第3話 クリミナルハンター[C・H]専門会社ハンターズ

 ――東京・広尾。高級住宅が所狭しと建ち並ぶ超一等地のど真ん中に、サスケ、キリー、毬藻の三人が所属する[C・H]専門会社ハンターズのビルがある。


 十年前に[C・H]専門会社のベンチャー企業として立ち上げた会社は、時代の流れをうまく乗り、また能力のある人材に恵まれたこともあってグングンと業績を伸ばした。


 少数精鋭の体勢をとっているため、社員数は十名にも満たないが、年商数十億を稼ぎ出す業界でトップクラスの会社にまで成長した。特に会社の急成長に寄与したのが、サスケとキリーの加入であった。彼女らの類まれな能力による働きによって、[C・H]専門会社ハンターズの業績と共に、鬼姫の異名を持つサスケと、炎帝と呼ばれるキリーの両名の知名度を飛躍的に伸ばしていった。


 そんなハンターズのオフィス内では、目つきの鋭いの女性と、右頬にバンソウコウを張り、頭と右ひじに包帯を巻いた痛々しい姿の毬藻がデスクを挟んで対峙していた。


「――翁さん、先ほど賞金首の捕獲に失敗して取り逃がしたとの報告を受けましたが、その報告は間違いないでしょうか? もし間違いないのでしたら、あなたの失態に対する処分を検討しなければなりません。ですが、その前に何か言いたいことがあれば一応お聞きしますが?」


 静かな口調で話しているが、その言葉には、クリミナル・ハンターのプロとしての厳しさと、何事にも妥協しない信念が感じられる。


 この女性こそハンターズの社長の一人娘、神埼椿(二十歳)である。少し切れ長の目がとても印象的な、若い美人キャリア・ウーマンという感じの女性だが、常に冷静沈着な態度と完全合理主義の性格が相まって、『冷血女』と思われている。


 椿は、毬藻と同世代ではあるが、毬藻よりもクリミナル・ハンターとしての経験も能力も上、会社での立場も外見の容姿も上ということもあって、毬藻はいつも劣等感を感じてしまい、椿とは中々打ち解けられないでいた。それに今日みたいに失敗を重ねる度に叱られているので、毬藻は椿に対してあまり良い感情を持っていないし、椿の方も毬藻の無能さにウンザリしているためか、毬藻をハンターズのメンバーとして認めていない節がある。その良い例として、毬藻のことを名前では決して呼ばず、『翁さん』と名字でしか呼ばない。まして愛称の『マーモ』と呼ぶことなんて決してなかった。


「椿さん、捕り逃がしたのは事実ですけど、でも、あいつの強さは尋常じゃないですよ。あそこまで強いと、私一人だけで捕まえることなんてできませんって!」


 椿の威圧感に気圧されながらも、毬藻は腕に負った傷を無意識にさすりながら、自分の正当性を主張した。


 昼間、敵の投げた手榴弾が至近距離で炸裂したが、咄嗟にテーブルを盾にしたおかげで、九死に一生を得ることができた。さすがに、頑丈さが売りの毬藻も無傷ではいられなかったが、至近距離で手榴弾が炸裂したのに、軽傷で済んだのは奇跡としかいいようがなかった。


「翁さん、報告によりますと、取り逃がした相手とはブラックリストにも載っていない下級犯罪者のようですが、当然、Gクラスの下級ハンターのあなたが一人で捕まえるのは当然なことだと思いますが、違いますか?」


 報告書をチラリと目落として椿が言う。


「それはそうなんですけど……でも、あいつの強さは、下級犯罪者レベルのものじゃなかったんだから! あいつは、サスケさんやキリー先輩並みの強さを感じましたよ!」


 椿に負けじと、毬藻も一気にまくしたてた。


「ふー……言うに事欠いて、サスケさんやキリーさんのような超トップクラスの犯罪者が現れて、それと対決して善戦したが取り逃がしてしまった。そのため自分には落ち度はない、とそういいたいのですか?」


 椿は、大げさにため息をつくと、嫌みをたっぷり含んで言った。


「そこまで言ってません! でも相手が本当に強かったのは事実です!」


 椿のしつこいいい方に毬藻は半キレ状態になったが、深く深呼吸して気分を落ち着かせた。


「わかりました。相手が強かったことは認めましょう。それでもブラックリストにも載らない下級犯罪者を取り逃がしたのは事実です」


 椿は一呼吸置いて、


「翁さん、あなたは今年に入って何人の賞金首を取り逃がしたか覚えていますか?」


「……たしか、十四人です」


 毬藻はうつむいて言ったが、しかし、椿はキッパリと、


「いいえ違います。今日を含めて全部で十七人です。そのために得られなかった賞金額は、千九百六十万円です。あなたは、それだけ会社に損害を与えているんですよ。このことは、あなたがこの職種に向いておらず、会社に不利益をもたらすだけで、あなたは会社にとって何のメリットもないことを数字が示しています。違いますか?」


「そんなぁ……」


 椿の歯に衣着せぬ物言いに毬藻はムカッ腹立てたが、結局、何も言い返すことができずに口ごもってしまった。


「では、納得していただけたようなので、今回の翁さんの失態に対する処分を決めさせていただきたいと思います。翁さんには、本来ならば依願退職をお勧めするのですが、サスケさんとキリーさんの推薦で入社した手前、情状を酌量しまして給料三十パーセントカット、減給六ヶ月、それと第一線での捕獲班から退いていただき、向こう一年間、内勤で雑務のみを取り扱っていただきます」


「ええええっ! うそぉぉぉっ!」


 情状酌量のない処分にショックを受けてよろける毬藻を支えて、キリーが言った。


「おい、椿。いくらなんでもそれはやりすぎだろ。もうちょっとペナルティを軽くしてやれよ。それにマーモに“おかまデブ”を捕まえに行けって命令したのは俺なんだからよ。俺にも少しは責任があるぞ」


 いつもは毬藻を苛めて楽しんでいるキリーだが、さすがに可哀想に思ったのか珍しく助けの手を差し伸べた。


「そういうことでしたら、キリーさんも、前回ターゲットを黒焦げにして賞金をフイにした件と、今回のビル火災の件でビルのオーナーからの損害賠償金を請求されていることと、翁さんの責任の一端とを合わせて、キリーさんには給料十パーセントカット、減給三ヶ月というところでしょうか。それでしたら翁さんの処分を軽減しますが」


「ちょ、ちょ、ちょっと待てって! それだったら俺は、マーモの減給三十パーセント、減給六ヶ月、向こう一年間の内勤業務に大賛成!」 


 キリーは、自分の給料カットという言葉に怯んで、手のひらを返すように毬藻の処分に賛成の意思を示し、あっさりと毬藻の期待を裏切った。


「キリー先輩ぃぃぃ!」


 毬藻の悲痛の叫びがオフィスに響き渡った。


「それでは翁さんの処分について異論はありませんね」


 毬藻の処分を決定しようとした椿を、サスケが制した。


「椿さん、あの現場の陣頭指揮を取っていたのは、わたしです。このような結果になったのは、私の指揮能力が至らなかったためです。ですからマーモを処分するのではなく、私が処分を受けるのが妥当だと思います。私の給料を三十パーセントカット、減給六ヶ月ではいかがですか?」


 それを聞いたキリーの方がぎょっとした。ただでさえ高給のクリミナル・ハンターだが、その中でもサスケは別格である。超高給取りの彼女が、三十パーセントの減給でそれも六ヶ月となると、ウン億円の給料カットになる。キリーの表情を見ると、(サスケ、お前正気か? 俺は、そこまでしてマーモを庇う気はないねぇぞ)と顔が語っている。


「サスケさんは、何も悪くありません! ――皆さんは、翁さんを甘やかし過ぎです! 会社の利益を考えるなら、捕獲率の悪い者を現場から退かせるのは、当然のことだと思います!」


 椿は、自分が信頼を寄せているサスケが、あまりにも毬藻を庇うので憤慨した様子だった。


「椿さん。会社の目先の利益を考えるなら、その処分は妥当かもしれません。ですが、会社の将来性を考えるなら、マーモはクリミナル・ハンターとして今が成長期。それなのに一年も現場から遠ざければ、ハンターとしての腕や感が鈍ってしまうことの方が大きな損失だと思います。それにキリーもサポート役としてマーモを重宝していますよ」


 サスケは、頑固な妹を優しく諭すように言った。頼りになるサスケの言葉に、毬藻が笑顔で『うん、うん』と一語一語頷いている。それとは対照的に椿の顔が渋い表情を見せた。


 そこへ、オフィスと隣の応接室を仕切るドアがガチャリと開いて、初老の男性が頭を抱えてやってきた。白のTシャツと黒革のライダー・パンツに黒のブーツ姿で、白髪混じりの長めの髪の毛を後ろに束ねた格好をしている。


「うう……椿、どうしたんだい? 声が応接室まで響いてきてるぞ……あんまり大きな声を出されると二日酔いの頭に響くよ……」


 青い顔をして現れたこの男性こそ椿の父親であり、この会社の社長の神埼刃無(かんざきじんない 四十五歳)である。社長という肩書きがあるものの、実質の会社の経営はすべて椿に一任しており、本人は、毎日遊びほうけているぐうたら親父である。今日も朝まで飲んでぐでんぐでんに酔っ払い、もう夕方になるというのに応接室でダウンしていたのである。


「社長、応接室でお休みになっておられるのに、大声を出してしまい申し訳ございません。先ほど翁さんが賞金首をまた取り逃がしたとの報告を受けましたので、その処分を決めておりました」


 椿は、父親である刃無に深々とお辞儀をすると、手短に説明した。


 刃無は青白い顔で、二日酔いで回らない頭を両手で押さえながら椿に尋ねた。


「うっぷ……それで処分の方は? ――お、ありがと」


 刃無はイスに倒れこむように座ると、サスケが差し出す冷たい水が入ったコップを受け取った。


「はい、翁さんを給料三十パーセントカット、減給六ヶ月、それと第一線から外し、向こう一年間、内勤を申し付けました。いかがでしょうか?」


 冷たい水を飲んでいた刃無が、水を胸に詰まらせ、むせ返りながら言った。


「ゲホ、ゲホ、ゲホ。――椿、それはちょっと厳しすぎるのではないか? もうちょっとペナルティを軽くしてやったらどうなのかな? マーモちゃんも正式なハンターになって、まだ二年しか経ってないだろ。そこのところを考慮してやらんと」


 社長の恩情ある発言に毬藻の顔がパーっと明るくなったが、椿はそれに反論した。


「社長、まだ二年しか経っていないのではなく、もう二年も経っているのですよ。いつまでも新人気分で仕事を行われては、皆に迷惑がかかるだけはなく、会社の士気にも関わってきます。それに組織として成り立っていく上では、少しばかり厳しい処分も必要なことと私は思いますが?」


 椿は、毅然とした態度で答える。


「うーむ、椿の意見はもっともなことだと思うが………しかし、今回の処分は、わたしの一存で決めさせてもらえないだろうか?」


 社長の一言で、さすがの椿も呆れ果てた。


「本当に皆さんは、翁さんを甘やかし過ぎです! ……わかりました。今回は、大目にみましょう。でも次回また同じ事をしましたら、もっと厳しい処分を下しますよ」


 刃無は、観念した椿の返答に笑みを浮かべて頷くと、毬藻に向かって言った。


「今回の件は、マーモちゃんの処分はなしということにする。そのかわり、明日、サスケくんとキリーくんと一緒にある所に行ってもらいたい」


 毬藻は処分なしという結果に喜ぶことよりも、刃無の命令に興味を持った。


「え? どこかに行くんですか?」


 刃無は、二日酔いの青白い顔に笑顔を見せて思わせぶりな態度で言う。


「それは、明日行ってのお楽しみだ!」

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