第125話
回想終了。
今、俺は限りなくすっきりとしている。頭が鮮明で、それを淀ませるものなんか何も無い。
改めて、陸前 春冬と向き合っている。
このコンディションならきっと、分かるだろう。全てのことが。あの日のことが。
「陸前」
「何ですか」
「もうちょっと、話さないか?」
「ええ。いくらでも」
どんなにかっこいい小説や映画の主人公でも、トイレはする。どんな状況でも、襲い掛かって来るか分からない。どんな敵のご高説を聞いている時だろうと、どんなご高説を垂れていようと、それは当然やって来る。
俺はヒーローになったつもりはないし、それが認められたとも思わない。――でも、もしもこんな俺の活躍が語られるとしたら、必ずトイレに行くシーンは外さないでいて欲しいもんだ。
この主人公はトイレを我慢しています、とでも、重要なシーンに付けてくれればいいと思う。
ヘンテコかも知れないけど、一人くらいそんなのがいてもいい。俺は、俺達は、人間なんだから。
もっとも、今だけは。
「トイレ行ってくる!」
こいつの前でこんなことを言ったさっきの俺を、
「じゃあカラオケ行きますか。今度は歌いますからね」
「ああ。いいぞ。俺は歌わないけど」
「あ、ドリンク勢出ましたね」
「ドリンク勢って何!?」
「そういうものがあるんですよ、ドリンク係って。カラオケ経験の浅さが伺えますね。でもご安心を、きちんと最近の曲も抑えてますから」
「へえ。どんな曲だ?」
「流行りのアイドルの曲です」
「アイドルか」
「ラブソングですね」
「……」
「……」
「…………」
「アニソンにします」
「そ、そそ、そうだな、うん……」
「そ、そうですよ、ええ」
過去に戻って殴りたいと思ったのもまた、人間だからだろう。
完
※このヒーローは〇〇〇を我慢しています 庵治鋸 手取 @fkmsog477567
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