エレオノール 本編19話読後にお読みください

第3話 私のスティン兄様(1)



 私の名前は、エレオノール・アルベルティーヌ・ド・ラ・ヴァリエールと申します。トリステイン王国ラ・ヴァリエール公爵家の長女です。ラ・ヴァリエール公爵家と言えば、トリステインでは名門中の名門です。

 家柄のせいか、お母様の教育方針の為か、私は小さな頃から貴族として恥しくない様にと厳しく育てられてきました。舞踊や楽器、あらゆる学問、貴族としての振る舞い、宮中作法と言ったものを小さな頃から毎日のように覚えさせられました。私自身それを苦と思った事はありませんでした。私はラ・ヴァリエール家の長子として、公爵家の令嬢に相応しい振る舞いを心がけてきました。妹のカトレアが生まれてからもそれは変わりませんでした。


===


 明日は私の8歳の誕生パーティの日です。誕生日のパーティと言えば小さい頃から楽しみにしている事が1つだけあります。それはスティン兄様、レーネンベルク公爵家の嫡男ラスティン・ド・レーネンベルク様のもって来て下さるプレゼントです。

 ラ・ヴァリエール公爵家が開くパーティなので、小さな子供の誕生パーティとはいえ、沢山の方々が招待されます。パーティの招待客の方々は毎年、様々なものをプレゼントとして持って来て下さいました。大きな宝石をあしらった様々なアクセサリー、絵画,彫刻といった美術品、見たこともない見事な織物、それこそ、何処かの宝物庫の様な有様でした。物心ついた頃にはそんな状態にも慣れていましたが、そんな金銀財宝の中に毎年1つだけ他と全く違ったプレゼントが紛れ込んでいるのに気が付きました。それは、見たことも無いお菓子だったり、子供向けの玩具だったり、女の子が喜びそうな鉢植えの花だったこともありました。


 小さな子供だった私にとって、お菓子や玩具、小さな花植えと言った物が一番嬉しいプレゼントでした。子供心に気付いていましたが、私への誕生プレゼントは、実際にはお父様のご機嫌をとる為の物でした。

でも、お菓子や玩具、小さな花植えといったプレゼントは明らかに、私個人に向けて送られた物であることが明白だったからです。 つまり、このプレゼントの送り主は、純粋に私の誕生日を祝ってくれていると言う事になります。それに気付いたのは6歳の誕生日のことでした。

 プレゼントの送り主を執事の1人に尋ねてみると、レーネンベルク公爵家のラスティン様からだということが分かりました。レーネンベルク公爵家といえば、ラ・ヴァリエール公爵家とは親戚関係にあり、私も毎年、ラスティン様や、弟君のノリス様の誕生パーティに招待されています。でも、レーネンベルク公爵家というのはあまり印象に残っていませんでした。同じ公爵家と言ってもこれだけ生活が違うのかと言った悪い印象しか残らないほど質実剛健を絵に描いたようなお屋敷と、意外と落ち着いた感じで寛げるパーティが開かれたとしか覚えていませんでした。


 次にラスティン様にお会いしたのは、ラスティン様が9歳の誕生パーティの折でした。パーティ自体は落ち着いた雰囲気で招待客も余りいない、私などから見たら寂しげな物でした。妹のカトレアがラスティン様の名前を呼ぼうとしますが、うまく舌が回らないようです。ラスティン様は、


「ラスティンは言いにくいかな?じゃあカトレア、僕の事はスティンと呼んでごらん」


とカトレアに言いました。カトレアは、


「誕生日おめでとうございます、すてぃんおにいさま」


と元気にお祝いの言葉を述べました。私もその話の流れに乗って、


「では私はスティン兄様と呼ばせていただきますね、スティン兄様、誕生日おめでとうございます」


 ラスティン様、いいえ、スティン兄様は少し驚いているご様子でしたが、すぐに笑って、


「二人ともお祝いありがとう」


と言ってくださいました。


 パーティが始まると私はスティン兄様の横に陣取って、色々なお話を聞きました。話がプレゼントに及ぶとスティン兄様は、


「立派なプレゼントは父上にお任せしているよ、子供は子供同士、相手の欲しがりそうな物をプレゼントするのが普通じゃないかな?」


とおっしゃいました。やっぱり少し普通とずれている気がしましたが、そのずれが意外と心地よいものだと感じていました。そして気が付くと私は、スティン兄様が大好きになっていました。


===


 そして今日、ついに私の8歳の誕生日となりました。スティン兄様はどんなプレゼントをくれるのかしら?そればかりが気になって、朝から落ち着きません。

 誕生パーティが始まるり、例年通り私がお祝いに来てくれた方々にお礼の挨拶をすると、次は来客の皆さんがお祝いの言葉を述べながら、プレゼントを渡してくれます。ですが、私はスティン兄様のプレゼントが気になって、気もそぞろでした。だれがどんなプレゼントを贈ってくれたのかほとんど覚えていません。そしてプレゼントを頂くのも終盤、スティン兄様の番になりました。わたしの前に現れたスティン兄様は、見た限り何ももってはいらっしゃいませんでした。そして何か臆している感じです、なんだかスティン兄様らしくありません。私が不審に思って声を掛けようとすると、スティン兄様は突然、私に向かって1つの指輪を差し出してきました。


「これが今の僕に出来る最高のプレゼントだよ、エレオノール」


 スティン兄様は照れたように、こうおっしゃいました。差し出された指輪を見ると、小さくて可愛い感じの指輪でした、素材は銀の様で、真ん中に薔薇が浮き彫りされていて、それを見守るように、赤と青の小さな宝石が配されています。(月をイメージしているのでしょうか?)

 一目見て可愛いと感じて気に入った指輪ですが、公爵家の嫡男が、公爵家の令嬢に送るにしては少し地味な感じがしました。そこでふと気付きました、確かスティン兄様は錬金を得意となさっていると聞いた事があります、もしかしたらこの指輪はスティン兄様の手作りなのかもしれません。そう思うと、不思議な胸のときめきを覚えます。勇気をだして、スティン兄様にお尋ねしてみます。


「スティン兄様、これはもしかしてお兄様ご自身で作ってくれたものですの?」


「うん、そうだよ出来が悪くて申し訳ないんだけれど」


 その言葉を聞いたとき私の胸は今まで感じた事が無かった程高鳴りました。


「いいえ、スティン兄様がご自身の手で作って貰った物を頂けるだけでエレオノールは幸せです」


 本当は指輪の事を気に入ったと、言いたかったのですけど、うまく言葉にならなくって、口に出せたのはそれだけでした。これだけでは感謝の言葉として足りないと感じた私は、思い切って、


「兄様の手で嵌めて頂けますか?」


といって左手を差し出してみました。その時のスティン兄様の慌てようといったら、指輪を嵌めようとする手が震えてうまく嵌らない程でした。どうやら指輪のサイズをご存知なかった様で、最初は人差し指、次は小指と試していきましたが、ぴったりとは行きません。最後には薬指を試しましたが、これは運よくぴったりでした。嵌め終わると私も、スティン兄様もほっとしました。でも左手の薬指ですよ、スティン兄様は意味が分かってお嵌めになったんでしょうか?いえ、そんな事はないですよね、でも私はそれがとても大切な事に感じました。

 するとその様子を見ていた、お父様が、


「ラスティン殿は早熟ですな、もう家のエレオノールにプロポーズするとは!」


と言い出しました。(もうお父様ったら、こういう問題はもっと神経質に扱って欲しいですわ)

でも、お父様もお母様も、レーネンベルク公爵ご夫妻も意外とこの話に乗り気のご様子です。当事者のスティン兄様だけが慌てて、


「10歳の男子と8歳の女子の婚約なんて非常識です」


なんておっしゃっています。(貴族の間では、8歳で婚約する事も珍しくないんですのよ)

 スティン兄様はそれでも、なんのかんの言って、婚約を回避しようとされています。ですが、私がちょっと泣いた振りをして、


「スティン兄様は、私と婚約することがお嫌なのですか?」


と尋ねて見ると、観念した様に婚約を承知して下さいました。(殿方って女の涙に本当に弱いですわね)

 こうして、スティン兄様は晴れて、私の婚約者になったのでした。でも婚約と言っても口約束で、実際に契約とか結んだ訳では無いですが、今はこれで満足しておきましょう。


===


 それからはパーティなどで、スティン兄様と同席すると、婚約者と言う事で必ず隣の席に座ることが出来る様になりました。やっぱり婚約って素敵ですね。席が隣だと自然に話す事が多くなりスティン兄様の事が少しずつ分かって来た気がしていました。そうあの時まで。


 それは私の11歳の誕生パーティの時の出来事でした。私とスティン兄様はいつも通り隣の席に座り、夕食を楽しんでいました。私達の食事の給仕はお気に入りのメイドのミレーユがやってくれています。彼女は良く気が付くし優しいので、私は彼女の事を歳の離れたお姉さんの様に感じていました。そんな彼女があんなミスをするなんて今でも信じられません。

 ミレーユが空いた皿を片付けようとした時です。バランスを崩したのか、横にあったワイングラスを倒してしまったのです。零れたワインが運悪くスティン兄様の服にシミを作ってしまいました。その時私が感じたのは恥ずかしさでした。例えるなら、自慢のペットがお客様の前で粗相をしてしまったのに近いかもしれません。余りの恥ずかしさで頭が真っ白になった私は、


「スティン兄様になんて失礼を、あなたなんてこの屋敷には必要ないわ、今すぐ荷物をまとめて出て行きなさい」


などと思ってもいないことを言って、ミレーユの頬を叩いてしまっていました。直ぐに後悔しましたが、貴族たるもの簡単にメイドに謝ったりしてはいけないと思い、黙り込んでいると、スティン兄様がミレーユを連れて素早く晩餐の会場を出て行ってしまいました。その時私は見てしまいました、スティン兄様が今まで見たことの無いような冷めた目で私を見ているのを。それっきりスティン兄様は晩餐に戻って来ませんでした。執事に確認した所、馬を借りてそのまま帰ってレーネンベルクへ帰ってしまったそうです。


 晩餐はそのまま何も無かった様に進みましたが、私はその間のことをほとんど覚えていませんでした。ただ心の中で何かやってはならない事をやってしまったという後悔だけが渦巻いていました。その晩は嫌な予感がしてあまり眠れませんでした。翌朝目が覚めると真っ先にミレーユがやってきて、昨日の不始末を詫びてくれましたが、私の心は一向に晴れません。そうして、もんもんとしながらその1日は過ぎて行きました。その夜は悪夢を見た気がします。


 そして翌日の朝、目が覚めた途端、ものすごく悪い予感がしました。その予感は午前中の内に現実の物となってしまいました。レーネンベルク公爵家から使者が来て私とスティン兄様の婚約を解消したいと言う申し入れがあったのです。最初お父様からこれを聞いたときは何かの冗談だと思いました、ですがレーネンベルク公爵家からは婚約解消のお詫びとして、相当な額の金貨が送られて来たと聞いたとき、私の目の前は真っ暗になりました。そしてそのまま部屋に駆け込むとベッドにうつ伏せになって何時間も泣きました。その日はそのまま泣きつかれて眠ってしまった様です。


 翌朝目を覚ますと、昨日の事が悪夢であったのを祈りながら、近くにいたメイドにレーネンベルクとの事はどうなっているのかと尋ねると、そのメイドは顔を暗くして「情勢に変化は無いようです」、とだけ答えました。昨日の婚約破棄の話は悪い夢では無かったようです、ですが私にとって、その現実は悪夢そのものでした。私はまたベッドにうつ伏せになって泣いてしまいました。それでも午後になると何とか気力を振り絞って起き出し、お父様に婚約解消の理由を聞きに行きました。お父様によると婚約解消の理由は、私がレーネンベルク公爵家の嫁に相応しくないというものでした。それは私にとって信じられない理由でした、なぜなら私は物心つく以前から、貴族として、そしていずれかは貴族の妻として、それに相応しい教養と立ち居振る舞いを見につけていると密かに自負していたからです。お父様も婚約解消を思い止まるように、レーネンベルク家に交渉してくれているそうですが、それも難航しているご様子でした。

 私は部屋に戻ると、また泣いてしまいました。今までの私の努力は何だったのだろうという、自分の存在意義を疑うような事態に対する悔しさも、一層私に涙を流させます。気が付くとミレーユが食事の乗ったプレートを持って、


「お嬢様せめて食事をなさってください、昨日から何もお食べになっていませんよ」


と食事を勧めてきました。私は、


「食べたくないの」


とだけ、答えました。ですがミレーユは意外と頑固で、


「それでしたら、ヨーグルトとミルクだけでもお召し上がりください」


と更に勧めてきます。気力の湧かない私は諦めて、ヨーグルトとミルクだけを摂りましたが、それ以上は胸が一杯でどうしても食べられませんでした。ミレーユも一応、口を付けたことに安心したのかそれ以上勧めてきませんでした。そしてその日は、ぼーっとしたまま過ぎていきました。でも夜半になると急に涙が溢れてきて、枕に顔を埋めながら咽び泣いてしまいました。


 その翌日も気分が優れないままの起床となりました、気力が湧かず、何もやる気がおきず、そのままでいるとまた泣き出しそうな気分でした。そうしていると突然お母様が、騎士の様な格好をして部屋にやってきました。私がその格好に驚いていると、


「エレオノール、安心なさい、私が直接レーネンベルクに行って、婚約解消を取り消させて見せますから」


とだけ言って、部屋を出て行ってしまいました。ミレーユによるとそのまま厩舎に飼われているマンティコアを駆って、風の様にレーネンベルクに向かったそうです。お母様は確か今妊娠中だったはずです、マンティコアなんて危険な乗り物に乗って大丈夫なのでしょうか?いえ、今はお母様の活躍に期待していましょう。


 その日の夕刻になると、お母様はマンティコアに乗って帰って来られました。服装は騎士の様な格好のままですが、服は土埃だらけでした。何があったのでしょう?


「お母様、その格好、レーネンベルクで何があったのですか?」


「エレオノール、すまない、ラスティンのいや、ラスティン殿の意思は思った以上に固かった、婚約解消を取り消させるのは私にも無理だったわ、ホントに残念だわ、ラスティン殿が我が家の婿に入ってくれれば、我が家も安泰でしょうに」


 お母様の男っぽい話し方に驚きながらも、


「そうですか、お母様が直接お話になってもダメだったのですね」


とだけ、答える事ができました。


「ラスティン殿には1年間ラ・ヴァリエール家への出入をご遠慮いただきました、エレオノール、大丈夫よ男はラスティン殿だけではないわ、貴方の器量ならもっと貴方に相応しい男性ときっと出会えるわ!」


 そう励ましの言葉を残して、お母様は部屋を出て行ってしまいました。最後の希望も潰えてしまいました。もうスティン兄様と私の仲は戻る事は無いのでしょうか?そう考えるとまた涙が溢れてきます。そうしていると、ミレーユが夕食を持って部屋に入ってきました。ミレーユは私がまた泣いているのに気付くと優しく私を抱きしめて、


「お嬢様、明日私がラスティン様にお会いして参ります。元はと言えば私がつまらないミスをしたのが原因だったのですから!命に代えてもなんとか色よい返事を頂いて来てみせます」


と言ってくれました。貴族達に前で、叱り付け、叩くまでした私にここまで言ってくれるなんて、感謝の言葉もありません。ですが、お母様が直接話しに言ってもダメだったのに、メイド1人が行ってもどうにかなるとは思えませんでした。ですが、ミレーユはどうしても行くといって聞きません。仕方なくレーネンベルク行きを許しました。明日はミレーユのレーネンベルク行きの為に馬車を用意させなくてはなりませんね。

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