エピローグ「このヒーローは〇〇〇を我慢していました」

第120話

 魔念人全撃破。このニュースを知っているのは、俺の学校と他十数名くらいのものだろう。

 何せレオスと戦う前の時点で、こいつらはもう話題にもならないくらいの存在になってしまっていた。人の脅威になるにはちょっと露出が足りなかったらしく、今となっては扱っているメディアも殆ど取り扱わなくなっている。

 じきに、アレも政府側の情報操作か何かでイタズラとして扱われるんだろう。そして人は日常に戻っていくんだろう。

 それでいい、と心から思う。

 トイレに行きたい時に行くなんて、人間なんだから、誰にでも許された権利だ。それが大女優だろうと一国のお姫様だろうと総理大臣だろうと。

 ヒーローだろうと、それは変わらないんだから。





 魔念人全撃破の一週間後。

 スターバックルコーヒーの中。

 一席を占有している三姉妹は、一目を引いていた。

 中学生・高校生・そして大人の三人。顔が似ているが「目」が決定的に異なる彼女達が注目されるのは、その美人さだけではなく、大人たる一名の妙なポーズのせいだった。


「あーあ、まったく、ダルいヤマだったねえ」


 長女はぐんにゃりとテーブルに突っ伏しながら体を伸ばしていた。

 これがなかなかどうして器用な真似であり、伸ばしたままくねくねと体を揺らす様は気持ちが悪いと周りには専ら評判の動きである。


「姉さん、ホントやめて、そのキモイ動き。何なの、どうやってんのそのキモさの

表現は」

「んー? 普通にやってるのさ。ニュートラルでキモイ動きになるんだよ、ボク。知ってるでしょ」

「そりゃ知ってるよ……はあ。それより、何の用なの?」


 灯はコーヒーを一口すすった。


「ぼくらをこんなとこに連れてきて、一体何を話そうっての」

「そうだそうだ。僕まで連れてきて。クッキー三枚で許してやったけど、わざわざここまで連れてくる理由はないだろう」

「ん? なんだ、そんなの決まってるじゃない」


 ずるん、と滑らかな動きをして、月日星は体勢を整えた。


「恋バナしてよ、灯」

「…………は?」


 予想外――というよりは、「何言ってんだお前」なセリフに、灯は動きを止める。


「何言ってんだい姉さん? 何でそんな恋バナなんか。アンタ自分が何歳だと思ってんの? 永遠の17歳とでも思ってるんじゃないだろうね?」

「女の子はいつだって夢見る乙女なの。ここ数日、仕事でむさいおっさんと顔を突き合わせててねえ、ぴちぴち感が絶無だったんだよー。頼むよ、灯。恋バナしてよー」

「ぴちぴち感って何!? それに、ぼくにそんな浮いた話は無いよ!?」

「はあ。君に期待はしちゃいないよ愚妹が。君じゃなくて、あの子達のこと」

「え? ……ああ、そっち?」


 灯は椅子に深くもたれ、天上の電球を見上げる。


「そうそう、あの子達のこと。あの戦いの後に兼代君もリッチーちゃんもすぐに病院送りになったじゃない? 同じ病院だったからそらもうイチャコラしてたんじゃないかなと。今日学校に復帰したんでしょ? どう? めっちゃイチャコラしてなかった?」

「いや、全く?」


 月日星は頭をぐりんと持ち上げた。


「マジで。進展なし?」

「無いよ。絶無だよ。いつも通りだよあの二人」

「吊り橋効果とは何だったのか?」

「そもそも途中から分かたれてたからね、あの二人。っていうか今日、会話してるとこを見てないね。学校終わってもお互い別に帰っちゃったし」

「おやおや、随分と」


 月日星の淡白な反応に、灯は下唇を噛む。

 しまった。何か察されたか? と。


「ちょっとぼくはお花摘みに行ってくるからね」


 この場をリセットする必要がある。灯は席を立ち、手近なトイレへと足を運んだ。その背を眺めながら、光はため息をつく。


「ハア、これだから学生のレンアイなんてのは茶番なのさ」


 光がクッキーを頬張りながら。


「たった三年の間にくっついただの別れただのよくやるよね、愚か者達は。脳みそが柔らかいうちに色々叩き込むための時間だってのに、時間と金と将来性の浪費でしかない。体感時間は19歳で折り返しっていうのを知ってるかい? その理屈だと僕らの一年は、20以降の奴らの約3年間にも相当する。イチャコラだのに費やすのはめでたいよ」

「おやおや、花の女子中学生がそんなに枯れちゃあ世話ないね。君も恋の一つでもしな。若いうちの恋ってのは、人生でも最も尊い栄養になる。感情が最も揺れ動く時期に感情が最も揺れ動くイベントを体幹するんだからね」

「いいよ僕は。メディアに踊らされたくないね」

「中学生だなあ」


 言いつつ、横目で、去り行く灯を見やる月日星。

 早速スマホを取り出して何か操作をしている辺りは、やはり。ここまで観察してから、その何者にも読みえない瞳を外した。


「高校生だなあ」

「何が」

「なんでも?」


 この二人の可愛い妹も、そろそろ。自分と同じような道は辿って欲しくはないしなあ。

 そんなことを考えつつ、月日星はコーヒーをすすった。

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