第6話
そんな実力を発揮できぬ生徒が多い中、一人の生徒は、怯える様子も無く、キリーと向かい合っていた。さきほどキリーが目をつけた袴姿の女子生徒であった。
(ほう……)
キリーは、その落ち着き払った態度に感心した。自然体で立つその姿には、隙が見られなかったからである。
「特殊技能科一年、静院菊乃です。よろしくお願いします」
その女子生徒は、両膝をついて礼儀正しく頭を垂れた。
サスケの合図で試合が始まると、キリーと静院菊乃の間に張り詰めた空気が充満した。落ち着きを払っていた菊乃の顔も、キリーと対峙して緊張した面持ちになっている。
「おい、攻めてこないのか? 攻めないと実技試験になんねーぞ」
キリーが煽っても、菊乃が焦って攻撃を仕掛けることはなく、距離をとってキリーの隙をうかがっている。
「来ないんだったら、こっちから行かせてもらうよ!」
このままだと埒が明かないと見るや、キリーが先制攻撃を仕掛けた。
キリーは一気に間合いを詰めると、右ストレートと見せかけて菊乃の道着の奥襟を掴み、そのまま投げ飛ばそうとした。しかし、菊乃は、体を捻って奥襟を持ったキリーの腕を逆に掴んで、一本背負いの要領で投げた。投げられたキリーも自ら飛んで投げの威力を消しつつ、空中で反転して簡単に着地した。
「おおおっ!」
今まで誰もキリーに触れることもできなかったのに、菊乃がキリーを掴んで投げたことで、生徒たちの間にどよめきと歓声の声が湧き上がった。
「おっ、なかなかやるじゃねえか。そんじゃ、ちょっとばかし本気を出すぞ!」
その言葉を聞いて、菊乃が身構えた。
『ブン』という空を切り裂く音と共に、振り上げられたキリーの踵が菊乃の脳天に襲いかかった。菊乃は、咄嗟に横っ跳びしてかわしたが、キリーは追い討ちをかけるように、連続して蹴りを繰り出した。
鞭のように襲いかかって来るキリーのしなやかな横蹴りが、脇腹に食い込んだと思った瞬間、菊乃はガードした腕でキリーの足を取って、体ごと巻き込むように回転させながら寝技に持ち込もうとした。
菊乃は、キリーが倒れたところへ、足首の関節を極めた姿を想像して勝利を確信した。だが、キリーは倒れることなく、菊乃を足にぶら下げたまま平然と立っている。それだけでなく、そのまま足を振り回して菊乃を投げ飛ばしてしまった。
「痛っ!」
キリーの常識外れの攻撃で床に打ちつけられた菊乃は、背中を強打したために、一瞬、息が詰まり動きが止まってしまった。キリーは、その一瞬を見逃さなかった。すばやく菊乃の背後に回り、右腕を菊乃の首に絡めてスイーパーホールドを極めた。万力のようなキリーの締めに、菊乃の首の骨が軋んだ。
「勝負あり!」
菊乃の色白の細い首が折れる前に、サスケが試合を止めた。
キリーは、喉を押さえ、激しく咳き込む菊乃に手を差し伸べ、助け起こして言った。
「なかなか良かったぞ」
学園生たちは、善戦空しく敗れた菊乃に対し、惜しみない拍手が贈られた。
菊乃が万雷の拍手に包まれながら、キリーに支えられて試合場からゆっくりと降りて来ると、すぐにペタンと床にへたり込んだ。ほんの数分間の闘いであったが、心身ともにヘロヘロになっていたからだ。菊乃は、自分の横にいるキリーを仰ぎ見ながら思った。
(この方は強すぎます……)
以前からキリーとサスケの二人の強さは噂で聞いていたが、自分が子供のようにあしらわれるほど強いとは、正直思っても見なかった。菊乃は、改めてこの偉大な女性ハンターに尊敬の眼差しを向けていた。
菊乃が試合を終えると、今度は、サスケが試合場に上がった。力のキリーに対して、スピードのサスケ。超一流のハンターの闘いに生徒の注目がさらに集まった。――早速、キリーの審判で試合が開始された。
前評判通り、サスケの動きは素晴らしかった。人がここまで速く動けるものなのかと驚嘆させるほどのしなやかで素早い動きは、生徒たちを翻弄させ、向かって来る者を次々と倒していった。
目で追うのがやっとなサスケの動きを見て、誰も太刀打ちできないと思われた中で、一人だけサスケの素早い動きに反応できる生徒がいた。先ほど、試合場の横で組み手をやっていた二人組みの一人であった。髪を茶色に染めた女子生徒で、すらっとした細身の体からは想像もできないほどの力強い動きを見せてくれた。
「特殊技能科一年、甲賀みゆき。よろしくおねがいします!」
ハキハキした口調で挨拶をすませると、みゆきは開始の合図と同時に仕掛けていった。
左右の鋭い突きから足払い、かわすサスケにさらに鋭い突きを繰り出す。サスケもみゆきの攻撃を上手に受け流しながら、反撃のチャンスを伺った。みゆきの怒涛の攻撃も素晴らしいが、それを見切っているサスケも素晴らしかった。
「みゆきちゃーん! がんばってー!」
外野の黄色い声援が館内に飛び交う。その声援に応えるかのように、みゆきの攻撃が鋭くなった。
「甲賀六道術・地の法、『舞扇』!」
みゆきは手刀を固め、まるで舞を踊るかのごとくに鋭く振り回した。
手刀の攻撃がサスケの衣服をかすめると、まるでナイフで切られたような切れ込みができた。
みゆきはサスケの動きを先読みして、手刀の渾身の一撃をサスケの死角から放った。これは絶対に避けきれないとみゆきが思った瞬間、サスケの姿は消えていた。代わりに、みゆきの背中に鋭い痛みが走った。サスケが、もの凄い速さで体を入れ替えて背後に周り、みゆきの背中に拳を突き入れたのである。
『ぐほっ』と、肺から絞り出された空気が口から飛び出てきたが、それでもみゆきは、背後にいるサスケに上段後ろ回し蹴りを見舞った。サスケは体を沈めて蹴りをかわすと、みゆきの軸足を払って転倒させた。みゆきは、右手をついてくるりと体を反転して立ち上がると、気合とともにサスケに向かって勢いよく飛び上がった。
「甲賀六道術・天の法、『空旋』!」
みゆきは宙に飛び上がったままで左回し蹴りを出し、すかさず右の後ろ回し蹴りを放つ。さらに体を独楽のように横回転させて、立て続けに左回し蹴りをサスケに放った。まさに渦巻く風のように、みゆきの蹴りが空気を切り裂いてサスケに襲いかかった。
しかし、サスケは、みゆきの攻撃を紙一重で見切り、すべてをかわし切った。だが、みゆきの攻撃はそれだけではなかった。体が重力に従って落ちるのを無理やり蹴りの勢いで殺し、みゆきは体を捻って、サッカーでいうオーバーヘッド・キックの要領でサスケの頭上から蹴りを叩き込んだ!
ガツッ! と、鈍い音が会場に響く。
今まで触れることさえ出来なかったみゆきの蹴りが、頭の上でクロスしたサスケの腕を叩いていた。さすがのサスケも最後に繰り出したみゆきの蹴りは、かわしきれなかったようだ。
会場に『おお!』という歓声とも取れるどよめきが起こったのもつかの間、サスケは蹴りをガードするのと同時に、その蹴り足を掴んでみゆきを背中から床に叩きつけると、仰向けになって倒れたみゆきの顔面に鋭い突きを放った。みゆきの鼻先すれすれに寸止めされたサスケの拳に、みゆきの荒い息がかかる。
「………参りました」
鼻先に突きつけられたサスケの拳を見て、みゆきは悔しそうに降参した。
「あなたの技、素晴らしかったわ」
サスケは微笑みながら言うと、腰を押さえて苦しそうにしているみゆきを助け起こして、一緒に試合場から降りた。
その時、ニ人を割れんばかりの歓声と拍手で迎えられた。見ると、いつの間にか場内にある客席は、試合があることを聞きつけて、こっそり授業を抜け出してきたイベント好きの生徒たちで溢れかえっていた。生徒たちはいつ作ったのか、サスケやキリーの名前入りのボードや旗を用意して、それを思い思いに振りかざしてサスケたちを応援していた。
黄色い歓声に包まれながら試合場から降りてきたサスケが、苦しんでいるみゆきの背中をさすりながら、毬藻に向かって言った。
「マーモ、試合場に上がって。次は、あなたの番よ」
毬藻はポカンとした顔をサスケに向けた後、ビックリして聞き返した。
「え? ――ええっ! わたしがやるんですか!」
「これもいい経験よ。さあ、がんばってきなさい」
(物見遊山の気分でいたのに、まさか試験官として試合するなんて……こんなの、聞いてないよー!)
サスケは有無を言わせずに毬藻を試合場へと行かせた。
(はぁぁぁ、どうしよう……なんか緊張してきた……)
毬藻はグループを三つに分けた時に嫌な予感はしていたのだが、その嫌な予感が現実なものになるとは思ってもみなかった。毬藻の試合場に向かう足取りは重く、顔が強張っていくのが自分でも分かった。
その様子を見て、キリーが毬藻の頭を平手でスパーンと叩いた。
「あほっ! お前が緊張してどうするんだよ。そんなことだと相手に足をすくわれるぞ!」
キリーの突っ込みに、会場からどっと笑い声が上がった。
(は、恥ずかしい…・・・)
毬藻は、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤になりながら、試合場に向かった。試合場に上がると、キリーに派手に叩かれたのが良かったのか、緊張もほぐれ、リラックスした状態で試合に臨むことができた。
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