第4話 私立・帝都学園

「うっわー! おっきいー! 話には聞いてたけど、こんなに大きな建物だとは思わなかった!」


 目の前にそびえたつ超高層ビルを見上げて、毬藻は感嘆の声を上げていた。


 毬藻が見上げている円筒状の建物は、建築法改正後初の現代科学の粋を結集させて造られた、高さ七百五十メートル、敷地面積十万平米、地上百九十階、地下十階の天雲をも突き抜けるほどの高さの超高層建築物であった。


 一見すると高級ホテルのような感じだが、実は、れっきとした都内有数の進学校である。その証拠に正面入り口には、不釣合いにも大理石の石柱に『私立・帝都学園』と刻まれてある。


 五十年ほど前には、この場所は防衛庁の敷地であったが、移転にともないその跡地は民間に払い下げられ、都市開発の一部として超高層マンションが建ち並ぶこの場所に、私立帝都学園が建てられた。


 帝都学園には、約三万人の学生が修学しており、世界中から優秀な人材を招き入れ、日本で最高の教育を施している。さらにこの学園を特異なものとしているのは、日本で唯一のクリミナル・ハンター養成施設を有している所である。日本中から選ばれた生徒を訓練し、優秀なハンターへと育成するために特殊技能科が設けられていた。


 今日は、特殊技能科の学期末実技試験で、サスケ、キリー、毬藻の三人は、[C・H]専門会社ハンターズと提携している帝都学園に、クリミナル・ハンターの試験官としてこの学園に訪れていた。


「なんだ、マーモは帝都学園に来たのは、今日が初めてか?」


「そうなんですよ! 私なんかサスケさんやキリー先輩みたいに、ハンターの教官ライセンスなんか持ってませんし、この有名校の卒業生でもないですから、こんなチャンスがなければ中に入ることなどできませんよ!」


 建物を見上げて子供のように興奮する毬藻は、ここぞとばかりに持ってきたデジカメで建物を撮り始めた。


「お前なぁ、いい加減にしろよ。遊びに来たんじゃねーんだからよ。――ほら、さっさと中に入りな!」


 キリーは観光気分でいる毬藻の耳を摘まんで、そのまま建物の中へと引きずっていった。


「あいだだだだだだっ! わ、わかりました。わかりましたから耳を離してー!」


 痛がる声をよそに、キリーは、そのままズンズンと建物の中に入っていった。


 高さが五メートル以上、幅はその倍はあろうかという、強化ガラスでできた自動ドアを二ヶ所通りすぎ、最後に回転ドアをくぐると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 建物の中は、三十階分ぐらいの高さまで吹き抜けになっていて、広大な建物の内部には、いたる所に熱帯地方によく見られる紅樹林が植えられており、ホール全体を包むかのように生い茂っていた。また樹木の切れ目からは、色とりどりの野鳥がホール内を所狭しと飛び回り、時折、手足の長いサルが、奇声を上げて木々の間をジャンプしながら移動する姿が見受けられた。まさに室内がジャングルだった。


 本当に建物の中なのかと疑いたくなる幻想的な風景であった。その幻想的な空間を壊さないように、円筒状の建物に沿って教室が設けており、どの部屋からでもガラス越しで、緑で埋め尽くされた空間を楽しむことができた。


「ほえー! すごいの一言ですねぇ……」


 毬藻が口をあんぐりと開けて呆けていると、どこからともなく一人の女性が現れた。


「お待ちしておりました。キリー様、サスケ様、そして毬藻様。ようこそおいで下さいました。わたくしは、高等部特殊技能科を担当しております、アリノ美樹と申します。本日は、よろしくお願いします」


 紺のスーツでビシッときめた女性は、深々とお辞儀をしながら慇懃な挨拶を交わしてきた。


 毬藻は、アリノ先生を見て驚いた。キリーやサスケたちほどではないが、毬藻も身長一七〇センチと背は高い方だと思っていた。だがアリノ先生は、ヒールの高さを差し引いて考えても毬藻より五センチは高い。それに美人でスタイルも良く、教師というよりモデルといった方がいいぐらいであった。さすがに超一流校に勤める先生は、知性的で気品が漂うだけじゃなく容姿も一流なんだなぁと、毬藻は一人感心した。


 アリノ先生と短く挨拶を交わすと、早速、生徒の待つ試験会場へ向かうことになった。


 入り口のすぐ横にある透明で筒状のエレベーターに乗ると、地上五十階までエレベーターが一気に上がった。『キンコーン』と開閉を知らせる小気味良い電子音とともに、エレベーターの扉が開く。


 四人がエレベーターから降りると、そこは広いロビーになっており、左右にこの建物にそって通路が続いていた。通路の外壁側は、全面ガラス張りになっており、そこから差し込む光が濃い赤色に染められたふかふかの絨毯に反射して、なんともいえない雰囲気を作っている。


 毬藻は、窓から外の景色を見たい衝動に駆られたが、アリノ先生にロビー奥へと促されたので後ろ髪を引かれる思いを振り切り、しぶしぶとサスケとキリーの後に従った。


『ヤーッ!』『エイッ!』『ハイッ!』


 ロビー奥の防音扉を開けて中に入ると、威勢のいい声が聞こえてきた。


「ここは総合体育施設になります。通常は、本校の体育館として使っていますが、休日にはスポーツイベントなどが執り行なわれています」


 と、アリノ先生が説明する。


 室内は、建物三階分ぐらいのすり鉢状の観客席が、楕円形の運動場をぐるりと囲むようになっている。ざっと見ても、一万人は軽く収容することができるだろう。運動場自体も、トラック競技やサッカーも十分にできる広さがあった。今日は、そのだだっ広い競技場の中央に、格技用の舞台が一つ備え付けてある。


 格技用の舞台の周囲には、数十名の男女が思い思いに練習をしていた。組み手をする者や柔軟体操に励むもの、館内を軽くランニングする者、様々である。


「サスケ、見所のありそう奴はいそうか?」


 遠目で練習風景を見ていたサスケに、キリーが聞いた。


「そうね……パッと見た感じだと、あそこで組み手をしている二人はどうかしら?」


 サスケは、ざっと場内を見渡してから、格技用の舞台の右手後方で組み手をしている二人を指差した。


 指差す先には、長い髪を茶色に染めたすらりとした女子と、小柄で髪の毛を三つ網に束ねた女子が見えた。


 素人に毛が生えた程度の毬藻の目から見ても、二人の動きはスムーズで無駄がなかった。彼女らの動き一つで、何かの武道を幼いころから長年やっていることがわかる。


「うーん……二人とも動きはいいが、片っ方は体が小さすぎやしないか? あれじゃ、体力がもたねえぞ。まっ、体力があるかどうかは、テストしてみりゃすぐにわかるか。――俺が気になるのは、あそこにいる奴だな」


 キリーがアゴで指す方向には、ウォーミングアップをしている生徒たちから離れて、独り競技場の隅で正座をしている生徒がいた。


 ストレートの髪を肩のラインで切りそろえたヘアスタイルの、真っ白な肌をした女子生徒だった。特に彼女が他の生徒よりも目を引いたのは、容姿というより服装のせいだった。生徒全員がTシャツかジャージを着ているのに対し、彼女は、合気道で着るような白の胴衣に黒の袴姿であった。彼女は背筋を伸ばし、目を伏せたまま何か瞑想するように座している。


「そうね。あの子には何か感じるものがありますわね」


 サスケもその女生徒を興味深そうな目で見た。


 この学園で行われる実技試験は、いわば[C・H]専門会社ハンターズの入社試験も兼ねている。試験合格者の中でも特に優れている者には、ハンターズで採用されるという特典もある。受験者の中には、試験の合格とともに業界屈指のハンターズに入ることを夢見て、いやが上にも気勢があがっている。しかし、未だかつてハンター試験の合格者の中に、ハンターズへ入社した者はいないのが現状だった。


 サスケとキリーが生徒たちを物色していると、アリノ先生が話しかけた。


「これをお渡しするのを忘れていました」


 アリノ先生は、持っていたファイルケースから書類の束を抜き取り、それをサスケに手渡した。


「今日、実技試験を受ける者は三十名で、そのうち男子が十七名、女子が十三名になっております。そのお渡しした生徒の名簿には、生徒の個人データ、学科試験の成績、運動テストの結果などが記されていますので、試験の際にお役立てください」


 サスケはアリノ先生に礼をいうと、早速資料に目を通した。横からキリーと毬藻が覗き込む。


「皆さーん! 集合してくださーい!」


 アリノ先生のよく通る声を聞くと、生徒たちはウォーミングアップを止め、足早に集まってきた。アリノ先生の前に、一つの列に五人ずつ六列に乱れることなく並んだ。毬藻は、良く訓練されている印象を受けた。


 アリノ先生は、生徒を回してから、一呼吸おいて話し始めた。


「皆さん、おはようございます。これからクリミナル・ハンターの実技試験が行われますが、まず、この実技試験のためにわざわざおいでくださいました試験官をご紹介したいと思います。――私の横から、鬼柳サスケさん、キリー御門さん、そして助手として来ていただいた翁毬藻さんです」


 アリノ先生に紹介されると、三人は拍手で迎えられた。始めにサスケが挨拶を交わした。


「ハンターズの鬼柳サスケです。今日は日頃の訓練の成果を存分に発揮して、ハンター試験合格を目指してがんばって下さい。今日一日よろしくお願いします」


 生徒たちの大半は、サスケの透き通る美しい声を聞いて、何か神々しいものに接したかのように、キラキラと輝く目をもって自分たちの憧れのハンターに陶酔していった。


「同じく、ハンターズのキリー御門だ。俺は、サスケのみたいに優しくねえぞ。ちょっとでもやる気のない態度を見せた者は、すぐに不合格にするからそのつもりで試験に臨んでくれ。以上!」


 サスケに心を奪われてだらしない顔をしている生徒たちに、キリーは厳しく言い放った。キリーの乱暴な挨拶に驚いた生徒たちは、顔を引きつらせながら姿勢を正して次の毬藻の挨拶を待った。


「おはようございます。わたしは、翁毬藻といいます。今日は、二人の先輩の助手としてやってまいりました。私もハンターになって二年目と経験もあまりありませんので、今日は皆さんと一緒に勉強するつもりできました。よろしくおねがいします」


 緊張して顔の強張った毬藻の初々しい挨拶が終わると、アリノ先生が生徒のグループ分けをした。


「では試験は、これから教官との試合形式で行いますので、二列づつ十人で一つのグループとし、左からA班B班C班に分かれてください。――それではサスケ様、後はよろしくお願いします」


 グループ分けも終わり、さっそく試験が開始されようとした時、列の後ろにいた男子生徒の一人が前に進み出てきた。


「すんません。試験官は、あんた方女だけなんすか?」


 男子生徒は、険のある目つきでサスケたちを睨みながら、不満そうに尋ねてきた。

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