リッチモンド 本編10話読後にお読みください

第2話 我が家の若様



 皆様お初にお目にかかります、レーネンベルク公爵家で執事を務めますリッチモンドと申します。


 わたくし昔の名前をリッシュと申しまして、トリステイン王国の北東の端にあるデルフセイルという海に面した寒村に生まれました。

 デルフセイルでは漁が盛んでしたが、漁獲量が年々減って行き住民は皆貧困に喘いでおり、男達は遠くの町へと出稼ぎにでておりました。

 わたくしの父も漁で鍛えた腕っ節を買われて、傭兵として様々な戦場を回っておりました。父には年に一度会えれば良い方でしたが、がっしりとした背中を今でも覚えております。母は父にかわり漁に出ておりましたが、やはり収獲は減る一方だったようで、父からの仕送りで何とか生活を維持しておりました。


 わたくしめが丁度7歳になった頃でございました、父が戦場で敵のメイジの魔法で殺されたという知らせを受けたのは。仕送りが無くなり、母とわたくしは極貧の生活を過ごす事になりました。母は無理に漁にでて、終には体を壊し病の床に就いてしまいました。

 生きることに絶望しかけた私達に意外な所から救いの手がもたらされました。父に助けられたという貴族の方の使いがみえて、毎月かなりのお金を援助してくれるようになったのでございます。

 使いの方は、母の体を心配してもっと大きな町へ移り住むことを提案して下さいましたが、母は父との思い出の地を去るのを嫌い、デルフセイルでそのまま暮らして行くことになりました。


 そのまま数年を過ごしましたが、母の病気は治らず、終には母までも帰らぬ人となってしまったのでございます。当時わたくしめは12歳の子供で、親類縁者も居らず途方に暮れておりました。すると件の貴族の使いの方がみえて、わたくしに主の下で働かないかと提案してくださいました。

 わたくしは辛い思い出だけが残るデルフセイルを後にして、その貴族様の下で働く事を決心いたしました。その貴族様というのが、今は亡き大旦那様、前レーネンベルク公爵ベルナール様だったのでございます。


 公爵家で働くと言っても、12歳の子供に出来る事などたかがしれていると思っておりましたが、わたくしが命じられたのは、貴族の子弟が受けるような教育を受ける事でございました。

 そんな状況を不安に思い、使いとして良く訪ねて来ていただいた執事のジル殿に、何度も普通に働きたいと申し出ました。

その度にジル殿は、


「君の仕事は十分な知識と専門的な経験を積んで、一人前の大人になることだよ、ベルナール様がそれを望まれているんだから、余計な心配をせず勉強に励んで成果を見せておくれ、それがベルナール様を一番喜ばせることになるのだから」


といい、決してわたくしめに対する教育を止めることはしませんでした。


 それから5年もたった頃です、一通りの教育を終えた私は今度は専門的な技術を習得する為どんな職業に就きたいかと尋ねられました。その時私は、これほど良くしてくれたベルナール様の恩に報いる為にジル殿のように執事として働きたいと申し出ました。


 これを聞いたベルナール様はわたくしめの手を取って、


「親子2代に渡って私を助けてくれるのか、本当にありがとう」


と言ってくださいました。わたしくしが、レーネンベルク公爵家で働く事を決めたのを記念してベルナール様はわたくしに”リッチモンド”という名前を与えて下さいました。


 それからわたくしは、ジル殿の下で執事見習いとして働くことになったのでございます。わたくしは、当時の次期公爵のテオドラ様付きとなり、お目付け役としての仕事を任されました。大変重要な役目を任されたことになりますが、テオドラ様の気性は穏やかで知性も高く、メイジとしての腕も確かだったので、大した苦労はございませんでした。


 それから十数年があっという間に過ぎていきました。とある事情によりベルナール様は引退して家督をテオドラ様、今の旦那様にゆずり隠棲なさり、それに合わせてジル殿もレーネンベルクを去り、わたくしが屋敷の一切を任されることになったのでございます。丁度この頃、私も妻子をもうけました。


 それから更に十数年が経ち、旦那様に待望の第1子がお生まれになりました。これが、若様、つまりラスティン様でございます。

 前妻のアネット様との間には子宝に恵まれず悲劇的ともいえる死別することになり一時期かなり落ち込んで居られた旦那様も、新しい奥様と始めての息子を得て気力を取り戻した様子でごさいました。


 しかし、幸福な家庭にも急に暗雲が立ち込めることとなったのでございます。3歳を過ぎた頃から、突然若様が謎の病気に罹り、生死の境を彷徨う事となってしまったのでございます。このときは、わたくしめも懸命に看病いたしました。

 聞いたこともない言葉を発しながら、うなされる若様を見ていることしか出来ない自分に怒りさえ覚えた程でございました。あらゆる治療法が試されましたがどれも効果を発揮せず、諦めるしか無いかと思われた時、突然その病気は前触れも無く治ってしまったのでございます。


 病気が完治してしばらくは、あの明るく可愛らしかった若様が暗く沈んでいる様子を何度もお見かけしました。何度か話しかけてみたのですが、何かを悩まれているという事以外は話して下さりませんでした。


 1月もすると悩み事が解決したのか、若様は以前の明るさを取り戻されました。その後、旦那様から若様の悩み事に関して相談を受けたとき、若様が生まれる前の記憶を持っているということを意外にすんなり受け入れられたのは、看病の時に聞いた、知らない言葉を話す若様の声が耳を離れなかったからでございましょう。


 以前の明るさを取り戻された若様は、積極的に勉学と体を動かす事に力を入れ始められました。書庫にある子供向けの本などはあっという間に読めるようになり、知識も大人顔負けなほど貪欲に吸収されて行きました。私も質問されても答えられないことがあるほどです。

 ”らんにんぐ”?と称して屋敷の周りをぐるぐると走り回られるのは、あまり貴族らしくないので控えて頂きたいのです。苦言を申し上げると”健全な精神は、健全な肉体に宿る”などと、仰ってこれもメイジとしての修行だと煙に撒かれてしまいます。世話役兼護衛として雇ったメイジのメイドたちからも、護衛がしにくいと苦情が出てきて頭を悩ませることになっております。


 5歳になった若様は、魔法を習い始めることになりました。コモンマジックを教えるのは、旦那様も教わったマクスウェル元男爵とのことです。

 あの方の魔法を教える腕は確かですが、やり方が常識はずれなので若様が怪我などされないか心配な時間が続きました。

 若様はコモンマジックをほぼ一年で習得されてしまいました。杖契約の時もそうでしたが、若様はメイジとして非凡な才能をお持ちなのかも知れません。


 その後、若様は系統魔法の修行に入られましたが、メイジでは無いわたくしめには分からない苦労を色々された様でございます。土系統魔法の修行と称して、お屋敷の庭にある植物に良く魔法をかけておられました。

 何でも杖の精霊が?植物に不足している栄養素を教えてくれるということで、植物の世話に関しては、庭師の土メイジたちも舌を巻くほどでございました。しかし、杖に向かって話しかけるの姿はあまり人には見せられない物でございます。


 そして、6歳になられた若様は、とんでもない事を始められました。平民メイジを大規模に家臣に取り立て、メイジたちの力で領内の平民達の生活を向上させようとしたのです。

 平民メイジというのは、貴族のご落胤や、没落して爵位をなくした貴族、家督を継げず家を放り出された貴族の子弟、そして彼らの子孫などのことをいいます。今の時代、貴族の家臣として仕えている一部をのぞいて、平民メイジたちは一般の平民にとって厄介者でしかないのです。

 魔法という特別な力を持ちながら、何の権力も持てない彼らは、犯罪に走り易かったのが原因でしょう。その厄介者たちを集めて、一般の平民の為に働かせるという発想は異常とも言えるでしょう。しかもそれを考えたのが、6歳の子供と言ったら誰も信じないと思われます。


 若様の中では、貴族と平民という括りがなく、魔法の力で人々に貢献するメイジと庇護される人々という認識があるのだけかもしれません。貴族としては平民に比較的友好的なレーネンベルク公爵家の中でも異端と言っても過言では無いでしょう。

 しかし、旦那様もわたくしも前世の記憶を持つ若様をただの子供とは思っておりませんでした。


 案の定、若様の計画は、効果の面では大成功でした。しかし、費用の面では公爵家に大幅な赤字をもたらすものでした。公爵領の財政を一手に扱う家臣のセルジュ殿が屋敷を訪れる度に青い顔をしていることから、容易に分かることでございました。


 この財政問題も、若様の発明した新式の剣と盾の王国への納入で何とか解決の目処が立った様です。レーネンベルク公爵家に仕えるものとして一安心といった所ですな。


 若様に関して、一つ心配があるとすれば、同世代の友人がいないという点でしょうか?

 ラ・ヴァリエール公爵家のエレオノール様とは、家柄も年も釣り合うので、かなり親しくされている様ですが、同性の友人がいないというのは若様の人生にマイナスとならなければよいのですが。

 若様がトリステイン魔法学院に入学されれば、親しい友人が出来るかもしれません、それを期待しておきましょう。


 それでは、我が家の”若様”の人生が幸福で有るように祈りながら、ペンを置かせていただきます。

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