第五話「切り分けられる少年」
はじめに、読者の方々へ。
本文中にて使用されている全ての個人名は、便宜上割り振られた仮名である。予め、ご注意して頂きたい。
“取引先ならマイナス、お客様でもマイナス、でも商品ならプラス。総合的にいえばプライスレスなマイナス。”
――アノマリについて、ある貿易商人より
***
赤道に近い、どこかの亜熱帯地域。国一番の大きな市場の朝。
活気ある人混みの只中で、浅黒い肌をした小柄な少年が露店のひとつに足を止め、珍しい模様の皿を手に取った。
一枚あたり数ドルの、その土産物を見つめる彼の瞳には、悲しみの灯が揺れている。
また一つ、探し物を見つけたらしい。
今回ご紹介するアノマリの名前はR=リラーブ。彼は数年前まで、ある村で祭神として崇められていた。
リラーブ君はおよそ15年ほど前、ユーラシア大陸の真ん中あたりに位置する高原地帯にある村で、妹と共に産み落とされた。彼は双子の兄だった。
村奥の祭壇の上で生まれた二人の赤ん坊は、村民全員の祝福を受けて生まれたはずだった。
しかし、二人が生まれたその日にとてもよくないことが起こった。
新しく誕生した命と引き換えるように、彼らの母親と父親が息を引き取ったのだ。
それも、どちらも同じ日の同じ時刻の内に。
運命はピタリと裏返しになった。
リラーブ君と彼の妹は、生まれつき災いを呼ぶ子だと恐れられた。乳飲み子の頃から村の中で異端者の扱いを受け、人間扱いされなかった。
縁起でもない話だが、とはいえ実際、天秤は悪い方に傾いていた。
村の部族の、異端者との謗りは的を外れてはおらず、リラーブ君とその妹には、生まれつき少々特別な体が備わっていた。
彼ら兄妹は、端的に言って不死身の肉体を持って生まれていたのだ。
少年は体のどこを切られても死ぬことはなく、それどころか傷口は一夜で全快した。
親もなく、村の中で肩身の狭い生活を強いられていたリラーブ君達だが、二人は5歳の時に、ある事情から村の一番奥にある木造の神殿の中に監禁され、村の部族に益を授ける悪魔として、祀り上げられることとなる。
神殿に祀られてからのリラーブ君と妹の話をする前に、ここで兄妹が生まれた村の成り立ちについて、少々説明しておく必要がある。
村は、リラーブ君達が生まれる数百年ほど前に高度の高い僻地に興され、外界からはほぼ隔絶されていた。
一番近い、似たような村までも、距離は10里(約39km)以上も離れていた。
高地で酸素が薄く、諸々の資源が少ないことも相まって、村は常に危機的な飢餓に晒されていた。
村が位置する高原地帯は気候の変動も激しく、人々が生きてゆくにはあまりに厳しい環境だったのだ。
それでも村が廃村を免れ、数百年もの間維持されてきたのは、村独自の特殊な伝統工芸のお陰だった。
動物の骨肉を材料に使った、神事を執り行う際に入り用になる特別な祭具。
村の職人の手で、細部まで精緻に凝って作られたそれら特殊な祭具の数々は、昔から重量当たり純金と同程度の高い値段で、信仰を重んじるよその村々に売られてきた。
リラーブ君達が生まれた村は、その莫大な収入源を利用し、水や食べ物などを他の村から大量に買い上げることで、どうにか飢えを凌いできたのだ。
しかし、時代が移り変わり現代になると、村にとって経済の柱だった伝統の祭具は、それまでほど売れなくなってきた。
雲の上をジャンボジェット機が飛び交う時代だ。
高原地帯辺りの土地も、急速に近代的な開発が進んでいった。
その結果、古い形態の信仰からの離脱が始まり、需要の落ち込みに沿うように、伝統の祭具の価値もまた下がっていった。
加えて、地域の外の発達した文明から来た株を持つ企業が、ごく安い料金でリアリスティックな代替品のレンタル商売を始めたのも、村にとっては強い逆風となった。
さて、リラーブ君が生まれたのは丁度そんな折だった。
村の人間達は新たな危機に対処しようと、苦慮を続けていた。
村にはいくつかの部族が住んでおり、それぞれ部族ごとに派閥が分けられていた。
各派閥が日夜、村の存続方法を話し合い、意見を戦わせていたその中で、祖先が村を興し、代々ずっと村を仕切ってきた最も力のある部族の長が言った。
「たとえどれほどの苦境に晒されようとも、我々は先祖代々から重宝してきた伝統を捨てるわけにはいかない。旧来の祭具が売れないのであれば、時代に沿った新たな逸品を作る他に道はない。あの兄妹を使うのだ」
このような事情のもと、リラーブ君と妹は神殿に監禁され、その日から歪な悪魔崇拝が始まった。
その村の宗教において、悪魔とは人間に害をなす存在であり、本来、人々に災いを振り撒いた挙句に、最後は神に滅されるだけの役割しか持っていなかった。
しかし、村を仕切る部族達は、危機に陥った村を救うため、人々に益を与える新たな悪魔を創り出した。
不完全ゆえ悪魔に堕ちた双子の神、≪アルラ=アルマハト≫の誕生である。
元々、その村が信仰する宗教では、神とは一体で完全な存在だと考えられていた。
有力部族はその教えを利用し、双子として生まれたがゆえに不完全であり、神から悪魔に堕ちてしまった、信仰される余地のある新しい概念の悪魔を考え出した。
そして、実在する村の異端者な兄妹を、その具現化した存在として当てはめたのだ。
創作した長の主張では、≪アルラ=アルマハト≫は悪魔に堕ちてはいるが元は神であり、人に益をもたらす限りは、悪魔でなく神と同格として扱われる、とされた。
村の人間の大勢はこれに従い、リラーブ君兄妹を神殿に祀り、『神』として崇め、信仰を始めた。
リラーブ君は妹と共に、日付が変わる時間ごとに、『儀式』と称される解体を受けた。
儀式により生み出された人体は、村の職人達の手によって加工され、部位ごとに分類が行われて、様々な逸品の材料となった。
例として、骨からは皿や串などの食器類、肉や皮からは、壁紙や絨毯などの調度品類が作られた。
リラーブ君兄妹から作られたオーダーメイドの工芸品は、一部の裕福な富を持つマニア達に気に入られ、以前と同じ高い値段で買い取られた。
新しい祭具の儲けにより、枯れ果てそうになっていた村の経済は潤った。
村の部族にとって、即ちこれは救済だった。
双子の兄妹は、毎夜儀式に捧げられ、悪魔という穢れた身分から清められ、神という存在に昇華される。人々の役に立つことにより、救いを受けるのだ。
一日も欠かさず行われる儀式は、正哲なる信徒による、この上ない慈愛に溢れた救済に他ならない。
…と、祀り上げた村の有力部族は、大体そんな具合の思想を持っていた。
宗教上の理由により、神殿に何年も監禁されていたリラーブ君と妹だが、彼らは完全な孤独と苦痛の中だけに置かれていたわけではなかった。
村の中には、リラーブ君達を人の子と考えて慮り、有力部族の目を盗んで接点を持っていた人達が何人かいた。
リラーブ君曰く「親切だった」その人達は、主に儀式の後、加工の工程で余った死体を廃棄する役目を持つ墓掘り人達だった。
10歳の夏に、リラーブ君は
一方で、村に残ったリラーブ君自身は儀式を取り仕切っていた有力部族から烈火の如き怒りを買い、その後更に苛烈な監禁生活を強いられた。
彼に協力した墓掘り人は、事件直後全員火あぶりにされ処刑された。
村に一人囚われたリラーブ君が解き放たれたのは、それから幾年かの後、季節外れの巨大な嵐が村を根こそぎ薙ぎ払った、そのあとのことである。
少年が店主と二言三言、言葉を交わし、異国の通貨で代金を支払った。
彼は買い物を済ませると、さっさと人混みの中に飛び込み、騒がしい往来の波に溶けて、いなくなってしまった。
現在、少年はパスポートを使って世界を巡り、リラーブ君の骨肉で作られた工芸品を一から集めて回っている。
途方もなく困難な作業に思えるが、興味深いことに、彼曰く世界中に散った自らの分身の在りかについては「起きている間なら、何となく分かる」らしい。
あてのある旅路ならば、終点はそれほど遠くないのかもしれない。
切り分けられた少年のアノマリについては以上である。
一つだけ付け加えることがあるとするなら……彼には生き別れになった妹を探す気はないようだ。
「オレがいなくても、世界のどこかできっと幸せに暮らしている筈ですから」
理由を尋ねると、やや陰のある笑顔でそう語ってくれた。
支援する立場として、私は今後も了解を得られる限り、リラーブ君への取材を続けるつもりだ。
本章を通じ、アノマリという異なる存在に対する理解が、少しでも社会に広がってくれればと願っている。
終
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