第9話 新人3人娘のハンター研修生活

「私が、神埼椿です」


 ハンターズのオフィスで、昨日、実技試験に合格した三人が椿と挨拶を交わしていた。


「すでにサスケさん、キリーさん、翁さんとは面識があると思いますので、紹介は省かせていただきます。それと、この会社にはまだ幾人か仕事に従事していますが、その方たちは折をみてご紹介したいと思います。それでは研修生の皆さん、一ヶ月という短い期間ですが、ハンターズの一員として気を引き締めて仕事に臨んでください。選ばれたあなた方ならば、必ず素晴らしいハンターになれることを私は信じています!」


「わかりました! これから一ヶ月間、よろしくお願いします!」


 相手を鼓舞する椿の言葉に、研修生の三人は、いささか緊張していたものの若者らしく元気のいい声で答えた。


「では、あとはすべて翁さんにお任せしていますので、翁さんの指示に従ってください。――翁さん、後はよろしくお願いしますね」


「分かりました。――じゃ、三人ともわたしの後について来て。まずは、社内を案内するから」


 キリー、サスケ、椿に見守られながら、研修生の三人は大きなボストンバッグを肩に背負い、毬藻の後について二階のオフィスを出た。


 四人がオフィスから出て行くのを見届けてから、椿がサスケに話しかけた。


「サスケさん、翁さんに研修生の教育係りは勤まるのでしょうか……」


 サスケに向けた椿の顔は、不安でいっぱいという感じだ。


「できるできないは別にして、彼女を暖かく見守ってあげましょう。マーモもあれで責任感が強いですし、人当りがいいですから研修生を上手くまとめ上げると思いますよ」


 椿の心配をよそに、サスケは毬藻を信頼しているようだ。サスケが、毬藻の何を見て信頼するのか、椿には不思議であり理解不能であった。


「本当に大丈夫でしょうか……」


 椿の心のうちを察してか、キリーが椿の肩をバシっと叩いて言った。


「椿、お前は心配し過ぎなんだよ。もし何かあったら俺らでカバーしてやればいいだろ? そんなに心配すんなって、平気! 平気!」


「………お二人とも、やっぱり翁さんに甘すぎますよ」


 キリーの言葉にも、不安を拭い去れない椿だった。






 毬藻と研修生の三人は、社内の見学を終えた後、早速、実地訓練が行なわれた。毬藻が実地訓練の場所として選んだのは、会社から近い渋谷公園だった。


 渋谷公園は、東京都の緑地化推進計画による再開発された場所である。もともと地上にあった渋谷駅の高架橋をすべて地下鉄に変更し、駅のあった地上部分の広大なスペースを使って公園が造られた。その公園の中央には巨大な噴水があり、噴水の真ん中に忠犬ハチ公の銅像があることから、通称ハチ公公園とも呼ばれている。


 渋谷の東西南北四つに分かれているエリアを行ききするためには、この公園を通るのが一番の近道なので、公園内に設けられた東西南北の四方に伸びる大きなポプラ並木には、何かの祭りが行なわれているかと勘違いするぐらい、常に人々で溢れている。当然、その中にはブラックリストに載る人物もいる。そのため、ここで網を張っていれば賞金首が勝手に向こうからやって来るので、捕獲訓練にはおあつらえ向きの場所といえるのだ。


「これから捕獲訓練を始めますけど、最初に一言。決して勝手な行動はしないように、いいですね?」


 引率する教師のように言ってから、毬藻は、研修生一人一人に[C・H]の研修用のライセンスカードと携帯端末機を渡した。


「まず、この端末機を使って怪しい人物の顔写真を撮りこんでください。それから警視庁の中央コンピューターにアクセスして顔写真を照合すれば、その人物がブラックリストに載っているかどうか分かるから。それから、捕獲の時にはライセンス・カードをいちいち見せなくていいからね、口頭で十分よ。ライセンスカードは、賞金首を捕まえた後、警察に引き渡すときに必要なので絶対に無くさないでね。無くすと再発行に時間とお金がとってもかかるから、十分に気をつけてね。


 ――最後に、もしブラックリストに載っている人物を見つけても、絶対に一人で捕まえようとはしないこと。これだけは約束して。連絡は、この携帯端末でできるから何かあったら必ず連絡すること」


 毬藻は手短に説明すると、研修生の三人がライセンスカードを専用ケースに入れて大事そうに首から下げたのを確認してから指示を出した。


「じゃ、さっそく始めますか。歩ちゃんとみゆきさんは西の入り口に行って。わたしと菊乃さんは東の入り口に行きますから」


 こうして、ついに研修生たちの訓練が始まった。






 その日の夕方。――初日の仕事を終え、会社に戻った毬藻と研修生三人組を真っ先に出迎えたのは椿だった。


「研修生の皆さん。今日一日お疲れ様でした。大活躍したそうですね。半日で、Cランクのブラックリストを二名、Dランク以下を二十四名も捕獲したのは、本当に見事です。引き続きこの調子でがんばってください。――それから、翁さん。今月のあなたの捕獲数は何名だったでしょうか?」


 研修生を褒めちぎった後、椿が嫌みったらしく聞いてきた。


「……十九名です」


 毬藻は、研修生の前でバツの悪そうに答えた。


「あら? 今月も終わりにさしかかろうとしているのに、まだ十九名しか捕獲できていなかったのですか? これでしたら、翁さんに代えて研修生の皆さんをメンバーに加えたほうが良いかも知れませんね」


 いつも椿は、毬藻を苛めるのを生きがいかのように言葉で攻めて来る。


(くっそー! 椿めぇ、会社の全員の捕獲数をすべて把握しているくせに、わざわざ研修生の前で聞いて来るなんて……)


 椿に嫌みを言われて、毬藻の顔は自然と仏頂面になった。


「研修生の皆さんは、サスケさんやキリーさんのような超一流のハンターを目指してがんばってください。翁さんは、研修生の皆さんと立場が逆転しないようにしっかりするように」


 それだけ言って、椿はオフィスから出て行った。


(見てなさいよ! いつか絶対に見返してやるから!)


 椿の後ろ姿にベー! っと舌を出しながら、心に堅く誓う毬藻だった。






 歩、みゆき、菊乃の研修生活は、あっという間に一週間が過ぎた。


 連日、彼女らはハチ公公園で賞金首を捕まえて大成功をおさめていたが、さすがに賞金首の間で『ハチ公周辺はやばい!』と噂が立ち、ハチ公公園周辺には賞金首の姿が全く見えなくなった。今日は、まだ一人も捕まえることができなかった。いくら良い腕を持っていても、賞金首自体がいないのだから捕まえようがないのである。


 毬藻と研修生三人は、積極的に賞金首を探す様子もなく、ポプラ並木の裏手にある芝生に寝そべりながら、ただ通りを行き交う人々を見るともなく、ボーっと視線をさまよわせているだけであった。


(そろそろ、この場所も潮時みたいね……)


 毬藻が、次の訓練場所をどこにしようかと考えていると、隣で寝そべっていたみゆきが、むっくりと起き上がり少しためらいがちに話しかけてきた。毬藻に向ける顔は、連日、炎天下で働いていたせいで真っ黒だ。


「ちょっと聞きづらいんですけど、毬藻さんと椿さんって仲が悪いんですか? なんか椿さんって、毬藻さんにいつも風当たりが強いって感じがするんけど……うちの気のせいかなぁ?」


 みゆきは人差し指をアゴに当て、首をかしげて考える。


「わたしもそう思いました。毎回、仕事が終って会社に帰ると、必ず毬藻さんを捕まえて嫌みをいっていましたから。毬藻さんは、椿さんに目の敵にされているのではないでしょうか?」


 菊乃も、みゆきと同じように感じていたようで、その疑問を毬藻にぶつけてきた。


「……二人とも、いきなり答えにくいことを聞くわねぇ。ま、はっきりいって椿さんとは仲が良いって感じではないわね……。わたしが仕事でヘマばっかりやって会社のお荷物になっているから、椿さんに嫌われてもしょうがないわよ。なんせ研修生にやられちゃう弱っちぃハンターだからね。あはははは」


 毬藻が自分を卑下して笑ながら言うと、


「毬藻さんは、弱くなんてありませんよぉ! 闘ったボクが一番良く分かります。実際、毬藻さんとのあの試合だって、キリーさんが割って入ってくれたから無事で済んだんですよぉ。そうじゃなかったら、ボクは大変な目にあっていたんですから!」


 歩が突然強い口調で反論して、試合の時の様子を毬藻に説明した。


「……ふーん、そうだったんだ。でも、わたしは意識を失っていて覚えてないから、負けたこと変わりないわよ。それにハンターズのメンバーの凄さを見れば、わたしがいかにお荷物だかわかるはずよ」


「キリーやサスケさんの凄さはわかりますよ。でも、毬藻さんの実力はこんなものじゃないですよぉ。毬藻さんは、自分が思っている以上に凄い才能を秘めてますぅ! 椿さんはそれに気がついていないだけですよぉ!」


 歩が熱く訴えかけるように話すが、毬藻は同情されているようで情けない気持になっていた。


「歩ちゃんは、わたしのことを買い被りすぎ。わたしに秘めた才能なんてないから……」


 毬藻の言葉に歩が『そんなことない!』と言おうとした時、菊乃が話に割ってきた。


「毬藻さん、ここで一つ提案があるのですが。この場所も賞金首の捕獲が困難になってきましたから、この辺で別の場所へ移動してみてはいかがでしょうか?」


「あら? わたしも今、そう思っていたところなのよ」


 毬藻も菊乃の提案に相槌を打った。


「そこで思い切って、もう少し上位クラスの賞金首がいる場所に移動してみるのはどうでしょうか? そこで上位クラスの賞金首を大勢捕まえて結果を出しさえすれば、少しは椿さんを見返すことができると思いますが?」


「気持ちはうれしいけど、今は、あなた方を訓練することが最優先よ。その提案は受け入れられないわ」


 毬藻は、きっぱりと菊乃の提案を断った。


「じゃあ、わたしたちの訓練っていうことでやればいいんじゃないかなぁ?」


 歩の素朴な質問に、みゆきが手をぽんっと叩いて頷いた。


「そうだよ。どのみち移動しないといけないんだがら、そこで訓練をしながらついでに手柄を立ててもらえばいいよ。善は急げだ! さあ、早く行きましょう!」


「でも、やっぱりまずいわよ……」


 毬藻が研修生の積極的な態度に押されて迷っていると、みゆきと菊乃は毬藻の両腕を引っ張り、歩が背中を強引に押して連れて行った。


「うーん、ホントにいいのかなぁ……」


 上手に言いくるめられた毬藻は、不安を感じつつも研修生三人に引きずられるように次の訓練地に赴いた。

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