第5話

 男子生徒は、険のある目つきでサスケたちを睨みながら、不満そうに尋ねてきた。


 その生徒は、身長が一九〇センチ以上もあり、目の前に立つ長身のキリーよりも拳一つ分は大きかった。それも、ただ体が大きいだけでなく、肉厚で、Tシャツの上からでも筋肉が盛り上がっているのがわかるほど、ガッチリした体格の持ち主であった。


 生徒の無礼な態度に、アリノ先生が顔を青くして生徒を叱りつけようとしたが、それをサスケが手で制した。


「試験官は私たち三人だけですが、それがどうかしましたか?」


 サスケが、落ち着いた物腰で対応すると、


「そいつは困ったなぁ。授業で教わるのも女だし、実技試験官も女。それに実技試験に合格したら、あんたたちの所で研修を受けるんだろう? 俺は、女に教わるなんてもうウンザリしてんだ。俺は、もっと腕っ節の強え男に教わりたいんだよ」


 その生徒の言葉は、明らかに女性を蔑視している物の言い方だった。


「東君! その態度はなんですか! 試験官に謝りなさい!」


 試験官に対して反抗的な態度に、アリノ先生は、堪りかねて厳しい口調で怒った。


「アリノ先生、いいんですよ。――東君といいましたか? なぜ、あなたはそのように思っているのですか?」


 サスケは、顔を真っ赤にして激怒しているアリノ先生をなだめながら、その生徒に尋ねた。


「女は、腕力も体力も他のすべての能力も男に劣っている。これは周知の事実だ。俺は、これ以上自分より劣っている奴に教えてもらう気はないし、能力ない奴に俺の力を推し量ってもらいたくはないんだ。――それに、いくら実技試験だからといって、女教官と対戦して勝って合格しても全然嬉しくねえよ」


 彼の言葉は、サスケたちだけにではなく、サスケの隣にいるアリノ先生に向かって言っているふしがあった。多分、華奢なアリノ先生が実技を教えることに対して、いつも不満に思っていたのだろう。言動に、アリノ先生を見下しているがありありと見えた。


 アリノ先生は唇をきつく噛みしめ、目の前にいる教え子を睨むように見ている。


「あなたの言いたいことは分かりました。でも、あなたが私たちと試合をして絶対に勝つとは限りませんよ」


 サスケがそう言うと、東は、吐き捨てるように言った。


「この俺が、女と試合して負けるっていうのか? ふざけるなよ。女ごときに何ができるっていうんだよ」


 それを聞いて、それまで大人しくしていたキリーがいきなりぶち切れた。


「テメー、何様のつもりだ! 試合場に上がれ! テメーがどれだけ世の中を舐めてるか、この俺が教えてやる!」


 キリーはそう言うと、上着を脱ぎ捨てさっさと試合場に上がった。


「ちっ、俺は、女と試合をしねえっていってんのによぉ……まったく、血の気の多い姉ちゃんだなぁ……」


 キリーの見事なぶち切れっぷりに、東は呆れて笑った。


 サスケはファイルをめくって東の個人データに目を通してみた。


「――全日本空手選手権大会高校生の部で二年連続のチャンピオンですか、すごいですね……。あなたが強いのは分かりました。では、こうしましょう。あなたがうちのキリーに勝ちましたら、無条件で[C・H]のライセンスを差し上げましょう。それから腕利きの男性ハンターの所で研修ができるように手配します。それでしたら納得していただけますか?」


「……しょうがねえなぁ。その条件だったら試合をしてやるよ」


 東はサスケの条件にしぶしぶ従って、キリーの待つ試合場に上がった。


「手加減しますんで、心配しないでくださいよ」


 東が、キリーに生意気な口をきくと、


「俺は手加減しねぇ! その減らず口が二度ときけねぇように、テメーをぶちのめす!」


 キリーが指をバキバキ鳴らして東を睨みつけた。


 審判役を買って出たサスケの澄んだ声が、ホール内に響いた。


「それでは、これから実技試験を始めたいと思います。両者、中央に――お互いに礼!」


 特殊技能科の生徒が見守る中、ついに実技試験が開始された。緊張感が試合会場に走る。


「そんじゃ、行きますよ」


 そう言って、東の方から攻撃を仕掛けた。軽く前後にステップしてキリーとの間合いを計っていると、いきなり上段回し蹴り、反転して後ろ回し蹴り、また上段と見せかけてからの下段への変化した蹴りを放った。空手の全日本学生チャンピオンというだけに、東は、素晴らしい動きを見せた。だが、キリーは、それらすべての攻撃を楽々かわしている。


「思ったよりやるじゃねえか」


 東はキリーの素早い動きに驚いていた。それで相手の動きを封じこめるために、集中的にボディを狙った攻撃に切り替えた。この辺の格闘センスはさすがであった。


 東の連続攻撃によって、試合場にブンという風を切り裂く音が続いた。普通なら、その迫力ある風切り音を聞いただけで足が竦んでしまうのだが、キリーは、余裕の表情を浮べている。


「チッ! ちょこまかと逃げ回りやがって……」


 東は、自分の攻撃がかすりもしないことに、次第に苛立ってきた。それを見てキリーは、東の攻撃をかわしながら挑発する。


「オメ―、女は、腕力も体力もすべての能力が男に劣っているっていってたよなぁ。おい、それを早く証明してみせろよ!」


 キリーは、攻撃を軽い動きでかわすのを止め、足を止めて両の手を開いて前に突き出した。男の東に対して力比べをするつもりだ。


「俺と力比べだとぉ? なめんじゃねぇぞ! あとで後悔しても知らねぇからな!」


 キリーの手をガッシリと掴み、力勝負に挑んだ。


 誰もが、体格の良い東が力比べでは有利と思っていた。身長では拳一つ分の差だが、体重では倍ほどの差があるからだ。だが組んだ手が反り返って、膝を落としたのは東の方であった。


「おい! 女は腕力がないっていってたんじゃないのかぁ?」


 キリーが笑いながら相手を小馬鹿にした口調で言う。


「くそぉぉぉ!」


 東は顔を真っ赤にして力を込めたが、キリーの指が手の甲に食い込み、自分の手首の骨がミシミシと折れそうになる音を聞いた。


 力負けした東は、苦し紛れにキリーの腹部に頭突き入れた。


「がはっ!」


 頭突きがキリーの腹部に当たる前に、キリーの強烈な右膝が東の顔面にめり込んだ。


 東は、血を吐いて仰向けになって倒れ、吐き出た血の塊には、折れた白い歯が何本か混じっている。


 すぐさま倒れる東に、キリーが馬乗りになった。


「おら! お前にいわせれば、女は無能で弱い存在なんだろ! 悔しかったら反撃してこい!男は強いってとこを見せてみろ!」


 東は、両腕に力を込めて自分の上に乗っかっているキリーを押しのけようとしたが、キリーは東の両腕を両足で挟むようにして押さえ込み、顔から腹にかけて情け容赦なく殴りつけた。キリーが殴りつけるたびに、試合場の白いマットが血飛沫で赤く染まっていく。東の鼻が折れて真ん中から右に曲がり、両目がこぶのように腫れ上がった。


「……もう、勘弁してくれ…………許してくれ……許して……」


 前歯の無くなった口から、許しを乞う言葉が途切れ途切れ聞こえて来るが、キリーの殴りつける手は一向に止まる様子はなかった。審判であるサスケも、その光景を冷ややかに見ているだけで試合を止める様子を見せなった。


 会場には、ゴツ、ゴツ、ゴツっと東を殴るキリーの拳の音が鈍く響いていた。あまりにも凄惨な状況に、女子生徒の中には、短い悲鳴を上げ、目を手で覆い隠す者もいた。


「止め!」


 サスケの制止の声で、やっとキリーの動きが止まった。試合場には、見るも無残な東の姿があった。東の生意気そうな顔がゴムボールのように腫れ上がり、歯もほとんど抜け落ちていた。当分は流動食しか口にできないだろう。


 アリノ先生が急いで試合場に上がって、自分を敵視していた男子生徒の安否を気遣った。


「医療班! 救急車を呼んで!」


 アリノ先生が叫ぶと、待機していた医療班が来て、顔面血だらけになって失神した東を担架に乗せて会場の外に運び出していった。


 後に残ったのは、試合場の血溜まりと、恐れおののく生徒たちとの気まずい雰囲気だった。雑用係の生徒が、試合場の血溜まりをモップで拭き終わると、


「では次の方、試合の準備をしてください」


 サスケは、何事も無かったように実技試験を再開した。毬藻は、生徒たちの動揺する様子に、自分もオロオロするばかりだった。


 キリーが巨漢の男子生徒をボッコボコにしたのを見た後である。次に試合を控えている女子生徒は、顔が真っ青になって今にも泣き出しそうであった。


「あれぐらいでビクついているようだったら、ハンターになろうなんて思わねえほうがいいぞ。時には、もっと酷い目に遭うんだからな。――ほら、後が詰まってんだからさっさと試合場に上がんな」


 試合場で体を解しながら、キリーは次の対戦者を急かした。


 次の対戦者は、キリーを怒らせた男子生徒を恨み、キリーと対戦する自分の運の無さを嘆きながら試合場に上がる足取りは、相当、重かったはずである。


 生徒一人の持ち時間は五分。その短い時間内に試験官と戦って自己アピールしなければならないのだが、さっきの凄惨な試合を見た後では、満足のいく結果を出せるはずはなかった。生徒たちは怯えてしまって、試合内容はボロボロで散々な結果だった。生徒たちは、自分の持ち時間を消化する前に、次々とキリーに倒されていった。

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