第23話

 「「今は何時だろう?」」



 フランは目を覚ました。昨日フランが寝た後に誰かが置いてくれたのだろう。机の上に時計が置かれていた。



 そこには午後4時50分と刻まれていた。どうしよう。すっかり目が冴えてしまった。昔からこうなるとフランは二度寝できないタイプの人間だった。



 昨日あれだけ働いたというのに、疲れは全く残っていなかった。むしろ質の良い睡眠が取れたからなのか、体中がうきうきしたように元気だ。フランはふと思い立った。朝の訓練でもしよう。



 部屋を出た。フランは大きく伸びをする。無機質だがどこか暖かい空間。ここは地下だから本来光はない。そこでこのドームには特殊な仕掛けが施してある。



 ドームの天井には特殊な鉱石が埋め込まれていて、オーラを流す質によって色が変化する。サンが作り出したオーラを天井に流す装置によって昼間は普通の電球と同じように白に光り、夜は満天の星空のように、各鉱石が違う色で発行する。その綺麗さはプラネタリウムより2段階は上だとこのシステムを作り出したサンは自慢している。夜はこの満天の星空の明かりを観れるのが幻の楽園の団員の特権だ。もしここの存在を地上の人が知ったら、ドームは一大デートスポットと化すかもしれない。



 フランはその光景に見とれていたが、その一方で何かおかしいと感じた。目がチカチカする。ドーム内を何かが横切っていた。その動きは上下左右、重力に完全に逆らっていた。フランの目にギリギリ影が映るくらいのスピードで影は移動を繰り返していたが、やがて中央付近で止まった。その時初めてフランは飛び回っていたもの、いや人がサンであったことを知った。



 「よお」



 夜空の下でのコントラバスの声はとてもロマンチックだった。



 「どうした?眠れないのか?それとも早起きか?」



 「早起き」



 「そうか」



 そう問いかけたサンは、さっきあれ程超人的な動きをしていたのにほんの少ししか汗をかいていなかった。



 「フラン、良かったら運動しないか?」



 「うんどう?」



 「ああ。朝練ってやつだ」



 フランはキョトンとしていたが、その朝練とやらに興味を持った。



 「どんなことするの」



 「そうだな。俺を攻撃してこい。お前の今出せる全ての術、技を使ってな。俺の方は加減をしてお前を攻撃する。いわば模擬試合だな。これが終わっても五体満足でいられることは保証するが、どうする?」



 「やる」



 即答で出したフランの答えにサンは良い意味で意外性を感じた。昨日のことで戦うことを躊躇することも考えられたが、むしろあれで腹が決まったのか。それとも好戦的?負けず嫌い?まあ何でもいい。トレーニングに積極的なのはとても感心だとサンのフランに対する期待値はさらに一ポイント上昇した。



 「始めるぞ。いつでも来い」




 サンの掛け声が合図で試合が始まった。



 フランは瞬時にマックスとマイケルを目の前に構成させた。前の敵を倒した時と同じように一瞬でサンに迫る。


だがサンのスピードはその上をいった。



 2頭が攻撃した地点にすでにサンはおらず、すでにフランの目の前で拳を振り抜こうとしていた。



 避けられない。でも何もしなければ模擬試合といえどもシャレにならないダメージを受ける。フランはボクシングのガードするときのような体制で体を防御した。そこにサンの拳が炸裂した。



 フランは腕でガードをしながらあえて後ろに転がり衝撃を和らげた。それでも三十メートル近くは飛ばされた。ダメージは受けなかったものの、拳を直に受けた両腕は電流が走ったかのように痺れうまく動かない。



「素晴らしい判断だ。まともに受けていればここで試合終了だった。だが今のお前は俺にとって脅威ではない。何故だかわかるか?」



 フランは痺れの残る両腕を抱えながら必死に頭を巡らすが、答えは出ず首を横に振る。



 「攻撃をマックスやマイケルに任せすぎだ。お前は構成術が得意といっても戦うのは基本自分自身だ。自分がまともに動けなければ話にならない。それは防御にも言える。さっきの攻撃でお前は俺を捉えられると思ったのだろうが、お前のスピードより速いやつなど5万といる。この前の敵はさっきの程度の攻撃で倒せた程度の奴だったということだ。生き残ったのはマグレだと思え。出ないとお前は近いうちに死ぬ」



 サンは最初模擬試合といったが、それは名目上であり実際はフランを鍛える訓練にするとサンは決めていた。それにフランに対して辛口の評価を言ったが、内心はその逆だった。万が一直撃しても大丈夫な程度に弱めていたとはいえ、あのパンチをダメージなしで受け流せる格闘センスは本物。俺でなければこの才能の凄まじさには恐怖すら感じるだろう。こいつならば家族を救い出せるかもしれない。そうサンは期待を抱いた。




「うお!?何だ??」



 ヨルは突然響いた爆音に目を覚まし、速攻で部屋を出てドームに入った。サルガルド、イズミ、ユズハも同様だった。



 「ねえ、あれって......何?」



 ユズハが他の三人に尋ねる。



 「俺に聞くな。今来たところなんだぞ。



 「多分だけど、訓練してるんだと思うよぉ」



 「これ訓練って言えるのかな......」







 「ボケっとするな、敵は待ってくれない」



 その後もサンの一方的な殴打が続く。だがフランが対処できるギリギリのスピード、威力に調節をして。こういう肉弾戦はスポーツと似ている。実践を経験しなければどれだけ才能があろうと無意味だ。こうして感覚を身につけていくしかない。



 フランは最初一瞬の瞬きをする余裕すらなかったが、ほんの少し、サンの動きに隙があることを発見した。それを見極めようと極限まで集中し、徐々にスピードに対応できるようになったその時。背中から衝撃が走った。瞬時に背後を取ったサンがフランを蹴り飛ばし、10メートルほど吹っ飛ばされた。



 「お前が今隙だと思ったのは俺が作り出したものだ。人は戦う時に誰でも戦い方に個性が生まれる。それを読めたと思ったらしっぺ返しを食らうぞ。そんなものいくらでも作り出すことができる。先を読め。本当の狙いを見極めろ」




 威力を調節してくれたお陰か軽い擦り傷だけで済んだフランだったが、改めて戦いの恐ろしさ、奥深さをサンから学びとっていた。フランは心の奥で強い男になりたいとサンを目標にしていた。今まで戦ったところを見たわけではないが、放つ威圧感が他の団員とは段違いだったから。しかしその目標がいかに遠いものか今回のことで思い知らされた。




 「あれやばくない?」



 イズミがドラキュラに吸い取られたかのような血の気のない顔でそう尋ねる。



 「見た目はかなりやばいが、訓練なんだろうよ。団長全然本気出してねえだろ」



 「そりゃそうだけど、フラン君昨日戦ったばかりだよね?自分から望んだのかな?」



 「昨日の戦いと私を治療してくれたことで、何か思うことがあったのかもしれないわね」








 「どうした。攻撃するなとは言ってないぞ」



 そう言われたもののフランは攻撃に移れない。サンの動きが早すぎる。フランは戦闘経験が浅いだけに、少しスピードを上げたサンの動きについていけない。このままでは押される一方だとフランは思い、半ばヤケクソでマックスとマイケルにサンを襲わせる。



 「さっきも言ったが、マックスとマイケルの使い方が全くなってない。ただ闇雲に構成し攻撃するだけなら、動物ではなくナイフや銃にした方がずっと武器になるぞ。自分で考えろ。どうすれば2頭を活かせるかを」



 サンはフランに仕掛けていた攻撃の手をほんの少し緩める。今度は攻撃の訓練をさせるように自然と流れを作る。



 「さあ、来い。お前の全力で」

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