして見せますという、エルワンの言葉を信じて、町でのエルワン商会の優先権を約束してしまったのは、今思えば失敗だったかも知れない。
可も無く不可も無く、その領地の統治を終えた私を待っていたのは、王都リュティスに戻るようにと言う父の命令だった。やはり、今なお権勢を誇る父にも時間は冷酷に迫っているようだ。
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