コラリー 本編51話読後にお読みください

第10話 メイドさんは見ちゃったかもしれない!?



 私の名前は、コラリーと申します。この魔法学院のメイドとして雇われて、早一月にですね。ですけど、先輩方に聞くと学院に新入生が入ってくる今の時期が、一番要注意なのだそうです。変な学生の方に目を付けられると、とんでもない事になると言われたので、内心はドキドキしています。


 そんな中で、私は一人の学生の方に目を付けられてしまいました。切欠は完全に私の過失だったのです。食堂でその方を見かけた時に、つい見惚れてしまって、声をかけられた時に驚いて持っていたポットを落としてしまったのです。その時に零れたお茶が、私の脚にかかってしまい思わず、


「熱っ!」


と声を出してしまいました。その学生さんは、その様子を黙って見ていましたが、直ぐに私を抱える様にして、食堂の隅まで連れて行き、


「これは単なる治療行為です。不埒な気持ちは持っていないので、安心して下さい」


と言いながら、私のスカートを膝上辺りまでたくし上げて来たのです。私はまたしても、思わず、


「きゃ!」


と声を出してしまいました。思わずスカートを押さえようとしましたが、その学生さんが、


「若い女性の脚に火傷の痕は似合いませんよ?」


と言ったので、仕方なくそのままでいました。私も嫁入り前なので、こんな状態でいる時間は少しでも短い方が良いと思ったからです。その学生さんは、杖を取り出すと、治療魔法を私にかけてくれました。貴族が平民の為に魔法を使うなんて、聞いたことが無かったので、何だか不安になって来ました。

 治療が終わって、その学生さん(ミスタ・マーニュとおっしゃる方でした)が、後で薬を渡すから、部屋まで来るようにと言われた時には、自分の身に”とんでもない事”が起こっているのではないかと思うようになりました。

 一通りの仕事を終えて、この事を上司のエンマさんに伝えると、思っていた以上に悪い事態を指摘されました。あの方がそんな事をと思う反面、貴族なんて所詮はそんなものだという感じがして、私は混乱するばかりでした。エンマさんが同行してくれるというので、少し安心してミスタ・マーニュの部屋に向かう事が出来ました。


 結論から言えば、私たちは全く勘違いをしていました。あんな事を考えた、自分たちを恥じる結果になったといえるかも知れません。ですが、ミスタ・マーニュの様な方が貴族の中にもいると知ることが出来たので、決して不愉快な事ではありませんでした。

 むしろその後のミスタ・マーニュの色々な活動を見たり聞いたりした限りでは、私にとってあの方は貴族らしくもあり、貴族らしくもなく、全く謎の存在になっていました。魔法薬で商売をしてみたり、決闘をしてみたり、食堂では大食漢だったり、他の学生の方々より貴族らしい振る舞いをしてみたりと、何時しか私にとって目の離せない存在になっていました。


===


 その様な状態が一年弱続き、今年も新入生が入学して来ました。今年は、ラ・ヴァリエール公爵家のエレオノール様が入学してくるという事で、仕事仲間たちもかなり緊張していました。かく言う私も、ラ・ヴァリエール公爵家と聞いて、少しだけ緊張をしました。ですが、所詮は1メイドと公爵家の令嬢の間に関係が生まれるとは思っていませんでした。

 しばらくすると、メイド達の間にミス・ヴァリエールが夜になると時々、中庭に出て誰かと会っているということが噂になりました。私がその噂を聞いたときに感じたのは、あの完璧な方のお相手はどんな方なんだろうという純粋な興味でした。私がその”お相手”が誰なのか知る事になったのは、多分偶然ではなかったのだと思います。


 ある晩、とある学生の方が、ベッドに飲み物を零してしたったと言われ、そのシーツを交換した帰りのことでした。ミスタ・マーニュがこそこそと男子寮を出て行くところを見かけてしまいました。声をかけ損なった私は、慌ててあの方の後を追いかけました。あの方が中庭に入って行くのは確認したのですが、暗すぎて見失ってしまいました。

 しばらく、中庭を彷徨っていると、小さく話し声が聞こえてきました。その声に導かれる様に、近付いていくと、そこにはあの方とミス・ヴァリエールが、親密そうに話し込んでいるのが、見つけられました。お二人は私の目から見ても、お似合いのカップルでした。ミス・ヴァリエールの様な方の隣には、ミスタ・マーニュの様な方が似合います。ミス・ヴァリエールには別の公爵家の婚約者がいるという噂を聞いたのですが、単に身分だけの貴族がいても、ミス・ヴァリエールの横に立つ事は出来ないのでしょう。

 薄暗い中でも、映えるお二人の姿をしばらく眺めていたのですが、だんだんと胸がもやもやして来て、それ以上見続ける事が出来なくなって、その場を去る事にしました。それからの事はあまり覚えていません。気付くと、自分の部屋に戻っていて、ベッドにうつ伏せになり何故か涙を流している自分に気付きました。同室の娘が急な里帰りをしていたのは、幸運だったかも知れません。


 それから、夜明けまでまんじりともしないて、あの方の事を考えました。あの方は、私に、いえ私達使用人に優しすぎました。あの方と私の年齢差があまり無いのも気付いていました。あの方は、男爵家の3男ということで、もしかしたら貴族でなくなる事があるのではないかとさえ思っていました。そう私は、あの方の隣に立つ自分を想像していたのです。


「ああ、私は恋をしていたんだ」


 そう声に出すことは、心が少し痛みましたが、それでも素晴らしい思い出になったことは、間違いありません。そう、あのお二人の姿を見てしまった時から、私の想いは思い出になってしまったのでしょう。でも今日だけは、あのお二人に会わないでおきたいと思います。


 あの晩から、1週間が経ちました。あれから何度も、ミスタ・マーニュやミス・ヴァリエールに会うことがありましたが、私の様子に不信感をいだかれたことは無かったと思います。ミスタ・マーニュに対する想いが少しでも残っていれば、ミス・ヴァリエールに何か勘付かれたかも知れませんが、今の私ならば、お二人の前に堂々と胸を張って出る事が出来ました。


 私の目から見ても、二人の関係はほとんど窺い知ることが出来ませんでした。何度かお二人が、同じ所にいるのを見かけることがあったのですが、お二人が互いのことを意識していると感じることは一度もありませんでした。他の誰かならば、あの夜見たのは別人だと思ったのかも知れません。ですが、私にはその振る舞いの不自然な自然さが、違和感として感じられました。


 貴族の交際と言うのはここまで気を使わないといけないのかと思ったのと同時に、ミスタ・マーニュとのことを自分の中できちんと決断出来た自分に拍手を送りたい気分になりました。お二人の仲が、今後どの様な展開になるかは、一メイドの私には想像もつきませんが、出来れば幸せになっていただきたいと思います。


===


 あの晩から、早くも1年が過ぎようとしていました。最近、私達使用人の間では、”守護者”と呼ばれる人物の事が話題に上ることが多くなりました。学院内の平民や下級貴族の方々を助けてくれる人物だというのですが、その実態は謎でした。ですが、その噂を聞いたときに、私はこれがミスタ・マーニュのした事だと確信しました。ですけど、噂の詳細を聞くと、おかしな話になりました。


 その”守護者”が活動したと思われる日の何日かは、私が夜にミスタ・マーニュの部屋に荷物を届けた事があったからなのです。かなり前から気付いていましたが、ミスタ・マーニュには頻繁に荷物が届いたり、逆に荷物を受け取りに来たり、ということがあります。ミスタ・マーニュからは、魔法薬の材料と、出来た魔法薬を商人が引き取りに来ていると聞いていたので、主に私が対応する事になっており、この事に気付く事が出来ました。


 この謎はしばらくして、女性の”守護者”が現れた事で、事態がはっきりしました。”守護者”は一人ではないと言う事が、驚きと共に私達の間で語られる事になりました。私には、ミスタ・マーニュが”守護者”の中心人物だのだという確信がありましたが、それを誰にも打ち明けることはありませんでした。ミス・ヴァリエールが、


「弱者を迫害して喜ぶような者は、貴族に値しませんわ。私は”守護者”を支持します!」


と発言された事も、私の確信を深めさせる事になりました。


 ”守護者”が活動を始めて以来、私達の仕事は本当にやり易くなりました。何処がというのを言葉にするのは難しいですが、学生の方々の多くが私達の仕事を認めてくれて、お礼とまではいかないまでも、軽く目礼をしてくれる方が増えました。多分それだけの事が、私達にとってどれだけの励みになるのか、学生の方々も分かっていないのでしょう。(もっとも、私達の事を、学院の備品の様に考えている方もいますが、それが気にならないほどです)

そう、私たちはプロなんですから!


 それから何日か経った後、いつも通り学生さんたちの衣類を洗濯していると、ミスタ・マーニュの衣類を洗うことになりました。昔なら、喜んで衣類を洗っていた所ですが、今ならきちんと仕事として、洗濯を出来ると感じました。

 ですが、ミスタ・マーニュのズボンのポケットから出てきた物を見た時は、心臓が止まるかと思いました。そのポケットには、明らかにガラス玉等ではない、宝石と思える、それも大粒のものが入っていたのです。どうしたら良いのか、正直迷いましたが、結局干した後のズボンにこっそり、宝石を戻すことにしました。これは、プロとしての私の矜持がさせたものです。

 そう、私がもう少しずるい人間ならば、この事を利用しようとしたのかも知れません。ですが、私にはどうしてもその様なことは出来ませんでした。

 結局、ミスタ・マーニュは、ポケットに入っていた、宝石に関して何も行動を起しませんでした。自惚れかもしれませんが、私の考えがミスタ・マーニュに伝わったのだと思えます。それは、とても嬉しい事でした。


===


 月日は流れ、今日はミスタ・マーニュが卒業する日です。例年であれば、何のこともない1日のはずだったのですが、今日はミスタ・マーニュから、卒業式の後に使用人一堂が食堂に集まる様に言われているので、あまり食堂にいない時間に、使用人が集まっていて何か落ち着かない気分でした。

 ミスタ・マーニュは、使用人一人一人に声をかけながら、何かを渡している様でした。私の番近くになると、ミスタ・マーニュが何を渡しているかはっきりしました。どうやら、男性にはカフス、女性にはブローチを渡している様でした。私の番になると、ミスタ・マーニュは、少し声を低めて、


「コラリーさん、本当にお世話になりました。貴方には特にお世話になりましたね、どうもありがとうございました」


「いいえ、私はやるべきことをやっただけです」


「そうですね、でもだからこそ、コラリーさんには感謝したいです」


 そう言いながら、ミスタ・マーニュが渡してくれたのは、名前は分かりませんが、碧い宝石をあしらった物でした。それを見た時、不覚にも胸が一杯になってしまいました。はっきりと覚えてはいませんが、私がミスタ・マーニュに青色が好きだといった記憶があったからです。


 その何気ない優しさが、ミスタ・マーニュの将来に禍根を残す事が無いように、祈る事しか私には出来ませんでした。そして、ミスタ・マーニュとミス・ヴァリエールの仲が将来不幸の種にならないことも祈っておく事にいます。ミスタ・マーニュは、配ったカフスやブローチを何かの足しにしてくれとおっしゃっていましたが、私は多分一生このブローチを手放さないのだと思います。

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