第7話
さっそくキリーの開始の合図で、毬藻の教官としての実技試験が始まった。
毬藻はGクラスの下級ハンターであるが、毎日、キリーとサスケというSクラスのハンターに鍛えられていることもあって、全国から選りすぐりのハンターの卵たちに対して、後れを取ることはなかった。
会社では、下っ端の失敗ばかりのダメダメハンターだが、今日に限っては、現役ハンターの強さを見せつけていた。初めは緊張して動きがぎこちなかったものの、生来お調子者の毬藻は、大勢の観客が見ていることもあって、試合を重ねるごとに動きが良くなってきた。
(あー、気分いい! サイコー!)
毎日、会社で苛められっぱなしの毬藻は、ここぞとばかりに日頃のストレスを学園生にぶつけていた。ストレスのはけ口となった生徒たちは、次々と毬藻にやられていき、とうとう実技試験も最後の一試合となった。
最後の試合に臨んだのは、試合前、甲賀みゆきと一緒に組み手をしていたもう片方の小柄な少女だった。遠くで見ても小さく幼く見えたが、近くで見るとより一層幼く見えた。
(この子、ホントに高校生なの?)
毬藻が珍獣を見るように物珍しそうにその子を見ていると、髪の毛を後ろで三つ網にした女の子は、愛くるしい笑顔を毬藻に向けて、ちょっと舌っ足らずな、でも元気な声で挨拶をしてきた。
「特殊技能科一年の伊賀野歩ですぅ! よろしくお願いしますぅ!」
「あっ、よろしくね」
歩のつぶらな瞳にじぃーっと見つめられて、なぜか毬藻は照れて顔が赤くなってしまった。
審判役のキリーは、二人を試合場の中央に立たせると、大声で言った。
「そんじゃ最後の試合だから気合入れてやれよ! ――では、始め!」
キリーの合図で実技試験最後の試合が始まった。
毬藻は、目の前にいる可愛いらしい少女が、厳しい選抜と訓練をパスしてきたとはどうしても信じられなかった。高校生というより、まだランドセルを背負って小学校に通っている方がよっぽど似合っていると思えた。だが、すぐに人を外見で判断することの愚かさを、毬藻は思い知らされることになった。
キリーの合図を機に、歩の攻撃が始まった。小柄な体格からは、想像もつかないほどの強烈な蹴りが、いきなり毬藻の顔面を襲ってきた。
「くうっ! こ、この子強い!」
首を傾けて辛うじて歩の蹴りをかわしたが、蹴りが毬藻の頬をかすって赤い筋が浮き上がらせた。さらに、しなる鞭のような蹴りが、次々と毬藻のガードする腕や脚を叩きつけた。
「にゃろー!」
防戦一方の毬藻も、歩の蹴りをスウェーバックさせて顔面すれすれで避けながら、体重の乗った重い回し蹴りをお見舞いした。
毬藻の本気の蹴りであったが、歩は毬藻の重い蹴りを難なく受け止めた。蹴りと同じ方向に体を移動させることによって力を吸収したのである。
「マジ!」
毬藻は、ビックリして思わず声を上げた。自分より頭一つ分も小さくて華奢な女の子に、なぜこれほどのパワーとスピードがあるのか不思議だった。
「強いわね!」
毬藻は、歩の突きをかわしながら思わず誉めた。素直にそう思ったからだった。
「ありがとうございますぅ!」
誉められて笑顔になる歩に、毬藻がピシャリと言った。
「でもね、現役のハンターの実力がこんなもんだと思ったら大間違いだからね! 本気でいくわよ!」
毬藻は体勢を低くしながら飛び込み、床に片手をつきながら歩の足を払った。それを飛び上がってかわす歩に、毬藻は、逆立ちになりながら蹴りを放った。
毬藻の蹴りが歩のガードした腕に命中すると、体重の軽い歩の体が宙に浮き上がった。しかし、歩は、空中で体をうまく捻って見事な着地を見せた。
着地した瞬間、無防備になった歩に、毬藻はさらに攻撃を加えた。左右のローキックを連続して叩き込み、歩の意識を下に向かせてからの右の高速ハイキックを打つ。歩は、なんとか両腕でガードしたが、今の攻撃で腕が赤く腫れあがった。歩も痛みで顔をしかめている。
「やるわねぇ、今の攻撃をすべて凌ぐんだから。普通の奴ならぶっ倒れているところよ。でも、さすがに今の攻撃は効いたでしょ。どう?もう降参する?」
毬藻は、相手が降参なんかするわけがないと思いつつも、一応、聞いてみた。
返事はなかった。返事が無いかわりに歩は鋭い眼光で睨み返し、構えをとった。外見に似合わず、ハートだけは人一倍タフなようだ。
「やっぱり降参する気はないわよね……。仕方ない、最後までお付き合いしますか」
毬藻は、改めてファイティング・ポーズをとった。
『翁先生、かっこいいー!』『歩! がんばってー!』『歩! ファイト!』。二人の闘いを観戦していた学園生たちは興奮し、応援も白熱してきた。
黄色い声援が飛び交う中、静かに見守る者たちがいた。サスケと、その両隣にいる先ほど善戦したみゆきと菊乃であった。
「うわっ! 歩が、あそこまで追い込まれるのを久しぶりに見た! ハンターズの皆さんは強いって聞いてたけど、ここまで強いとは思っても見なかったなぁ……でも歩が本領発揮すんのは、ここからよ。ちっちゃい時から滅茶苦茶しごかれてきたあいつの実力は、こんなもんじゃないからね」
みゆきは、胡座をかいて座っている自分の膝をバシッと叩くと、誰に言うでもなく一人呟いた。
みゆきの独り言を聞いていたサスケが、見ていた試験用の個人データをパタンと閉じてみゆきに尋ねた。
「――みゆきさん、あなたと歩さんは同じ武術を習得しているようですね。資料には詳しく載っていないのですが、“六道術”とはどのような武術なのですか?」
みゆきは歩と毬藻の試合から目を離さずに、サスケの質問に答えた。
「うちと歩は従姉妹同士で、お互い流派は違いますけど忍の技を代々受け継いでいます。六道術は、天・地・修羅・獣・鬼・地獄の六つの法に分かれていて、それぞれの法からなる技は、人を死の道へといざなうためにあみ出されてきたと言われています。――幼い時から仕込まれてきたのがそんな人殺しの技なもんで、『野蛮な技を身に付けている人は、帝都学園に入学できません』なんていわれると困るので単なる古武術ってことにしといたんです」
「そうでしたの。道理で他の人とは動きが違うと思ったわ。――菊乃さんも資料に書かれていませんが、当然何か武道をやっているのでしょ?」
そばにいた菊乃は、急に話を振られて口ごもってしまった。
「えっ? は、はい。わたしも似たようなものです。詳しいことは口止めされているので、ちょっとお教えすることができないんです……本当に申し訳ありません……」
本当に済まなそうにしている菊乃を見て、サスケは笑顔を向けながら、
「ふふふ、話せないのならそれでもいいですわ。人の事情はそれぞれ、それを事細かく詮索するつもりはありませんし、質問に答えないからといって実技試験を不合格にすることもしませんから。わたしがこの実技試験で一番知りたいのは、個人の能力、それだけですから。――それにしても古武術というものは素晴らしいですね。歩さんの動きは無駄がなく精錬されています。余程、幼い時から厳しい訓練を積んできたのですね。でも、数年前まで素人だったのうちの毬藻が、古武術に秀でた者と対等に闘っているということは、私としても嬉しい限りです」
そう言って、サスケは感慨深げに試合場で闘う毬藻を見つめた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
間合いを開けて様子を見ていた歩が、急に奇声を発しながら毬藻に突っ込んできた。
「げっ! 何これ!」
毬藻は、突然の出来事に面を喰らってしまった。毬藻に向かってきた歩の数が、三人に増えていたからだ!
「伊賀六道術・天の法、『陽炎』!」
三人の歩は、毬藻の真正面に一人、左右に一人ずつに分かれ、毬藻を囲むようにして攻撃してきた。
「うわ!」
怯んでいる毬藻に、正面にいる歩の右拳が襲ってきた。毬藻は、かろうじて左腕でガードしたが、右手にいた歩の蹴りが頭を掠めた。驚いて後ろに跳び下がると、左手にいた歩の蹴りが、まともに毬藻の脇腹に入った。
「ぐあっ!」
内臓がひっくり返るような痛みで息が詰まり、毬藻の動きが止まってしまった。三人の歩は、その一瞬の隙を逃さなかった。
三人の歩のパンチが、毬藻の顔面に三方向から同時に炸裂した。殴られた毬藻は、後ろに吹っ飛ばされて尻餅をついた。
「痛ったー! あたしの顔をマジで殴ったわねぇ!」
口からにじみ出る血を手の甲で拭くと、獰猛な野獣が牙をむいて獲物に襲いかかるように、毬藻は三人の歩に猛然と襲いかかった。
毬藻の振り上げた拳が歩の顔に見事に命中したと思われたが、すり抜けてまったく手ごたえが無かった。見ると、打ち抜いたと思った歩の顔が、ゆらゆらと揺れて消えかかっている。
「いかんよ、歩! その技を使っちゃ!」
サスケの隣で胡座をかいて休んでいたみゆきが、突然立ち上がり大声で叫んだ! しかし、その声は歩に届かなかった。
空気に溶けるようにして消えた歩が、突然、毬藻の目の前に現れた。
(やばい!)
歩の発する殺気危険を感じて、毬藻が飛び退ろうとした時、
「伊賀六道術・天の法、『吹雪』!」
歩は、毬藻の顔に向けて鋭く息を吹きかけた。息が、勢いよく放たれた空気の矢となって毬藻の両目を打った。強烈な痛みのせいで、目の前が白く霞がかってしまった。歩は、うろたえる毬藻の懐に飛び込むと右足の甲を強く踏みつけ、逃げられないように毬藻の動きを止めると、自分の拳を毬藻の鳩尾に持っていった。
ゾクッ! と、なんともいえない寒気が毬藻の背筋に張り付いた。その瞬間、電に撃たれたかのような衝撃が全身に走り抜けた。
「ぐわっ!」
毬藻の口から血が勢いよく噴き出すと、腹部から頭に突き抜ける激しい痛みのせいで意識が遠のいていくのを自分でも感じられた。
「伊賀六道術・天の法、『雷皇』!」
歩がそう呟くと同時に、毬藻の膝がガクリッと落ち、歩に寄りかかるようにして倒れた。毬藻の口から吐き出された血が、歩のTシャツの肩口を赤く染め上げていく。
その様子を見ていた生徒全員が、呆然と立ち尽くし、会場がしーんと静まり返った。
「あっちゃー! 歩のやつ、あれほど危険な技は使うなっていってんのに使いおってぇ! こらぁ、歩のあほー! あんた教官をマジで殺す気かー!」
みゆきが額に手を置いて天を仰ぐと、歩みに向かって大声で怒鳴った。
歩は、肩でハアハアと息を荒げながら、立ちすくんでいた。毬藻は気を失ってしまったのか、歩にもたれかかりながらピクリとも動かなかった。
「あーあ……毬藻のバカ、マジで訓練生にやられちまったよ。まったく情けないったらありぁしないねぇ……」
キリーは、ブツブツと文句を言いながら、気を失って歩にもたれかかる毬藻に大声で怒鳴った。
「こらぁ! マーモ! 起きんかーい!」
キリーが大声で怒鳴った、その時! ――毬藻の体が反射的にビクっと震えると、今まで微動だにしなかった毬藻が、いきなり歩のシャツの襟を掴んで投げ飛ばした。
歩も勝負がついたと思って油断していたこともあって、受身も取れずに床に叩きつけられた。痛みに顔を歪ませながら起き上がってきた歩に、さらに毬藻の強烈な裏拳が顔面に入った。歩は、吹っ飛ばされて床にごろごろごろっと転がった。その転がった歩の頭を踏みつけるように、毬藻は蹴りを出したが、歩はとっさに横に飛びのいた。
毬藻の異様な雰囲気に気がついた生徒たちが、ざわめき出した。
(翁教官……雰囲気がなんか違うよ……)
歩も何かおかしいことに気づいていた。今の毬藻の蹴りは、明らかに殺気が込められており、避けていなければ頭を潰されて大変なことになっていたからだ。
見ると、毬藻の目が血走って真っ赤になっており、後ろでまとめていた髪がほどけ静電気を帯びたように逆立っている。
「フー、フー、フー、フー………」
興奮した獣のような息使いが、毬藻の口から漏れている。獣が獲物を探すように、毬藻が周囲を見回した。
「ガアァァァッ!」
毬藻の血走った目で数メートル先に倒れこむ歩を睨みつけると、怒り狂った獣のような咆哮を上げて襲いかかった。
「キリー! マーモを止めて! 正気を失っています!」
サスケが叫ぶよりも前に、キリーは行動を起こしていた。
片膝をついて荒い息を吐いている歩の顔を、毬藻が殴りかかろうとした時、間一髪でキリーの手刀が毬藻の首筋を捕らえた。歩から逸れた毬藻の拳が『ブンッ』うなりを上げて空を切ると、毬藻は、そのまま床に崩れ落ちるようにして倒れていった。
サスケが、急いで毬藻のところへ駆け寄った。一緒に、みゆきと菊乃も試合場に上がる。
キリーが毬藻の体中を撫でるように触ってケガの有無を確かめた。
「……大丈夫だ」
キリーはそう言うと、毬藻をひょいと抱きかかえ、そばに控えていた医療班と一緒に会場から出て行った。
サスケはキリーを見送った後、呼吸を激しく乱し、汗だくになっている歩に近づいて優しく声をかけた。
「あなたも医務室に行ってらっしゃい。受けた傷も心配ですし、大技を使って疲労も激しいようですからね」
サスケはみゆきを呼び寄せ、歩を医務室に連れて行くように指示を出した。
「皆さん! 集合してください!」
みゆきの肩を借りて試合会場から出て行く歩の姿を見届けた後、サスケは、学園生に実技試験の終了を告げた。
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