第124話

「昔のことだからなあ。なんか記憶がごっちゃになってて、そっから先はよく覚えてねえんだけど。確かその譲った子がすげえ無表情な子で、なんかお前っぽい顔だったなあって思ってさ」


 陸前の表情が更に変わった気がした。

 何か、震えているような。何か大切なことを思い出したような。

 または、数年来の真実に辿り着いた人のような――信じられない、というような震え方だった。


「兼代君。こないだ小学校でした話、多分「その話」の後の話じゃないですか?」

「え?」


 ドキ、と心臓が大きく鳴ったのを覚えている。


「記憶がばらばらになってるんでしょうけど……。それ、恐らく、一つの話ですよ」

「何で……お前が知ってるの?」

「だって、」


 ああ。


「それ」


 うん。


「その子」


 あの子。


「私です」


 お前なのか。


「……」

「……」

「……?」

「……」

「……!?」

「……」

「……!? !? !!??」


 時間が止まった様な錯覚がした。

 今の今まで俺を支えてくれた、遠い記憶のあの子が……え!?

 ええ!?

 えええええええ!?


「か、兼代君。その、え、私、じゃあ、そんな、こないだみたいな話を、してたってこと、ですか? その……私も記憶、ばらばらで……」

「あ、ああ……」


 二人とも、もう論理的な話なんか出来ない。陸前に至っては両手を忙しなく動かしながら説明に必死だ。俺はそんな動きはしていなかったけど、かなりの動揺を感じていた。

 何ということだ。何なんだコレは。数年越しの真実だ。

 俺と陸前は結局、自分のやったことは覚えてなかったってこと?

 それは大層な粗忽者だけど、もうそんなことはどうでもいい。


「お前が……あの子?」


 俺は陸前の顔を改めて見る。

 俺に、生涯の勇気をくれたあの思い出の子――。今までずっと記憶の中で応援してくれていた、人生の小さな大恩人。

 今の今まで目元に影がかかっていたような遠い記憶の相手のイメージに、今の陸前を重ね合わせてみる。

 ……なるほど。確かに――

 そして、こんな時に。

 『こいつ』は、必ずと言っていいほどやってくるのだ。


「う!?」


 ビキイイイイイン!


「兼代君?」

「……!」


 今までは気軽に言えた。しかし、今は。今だけは、俺自身の意思が、全力でこいつにご退場願っている――いや、駄目だ! ご退場して下着という大地にフィールド・インするなど! それこそ最悪の状況だ!

 さりとて……さりとて! 流石に今の状況は――!


「いいですよ。行ってきてください」

「え」


 陸前は、どこか寂しそうに。

 でも、限りなく優しく俺に言ってくれた。


「いいのか……行ってきて?」

「ええ。当然ですよ。兼代君が、当然のことを当然に出来るようにする世界を守ったんです。その功労者がどうして、そう出来ないことがありましょうか」

「……」

「お早めにどうぞ」

「ああ……す、すまねえ……じゃあ――」


 今のごちゃごちゃした頭の整理も必要だろう。

 俺は陸前に促されるまま、陸前家に駆けこんだ。

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