第123話

 ツー、ツー、ツー、ツー。


「……」


 切ってしまった電話。もう引き返すことは出来ない。

 未だに胸が高鳴っている。――本当に? 本当に、自分はそんなことを言っただろうか?

 ここは陸前家の前だ。今、神器の新たな封印方法を巡っての会議が全員で執り行われているため、門番は一人もいない。

 結局自分達は利用されていただけ。それなら新たに封印法を確立しなければいけないわけなのだが、それがなかなか難しいらしく、愛すべき父親は連日の会議でグロッキーになっている。それでも娘たる自分が退院してからはかなり元気になったと言うのだから、それ以前の状況は訊くのも憚られるほどだ。

 更に兼代が創り上げてしまった新たな神器に関しての協議・これまでの魔念人による被害の補填・魔念人の地下空間の扱いなど、やることは目白押し。これからも父親には地獄が待ち受けていると聞くと、なんともやるせないが、本人はこう言った。

 春冬達が頑張ってくれたからこの程度で済んだんだ、と。

 頑張った。頑張った、のだろうか? そんな言葉を受け取るには。


「お待たせ、陸前」

「あっ」


 自分は。

余りに多くのものを、受け取り過ぎたのに。






 陸前 春冬を目の前にして、これほどに気持ちが揺れたことは無い。

 思えば、こいつと真正面から話したことも少ない。肩を並べて歩きながら話していたことが多いから、こいつの真正面からの顔は新鮮にすら映った。ああ、こいつこんな顔してたなって。

 うん。

 見事なまでに仏頂面。世界崩壊の寸前になっても顔面だけは崩壊しないであろう彫刻のような無表情は固定資産税を請求されてもいいくらいに無表情を貫き通している。

 暗い美人より明るいブスという言葉があるらしいが、逆に言えば美人はそれだけで明るさに対抗出来るということ。無表情でも魅力が

あるのは本当にズルいと思う。

 しかし今は、こいつのそういう所はもうどうでもいいと思っている。

 もっとこの陸前 春冬を、知りたいと思ってしまっている。

 それは――少し前の会話が原因だ。






――まあ、もちろん、会話は下らない内容から始まる。


「兼代君。初見アニメのオープニングにおける人物の役割の見分け方を享受してあげましょう」


 とまあ。学校に復帰初日から、こいつはエンジン全開のわけわかんないことを言いだした。

 学校では散々英雄扱いだのなんだのを受けてもみくちゃになってようやく解放されたと思った辺りにコレである。コイツも中々にサディストだと思ったもんだ。


「手を広げてだんだん遠ざかっている女の子が居たら、そいつは大体特殊能力持ちで非戦闘員。物語のカギを握ってるケースが多いです。祈りを捧げてるっぽい子も、またそれと同じことが言えますね。そして手足をビュンビュンさせて格闘の演武をしている人がいたら、だいたい格闘タイプですがそんなに使えない枠です。あと曲がサビに入りかける手前に悪そうな人や怖そうな人が出現したら大抵その人は強者ですから気をつけるべきですよ」

「すっげーどうでもいい」

「そうですか。ですが祈りか腕広げは結構な確率で見ますよね。私はこれを「つぼみか花かの法則」と呼んでいます。あー、こいつ何かやらかすなって」

「どうでもいいって言ったのに押し通すお前のメンタルは何だよ!?」


 ほんっと心底どうでもいいこと話すよな、コイツ。

 俺もそろそろアニメ見たりゲームしたりとかやった方がいいのだろうか? バランス的に。


「それよりだ、陸前。体はもういいのか? 大分無茶したんだろ?」

「ええ、しましたね。大分ギシギシで正直死にかけてましたからね。最後に兼代君のとこまで歩いてきたのも、よく足を引きずらなかったもんですよ」

「そんな大ダメージ受けてたんだ!? ちょっとは苦痛の表情をしてくれ! 分かんないんだから!」

「大ダメージはお互い様でしょう。何ですかあの神器、明らかに最終決戦仕様じゃないですか」

「ああ、まあな……」


 俺のアマカゲは戦いの後に、「特級神器」という扱いになった。

 それは完全に俺専用――陸前 縁京から完全に離れた神器という意味だ。

 俺が陸前家から家宝を奪い取ったみたいな図式だけど、実際あの神器はそうそう他の人に使わせられるもんじゃない。

 何せ体がボロボロになる。体の限界を引き出している以上、それは避けられない。一度の戦いで済めばいいが、連戦になるときついってもんじゃない。陸前の言うように、まさに決戦兵器だ。

 どんな扱いになるかは分からないが、出来ればずっと封印していてほしい。もう使われる必要が無い、という意味合いでも。


「しかし、兼代君はいいですよね。表情ゴロゴロ変わりますから心配してもらって。ちっちゃいころから何しても表情変えなかったから心配されましたよ」

「……前から思ってたけどお前ってさ。表情、変わるの? 変えられるの? 変えないの?」

「めんどくさいから変えないだけです。省エネなんですね、私」

「子供の頃からそんなんなのかお前」

「ええ」


 子供の頃からそれって、ほんとすげえなコイツ。ある意味ぶれないな。

「そーいや、子供の頃にそんな子に出会ったことがあるなあ」


 そして――こんなあほくさい話から、大切な話が始まるのも。

 ある意味、俺達らしかった。


「私のスピリットを継ぐものですね。どんな子だったんですか」

「いやあ、小学校の頃だったんだけどさあ。あー、スーパーのトイレの話をしたろ?」

「ええ。……アレ? スーパーのトイレだったんですかあの話」

「ああ。言ってなかったな。何かあったのか?」

「奇遇ですね、私もスーパーのトイレに関しては一つエピソードあるんですよ」

「そうなのか。んで、そこで出会った女の子に、あー、確かな。確かだけど、トイレを譲ったかなんかしたんだ」

「……」


 陸前の表情が変わった気がした。

 きょとん、としているような気がした。

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