第六話「世界猫おっさん仮説」
注意……影響力の高い一部のアノマリによって、我々の世界はいくらか歪められている――という仮説が存在する。
“人の形をした秘境”
――アノマリについて、ある自称オカルト研究家より
***
前文。
世の中には誰にも知られていない、驚愕の真実というものが数多く存在している。
実は恐竜は神の意志によって滅ぼされたとか、実は地球にはもう宇宙人が飛来しているとか、そういうスケールの大きいものから、幽霊に呪われた体験談やまことしやかに囁かれる食人種の存在など、いわゆる都市伝説からオカルトと呼ばれる類のものまで取り上げてみればキリがない。
そういった凝った噂話は、まぁ大抵が嘘であったり、夢見がちな誰かの妄想であったりするわけだが、侮れないことに、中には本当のお話も存在している。
今日、私から真実を知りたがる読者の皆様にご紹介するのは、そんな『本物』の都市伝説の中でも、とりわけ身近でショッキングな一品である。
『世界猫おっさん仮説』。
実は、世界中に存在する全ての猫は、ある一人のおっさんの手により操作されている。
さて、仮説をご紹介するにあたり、まずは前提として『猫』なる生き物のいろはをハッキリとさせておこう。
生物学的な論説などは、健康な他所の専門書に任せるとして、『世界猫おっさん仮説』における『猫』とは、発達した人間社会においての『猫』、つまり主には『飼い猫』と『野良猫』の事を指す。
皆さんの中には、きっと猫がお好きな方も数多くいらっしゃるだろう。
好きな品種にこだわりのある方の中には、例えば三毛猫やロシアンブルーなど、既にご自身の愛好されている猫の姿を思い浮かべ、不安に駆られている御仁もいらっしゃるかもしれない。
だが、どうか安心して頂きたい。
その猫ちゃん達は、みんなもれなくおっさんである!
繰り返すが、愛くるしく茶の間で丸まっている三毛猫君も、澄ました顔でお高くとまっている白いチェシャ猫さんも、実は中身はおっさんである。
もちろん今あなたが家で飼っているその可愛い猫ちゃんも、中身は全ておっさんなのである!
世界中の猫――と呼ばれているナノロボットの集合体――を操るこの汚いおっさんは、人里離れたとあるワンルームで生活している。
ワンルームはとても広く、余分も不足分もないすこぶる快適な空間となっている。
ライフラインにいくつか数世紀先の時代の永久機関を用いているので、生活する上で心配にかけるべきことは何もない。
おっさんはハイテクなその部屋で、並べられた無数のモニターの前に座り、通称:猫なるもののナノロボットアイを通して、常に我々を監視している。
変化に富んだプログラムに従い、「にゃー」とか「なーお」とか猫に様々な鳴き声を上げさせ、それに対する我々人類の反応をこっそりモニタリングリサーチしているのだ。
…何? そんな事はあるはずがないって?
「うちの猫は間違いなく可愛い愛玩動物だ」?
いやいや、先に述べた通り人間社会に存在するほぼ全ての猫は、おっさんの作ったナノロボットである。
細胞の一つ一つより小さいナノロボットが集まって出来ているため、傍目、生き物のように見えるだけなのだ。
このナノロボットには擬態機能が備わっているため、例えば猫から抜け落ちた毛を電子顕微鏡のレンズ等で覗いたところで、それがナノロボットの集まりとは分からない。綺麗な毛の繊維が観察できるのみである。
…おや、まだ信じて頂けない?
確かに、おっさんの支配下から離れた猫も、世界にいないことはない。
では、どうしても猫を信じたい猫好きの読者の方々には、特別にお宅の猫ちゃんがおっさんかそうでないか、見分けるポイントをお教えしよう。
飼い主のあなたは、飼っている愛猫が時々、虚空を見つめ微動だにしなくなる様子をご覧になった事はないだろうか?
そういう様子を一度でも見せた猫ちゃんは、残念ながら中身おっさんである。
なぜなら、止まって一点を見つめる猫ちゃんは、その間、本体のおっさんと交信を行っているからだ。
時折、可愛い仕草を取る猫に対して、まぁとんでもなく不細工な破顔を見せつける人がいるが、実はそういった場面も全て、このおっさんに映像として送られているのである。
おっさんは送られてくる映像を逐一アップで観賞し、同時に収集したそれらのデータを全て、余すところなく録画している。
それ今も、どこぞのご婦人の油断しきった笑顔を肴に、おっさんはにやにやと気色の悪い笑みを浮かべている。
こと啓蒙なる読者諸兄においては、このおっさんに対し、大層悪趣味な奴だと軽蔑嫌悪の念を抱く方も大勢いらっしゃるかと思われるが、しかしながら彼はあぁ見えて偉大な発明家でもある。そう毛嫌いするものではない。
なにせ世界中、様々な国と地域で愛される生き物を作ったのだ。
ほら、今またモニターの向こう、あんなにかわいい!
おっさんが何を企んで、『猫』なる存在を創造したかは分からない。
何者かは不明だが、実は宇宙人で地球文明の掌握を狙っているのかもしれないし、いたずら好きな神様が愛嬌のあるペットを人々に与え、飼育に四苦八苦する様を眺めて、気ままにほくそ笑んでいるだけかもしれない。
ただ一つ確実に言えるのは……この汚いおっさんの存在を知って得することは何もない、という事だけだ。
誰にも知られていない驚愕の真実なんてのは、大抵そんなものである。
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