第12話 ???の思い出語り(2)
”高等学校”というその新しい学び舎は、私に色々なものを与えてくれました。
・頼りになる理事長先生
・競い合う友人達
・専門的な知識
・学校についての謎
等がそれに当たります。もう少し詳しくお話すると。
・頼りになる理事長先生
これは、もちろん”学校”全体の理事長を務める、ローレンツさんの事です。あまり理事長という存在を認識した事がなかったのですが、高等学校に上がる際に簡単な面接を受けたのです。その時、高等学校で何を学びたいのかと聞かれたのですが、私は迷わず”あの方の役に立つ存在になる為ならば何でも!”と答えました。
ローレンツさんはそれを聞くと、何かすっぱいものでも食べた様な表情を浮かべると、
「彼には、婚約者がいるのは知っているかな?」
「はい、存じております。ですが、それが何か私のしたい事と関係あるのでしょうか?」
ローレンツさんは、さっきよりもっと顔をしかめましたが、
「君は、若いな。人の心というのは・・・。まあ言っても無駄な様だね。良いだろう、君が学びたいと言うならできるだけ協力しよう!」
と言ってくださいました。それからも色々と相談に乗ってもらっている、人生の大先輩です。かなり我侭を聞いてもらった気もしていますけど。
・競い合う友人達
高等学校に入ってから、私にも友人と呼べる存在が出来ました。どちらかと言うと、好敵手(ライバル)なのですが、お互いを高め合うという意味で友人と呼んでいます。
彼らは、高等学校に入ってからメキメキと頭角を現してきました。彼らの得意とする分野(例えば政治とか、経済とかですね)に限って言えば、彼らと対等に話が出来る学生は私だけでしょう。特に外交という少し変わった分野に興味を持った友人のクロディーとは特に仲が良いと思います。
この友人達だけは、私が何を目指しているかを、はっきりと宣言しました。女の子の友人二人は、応援してくれると言ってくれましたが、男の子の友人二人は何故かかなり怖がっていました。(失礼ですね、純粋な乙女心なのに!)
・専門的な知識
これは、ローレンツさんの協力が無かったら、全く手が出なかったんだと思います。”君が学びたいと言うならできるだけ協力しよう!”の言葉を盾に、思いつく限りの学問に手を出しました。
友人達が専攻している、
法学
経済学
軍学
政治学
社会学
等はもちろん、
魔法学
哲学
宗教学
文学
芸術学
歴史学
考古学
地理学
心理学
天文学
等にも手を出しました。中には以前は厳しく禁じられていた学問もあるのですが、一切妥協しませんでした。ローレンツさんは教師役を探すのにかなり苦労された様ですが、教師役の皆さんが、是非私に弟子や跡継ぎになって欲しい(息子の嫁に等と失礼な事を言った方もいましたね)と言われたので、苦労した甲斐があったと笑って下さいました。
もっと、もっと、と知識を求める私に、ローレンツさんはこんな忠告をして下さいました。
「知識を得ることは必要だろうな、だが君にそれを使いこなす事が出来るのかな?」
「出来ます!」
思わずそう答えた私に、ローレンツさんは厳しい顔をして、
「君が彼に何か献策をしたとしようか? もしそれが失敗に終わった場合、責任をとるのは彼になるのだよ? それでも出来ると言えるかね」
「それは・・・」
そう指摘されると、確かに軽率でした。ローレンツさんは、構わず話を続けます。
「この機会だから言わせてもらおう。君には、友人が沢山いる。親しくしている友人だけでは無く、この学校に居る全ての学生が君の友人だ。彼らの力を上手く使う事が出来れば、もっと彼の役に立てると思わないかな?」
ローレンツさんの言葉が胸を打ちます。他の生徒の力を利用するなんて、想像もしていませんでしたから。
「私の得意分野の商売でもそうだ、一人の商人が扱える商品は限られる、だからこそ私も商会を設立したのだしな。自分の力を試したいというならば、一人も良いだろうが、君の目指す物は違うのだろう?」
結局、ローレンツさんに言い返す事も出来ずその場を去る羽目になりました。何があの方の為になるか、冷静になって考え直してみる必要を感じました。
・学校についての謎
そして一番重要なのが、”学校についての謎”かも知れません。
まず、学校の学生なら誰もが疑問に思うのが、”レーネンベルク公立”を名乗っているのに、ここに1度もレーネンベルク公爵様が来た事が無い事と、理事長をこの国一番とはいえ商人のローレンツさんがやっていることです。
1度、ローレンツさんに直接尋ねたことがあるのですが、笑いながら、
「この”学校”は彼の酔狂から始まったものだからな」
というだけで、詳細は教えてくれませんでした。ですが、ローレンツさんの言う”彼”があの方だという確信が私にはあります。”学校”を頻繁に訪れるレーネンベルク家の方は、あの方だけですからね。
次の謎は、何故この学校が設立されたかでしょうか?慈善事業で、孤児院等を作るという話は美談としてよく語られる話なのですが、この”学校”は規模も仕組みも全く違います。3学年に大体300人がいて、その学校が領内に5校もあるのですから、かなり異常といってもいいかも知れません。しかも奨学金などという制度は聞いた事がありません。
最近では、領内だけではなく、領外からも入学生がやってくる様な状態なのに、この”学校”閉鎖される気配も無いです。
理事長先生も、そしてあの方も何を考えているのでしょう?私なら、このお金を使ってもっとあの方の為になることが出来るのではないかと本気で思います。
奨学金という制度で、勉強をしている自分を否定する台詞なのかも知れませんが、資金を無駄にしているという感覚がするのを否定できない自分がいます。
そして、最大の謎は、”学校”の教育方針です。ここの基本理念は”全ての人に教育を”というある意味立派な物です。事実どんな人でも、ここで教育を受ける事が出来ます。(事実、学校では小さな子供から壮年の男性まで学んでいます)
ごく最近、エルフの女性が、この学校を見学に来た事がありました。その女性は単純に見学に来ただけの様でしたが、その女性が理事長先生に冗談で、
「おじ様、私もこの学校に入る事が出来るのかしら?」
と聞いたのに、理事長先生は全く躊躇わず、
「もちろん可能だよ。現状では、意思疎通が出来て、字が書ける様になる事が最低条件ですからな。君なら問題無いじゃろう」
と真面目に答えているのを聞いてしまったのです。あの理事長先生の様子だと、例え亜人であっても条件さえ満たせば、ここに入れる事になります。”全ての人”というのにはそういう意味が有ったと知った瞬間でした。
それ自体はあまり驚く事ではありませんでした。私が驚いたのは、自分がエルフや亜人の人達と机を並べて勉学に励むという事に、あまり抵抗を覚えなかったという事です。逆に、貴族の御曹司が隣の席に座っても全く平常心で居られる自信があります。(もちろんあの方が隣にいたら・・・コホン)
学校に入る前の自分なら、亜人が同じ部屋に居るというのを受け付けたとは思えません。逆に貴族の方が同じ部屋にいたとしたら、緊張してしまった事でしょう。
この6年間で私に何が起きたのか考えてみましたが、決定的な事は思い浮かびませんでした。
でも、考えてみるとここでは、事あるごとに、全ての人間が平等だという事を、刷り込まれた気がします。これがもしかしたら、本当の教育方針だったのではないかとさえ思える程です。ここまで考えて、私は何だか怖くなってしまいました。この考え方が、広まったらどんな事になるか、少し頭の働く人間なら想像がつくでしょう。
これを”貴族”であるあの方が、主導してるというのが全くの謎です。果たして、あの方は何を考えているのでしょうか?
===
先日こんな事がありました。友人のクロディーが良い事があるから一緒においでと、強引に誘われて行った先は、理事長室でした。クロディーによると、ガリアで女官職に就けるかも知れない良い話だそうです。外交官を目指していたクロディーには良い話なのかも知れませんが、私には全く興味がありませんでした。
もしかして私が、宮廷作法などを強引に学ばせた(私の啓蒙活動の一環だったのですが)仕返しなのかと本気で心配しましたが、部屋に入った途端そんな考えは何処かへ飛んで行ってしまいました。
そう、そこにはあの方が居たのです。クロディーには感謝しなくてはならないのですが、そんな事はその時は全く考えられませんでした。知らない人から何か質問されましたが、適当に返事をするだけで、ずっとあの方を見詰めていました。ふと気付くと、クロディーに腕を引かれながら自室に戻っている最中でした。
「どうしたの、あんな態度良くないわよ?」
「え?」
「え? じゃないわよ。ずっと彼の事、睨んでいたじゃない」
「へ?」
睨んで居たなんて心外ですね。ずっと憧れの眼差しだったはずです。まだ少しぼーっとしながら、何とか返事をします。
「あ! 貴女、最近視力が落ちたとか言ってなかった?」
「ええ、少しね。それがどうしたの?」
「はぁ?、まあいいわ。いいから眼鏡を買いなさい。それにしてもガリアか、どんな国なんだろ?」
眼鏡なんて、私が掛けたら、チビ,ブス,メガネと三拍子揃ってしまいます。絶対受け入れられない提案です。
クロディーは、翌日少し早い卒業をして行きました。友人の一人が外国に行くのは寂しかったですが、晴れの門出なので、快く送り出す事が、私に出来る事なのでしょう。
===
私ももう直ぐ、この学校を去る事になります。最近は実習が主だったので、あまり顔を出せていない”生徒会”(ネーミングはローレンツさんです)に顔を出して、後継者を決めて無くてはなりません。生徒同士の結び付きを高める為に考えた組織でしたが、初代会長がこんな調子で大丈夫なのか少し不安でした。
「あ、会長、ご苦労様です」
「ジェフ君、ご苦労様」
「会長、今回の実習はどうでしたか? 芸術学でしたっけ?」
「ええ、まあまあと言った所ね。生徒会の方はどうだった?」
「はい、大きな問題はありません」
ジェフ君は、1年下の優秀な後輩です。独創的な友人達と比べると、独創性という面では劣るかも知れませんが、生徒会の様な組織には居なくてはならない存在です。そこまで考えて、ふと後継者問題を見直してみる気になりました。
今の”生徒会”にはどんな人材が必要なのかは、考えるまでも無い事でしょう。私は、自分の様な人間を後継者にと考えていましたが、組織の創立期と安定期(気が早いのでしょうが、改革期も)では必要とされる人材は当然異なって来るはずです。
「ねえ、ジェフ君。良かったら、次の生徒会長やってみない?」
「はい?」
「だから、君が次の生徒会長なの!」
「でも、僕は会長程の手腕はありませんよ? 会長がどうやって生徒会を作ったか見て来た僕には、分かります」
「そうね、でも君が今振るっている手腕を見せられると、会長として自信が無くなるのも事実ね」
「そんな事はありません! 会長が居てくれるから、僕も生徒会の仕事を安心して出来るんです」
「ありがとう。でもね、私はもう直ぐ卒業よ。次の生徒会長はどうしても必要なの。分かってくれるわね?」
「はい・・・、喜んでとは言えませんけど、精一杯やってみます!」
「ありがとう、ジェフ君。いいえ、新生徒会長さん」
「え?、気が早いですよ」
こうして、後継者問題は、ちょっと強引に解決したのでした。これで、ここに思い残す事は無くなりました。後は、あの方の下で、自分の力を証明するだけです!
===
そうは言っても、ワーンベルまで来ると、緊張感が高まって来ます。私達をここまで連れてきた理事長先生は、一足先に代官の屋敷に向かってしまって、待っている私の緊張感は天井知らずです。気を紛らわす為に、周囲に目を遣ると私とは違って、いつも通りの友人達が目に入ります。
それを見ると、自分だけが緊張しているのが滑稽に思われました。そうです、今日は私にとっての門出なのですから、明るい気持ちで居る事にしましょう。今日からずっとあの方の下で働けると思えば、何を不安になることがあるというのでしょう?
そう、今日こそあの方に笑顔で対面したいです。あ!また緊張してきました。笑顔は無理かも知れません。出来れば、印象を悪くしない程度の表情をしていたいです。理事長先生が戻って来ました。とうとうこの時が来てしまった様です。みなさん、私の健闘を祈って下さい。
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