シャルル 本編96話読後にお読みください

第13話 王子様のゆ・う・う・つ(前編)



 私が兄の事を意識し始めたのは、我ながら女々しい事だが、とある女性が切欠になっていた。私と兄は年も近い事があり、まるで双子のように育てられたのは、我が王家にとって皮肉な物だと、今なら思うことが出来る。双子を忌む王家で、王子2人を双子のように育てればどんな事になるか想像出来ない父だとは思わないが、未だにその意図を掴むのは難しい事だ。


 私達兄弟は、子供の頃から、思い出すことが出来る限り、ほとんど平等に扱われて来た。それが父の意図だったのか、今は無き母の希望だったのかは、多分もう知る機会が無いだろう。魔法の練習を始めたのも同時期だったし、婚約者を宛がわれたのも同時期だったはずだ。

 兄には、アナベラという名家の次女、そして私には、オデットという可愛い娘が、文字通り婚約者として宛がわれた。宛がわれたと言うのは、2人の女性を貶める意味では無く、王家では珍しくも無い話だったからだ。何かの偶然で、私の下にアナベラが、兄の下にオデットが宛がわれても、全く不思議では無かったはずだ。これを運命などと言うのだろうか?


 婚約者を得た時の私はまだ幼く、オデットの愛らしさを褒められる度に、我が事の様に嬉しさを覚えた事を、何となく覚えている。アナベラという娘は、どちらかと言うとおっとりした娘で、容姿もそれ程優れているとは思えなかった。

 しばらく月日が流れ、私は魔法の才能を認められ、兄は逆に魔法の才能が全く無いと断言された。これ自体は、当時の私には誇らしい事だったのだが、今考えれば、良くなかった事になるかも知れない。


 私が、その場面を目撃してしまったのは、ほんの偶然だったはずだ。魔法の練習を終えて、気分を変える為に、庭へ出た私に、その会話が聞こえてしまった。


「ジョゼフ様、そんな顔をしないで下さい。アナベラも悲しくなってしまいます」


「うるさい! お前なんかに僕の気持ちが分かるものか!」


「・・・」


 兄とアナベラが何か言い争っているのだと分かった。差し詰め、兄が魔法を使えないことで、癇癪を起こしたのだろうと察しがついたが、少しだけ兄と婚約者の関係に興味があり、こっそり物陰から様子を窺う事にした。


”ぺきっ”


 その音は、ほんの小さな物だったのだが、私にはとてつもなく大きな音に聞こえた、今でも木の枝が折れる時のこの音を聞くと、この時の事が思い出される程だ。

 もう、小さいとは言えないアナベラが懸命に力を込めて、自分の杖を折ってしまった事に、私は信じられない物を見た気分だった。だが、その後アナベラが言った言葉の方が、私の心を鋭く抉ったのだと思う。


「ジョゼフ様、ジョゼフ様が魔法を使えないのなら、私も魔法を使うのを止めます」


「なっ! 君は!」


「私達は、将来結婚するのでしょう? 夫婦になるなら、奥さんだけが魔法を使えるなんて不公平ですもの」


「何故、君は、僕なんかの為に・・・」


「”僕なんか”なんて言わないで下さい。ジョゼフ様は私の大切な旦那様なんですから。それに私は、ジョゼフ様が、皆に隠れてお一人で魔法の修行をされている事を知っています。もう何年も続けられていらっしゃる事もです」


「なんで、そんな事まで?」


「旦那様になる方の事ですもの、何でも知りたいと思ってはいけませんか?」


「僕には魔法の才能が無いんだ、だから、僕は君に相応しくないよ」


「それを聞いて、安心しました」


「え?」


「”君は僕に相応しくないよ”ではなく、”僕は君に相応しくないよ”だった事に安心したのです。アナベラは、今日から魔法が使えませんから、ジョゼフ様と同じです。ジョゼフ様の事を見続ける事を許していただけますか?」


「う、うん」


「でしたら、今日から魔法以外の事を始めましょう。大丈夫です、ジョゼフ様には何か特別なものがあることは、アナベラが良く知っていますから!」


 兄が、アナベラに抱きついて、泣き出す所まで見て、堪らなくなり私はその場を逃げ出す様に去った事を覚えている。冷静に考えれば、夢見がちな少女と、落ちこぼれの王子の恋愛ごっこだと思えるのだが、物陰から見たアナベラの色々な表情がそんな考えを、納得させてくれなかった。

 そう、その時私は、アナベラに、兄の婚約者である女性に始めて恋心を覚えたのだと思う。あのアナベラの笑顔が自分に向けられる事を想像するだけで、当時の私は幸せな気分になったものだった。

 現在では、私の愛する妻となったオデットの名誉の為に言っておくが、決してオデットが、女性として妻としてアナベラに劣っているとは思わない。オデットは私の事を好いてくれるし、娘を産んでもくれ、王子妃として申し分ない人格を持っている。今では、オデット以外の女性が妻になる事は考えられない程だ。ただ、想いの深さと言う面では、ごく普通だったというだけで、アナベラの想いの深さと比べても意味が無いのは分かっている。(想いは深ければ深いほど、良くも悪くも大きな影響を及ぼす事が今の私には分かっているのだから)


 私は、それからも魔法の修行を進める事になった、12歳でスクウェアメイジになった事を人々は驚きと共に賞賛してくれたが、当時の私が欲したのは、手の届かない女性の一言だったのだろう。それに、認めたくない事だが、その頃から私は、兄の事が怖くなったのだ、いやこれは正確ではないな。

 当時の私は、アナベラが自分に微笑みかけてくれれば、何でも出来ると思っていた。そのアナベラの微笑みは、今、兄に向けられている、それならば、兄が本当にどんな事でもやってしまうのではないかと、屈折した畏れを感じていたのは、否定出来ない。そして、それはただの畏れでは終わらなかった。


 兄は、私も知らなかった魔法の修行を止め、書物の世界にのめり込んだ様だった。そして、その隣には何時もアナベラが居た。メイジとしての道を諦めた兄を周りは、無能王子などと蔑んだが、私にとっては性質の悪い悪夢を見ている様な物だった。

 私は、それから逃れる為に、兄が読んだと分かる本を次々と読み漁ったし、兄がチェスを始めたと聞けば、追いかける様にチェスを始めた。不思議な事なのだが、兄が読んだ本の知識を少し話しただけで、周りは私の事を褒め称えた。チェスの様に実際に対戦して確かめた訳ではないが、兄の方が多く本を読み、私よりそれを良く理解していたのだと感じたし、現在ではそれが事実であると知っている。


 兄は自分の知識をひけらかす様な事はしなかった、その心理は私にだけは良く分かった。兄がその知識を披露する必要を感じなかったのだろう、自分の横に、自分が何の知識を得たか分かっている女性がいれば、私も同じようにしただろうから。私は、オデットに色々な事を話して聞かせたが、決して満足する事が出来なかった。

 一方、私は、書物から得た知識を人に話す事を止められなかった、結果全く皮肉な事に、同じ書物を読んだ私と兄が比較され、私のほうが高く評価される結果となった。周囲の目など、この程度の物かと思い出したのはこの頃からだったと思う。この思い込みが、自分の足を引っ張る事になるとは思っても見なかったのは、やはり私が本質的に先を読む事が得意ではないからなのだろう。


===


 やがて、私達も成長し成人する事となった。私のアナベラへの想いは、そのままだったがそれを表に出した事は無かったはずだ。何を考えているか分からない父は、王太子を決める事もなく、その権勢を誇っていた。自然な成り行きで、兄も私も婚約者と結ばれる事になったが、私はそれに対して何も出来なかった。

 兄はこの頃、魔道具(マジック・アイテム)を集める事に熱心だったのを覚えている。多分、以前からこっそり集めていたんだと思うのだが、ほとんどの者は知らなかった様だ。私にも理解出来ないのだが、兄は魔法を使えない自分を慰める意味で、魔道具(マジック・アイテム)を集めていたのだろうと推測するが、もしかしたら兄なりに自分とそして妻アナベラの身を守る方法を模索していたのかも知れない。


 私達夫婦も、兄夫婦も、永らく子供に恵まれる事が無かったが、兄夫婦に子供が出来たと聞いて、私は何故か安堵を覚えた事を思い出す。本当に幸せそうに微笑むアナベラの表情を見て、自分の想いが薄れていく事を感じた。それは兄へとだけ向かっていた想いが、生まれてくる子供に向く事が分かって、奇妙な安心感を覚えたのだと自分の心を分析した物だった。

 だが、アナベラは兄に1人の娘だけを残して、始祖ブリミルの下へと旅立ってしまった。その喪失感を説明するのは難しいが、私以上に兄が感じた喪失感は凄まじい物があった様だ。アナベラの安産を祈って用意した多くの魔道具(マジック・アイテム)を無表情に叩き壊す兄の姿を見たと言う噂を色々な所から聞いた程だった。


 それからの兄は、無能王子そのものと言った行動を取る様になった。だが、私はそんな兄を本気で軽蔑する事になった。彼女が望んだであろう王になる事を放棄した兄を、許す事が出来なかったのだ。私は兄を蹴落とす為に積極的に貴族達と接触し始めた。


===


 そんな時だった、ある少年が兄を訪ねて来たのは。その少年はトリステインから態々やって来て、何故か兄との面会を望んだ。彼女が居なくなってしまってから、久しく人と会う事を避けていた兄がどう言う積りか、その少年と会ったと聞いて、私もその少年と会う事にしたが、なんら収穫は無かった。

いやこれは正確では無いな、今でもその少年についてはさほど興味が無い、何度かレーネンベルクと言う名前を聞かなければ、家名さえ忘れていただろう。私が気になったのは、少年と一緒にいた少女の方だった。ハッとするほどの可愛さだったが、上品で大人しいという印象だった。だが、彼女達と話していると、何故か私の中で不安感が増してくるのが感じられた。

 結局、兄と何を話したかと言う肝心なことを聞く前に、居た堪れなくなりその場を去る事になった。彼女たちがオデットと会いたいと言うので、彼女達を召使に任せることにした。後で、少年がオデットにプレゼントしてくれたブローチが、かなりの物だと知ってきちんと礼を言えなかった事が残念に思えたのは事実だ。


「貴方、今日いらしたトリステインからの可愛い客人方は、お知り合いですか?」


「いいや、今日始めて会ったが、何かあったのかな?」


「いえ、私あのエレオノールという子と、話が合いそうだったものですから」


 正直、エレオノールという娘の名前を出されたのは、意外だったし、彼女の持つ雰囲気がとても気になったので、わざと素っ気無く答える事になってしまった。


「そうか? 君と話が合いそうだったかな? 歳の離れた友人と言うのも良いんじゃないか?」


「気が向いたら、エレオノールの家を訪ねてみたいのですけれど?」


「ああ、好きにするがいい」


 そうして、やや強引に話題を変える事にした。あの少女の事はあまり考えたくなかったからだ。もし妻がトリステインに行くとしても、私は行くことが無いだろうと何となく感じていた。


 兄の様子は、彼女達の訪問以降もあまり変化は見られなかった。父があんな事を言い出さなければ、主な貴族の推薦で私の王太子へ就ける事が、父に提案されていただろう。勿論、それにあの父が応じるとは思わなかったが、有力な貴族が私の後ろに付いた事を広く知らしめるには、良い機会になった筈だった。


 ”2人の王子に、領地を与えその手腕を、競わせる事とする”などと言う冗談としか思えない、触れが国中に告知されたのは、私が有力な貴族の多くの協力を取り付ける直前だった。私にとっては、出鼻を挫かれた形だったが、今の兄の状態では結果など分かり切っていると思っていた。


 父は、例の告知が終わると、騒ぎを避ける様にトリステインに条約継続の手続きの為に旅立って行った。それ自体は、以前から話があったのでおかしな事ではなかったが、それに兄が同行したのには、少なからず驚きを覚えた。

 旅に同行した者から聞き出した限りでは、兄はトリステイン王に会うと直ぐに何処かへ向かったと言うことしか分からなかった。多少不安は覚えたが、あの兄が簡単に立ち直る事は有り得ないと思えたし、協力を約束してくれた貴族達の言葉もあり、そのまま不本意な競争に立ち向かう事となった。

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