第2話 

 ギャングたちが入ったのは、一階がオープン・カフェの店になっている五階建ての雑居ビルの地下に通じる入り口だった。地下への入り口の脇には、ビール・バーの小さな看板がある。


 サスケは、地下へ行く階段を下りながら、今回の捕獲の注意点を手短に述べた。


「今日のターゲットは、トレンチコート・ギャングのメンバー四十一人と、さっきのふくよかでちょっと派手な女装趣味の男性です。ボディーガードと思われる二人は無視して結構です。もし抵抗するようでしたら、ついでに捕らえておいても構いません。それから今回は、全員を無傷で捕獲することを最優先してください。殺しては賞金がでませんので、その点はくれぐれも気をつけてくださいね」


「ええっ! 四十人以上もいるのに、わたしたち三人だけで捕獲ですか! それも無傷で捕らえるなんて!」


 サスケの言葉を聞いて、毬藻は驚きの声を上げた。


「まあ、多少のケガは大目にみますけど、相手が判別できなくなるほど痛めつけるのは控えてくださいね。特にキリーは気をつけて」


 サスケに名指しされたキリーは、恥ずかしそうに頭をポリポリ掻きながら答えた。


「わかーってるよ! 今回は、無茶しないって……多分な……」


 キリーの曖昧な返答に一抹の不安を覚えつつも、地下1階にやってきた。


 地下のフロアには、ビール・バーが一軒あるだけだった。階段を下りてすぐ目の前に現れたこげ茶色のレンガと燻した木で作られた店は、ヨーロッパの山村にある家を連想させた。


 サスケが店の前でいったん立ち止まって、


「あの女装趣味の男性、案外食わせ者かもしれませんから十分気をつけてください」


 と注意を促してから、〈close〉と書かれた札を無視して、重厚な木の扉を開けて店の中に入っていった。


 入ってみると、こぢんまりとした店内と思いきや、右手には、奥に向かって優に二十人は座れそうなカウンターがあり、左手には、4人掛けの四角いテーブルがざっと見ても三十テーブル以上あって百人はくつろげる広さになっている。店内は、ダークブラウンを基調とした家具類で統一されており、ギリギリまで抑えられた照明がいい雰囲気を醸し出していた。


『仕事以外で来たかったなぁ』などと、毬藻が考えていると、


「なんだテメーらは?」


 人を威嚇する声とともに、一番手前のテーブル席からトレンチコートを着た男たちが数人立ち上がった。


 立ち上がった彼らを間近で見ると、まだ十代の若者たちばかりだった。一番年上と思われる男でさえ二十代前半がいいとこだろう。


(かなり若いな。十四歳以下で捕まえると少年法に引っかかるかもしれねぇな……)


 少年たちを見てキリーがそう思っていると、ギャングの中でも一番年下と思われる小柄な少年が詰め寄ってきた。


「ねーちゃんたち、今日は貸切りだ! 早く出ていきな! さっさと出て行かないと、そのキレイな顔に傷がつくことになるぜ!」


 少年は、下衆なチンピラが吐くセリフで凄んでみせた。


 少年のにやけた顔は、自分のセリフを格好がいいとでも思っているらしい。だが、少年の身長は一五○センチ程度。それに対して、キリーの身長は一八五ンチもある。少年がキリーを見上げながら凄んでも、悲しいかな迫力に欠けてしまう。


「チビ、うっとーしーからあっちへ行きな」


 キリーは、少年を相手にしないで『しっ、しっ』と手で追い払う仕草をした。すると恥をかかされた少年の顔が、まるで茹でたタコのように真っ赤になった。


「てめー!」


 怒りで頭が沸騰して湯気たつ少年は、いきなりキリーの顔めがけて殴りかかった。


 少年の華奢で小さな体から繰り出されたパンチは、身長差がありすぎるために、キリーが体を少し後ろに反らしただけで届かなかった。パンチが空を切って少年がたたらを踏むと、キリーはその少年の足を勢いよく払った。少年の体が宙で一回転して、激しい音とともに床に仰向けになって倒れると、キリーは少年の鳩尾に容赦なくヒールをねじ込んだ。


「ぐげぇぇっ!」


 キリーのヒールが少年の鳩尾に深々とめり込むと、少年は腹を押さえて転げまった。床には、少年の嘔吐したの物で、小さな水溜りができていた。


「おまえ、女の顔を殴ろうとするなんて最低な野郎だな」


 軽蔑の目で少年を見た後、キリーは、のたうち回る少年の腹をさらに蹴り上げた。少年は、サッカーボールのように軽々と宙を舞い、数メートル先のテーブル席に突っ込んでそのままピクリとも動かなくなった。


 その瞬間、面白半分で様子を見ていた若いギャングたちは、一斉に殺気立ち、持っていた銃やナイフを取り出した。兇悪な目を見ると、今にでも飛びかかって来る感じだった。


「おい、やめな!」


 店の奥から出てきた若い男が、険悪なムードを制した。刈り上げた髪に鋭い目が印象的な若者である。多分、このメンバーのリーダー格であろう。血気盛んな若者が多い中、この若者だけ妙に落ち着きを払っていた。


「御姉さん方、うちのもんが無礼を働いてすまなかった」


 リーダー格の男は、キリーに深く頭をさげた。


「姉さんたち、他の店に行ってくれないか? この店は貸し切りにしてあるし、それに揉め事を起こして俺のお客に嫌な思いをさせたくないんでね。これは迷惑料だ」


 そう言って後ろのポケットに差し込んでいた折り畳みの財布から万札五枚抜き取って、キリーに手渡そうとした。


 リーダー格の男が客と呼んだ相手は、店の一番奥のテーブル席に椅子を二つ並べて座っていた。やはり、あの“おかまデブ”であった。


 キリーが金を受け取らない様子に、リーダー格の男は怪訝な顔を見せた。


「………素直に帰ってくれる様子じゃねえみたいだな。あんたら誰なんだ?」


 男の目が鋭く光った。キリー、サスケ、毬藻の三人を値踏みするかのように見る。


 するとサスケが、ずいっと一歩前に出て来て言った。


「わたしたちは、クリミナルハンターです。今日は、皆さんを逮捕しに来ました。あなたたちが抵抗するのは自由ですが、痛い思いをするのは嫌だと思いますので、できれば大人しく捕まってください。そうしていただければ、こちらとしても大変助かりますし、私も嬉しく思います……どうでしょうか?」


 サスケの冗談とも本気ともつかない言葉を聞いて、さすがに冷静を装っていたリーダー格の男も、こめかみに青筋をピクつかせた。


「おいおい、からかってんのかい? いくら美人の御姉さん方のお願いでも、『大人しく捕まってください』なんていわれて、『はい分かりました』と大人しく捕まるとでも思ってんのか? そんな素直な人間だったら、ギャングになんかならねーよ!」


(そりゃそうだ)と、男の言葉に思わず納得してしまう毬藻。


「そんな無理なお願いすっと、いくら温厚な俺でもしまいにゃ怒るってもんだぜ!」


 そう言い放つと、リーダー格の男は、いきなり腰に隠し持っていた銃を抜いてサスケに向けて撃った。


 耳をつんざく銃声が、店内に響き渡った。その轟音にギャングたちでさえも驚いて半歩後ろに退いた。


 銃を向けられたサスケは、体を捻りながら銃弾をかわすと、持っていた愛刀〈十六夜〉を一閃させた。


 ゴトン


 店内に響いた銃声の後に、数テンポ遅れて何かの落ちる鈍い音が聞こえた。銃声で鈍った耳に届いた異様な音――。


 店内にいる全員が、音のした方へ目を向ける、と……今さっきまでリーダー格の男が持っていた銃が床に転がっていた。それも手首つきで!


「ぎょえぇぇぇぇぇっ! 手、手、手、手首が落っこちてるぅぅぅっ! サ、サ、サスケさんっ! いきなり何やってんですかー! さっき賞金首たちは、なるべく無傷で捕らえるとか何とかいっていたじゃないですかー!」


 毬藻は、足元に転がっている手首を見て、目の玉が飛び出さんばかりに驚いた。(後でキリーに聞いた話しだと、実際、目玉が半分ぐらい飛び出ていたそうだが)


「あら、ごめんなさい。でも、このお兄さんがいきなり銃を撃ってきたので、ビックリしちゃって思わず切っちゃいましたわ」


 さらっと言いのけるサスケの顔には、笑みまでがこぼれている。


(おい、おい。ちょっとビックリしただけで手首落とされちゃ、たまったもんじゃないっつーの! ――ま、でも一番たまんないは、切られた当人だろけどさ)


 毬藻は、手首の消えた男を見ながらそう思った。


 リーダー格の男は、一瞬何が起こったのか分からないでいたが、床に転がった手首と腕に走る激痛でやっと理解した。


「お、お、お、俺の手があぁぁぁっ! ……切りやがったなぁぁぁ! ……畜生! 畜生! 畜生! …………お、お前ら、絶対にぶっっっ殺す!」


 男は、血が吹き出る腕を抑えながら絶叫した。


 切り落とされた手首を見て思いっきり引いていたギャングたちが、リーダー格の男の怒号で我に返った。


「ぶっ殺せ!」


 その一言で、店内は戦場へと変わった。


 ギャングたちは、手に武器を持って一斉に襲いかかってきた。


「わっ、わっ、わっ、わぁぁぁぁ!」


 毬藻は、飛び交う銃弾に悲鳴を上げながら、あわててカウンターの中に逃げ込んだ。


 キリーは目の前にいた若者を殴り倒し、それを盾にしてギャングの集団に殴りこんだ。サスケもすかさずキリーの援護にまわり、次々と刀の峰でギャングたちを打ちのめしていった。


 サスケが刀を振り下ろすたびに、『ボキィッ』『ゴキュッ』という骨が砕ける音が耳に飛び込んで来る。さすが業界でも『鬼姫』と呼ばれていることだけはあった。大太刀をまるで自分の手足のように自在に操り、まるで四方に目がついているかのように、取り囲もうとする敵を瞬時にいなしている。


 サスケの鋭い斬撃に敵が怯むと、今度はキリーが銃をかまえる男にテーブルを投げつけ、テーブルごと男を殴り飛ばす。


 40対2の戦いとは到底思えない状況だった。人数の多いはずの敵方が、確実に1人また1人と倒されている。


(バカだなぁ、はじめから大人しく捕まっていれば、こんな痛い思いなんかしないのに……)


 毬藻が、カウンター越しに援護射撃をしながら、他人事のように敵がぶちのめさていく光景を見て、そう思っていた。


「サスケ! 右にいる奴らは任せた。残りは、俺が片付ける! ――マーモ! サスケを援護しな!」


 キリーは、それだけ大声で言うと、右手の2本の指を前に突き出して、空中に文字を書くように手を振った。すると突然、前方に固まっていた男たちを囲むように、人の背丈ほどもある火柱が数本、轟音と共に出現した!


「火炎呪・火炎陣!」


 一瞬のうちに天井はススで真っ黒になり、飛び火した炎が店内の調度品に燃え移った。火災報知器が鳴り響き、スフリンクラーが作動して店内にシャワーのように降り注ぐ。それでも炎の勢いは一向に衰えなかった。


 轟音と火柱の熱風にあわてた男たちは、仲間同士ぶつかりながら逃げ惑い、火柱に直撃した男たちは、悲鳴を上げながら床に転げまわった。


 これはキリーお得意の炎術攻撃である。キリーは体術も然る事ながら、生まれながらに炎を自在に操る炎術士としても有名な異能者で、ハンター業界では〈炎帝〉と呼ばれて一目置かれている。


 キリーは、前回の仕事でもお得意の炎術攻撃を披露したが、賞金首に『ゴリラ女!』となじられ、怒りにまかせて術を発動したために賞金首を黒焦げにして賞金をふいにするという失態を犯している。さすがに今回はサスケに無茶をしないように念を押されていたため、本人曰く『術は控えめにした』というが、それでも店内は火の海と化していた。


 思ってもみないキリーの攻撃に、ギャング団は蜂の巣をつついた状態になって、もはや戦うどころの騒ぎではなくなっていた。


 彼らのトレードマークである黒のトレンチコートに火が次々と燃え移り、コートを脱ぎ捨てるのに必死になっている。ギャングたちは我先に逃げようと、倒れている仲間を踏みつけるのもお構いなしに出口へとなだれ込んだ。


 一方、客人として店内の奥の席を陣取っていた “おかまデブ”の一行は、ギャング団の形勢不利と見てとると、すぐに席を立って逃げの体制に入っていた。


 キリーは、逃げ惑うギャング団らを床に叩き伏せながら、目の端で“おかまデブ”らが逃げるのを確認していた。


「マーモ、“おかまデブ”が逃げた! こっちは俺らでやるから、お前は“おかまデブ”を捕まえな! いいか、油断するなよ!」


 キリーは目の前の男を投げ飛ばしながら、大声で指示を出した。


 毬藻は、手を額に持っていって敬礼で『了解』の合図を送った。


 毬藻が戦場と化した店内を巧みにすり抜けて店の奥へ行くと、ちょうど“おかまデブ”とボディーガードのマッチョの男2人が、裏口を開けて逃げようとしていたところだった。


「ちょっと、おじさんたち待ちなさいよ!」


 毬藻は声を張り上げたが、待てといわれて待つはずもなく、“おかまデブ”は、脇目も振らず裏口から逃げ去ってしまった。毬藻が逃がすまいと追いかけようとした時、白人のボディーガードが毬藻の行く手をさえぎった。


「あんたは捕獲対象外なの! だから早くそこをどいてよ! どかないと痛い目にあわせるよ!」


 毬藻の警告に男は何も答えず、ただニヤリと口元を動かしただけだった。


「……もう、しようがないなぁ。じゃ、勝手に通らせてもらいますからね!」


 毬藻は男の脇をすり抜けようと、体勢を低くしながら一気に突進した。


 男は構えると、待ってましたといわんばかりに、毬藻の側頭部を狙って右の回し蹴りを放ってきた。


 毬藻が頭をすくめて回し蹴りをかわすと、目標を失った蹴りが激しい音とともに店内のトイレを仕切っていた壁をぶち抜いた。


毬藻は、いったん後ろに下がって間合いを開けると、壁の残骸を見て思わず手を叩いて誉めた。


「うっわー、凄い! ――おじさん、そのムキムキの筋肉は伊達じゃないわね!」


 男は毬藻に誉められたことが嬉しかったのか、黒のTシャツ越しに自慢の大胸筋をぴくぴくっと動かしてみせた。


「でも、わたしマッチョは好みじゃないから」


 毬藻はそう言い放つと、さっきよりもさらに体勢を低くして男の懐に飛び込んだ。掴みかかろうとする男の太い腕を掻い潜り、男のシャツを掴むと相手の力を利用して巴投げの要領で男を後方に投げ飛ばした。ついでに男の股間を蹴り上げるのも忘れない。


 男は、『ぐげっ』とカエルを踏んづけたような情けない声を上げて、股間をおさえた格好でうずくまった。口から泡状の唾を吐き出しているところを見ると、失神してしまったようだ。


「使い物にならなくなったらゴメンね!」


 毬藻は男に一言謝ると、すぐに“おかまデブ”を追いかけた。


 店の裏口から出て非常階段を駆け上がり、店の裏手から大通りに出ると、ピンクの衣装に身を包んだ“おかまデブ”がまさに車に乗り込むところだった。


「動くな!」


 大声で呼び止めると、あまり扱いが得意ではない拳銃を腰から取り出して、空に一発、威嚇射撃をした。


 銃声に驚いた通行人が、悲鳴を上げながら逃げていく。


「両手を上げてゆっくりと車から出てきなさい! もし変な動きをしたら容赦なくぶっぱなすからね!」


 毬藻は、銃の狙いを”おかまデブ”に定めながら少しずつ近づいた。


「いやあああーん! 乱暴なことしないでぇぇぇっ!」


 乗り込もうとしていた“おかまデブ”が、野太くて気色悪い悲鳴を上げて腰をくねらせながら車外に出てきた。あまりの気色悪さに毬藻は、撃ち殺したくなったぐらいだ。


 続いて運転席にいた黒人のボディーガードも車の外に出てこようとした、が、――毬藻は、いきなり運転席側のガラスに銃弾を打ち込んだ。ボディーガードが、懐に隠し持っていた銃を取り出そうとしたからだ。


 銃声に驚いた“おかまデブ”が『ぎゃー!』というの悲鳴を上げたが、毬藻は無視して車の中にいた黒人の男に注意を向けた。粉々に割れたガラス越しに、首を竦めながら車内で小さく両手を上げている。もう手向かう様子はないようだ。


「車の中のおじさん! 今度変な気を起こしたら、容赦なくそのでかい体に風穴開けるわよ! ――ゆっくりと、両手をこちらに見えるようにしながら外に出てきなさい!」


 毬藻が大声で怒鳴ると、運転席にいた男は、大きな体を縮こませながらのそのそと車から降りてきた。


「車の方を向く! 足を開く! 両手は頭の上!」


 毬藻は銃で牽制しながら、黒人の男を乱暴にボディチェックをする。男が懐に隠し持っていた拳銃を奪うと、器用に片手で拳銃の弾倉を取り除くと、割れたサイドガラスの窓から車の中に投げ入れた。


 黒人の男のボディチェックを終わった後、両の手を頭の後ろに組ませたまま地面に腹ばいにさせた。


「あんたは、しばらくその状態で大人しくしてなさい」


 ボディーガードの男に言ってから、毬藻は“おかまデブ”に目を向けた。


 改めて間近で“おかまデブ”の姿を見ると、毬藻は目眩を感じずにはいられなかった。軽く百キロは越えている巨体、脂ギッシュな肌、ハリウッド映画にある特殊メイクのような厚化粧、服のサイズとセンスを完全無視した、はち切れんばかりのピンクのボディコン姿は、二重アゴ・三段腹・極太大根足という、デブの三重苦を見事に際立たせていた。


 ハッキリいってこの醜さは犯罪の域に達している。もしかしたら、この醜さのせいでブラックリストに載るのではないかと思ったぐらいである。


「おじさん、ギャングと一緒にやばいことしてるでしょ。車の中にあるジュラルミンのケースの中身、ドラッグが入ってるんでしょ?」


 毬藻は、割れたガラスから手を伸ばしてジュラルミンケースを開けた。中には、ビニール袋に入った錠剤がギッシリと詰まっている。


「やっぱりドラッグね。現行犯だから、今回は運が悪かったと思ってこのまま大人しく捕まりなさい。張り込んでいる所へ、のこのこやって来たおじさんが悪いんだから」


 毬藻は“おかまデブ”の太い腕を取り、後ろ手に強化プラスチックでできた簡易手錠をはめようとした。


「痛い! 痛い! 痛い! 乱暴しないでぇ! あたしは何もしてないわよぅ! 変ないいがかりつけないでちょーだい!」


 “おかまデブ”が、手錠をはめようとした毬藻の手を振り払った。


「ちょ、ちょ、ちょっと! 抵抗したらマジで撃つよ! ドラッグ持ってギャングに会いに来てのに、何もしてないなんていう言葉を信じると思っているの! ――こらぁ! 大人しくしろったら!」


 毬藻は“おかまデブ”の腕に力を込めたが、『ふんっ!』というかけ声とともに掴んでいた腕をいとも簡単に振り解かれてしまった。


「こいつ!」


 素早く後退した毬藻は、銃の狙いを定めすぐにでも撃てる体勢をつくった。


「このまま大人しく捕まれば許してあげるけど、まだ抵抗するつもりなら痛い目を見るわよ!」


「あらぁ、痛い目ってどんな目のことかしら? もしかして、その銃であたしのことを撃つってことかしらん? ふふん、いいわよぉ、撃ってみなさいな。今、気づいたけど、お仲間は来ていないようね。あんたみたいな小娘一人であたしをどうにかできるか試してみなさいな。おかまを怒らせると怖いってことを思い知らせてあげるわ!」


 “おかまデブ”は、さきほどまでのおどおどした態度とは打って変わって、挑戦的な態度を取ってきた。


「その言葉、忘れないでよ! あとで後悔しても、もう知らないからねぇ!」


 毬藻は、致命傷を与えないように、銃口を相手の足に向けて一発撃った。


 『パーン!』という乾いた音が街中に響く。毬藻は、足を押さえてのたうち回る“おかまデブ”の姿を思い描いたが、見ると何もなかったように平然と立っている。


「ええっ! 外しちゃった!?」


 焦っていて手元が狂ったのか、毬藻は、元々上手でもない銃を撃ち損じてしまったようだ。


 毬藻は、気を取り直してもう一度構え直した。次は、外さないようによく狙って二発撃った。 銃声が周囲のビルに反響して耳を打つ。だが“おかまデブ”は、まるでダンスでも踊るかのように、右へ左へと軽くステップして銃弾をかわした。


「ええっ!」


 毬藻は、自分の目を疑った。


(まさか、弾道を見切ってかわしたっていうの?……嘘! サスケさんやキリー先輩以外にこんなことができるなんて…… やばい、マジでやばい! こいつ、ただの“おかまデブ”じゃない!)


 毬藻は、自分でも分かるぐらい顔に動揺の色を見せた。その動揺を見て取って“おかまデブ”が行動を起こした。


毬藻の不安が的中した。見た目の重量感で、どん亀のごとく鈍い動きと思いきや、左右に体を振りながら、もの凄い速さで毬藻に向かってきた。


(もう相手に重傷を負わせても構わないわ! 手加減してたらこっちがやられる!)


 そう思った毬藻は、相手の波打つ腹めがけて全弾を撃ちこんだ。しかし、左右に飛ぶようにしながら近づくその動きに翻弄されて、照準が合わせられない。


(ああっ、駄目! 相手の動きが速すぎる! みんな紙一重でかわされてる!)


 毬藻が予備のマガジンを装填しようとした時、もの凄い勢いで“おかまデブ”が体当たりしていた。


 毬藻はまるでダンプにはねられたように吹っ飛ばされ、歩道に叩きつけられた。叩きつけられた際、頭を揺さぶられ軽い脳震盪を起こしてしまった。


「くっ・・・た、立てない・・・・・・やばい! やられる!」


 毬藻は、恐怖心が湧き上がるのを押さえながら、いうことの聞かない足をバンバン叩いて喝をいれる。それでも足は動いてくれなかった。もがく毬藻を見て、“おかまデブ”は、殺気混じりのおぞましい笑みを向けた。


「あらあら、情けない格好だわねぇ。いるのよね、腕も立たないのに一人前のハンターを気取っている奴がね。でも、あんたの連れ〈炎帝〉と〈鬼姫〉でしょう。あの二人が来るなんてホント誤算だったわぁ。あの二人じゃなければ返り討ちにしてやれたのに…… 大事な取引を台無しにしてくれたこの恨み、絶対に忘れないわよ! おかまは執念深いんだから!」


 “おかまデブ”に襟首を掴まれた毬藻は、雑居ビル一階にあるオープン・カフェのテラスに向かって投げ飛ばされた。


 放物線を描いてオープン・カフェのイスとテーブルに突っ込んだ毬藻は、逃げた客たちの食べ残しのサンドイッチやジュースなどを頭からかぶって床に転がった。


 倒れた毬藻を見てニヤつく“おかまデブ”が、うつ伏せになっていたボディーガードの脇腹をつま先で小突いた。


「いつまで地面に寝転んでいるのよ、この役立たず! 早いとこ逃げるわよ。あんな小娘なんかどーってことないけど、あの〈炎帝〉と〈鬼姫〉が応援にこられたら、どうあがいても逃げ切れないわよ!」


 ボディーガードは主人の声で飛び起き、急いで車に飛び乗った。


 車に乗り込む“おかまデブ”を見て、毬藻はイスを支えにして無理やり起き上がったが、まだダメージが残っているようで足元がふらついている。


「くっそー……待ちなさい……」 


 よろける毬藻に対して、 “おかまデブ”が車の窓から顔を出して笑いながら大声で言った。


「あなたには、取引を邪魔してくれたお礼を特別にあげるわん!」


 ”おかまデブ”は、手に持っていた“物”に『チュッ』とキスをして、それを窓から毬藻の足元に放り投げた。


「じゃあねー!」


 “おかまデブ”の下卑た笑い声と、タイヤのスキール音を残して車が去っていく。


 足元に転がった“物”を見て、毬藻は息を呑んだ。


「手榴弾!」


 逃げる間もなく、手榴弾が破裂した。轟音と凄まじい衝撃がビルを包みこんだ。


 もうもうと立ちこめる砂煙が退くと、そこに現れたのは、瓦礫と化したオープン・カフェでテーブルの下敷きになった毬藻の姿だった……


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